Neetel Inside ニートノベル
表紙

涼宮ハルヒ的な憂鬱
第一話:キョンと呼ばないで

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 何でもない、ただの高校だ。
 日本という国のなかの兵庫県の西宮市というところにある県立西宮北高校。その名前の通り、西宮市内でも山の方にあるのだが、今日から俺はその高校に通うことになった。
 正直少し前まではこんなところに通うことになるなんて微塵も考えていなかった。
 この世に生を享けてから15年間、俺はずっと大阪に住んでいたし、高校だってそのまま大阪の高校に上がるものとばかり思っていた。本当にひょんな事からなのだ。姉貴が西宮市内の大学に進学を決めて高校卒業とともに大学近くに引っ越すことになり、それに付き添うかたちで俺もこの街にやって来た。別に大阪からだって多少の電車賃を払えば通学できない距離ではないというのに、なんとなく理不尽さを感じる。
 引っ越すとはいっても、両親は大阪に残ったままだ。つまるところ俺と姉貴二人でこの春から暮らしてるというわけだ。だが、はじめに言っておきたいのはエロゲみたいに「あはぁん、お姉ちゃんダメだよ、僕たち兄弟じゃないか」みたいな展開は断じてないし、むしろ部屋は割と大きめで居住スペースはくっきりと隔てられている。ただ、だらしないところがある姉貴に代わって家事の大半を俺がやるくらいで、野郎友達は羨ましがるが、俺も実姉に欲情するほど困ってるわけじゃないんだ。
 それで、だ。
 話ははじめに戻って俺は西宮北高校に通うことになったわけだが、ご存知の方もいるだろう。この高校は「涼宮ハルヒ」シリーズの舞台となっている高校だ。言うなれば聖地、ロケ地、パワースポット。俺だって肩までほどじゃないが、足の先くらいはオタクの世界に浸かってる身だから、そりゃ進学が決まった時少しは興奮したが、俺が入りたかったのは県立西宮高校という少し格上の学校だった。要はバカだったから北高にやってきたというわけだ。親には「西宮は大阪に比べて教育環境いいから、しっかり勉強してお姉ちゃんみたいにいい大学行くんだよ」なんて言われて家を出されたものだから、少し申し訳なさがあったりする。
 だけど今更後悔したって遅い。この高校に通うことになったのだから、楽しまないと損だ。大阪から来たゆえ、知り合いなんて誰一人いないが、それでも気の合うやつはすぐにみつかるだろう。始業式からネガティブになってどうする、俺。
 それにしても、この坂道は本当に自転車じゃきついんだな。
 
 ○
 
 入学式での校長による有り難いお話が終わり、HR教室へと移動。
 どこの高校にでもある光景だった。別に変な期待をしていたわけじゃないが、やっぱり外部からみればハルヒの聖地かもしれないが、中身は普通の高校なんだと実感する。
 多少生徒の雑談のなかに「ハルヒ」という単語を聞き捉えはしたが、そんなのに一々反応するほど俺もにわかではない。高校ではなるべく平凡に、俺だって3年間、真面目に努力すればそこそこの大学に行けるはずだ。
 教室に入り、出席番号で決められた席に座る。俺はクラスの真ん中やや左のポジション。しばらくは担任を待つ時間のようだ。たしか担任は英語科担当の初老の男性だったはず。
 周りの生徒は中学からの付き合いのやつも多いのか、「久しぶりー」「同じクラスになれたね」みたいな会話が絶えない。
 案の定、大阪の遠くの学校から来た俺はボッチ。新学期早々の教室の中じゃ話し相手がいないやつなんて俺だけじゃないが、それでも少し寂しい気持ちになる。こういうのは、はじめからポジティブに行かなければいけないものなのだ。そう思い立ち、話し掛けやすそうなやつがいないか、周りを確認した時だった。
「っ!」
 席の後ろを振り返り、思わず目を見開いてしまった。教室に早く入って、そのままずっと席に座っていたからだろう。後ろの席のやつがどんなやつか、こんなことにもずっと気づけなかった。
 
