Neetel Inside 文芸新都
表紙

物分かりのいい悪魔
<幕間>解決編

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 ○

「さあ、あと何回こんなくだらないなぞなぞを繰り返したら、私は天国へ辿りつけるのかしら?」
 ここまで来れば神も仏も怖くない、と胸を張って尋ねる。
「もう終わる。天使たちの悪ふざけは、あと一度だけだ」
「あら。てっきり『貴様が地獄に落ちるまでだ』とか言われるのかと思ってたけど」
 拍子抜けした私に、悪魔は苦々しく付け足す。
「まあ、結局はその通りなんだがな」
 らしくもない、あやふやなもの言いだ。
「どういうことよ」
「前を見ろ。その看板に書いてある」
 お決まりの、分かれ道と看板。見分けのつけようがない天使は三人。立看板曰く、例によってこれまでと全く同じ内容に加え、三人目の但し書きが記してある。

 なお、彼は本当か嘘か確証のない、いわばでたらめしか言うことのない天使であり、質問は彼にして頂いてもかまいません。
 重ねて記しますが質問の回数はくれぐれも一度に限らせていただきます。
 あなたの真意は、あなたが天界への道を歩み始めた当初より監視されています。もし不確定な思いを胸に道を選ぶようなことがあれば、その道は決まってあなたを不確定な行き先へと導くでしょう。云々。

「ホントかウソかでたらめな返事? かまうもんですか。私には無敵の質問がある――」
「それを口に出すべきではない。ここでは控えろ」
 悪魔が厳しく私を制する。
「茶番はここまでということだ」
「どういうことよ」
「考えろ」
 悪魔はつっけんどんである。釈然としないながらも、私はそれ以上追及するのをやめた。

 結局、相手が嘘を吐こうが、正直に話そうが、同じ答えを導くことができる質問は、果たして見つかったのだった。
 悪魔が話を聞いたという、嘘つきクレタ人の発言は、あれで実は意味がちゃんと通っていたのだ。悪魔はれっきとしたヒントを私に教えていた。
 クレタ島の住人すべてが嘘つきであるかどうかはひとまず置いといて、悪魔と話したクレタ人が嘘つきであるのは明白だ。ホントではありえない、矛盾する発言をしたのだから、例の発言『すべてのクレタ人は嘘しか言わない』はウソということになる。
 すると、全てのクレタ人が正直者だというわけではない、のだ。この結論におかしいところはなにもない。
 クレタ人の発言『すべてのクレタ人は嘘しか言わない』の真意は『すべてのクレタ人はホントしか言わない』とは違う。それではウソとして反転すべき部分を間違えている。
 これは『すべてのクレタ人は嘘しか言わない、のではない』と解釈すべきなのだ。つまり『クレタ人の中にはホントのことを言う人もいる』こそが真意であり、クレタ人の発言に矛盾はなくなる。クレタ島には嘘つきもいれば、正直者もいたのだった。なんだ、ふつうの島である。
 嘘つきに真実を語らせるのは、実は容易なことだった。真実は嘘の中にもあったのだ。
 つまり嘘つきには、自らの嘘によって、その答えを反転してもらえさえすればいい。嘘のウソはホントではなく、真実なのだ。
「この道は天界に続いていますか、という質問に対してのあなたの答えはイエスですか?」
 その道が本当に天界へ続いていたとすると、正直者はもともとイエスと答えるから、その通りに答える。
『イエス』
 一方嘘つきの方は、本当に天界に続いていてもノーと答えるから、更にそこからもう一度答えを反転して、こう答える。
『イエス』
 嘘つきは全ての返事を反転して答えなければならないから、一度の質問に二度答えさせてしまえば、結局は正直者と同じことを言う。
 そして、もし彼らが『ノー』と答えても、尋ねた道と反対の道を選べば、その道は天界へと通じていることになる。
 嘘つきだろうが正直者だろうが、質問さえ工夫すれば正しい道を推理できるのだ。既に無敵の質問だった。

