Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 ○

 前坂からの質問に速攻で返信を返したくらいなのだから、鈴村と天原が付き合ってることなんかはすぐにクラス中に広まるだろうと、大方の予想はしていたものの、それは予想以上の速さで人々に知られることになるのである。
 俺個人としては授業中に二人がアイコンタクトを送り合う様子などをみつけて「いちゃいちゃしやがって」なんて一番後ろの見渡しのいいこの席から、甘い傍観に浸りたかったところもあったが、残念ながら翌日俺が教室に入った時にはすでに「あの二人の様子がおかしい」といった雰囲気が形成されていたのである。
 それもそのはずだ。
 天原が鈴村の机に朝から付きっきりらしい。もちろんそんな光景は1年1組始まって以来だ。
「サッカー部は朝練ないのかよ」
「今日から中間試験1週間前だよ」
「なるほど」
 押見がその光景を見ながら愚痴のようなものをこぼす。二人を見て微笑ましく思う奴もいれば、気分を害する奴もいるんだろう。しかし、公然でいちゃいちゃしてはいけないなんて法律も校則もないわけだから、こればかりは仕方ない。
 考査一週間前はすべての部活動が原則休みとなる。俺や押見のような帰宅部にはまったく関係ない話だが、1週間前ともなるとさすがに勉強を意識し始める。なにせ初めてのテストだ。スタートで滑るわけにはいかない。
 ちなみにいつもなら俺の席の周りに集まって話す、俺と押見と坂本の三人の朝のダラダラトークだが、本日は急遽避難し押見の席の周りで開催されている。俺の席の前があれでは、なんとなく近寄り難い。そこらへんの空気くらいは読まないといけない。
「なんだ、あいつら付き合ってんのか」
「そうなんじゃないか」
「は? いつから」
「いつからって、最近じゃね」
「昨日まであんなんじゃなかったじゃんよ」
「試験前になったから、とか」
「いや、勉強しろよ」
「お前が言うな、押見」
 俺は今日二人の関係が変わったことを知ったかのようにできるだけ演じるようにして、会話する。
 しかし、確かに付き合うタイミング的には少々悪いような気もした。昨日付き合い出したわけだし、そんな大きく勉強に害が出るようなことはないと思うんだが、せめてテスト開けまでは周りに隠していてもいいんじゃないだろうか。
 天原としては美人の彼女が出来て周りに見せつけたい気分なんだろうか。しかも、あの鈴村なんだ。意外性がありすぎると言えるだろうよ。
「お前、いいのか」
 そう押見が突然、いつになく真剣な表情でそう訊いてきた。
「何がだ」
「何がって、鈴村だよ。あんな見せびらかすように天原と話しやがってよ」
「だから、どうしたんだよ」
「お前、本気で言ってんのか」
「俺は鈴村のことが好きだったわけでもないし、保護者でもない。あいつが誰と恋愛しようと勝手だろ」
「そうかよ」
 そう言うと押見は不機嫌そうに横を向いた。いったい何だって言うんだ、普段は何にも気にしないバカだっていうのに、こういう時にだけこだわりやがって。可愛くないやつだ。
「つまりシバノンは天原に負けたわけだ」
「別に勝負なんてしてないだろ」
「じゃあ、お前が鈴村に告白してたら、OKもらえたのかよ」
「だから、そんな気はないって言ってんだろ」
 段々と険悪な雰囲気なる中、中間に入った坂本が不安そうな顔を浮かべている。俺たちがこういう言い合いは滅多にないことだった。しかし、俺もこんな風に突っ掛れて引き下がるわけにはいかない。
「なんか納得いかねーんだよ」
「知るか、そんなもん」
 直後教室の隅の方で女子たちによる歓声があがった。

「嘘!? ほんとに付き合ってるの」
「昨日から!?」
「お似合いだよ」

 どうやら堂々とカップル宣言がされたらしい。天原が顔を真赤にしているのを見る限り、昨日の前坂のメール同様、鈴村が女子から訊かれた質問にありのまま答えたのだろう。
 俺はそんな様子を遠巻きに確認した後、押見の席の近くから借りていた椅子から腰をあげた。坂本がこれまた心配そうに俺を呼び止めたが、もうすぐHRだから自分の席に戻るだけだと時間を確認させる。
 俺が自分の席に戻っても、まだ天原と鈴村は話し込んでいた。どうやらチャイムのギリギリまでこうしているつもりらしい。仲睦まじいことだ。
 しかし、カップルの話し合いというよりかは、天原の話を一方的に鈴村が聞いているといった感じだった。元々自分から話すタイプではない鈴村だったが、それは彼氏が出来ても大して変わらないらしい。
 改めて見てみるととてもイチャイチャしているとは言えないと思ったが、それでも教室内で男女がこんなにも親密そうに話し合ってるのはこの二人だけである。朝からずっとこんな調子じゃ付き合ってるように見られても不思議じゃないだろう。
 もちろんクラスの視線はそんな二人に集まっていたが、一人だけどうも俺を見ているやつがいた。見ているというかは睨んでるだな。まったく、いい気分じゃない。

