Neetel Inside ニートノベル
表紙

なないろ空中庭園
時には覚悟を決めてみて

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突然だが聞いてくれ。

人間、生きて行くうえで覚悟って物は必要不可欠だと思う。
おれの話は、この覚悟って物が大きな部分を占めている。
いっそ「呪い」と言っていい物かもしれないな。
だが、その覚悟って物があるから誰しも前に進めるし、後ろに引き摺られる事も無いんだと考える。
覚悟を決めれば腹も据わる。覚悟が決まれば後悔もしない。いや、時には後悔もするか。
他人にとっちゃどうだって良い事が、人の一生を決めるって事は良くある事だろう。
齢十七のおれが語れる事ってのはたかが知れているだろうが、一つ付き合ってくれ。

これは、おれの物語だ。

いや、そこまで大袈裟でもないか。誇張が過ぎたな。


おれは朝が好きだ。季節に関わらず朝が好きだ。
生来朝に思い入れが、とかって話じゃ無いんだが、かれこれここ十年は朝が楽しくて仕方ない。
決して朝が強いわけじゃあない。むしろ弱い。
可能であれば何時までだって寝ていたい。いつまでだって、なんじまでだって。
お、いい具合に掛かってるじゃあないか。少しばかり知性の片鱗を覗かせてしまったか?
まあ良い。そんなおれだって朝は好きだ。
春の気だるい朝が好きだ。秋の優しい朝が好きだ。
冬の突き刺す寒さの中で布団を被り直す時等、歓喜に打ち震えるほどだ。
おれは朝が好きだ。部活や予定の為に苦しみ、躊躇い、不満ごちて無理やり起きる朝が好きだ。
休みである事を思い出し、もう一度眠りに付ける朝等、極上のでぃなーの様に格別だ。
おれは朝が好きだ。それは早朝から蝉の鳴き声降りしきる、今日の様な夏の朝でも変わらない。
おれは朝が好きだ。

その理由がもうすぐ現れる。
そう、あの扉を開いて。

「…今日も変わらず寝てるわね」

ああ、やっぱりおれは朝が好きだな。
一つ心の中で頷き、何時もの様に目を瞑る。
ただただ静かに寝息を立てる。もちろん自然に。違和感無く。
「…猿芝居はやめて起きなさい。バレてんのよ」
「zzz…(息を乱さず、意識を前に)」
「あ、猿じゃなくてゴリ芝居か」
「…(好き勝手言ってくれる。だが、起きぬ)」
「相変わらずの寝相でまぁ…くぅー」
頬を突付かれ寝息を一度止める。これまた変わりない日常。

チュ

「んじゃ、いつものやついかせて頂きますか」
後ろで人が離れる気配がし、そのまま闘気とも殺意とも取れる気配が膨らんでいく。
グッと腹に力を入れて、次に起こる事に備える。何度経験してもこればっかりは慣れられたもんじゃあないが。

「うぉきろぉおおおおおおおぉおおぉおおぉぉぉぉお!!!!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!」

耳の直上、30cmに強烈な金属音が鳴り響く。
十年経っても相変わらずの威力で、東家愛用の中華鍋とオタマが出会いと別れを繰り返している。
向う三軒両隣に納まらない轟音は、うちの町内から大好評の目覚ましになってるそうだ。
爆心地で聞かされるおれにそんな余裕は微塵も無い。

「耳がもげるわあああああああああああ!!!!」
「黙れ。約束がある日ぐらい、起きて三つ指突いて頭を垂れて出迎えろ。このゴリ肉だるま」
「…ぅあー、おまえそれどこのさだまさしだよ…」
「わかんないネタ返してんじゃないわよ。さっさと用意して降りて来い。このハゲゴリラ」
「ハゲてねぇ!」

小学4年の頃から、隣に住んでる橙子がこうやって起こしに来てくれる。
集団登校に間に合わないこと実に4年。業を煮やした母上が幼馴染の橙子にSOSを発したのが切欠だった。
それから今まで変わることなく起こしに来てくれている。感謝の念に耐えません。
そのうち耳血を噴出しそうなのでそろそろお手柔らかにして頂きたい。近々直訴の予定。
ぶつぶつ言いながら茶を用意しているであろう母上のところへ降りていく橙子の背中を見送り、おれはおれで出かける用意に取り掛かった。