 とんでもない美人が、そこにいた。
 
 さらさらとしたロング気味の黒髪を後ろで束ね、人形のような小顔に、林檎のようなほんのり赤い頬を浮かばせている。そんな可愛らしい外見とは逆に、口は一文字、腕は胸の前で組まれ、実に堂々とした態度だった。
 ――可愛い。
 単純にそう思えた。もしかすると一目惚れというやつなのかもしれない。なによりこれからの学園生活に希望が増えたことは間違いなかった。
 あまり長いこと後ろを向いたままの姿勢でいるのも変なので、一度前に向き直る。心臓の鼓動が少し早まって、自分でも焦っているのがわかる。
 そういえば話し相手を探していたんだっけ。平常心を取り戻して、ふと前をみると、おそらく今の俺と同じように周りをキョロキョロとする少し小柄な男子生徒が目に入った。
 こいつなら話しかけやすそうだ。
 それにしてもどう切りだそうか。「あ、どうも」みたいに多少人見知り気味に話しかけるべきだろうか。それとも「君も一人? いやぁ、実は俺も全然知り合いいなくてさぁ」とチャラい男のナンパ風に親しげに話しかけるべきか。
 そんなどうでもいいことを考えているうちに、初老の担任が教室に入ってきた。
「はい、みんな席について」
 俺はこの教室に入ったきり、座りっぱなしだ。
 せっかくポジティブにいこうと決めたというのに、実行に移せずじまいだった。でも、まぁまだ慌てるような時じゃない。これから“自己紹介”というイベントがあるのだから。
 北高の自己紹介、と来て思わず“あの”シーンが脳裏に浮かんだが、ここまですべて普通だったのだ。もしかしたら軽いノリで「ただの人間には~」なんていうやつがいるかもしれないが、おそらく全員がハルヒを認知しているわけでもないし、可能性は低いだろう。
 もちろん、俺だってそんなことはしない。
 担任から最初にこれからの授業等についての説明と、担任自身のあっさりとした自己紹介が終わり、そのあとに坊主の男子生徒が元気に担任に質問を投げかけた。
「先生は奥さんいるんですかっー?」
「先生に対する質問はあとで聞くから、まずはみんなの自己紹介をしようか」
 担任が軽く受け流し、それだけで坊主に対する笑いが教室中に湧いた。
 俺もあれくらい積極的になれたなぁ。いや、でも俺がやるとなんか変な気もするな。
 そんなことより、いまは自己紹介の内容を考えるのが先決だ。出席番号一番からはじまって、俺に回ってくるまで10人強。考えるには十分な時間だが、同時にクラスにどんなやつがいるのか自己紹介を聞いて把握することもしなければいけない。ここは簡単、かつ他所他所しくない内容を考えなければ。
 例えば、こんなのはどうだろうか。 
『あ、大阪から来ました芝野修治(しばの しゅうじ)です。この春に引っ越してきて、周りに知り合いが全然いないんで気軽に話しかけてきてください』
 よしっ、悪くない。あとはなんやかんや付け足せばそれっぽくなるはずだ。よく考えてみたら“大阪から来た”というだけでインパクト大なのではないだろうか。行ける、行けるぞ、俺!

 他人の自己紹介を聞きながら、意外と部活に入るやつ多いんだな、なんて思っているとついに自分の列に自己紹介が回ってきた。さっき話しかけようと思っていたあの小柄の男子は坂本というらしい。
 俺は先ほど考えていた内容に、部活に入る予定はないなど付け加えて、自分の番を終えた。周りからはやはり物珍しそうな声があがった。うん、なかなかの好感触だ。
 しかし、そんな印象付いたと思った俺の自己紹介は、いとも簡単に持って行かれたのだ。
 後ろの席の、あの人形のような彼女によって。
 