「それが通じるのは、自分の答えを一貫して嘘かまことか貫いている回答者に対してだけなのだ」
「嘘だろうが、ホントだろうが、あの質問の前じゃ答えは同じじゃないか。何が気に入らんのだ、悪魔さんよぉ」
「この愚鈍めが。わからんのか、奴らのうち一人は『でたらめ』を言うのだ。その答えは『嘘かまこととは限らない』のだぞ。こ奴らを前に、一度の質問で真の案内を導くことなど叶わぬ」
「でも三分の二の確率で、正直天使か嘘つき天使に質問できるじゃ――」
「但し書きをよく読め」
「そうだった、そうだったよ。――浮かれて忘れてたわ」
 ――もし不確定な思いを胸に道を選ぶようなことがあれば、その道は決まってあなたを不確定な行き先へと導くでしょう。――だっけか。そうだった。
 じゃあ、どうなる?
「だったらこの問題は……」
「初めから正解のない問題だ。こういう無益な絶望を振りまくあたり、我はいつまでも天使たちが気に入らんのだっ」
 おお、悪魔が怒っている。おこってない。いかっている。
 それにしても。ああもう、どうしようもないなあ。
「じゃ、地獄いくかあ」
「なんだと?」
 悪魔は目を丸くした。でかい目玉だ。
「天界には縁がなかったと思えば、まあ。――地獄も住めば都だろうさ」
「貴様、それでよいのかっ!」
「言っただろ。初めからどっちでもよかったから」
「ふざけおって。地獄の苦しみを知らぬから、そのようにたわけたことを言えるのだ!」
「あいにく死ぬなんて初体験でね」
「バカか貴様!」
「どうでもいいだろ私なんて。お前だって初めて会ったときは私を地獄に落とそうとしたんだ」
「そんなことはもう忘れたわっ。――許さんぞ。勝手な真似は許さん。天使共の横暴も許さん。その謀略にむざむざ乗ってやろうとする貴様も許さんっ」
「お前なに言って……。どうしようもないんだろ? 進むしかない道だって言ったのはお前だし、天界への選択肢がないなら地獄へ行くしかないじゃないか」
 なんて言いながら、実は私は今でも自宅のベッドの上で眠りこけていて、この体験は単なる夢で、これからじきに訪れるだろう眠気のあとに目を覚ますと、見慣れた風景と永遠の日常に戻れたりするんじゃなかろうか、なんて思っていたりもするのだ。
 どっちでもいいけど。

 ○

「魔界に来い」
 悪魔は一転落ち着き払って言った。躁病持ちみたいにころころと態度が変わる。友達にいたら付き合いにくい奴ワースト二位くらいかな。
 って、何だって?
「は?」
「我とともに魔界に来るのだ。それしか地獄行きを逃れる術はない」
 これぞ真の魔界への誘い。でも私、焼酎は大海酒造のほうが好き。ていうか、まじすか。第三の選択肢あらわる、ってか?
「魔界ってさ、酔っ払っちゃいそうなイメージがあるんだけど」
「何を言っておるのだ」
 悪魔は首を傾げた。
 ちょっと前に悪魔が教えてくれた魔界について、私の想像した風景はそれほど悪くなかった。少なくとも地獄よりは涼しい所らしい。暑くても裸以上には服を脱げないけど、涼しいくらいだったら着重ねすればなんとかなるだろう。冷え性の私はおなかを冷やさないように気をつけるべきかな。
「天使どもの傲慢にわざわざ付き合う義理もなかろう。――それで、貴様はどうする」
 悪魔が返事を急かす。
「えと、別にいいんだけど。……あのさ、ひとつだけ聞いていい?」
「……なんだ」
 悪魔が腕を組み、せっかちそうに指で拍子をとる。
「悪魔ってのは、みんなしてあんたみたいにおせっかいなもんなの?」
「我ら悪魔族には相互の干渉を嫌う者が多い。人間の時間単位でいうなら、百年に一度でも言葉を交わすことは珍しい。たとえ同族でもな。異種間となるとさらにまれだ」
 へえ、そうか。
「それがどうした」
「それじゃあんたって、超スーパーものすごくウルトラC級に珍しい悪魔なんだろうね。人間の私にプロポーズなんて」
「ぷろ……」
 悪魔はにわかに困惑した。まるで純情ぶったむっつりスケベだ。年頃の娘(もんくあるか)に「一緒にオレんとこ来い」なんて、そういう意味でしかとれないぞ。きっとこいつは魔界じゃモテない青春を過ごしたのだろう。
「おい、自覚がないのか。けっこう大胆な発言をしたんだぞ、おまえ」
「そうなのか?」
 悪魔が頬を掻く。
「そうなのだよ」
 ま、ちょっくら悪魔に嫁入り、新婚旅行に魔界見物ってのも、生きてるうちに一度くらいはいいだろう。仲人は閻魔様かな。ああ、地獄と魔界は違うって言ってたっけ。
 悪魔は困ったような顔をして「あー」とか「うむ」とかぼやいている。なんだかなあ、もっと堂々としてほしいもんだが。
「じゃ、これからもよろしくね。だーりん?」

 悪魔はふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

       

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