夏のインハイ予選でもある都大会も終わり、橙子もおれも決勝まで進むことが出来た。
しかし結果はそこ止まり。インハイへ行く事はとうとう叶わなかった。
3年という事もあり、実質引退のおれ達は、高校生活初めての夏休みを満喫することにしていた。
水泳部は創部以来最高順位を記録したおれの活躍もあり、現在OB協賛の元プールが大改修の最中だ。
陸上女子走り高跳びで、橙子も決勝進出を果たしたが、おれ同様そこから先は無かった。
八月も半ばを過ぎ、課題まみれの日々を送って手にした自由な時間。
大学への推薦条件でもある成績も残せたし、受験の心配も無くなったおれと、元より成績優秀な橙子と相談し、今日は出かける約束をしていた。
待ち合わせを提案したのだが、光の速度で却下された。起きれるわけが無いと言われて反論の余地は無かった。仕方あるまい。

中学の時におれと橙子はある約束をした。
お互いその夢を目指し今日まで、そして明日からも努力し続ける事だろう。
当時のおれには精一杯の告白だったが、あいつに伝わらなかった様だ。
中坊だったおれにはそれ以上アタックする勇気も無く、なんとなくで今日までやってきた訳だ。
けれども今日はすこし違う。金は無いからとりたてて何も用意こそしていないが、おれは気持ちを伝えようと思っている。
橙子はおれの何だろう?自問してみた結果、失うことの出来ない存在だと再確認した。
生まれたときから家どころか病院の新生児室の中でさえ隣同士だった二人だ。
陳腐な言葉だろうが、これで運命を感じないわけが無い。いや、感じなかった事は無い。
スポーツ一直線のおれに、大会直後に副部長である親友はこう言った。

「いつだって後悔は後からやって来るから後悔な訳だ。手遅れになる前にお前の気持ちは伝えておいた方がいいな。親友として一言いっておく」

おれはと言えば、持ち前のじぇんとるまん振りを発揮して「ななななな、なんのこつだい?」と切り替えしておいたが、冷静な表面とは裏腹に考えさせられたものだった。
小さい頃から良く遊んだあの公園で、今日こそおれは橙子に伝えなければなるまい。この想いの丈を!
そうと決めてからのおれは、持ち前の明晰な頭脳と、幾手もの連続的かつ系統的思考の元、本日のイメージトレーニングに余念が無かった。先週から一日辺り30分はその事を考えていたであろうか。
幾手も考えてみたところで所詮は仮想。自問自答を繰り返し、遂におれは本日の行動予定を立てるに至った。
ズバリ、『その場の流れに任せて、あらん限りの想いの丈をぶつけてやる作戦』
場の空気と、その時最善の行動が見通せるおれならではの素晴らしい帰結と言えるであろう。
この結論に至った時の総身鳥肌が立つ感動をどういい表せばよいものか。賢明な者なら惜しみない賞賛を贈る事間違い無し。まさに針ほどの穴も見当たらないベストプラン。そのうち後輩どもにも教えてやらねばならない時が訪れる事だろう。

キビキビと身支度を整え、母上と橙子が茶でも飲みつつ寛いでいるであろう階下へと向かう。
「おはよー母さん」
「何時までのんびりしてるのかねぇこのバカ息子は。橙子ちゃん、待たせてごめんねぇ?」
「何時もの事ですからいいんですよ?おばさま。こいつの寝起きの悪さは今に始まった事じゃあありませんし」
「…えらい言われようだな」

明るく会話する母上と橙子のやり取りに少しばかり付き合い、二人で出掛ける。
「橙子ちゃん、荷物運びにせいぜい使ってやってね。それくらいしか役にたたないんだから」
「はい。遠慮なく」
「おれの意思は考慮されんのか…」
ほぼ変わらない朝のやり取りを終わらせ、駅前へと足を向けた。
何でもないようなやり取りをしながら、本日はどこへ向かうか希望を聞いてみたところ、苦虫を噛み潰した…汚物を見るような?顔で見られたあげく、橙子が見たかったと言う映画を見に行くことに決まった。