「上ケ原中出身、鈴村楓(すずむら かえで)」
 
 この時点で俺は悪い予感がしたんだ。まさかとは思ってたけど、やりやがったって。
 
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」

 ○

 言うまでもない。その後の教室は茫然自失だ。
 あまりのインパクトに鈴村以降の自己紹介はすべて印象薄となり、呆気無く自己紹介イベントは終わりを迎えた。もちろん鈴村の自己紹介を越えようなどという新たなる勇者は生まれなかった。そのようなことになれば、もはやカオスだろう。
「えぇ~、プリント取りに行くのでしばらく自由にしてていいぞ」
 初老男性教師は言葉少なく逃げるように教室を出て行く。
 プリントを取りに行くなんて、本当かどうか怪しいものだ。そんなもの、はじめから持ってくるべきだろう。それにそんなもの生徒にでも取りに行かせればいい。しかし、「はいはーい、先生の代わりに取ってきまーす」なんて言えるような状況ではないし、そもそも俺にそんな勇気はない。
 生徒だけとなった教室にはしばしの沈黙が訪れたが、この時間は沈黙タイムではなく自由タイムだ。ごろごろと椅子を引く音が次々と鳴り響き、立ち上がった生徒が三々五々話し始める。おそらく何か別の話でもして気を逸らすのが一番楽なんだろう。
 しかし意外なことに、驚くと言ってもいいか。鈴村の周りには一部女子による人だかりが形成されていた。

「あれってハルヒのやつだよね?」
「やっぱ、北高だからね」
「てか鈴村さんカワイイ!」

 まるで転校生状態である。むしろ転校生っぽいのは俺だというのに、それを差し置いても鈴村の注目度は圧倒的であった。男子たちも遠目でその様子をじろじろと観察している。当たり前のことだ。ただでさえあの容姿だというのに、あの自己紹介だ。受け流すことなんてできない。
 もしも鈴村が平均的な容貌であったなら、あの自己紹介を平均的な男子が行ったならば、その末路はあまり想像したくない。いわゆる鈴村は「AAランク+」であり、そして決してブレない威風堂々さは、オリジナルの涼宮ハルヒと重ねるには充分な要素だ。おまけに苗字の頭二文字「すず」がお揃いとなっている。
 おそらく彼女自身、それなりの算段があったのだろう。朝からずっとキャラをつくっているのかもしれない。後ろの席の鈴村を女子たちの揺れるスカートのあいだから覗いてみれば、少し驚いた表情をした鈴村がみえた。内心は喜んでいるに違いない。たしかに美人ではあるが、確実に変人でもある。一目惚れのような感覚を味わっとはいえ、関わらないに越したことはないような気がした。
 それにさっきから気になっているんだ、この視線が。
 遠目から観察を行う男子陣による視線の中には、鈴村を崇めるものに混じって、俺へ向けられるものも多かった。もちろん俺が大阪から来たとか、そんな情報はやつらの頭にはすでに残っていないだろう。
 やつらは俺のポジションを気にしているのだ。いわゆる「キョンポジション」というやつだ。こんな言葉、他に使うやついるだろうか。
 原作でも主人公であるキョンというごく平凡な男子高校生が自己紹介を終えたあと、物語のヒロイン・ハルヒによる名言ともいえる自己紹介が炸裂する。おそらくキョンのあの時の心情をここまで共感できたのは、俺が宇宙で初めてではないだろうか。
 そりゃ二人は主人公とヒロインなわけで、物語ではそれなりにお近づきになるわけで、涼宮ハルヒはツンデレなわけで……。
 だが、俺は断じて違う! 声を大にして言わないが、違うんだ!
 キョンさん、あんたには悪いが俺はあんたになりたくない。嫌いとかじゃなくて、これから学校という小規模コミュニティのなかで生きていくためには、俺は芝野修治のままで居続ければならないんだ。
 
