Neetel Inside 文芸新都
表紙

脳髄モダニズム
「ご挨拶」

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 まず初めの儀礼として自己紹介あたりから書くべきであろうが、実際に私が名乗ったところで結局読者にとっての私は見ず知らずの他人域から出るはずもなく、どちらにせよ脳内で無意味に長期熟成された不潔なソーセージ文章を読まされることに変わりはないのだから、私の存在自体はこの段階で忘じていただいたほうが賢明であると進言させていただく。
 今、なんとなくこのページを開いてしまい、一時の迷いで一文に目を通してしまった愚かな君の、大変貴重な時間を悪戯に奪うつもりはないが、楽しませるつもりもないとだけ断りを入れておこう。
 なに、心配する事はない。全ては無為と化す。老子曰く、である。老子が言うのなら間違いではない。
 安心して身を任せればいい。全責任は君にある。

 ○

 と言えども、筆者の情報を何も明かさぬままに個人思想で塗り固められた城郭の門戸を開くには、私にしても読者にしても酷でしかない。
 だから少しだけ自己紹介をしてみよう。
 私は京都の隅っこで誕生し、アブラナが咲き詰められた小川のそばで魂を育んだ。
 小さいころの私は、それはもう賢いと名高い神童であり、鼻の穴にビー玉を詰めては病院に運ばれ、その夜、鼻の穴にビー玉を詰めて病院に運ばれた。それでもなお、鼻の穴にビー玉を詰め込もうとする私に、両親や祖父母は本気で何らかのスピリチュアルな処置を検討したという。
 地元の小学校に入った私は、とにかく給食が嫌いな神童であり、いかにして牛乳を飲まずに午後を迎える事ができるのか、いかにして無味で巨大なコッペパンを粉々にして筆箱の中に隠せるかを一日中考えていた。考えているうちに腹が減り、給食を食べ、そしてまた考えた。寝ても覚めても頭の中は牛乳とコッペパンに支配されており、牛乳とコッペパンで世界が動いていたと言っては過言である。私は牛乳とコッペパンをいかにして残すかに六年間を費やしたが、結局一度も給食を残す事はなかった。両親に「出されたものはありがたく食べる」と教えられていたから、その教えを忠実に守り抜いたのだ。神童の鏡である。
 中高で私は読書に目覚めた。きっかけは夏の読書感想文コンクールである。課題図書を与えられ、それぞれが好き勝手に己の感想を述べて技量を競い合うという何とも不毛極まりない聖祭で私は銀賞に選出された。私は斜に構えながらも最後の一頁を開く頃には哀哭しており、その夜のうちに感想文を書きあげた。それはまるで、私が著者であると主張せんばかりの熱意で綴られており、もしも私が主人公であるならという青き考察に始まり、途中のくだりはこうすれば面白かった、最後はもっとこうした方が、と決して挑んではならないとされる読書感想文の最終防衛ラインを軽々しく越えていく天賦の才で国語科の岡本先生を唸らせた。
 高校から電車通学となった。片道一時間は思春期の私にすれば実にもどかしいひと時であり、毎日同じ車両に乗ってくる人を誰彼かまわず意識した。目が合うだけで「この人はもしかして気があるのかもしれない」と思い込み、毎週のように髪型を変え、通販で香水を購入し、部屋の模様替えをし、来るべき時を待った。何か神経系の病気であったと思われる。
 運動がとにかく苦手であったので、せめてもと思い勉強だけは人並みにこなした。机に向かう事は不思議と苦ではなく、そこに楽しみを見出してから私は加速した。
 あれは十二月の寒い日であったと思う。受験を目前に控え、深夜を超えて学習塾に居残っていた私を、早く帰りたい先生が恐ろしく含意的な言い回しで私を諭し、半ば強引に門から叩き出された時であった。
 闇に染まった町並みは見たこともないほど幻想的な静寂を湛え、いつも見ている風景が、なんだか違う世界の、まるで夢の中にいるような錯覚を見た。灯りの消えたディスプレイには金色の美味しそうな飲み物が並び、木造建ての漬物屋からは人の笑い声と、聞いたこともない音が微かに漏れてくる。遠くに聳える鉄塔の赤ランプを「いち、にい、さん」と数え、それと歩幅を合わせてゆっくり、ゆっくりと歩いた。
 身を切るような寒さであったが、どこかで薫る澄んだ夜の匂いと、甘く優しい静寂は何よりも贅沢に感じた。
 ふと、見上げたオリオン座の崇高美たるイメージがずっと忘れられず、私の作り上げた妄想的物語の大切な一場面になったのかもしれない、と今更ながらに思う。
 そして私は上洛し、京都市は左京区のほぼ中心でふてぶてしく時計台を構える大学に片足を突っ込んだ。大学院にも入ったが、不登校となった。大学に行こうとすると腹が痛くなるので仕方がない。
 それから先は君の想像に預ける。

 ○

 こんな感じで、好きな事をただ好きなように書いていく。引き返すなら今のうちであるが、君の持つ「暇」にそっと埋まる事ができれば幸いである。
 次回からは私が、とある些細なきっかけから人造人間となり、悪の秘密結社との無縁戦争に巻き込まれていく石ノ森章太郎的エピソードを惜しげもなく披露していきたいと思うので期待してもらいたい。
 もし読了していただけた暁には、この記録をアブラナの咲く場所へ。

       

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