流行のアクション大作を見て、近くのファストフード店でハンバーガーを食べ、嫌がるおれの意見を猛烈に無視して買い物に付き合わされ、そして散歩がてらにあの公園へと辿り着いた。

「部活やってた時はあんなに一日が短かったのにさー」
「ん?」
「今はこんなに日が長く感じるんだねー不思議ー」
学校の「空中庭園」が見える高台の公園で、眼下の町並みを眺めながら橙子が呟いた。
「そうだな。まだまだ日が高いもんな」
「ねーあんなに一杯遊んだつもりなのに、こんなに明るいんだもんねー」
手元の時間を確認すると、現在午後五時三十分。八月後半なら当然の明るさだった。
「なー橙子」
「んー?」
目は正面を向いたまま、何気なくそう問いかける。
「三年間どうだったよ?」
「はぁー?どうしたってのさ。かしこまっちゃって」
「いやな、これから残すイベントといえば最後の学園祭と受験くらいだろ」
「まぁねー」
「おれ達、ちゃんと過ごせて来たのかなって思ってな」
「どうしたのさ?あんたらしくもない」
橙子は驚いたようにこちらに視線を送ってきている。一体おまえの目にはおれはどう映っていたのだ。
「深い意味はねーよ。ただな」
「ただ?」
「悔いを残した事は、ねーかと思ってな」

そこで橙子の雰囲気が変わった。
先程までのからかう様な気配は無く、身を起こしてこちらに向き直っているのを感じる。
一言も発する事無く、ただおれを見つめている橙子。なんだ、思うところあったのはおれだけじゃないんじゃあないか。

「おれはな、橙子。ちょっくら大きいやり残しがあるんだわ」
「…何?そのやり残しって」
「ん。まぁあれだ」
言葉を一度そこで切り、体を起こして橙子の方に向き直る。
大事な事だ。ここでしっかり伝えなきゃおれはおれを許せなくなる。
「…あれだ。お互い王だの女王だのには程遠い結果だったわな」
「!」
「でもな、橙子。まだここでおれ達終わりって訳じゃあるめーよ」
「…うん」
「次は大学に行ってからになるか?おれは推薦で失敗しなけりゃだがな」
「ばかね…わたしだってまだ受かった訳じゃないじゃない」
「ばーか。おれはお前を信用してんだよ。お前が北村橙子を信用してる以上にな」

ポロポロ零れる雫が風に飛ばされる。
橙子はそれを拭う事も無くおれを真っ直ぐに見つめている。ここが踏ん張りどころだ。

「だからな、橙子。まぁ末永く二人で頑張ろうや。遠い遠い玉座目じゃしてしゃー!」
会心の笑みを口元に浮かべ、精一杯の勇気でもって振り返り、発したおれの想いはそれはそれは見事な噛みっぷりで台無しになりましたとさ…どっとはらい。
「……」
「……」
「プ…あはははははははは!何で大事なところで噛んでるのよあんたはー!」
「う、うるせー!おれだってこんなところで噛むとは思ってなかったんだっつーの!」

二人で何時終わるとも知れない笑いに包まれて、おれの一世一代の計画は無残に散り果てた。
所詮腐れ縁の仲だ。真面目に取り組もうとしたところで取り繕える訳も無かったんだな。トホホ。


その帰り道、普段のおれの生活態度や、後輩への指導方針についてあれこれ指摘され、都度反論するだけの時間を過ごして家へと向かう羽目になった。
おれの計画じゃあもう少し違う結果になっていた筈なのに。
あれこれ悩んでも仕方ない。

きっと明日もおれの大好きな朝が来るさ。何も変わらない日常こそが幸せだと自分に言い聞かせ、刻々と近づく家を目指した。
おれの覚悟は空回り気味だったけれども、

少しばかり、強めに握られた左手が熱かった。そんな八月下旬の事だった。

       

表紙

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Neetsha