「……キョン」
 
 そんな誰かのささやきが聞こえたような気がして、俺は鈴村楓の前であるこの席を逃げるように立ち上がる。それだけで注目が集まったが、そんなの無視だ。
 俺がハルヒを知らない感じでいけば、やつらだって安心するはずだ。そうだ、元々俺は高校生活でオタク要素を露見しないって決めてたじゃないか。ちょうどいいじゃないか。
 そう半ば強引に思い込み、平静を装って立ち上がったはいいものも、その先の行動に迷った俺は目の前にずっと話しかけようと思っていた坂本をみつけた。
 ときどき後ろを振り返り、坂本もおそらく鈴村のことが気になっているようだったが、特に周りに親しくしてるやつはいない。
「や、やぁ、坂本くんだっけ」
 近くまで来て、軽い感じで声をかける。引きつった笑顔かもしれないが、キョンというポジション付けから逃げるためとはいえ、知り合いを増やしたいのは本心だった。
「あ、うん……」
「いやぁ、俺も全然知り合いとかいなくてさ、坂本くんも遠くから来たの?」
「うん、同じ市内だけど遠くて。他のクラスにはいるんだけど」
「そっか、でも同じ中学のやつがいるだけ俺よりマシだよ」
「いや、でも全然親しくない人ばっかだよ。あと坂本でいいよ」
 あれ、なんだろう。苗字呼び捨てを許されただけで湧き上がる、このうれしさ。
「あ、あぁ、くん付けもおかしいよな。席近いし、これからよろしくな、坂本」
「うん、よろしく。……えっーと」
 坂本がなにかを思い出すかのように、しばらく上をみる。その間が、長い。
 もしかして、これは……。名前を、覚え、られて、ない。
 いやいや、自己紹介の直後が鈴村のアレだったんだ。仕方ないことだ。俺は坂本のことを前もって話しかけようとしてたから覚えてただけで、何も怒るようなことじゃない。
 ここは自然に自分から名乗ってエスコートしようとした時だった。
 
「えっーと、キョンくん?」
 
 坂本の口が動いた。「キ」「ヨ」「ン」くんと。
「キョンっていうなっーーーーー!!」
 思わず身体が拒否反応を起こした。キョンという呪文に。
 俺はずっとキョン疑惑を払拭するために一般生徒を装ってたのだ。その結末がこれだ。あまりにひどい、ひどすぎる。

 自我を取り戻したときには、すでに遅かった。クラス中の視線は俺と鈴村を往復していた。そりゃそうだ、一番期待されていたワードを俺は叫んだのだ。あぁ、終わりだ。きっとこの面白可笑しい一連は、クラスを越え、学年を越え、伝えられるに違いない。
「ご、ごめん、冗談なんだ。名前覚えきれてなくて……」
 坂本が申し訳なさそうにそう言う。いや、悪いのはお前じゃないんだ。元はといえば大体が鈴村のせいだ。あんな自己紹介しやがって。
「いや、俺の方こそ取り乱して悪い。少し神経質になってた」
 ここまで来て坂本にまでドン引かれては最悪だ。どうにか平静を取り戻せ、俺。
「し、仕方ないよな。後のインパクトがすごすぎたもんな。俺は芝野修治。芝野でいいよ」
「あ、うん。芝野、くん。よろしく」
 あれ、いま「くん」って付いた。「くん」って付いたよ、いま。なんか余所余所しくなってない? 引かれてない?
「あ、あぁ。まぁ、よろしくな……」
 その後まもなく担任が大した量もないプリント類を抱えて戻ってきて、俺は自分の席へと戻った。その途中も何人ものによる「キョン」が俺の耳に弾丸のごとく入ってきた。

「やっぱりキョンだ」 やっぱりって何だ。
「面白くなりそうだ」 俺はひとつも面白くない。
「このあとSOS団結成ですね、わかります」 何が分かったというんだ。

 それにしてもハルヒがこれほどまで認知されてるものだとは、思いも寄らなかった。言ってみれば最悪の環境だ。
 高校生活1日目にして、すでに俺の神経はズタズタのギッチョンギッチョンだ。そんな擬音あるかは知らないが、とにかく言葉では言い表せない。


