Neetel Inside ニートノベル
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居酒屋から走り抜けてから数分が経ち、少ない体力が底をついた為一休みをしようと自動販売機へと足を運んだ。缶コーヒーを買ってプルトップをこじ開けると同時に激しい後悔が押し寄せい来る。自分は悪くないんだ、ちょっとした仕返しなんだ。そう思っていたはずなのに、複雑な気持ちになっていく自分が居た。私は、ぐびっと缶コーヒーを飲み干し、無意味な感情と共にゴミ箱へ放り投げた。慣れない事をするもんじゃなかったと私は反省をし、帰ろうとした時だ。背後から砂利を蹴る音がした。

「うわぁっ!」

石橋かと思い、ついつい情けない声を出して身構えてしまったが、彼ではなかった。固く瞑った目を少し開けてみると、一人小柄な女性が立っているではないか。見覚えのある顔でホッと安心したが、名前が全く出てこない。私は「えーっと・・」と、頼りない声を出しながら思考を巡らした。彼女はポーチのポケットから妙に見覚えのありまくる携帯を取り出し、笑って見せた。私はハッとして、ズボンのポケットに手を突っ込んだが、いつもの感触は無く私は焦った。友人の少ない私には必要のない物かもしれないが、唯一の連絡手段である携帯を敵の手に渡ってしまったのは痛手である。私は彼女を睨みながら「返せ」と手を伸ばした。すると、取らせはしないと彼女も手を引き、小学生のような取り合いをした。ようやく、敵から携帯を取り返したところで私はそそくさと家に帰ろう足を動かすと、彼女はクスクスと薄気味悪く笑いながら口を開いた。

「副部長さんは随分酷い事をする方なんですね」
「わ、私は副部長なんかじゃない」
「そうなんですか?」

彼女の澄み切った純粋な目が私には痛かった。私より小柄な女性に対してビクビクしている自分が情けなく思い、彼女を睨みつけようとしたが、視線が合えばとっさに目を逸らしてしまう。以前にもこんな事をした事が有るような気がする。すると、ふっと思いだす。

「あっ・・・君は・・・」

以前、部室を掃除した日に出会った白いフトモモの子ではないか。
妙にテンションが上がった私は続けて言葉を繋いだ。

「写真研究会で寝てませんでしたか?」

「だとしたらどうします?」

「いや、別に・・・なんというか・・・」

イエス、ノーで答えてくれたまえ、なんて偉そうな事は言えるはずもなく照れくさくなってしまった。何故あんなところで寝ていたのか、毛布のホコリぐらい掃ったらどうだ、入学後そうそう何やってんだ、言いたい事は山ほどあるはずなのに言葉が詰まってしまう。私は緊張しているのだろうか、誰かが言っていたジンクスで、手のひらに〝人〟の文字を数回書いて飲み込むというおまじないを聞いた事がある。それを試そうか。いや、今そんな奇妙な行動をしたら変態さんではないか。私はすっかり狼狽してしまった。彼女は、身悶えする私に呆れたのか、完璧な愛想笑いをした。なんだか、虚しい気持ちが込み上げてくると伴い、恥ずかしさも増して、私は思わず逃走をしてしまった。なんて情けない事だろうか。


すっかり夜も更け、雲のかかった薄汚い月がひょっこりと顔を出していた。彼女から尻尾を巻いて約2時間。私は生まれたての子犬の様に震えながら寝室に閉じこもっていた。まだ、家に帰ってきたばかりで部屋の中は冷たく寂しい空気が垂れ流れていた。たかが異性と会話をしただけなのに、こんなにも身ぶるいをするものなのか。私はぐしゃぐしゃに髪の毛を掻きむしりながら考え込んだ結果とんでもない結論に導かれてしまった。

この世に生を受け継いでから約20年、一度たりともこんな感情に芽生える事が無かったが、きっとそうだ。ずっと都市伝説だと思っていたアレなのだ。

そう―
これが、恋である、と。

恋セヨ苦労人。

       

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