 クラス中の好奇の視線を受けながら自分の席へと腰をおろすと同時に、前の席の女子から声がかかってきた。茶髪のショートヘアといかにも活発そうな女子である。
「芝野くんはまだハルヒ詳しいんだ」
 何とも楽しそうな表情で、何とも意味有り気な言葉だった。たしか名前は新谷とかなんとか。
「それ、どういう……」
 意味だ?
 と俺はその言葉の意味を訊こうと思ったが、後ろから聞こえてきた声がそれを遮った。楽しそうに声をかけてきた新谷も俺に一言言っただけですぐに前に向き直ってしまっている。まだよく知りもしない女子に自分から話しかける勇気を、俺はまだ持ってない。
 後ろから聞こえてきた声にまったく聞き覚えがなかったが、それでもその方向からだいたいの検討はつく。
 ――鈴村だ。恐らく、いま初めてこいつの声を聞いた気がする。
「思い出した……」
「何をだ?」
 その鈴村の言葉が俺にかけられたものとはとても思えなかったが、軽く振り向いて言葉をかけた先にはとても不機嫌そうな鈴村の顔があった。独り言にいちいち反応するなと言わんばかりの表情だ。それなら黙って心の中で呟いてくれ。
 俺だって鈴村と関わればキョン疑惑が深まるわけで、あの自己紹介以降どこか彼女との接触を避けていた部分があったが、そんなものもいつのまにか吹っ切れた。キョンとハルヒという位置づけで、こんなにも美人な鈴村とお近づきになれるならそれはそれでありがたいことじゃないか。
「キョン……」
「俺の名前は芝野だぞ」
 鈴村の口からその名前を呼ばれるのは、やはり他の人間のものとは違い格段と端的なものだったが、どうやらそう意味で言ったようではなかったらしい。
 鈴村は小さく首を横に何度か振って否定の素振りをみせ、肩程まで伸びる髪を柔らかく揺らした。女子独特の甘い香りがひろがって鼻をつく。
「そうじゃない。キョンっていう名前を思い出したの」
「……は?」
 十数秒くらいだろうか。いや、実際はもっと短かったのかも知れない。しばらく互いに口を開かなかった。だって、そうだろう? 鈴村はついさっき「ただの人間には~」なんて自己紹介をしたというのに「キョン」の三文字を忘れていたなんて……。
「マジで言ってんのか」
「マジって、ちょっと忘れてただけよ」
 信じられない。仮にもキョンは涼宮ハルヒシリーズの主人公であり、語り部であり、ド忘れするとかそういう次元の問題じゃないだろう。
 混乱する頭の中で、さきほど新谷がかけてきた言葉が思い出される。

『芝野くんはまだハルヒ詳しいんだ』

 俺だってハルヒはアニメでしか観てないし、そのアニメだって二期のエンドレスエイトで挫折したくらいのにわかだ。あくまで俺は「ハルヒ」を認知しているであって、詳しいほどじゃないが、まさか鈴村は涼宮ハルヒをまったく知らずにあんな自己紹介をしたというのだろうか。そうだとしたら全く以て理解できない。 Why? なぜ?
 誰かに言わされていたとでも言うのだろうか。それならあの時、クラスの誰かイジメっ子が笑い転けていただろう。それに鈴村は変ではあるがイジメられそうなタイプには思えないし、脅しなんかに屈すようにもみえない。
 だとしたら、本当にどうして?
 単に注目が欲しかっただけなんだろうか。それなら話を合わすため少しくらいハルヒを勉強してくるべきだろう。
「しばのー、前を向け」
 ずっと横の方を向いて座っていためか、初老担任から名指しをされる。案の定、教室には俺に対する小さな笑いが起きる。まさか初日から叱られるなんて思いもしなかったが、もうここまで来たらあんまり気にしないことにしよう。
 言われた通り前に向き直ると机の上にはいつのまにかプリントが置かれていた。新谷のやつもプリントを渡す時に一言声をかけてくれれば俺も叱られずに済んだというのに、変に気でも使われたんじゃないだろうか。
「早速お二人仲よさげ」
 二枚目のプリントを渡される時、新谷がそんなことを言って茶化してきた。見た目通り明るいやつなのかもしれない。そして間違いなく後ろの席で繰り広げられるこの状況を楽しんでいる。
「そんな感じでもないんだがな」と、いちおうの否定を述べておく。
 プリント後ろに渡すときにちらっと鈴村の顔を見てみれば、当の本人はまったく気にしてないようだった。相変わらずの無愛想な表情だ。
 いったいなにを考えているんだろうな、こいつは。
 少なくとも予想以上の変人であることだけは確かだった。そういう妙なところだけは原作のハルヒにそっくりだ。

       

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