 ○

 1時限目が終わり、教室を出ようとしたところで急に後ろから制服の首根っこを掴まれ、乱暴に引っぱられたものだから思わず頭から叩きつけられるのでないかと思ったが、すんでのところで踏み堪える。
「なんだっ」
「芝野くん」
 振り向いてみれば、引っ張ったのは新谷だった。引っ張られた時喉にホックが当たって少し息苦しくなった。
「急に引っ張るなよ」
「逃げるように教室を出ようとしてたから」
「別に逃げるつもりなんてなかったんだが」
「質問があります」
 突然なんなんだ、こいつは。
「はい、どうぞ」
 俺は首もとの乱れを調節しながら、仕方なく相手をすることにする。
 新谷はドアの柱に背を掛け、顔だけは違う向きを見ていた。教室のコーナー、鈴村と天原の姿だ。
 次の授業は移動教室ではないが、それでも人が出入りするこの場所で長いあいだ話し合うのは普通に迷惑のような気がした。俺だけでも邪魔にならない位置に移動する。
「随分と落ち着いてる」
「俺のことか?」
「イエスです」
 普通に話していては長くなりそうだったので、必要なことだけ話すことにしよう。この10分の休み時間に俺だって用事がないわけではないのだ。
「具体的に言ってくれ」
「芝野くんは鈴村さんのこと、このままでいいのかい?」
 またこの質問か。
「別にあいつが誰と恋愛しようが、あいつの勝手だろ」
「本当にそれで……」
「いいんだ。新谷、お前は勘違いしてるぞ。俺はあいつのこと好きだったわけもないし、彼氏ができて悔しいとも思っていない」
 そんな俺の言葉を聞いた近くのクラスメートたちもこちらをちらっと見たが、この際誤解しているのなら、まとめて解いておいたほうがいいだろう。

「むしろ、よかったなって思ってるよ」

 新谷は見損なったよと一言漏らして自分の席へ帰って行った。いったい俺になにを見込んでいたのか、逆にそれを聞かして欲しいくらいだ。
 俺は先程からこちらをちらちら見てくるクラスメートを一度キッと睨み、小走りでトイレへ向かった。
 いったいどいつもこいつも何なんだ。どうしてそんなに俺にこだわる? そんなにハルヒごっこが見たいのか?

 ○

「芝野くーん」
 昼休み中の1組の教室に俺を呼ぶ明るい声が響いた。直後俺のことを死んだような眼つきで睨む坂本と押見がやけに怖かった。
「他のクラスの女子がお前を呼ぶとは、どういうことだ」
「悪い、クラス委員の用事だよ」
 前坂がクラス委員のことで俺のことを呼んだかわからなかったが、また後々面倒なことになりそうだったので、いちおう言い訳をして席を立つ。
 黒板側の入り口で前坂が手を振りながら俺を呼ぶ。なんでそんなに楽しそうなんだお前は。
「なんだ?」
「いやあ、びっくりしましたね」
「びっくりしたのはこっちだ。いきなり呼びやがって」
「いやいや、そうじゃなくてですね、鈴村さんのこと」
 前坂がつま先立ちをして俺越しに教室の奥を覗き込む。天原との様子でも観察してるんだろう。
「鈴村さんはそれなりに有名人だからね、2組でも噂になってるよ」
 そう言えば廊下を通るフリをして教室を覗き込むやつを今日はよく見る気がする。そこまで珍しいものなのだろうか。この学年にはあいつら以外にカップルはいないのか。
「まあ、二人共まったく隠す気はないようだからな」
「いやあ、実はこの眼で見るまで半信半疑だったんですよ」
「鈴村自身から聞いたのにか」
「うーん、だって天原くんって言えば一年の中でもかなり人気の男子だよ。部活を見学してる女子だっているくらい。その天原くんの告白を承諾するなんて、なんかぶっ飛んだ行動を続けてきた鈴村さんにしては普通じゃない?」
 そんなに鈴村が普通の行動を取ることが気にくわないのだろうか。あいつの行動がすべて変というわけではないだろう。まあ、9割方変だが。
「それに芝野くん言ってたよね。鈴村に彼氏が出来たら普通の女の子になれるって。だからいいことだって」
「まあ……」
「いまのところ、私にはそうは見えないな」
「まだ緊張してるんじゃないか。付き合いだしてから一日も経ってないわけだし」
「でも、あれじゃ一方的過ぎるよ」
 たしかにそれは俺も思っていたことだった。朝からずっと天原と鈴村は一緒だが、天原が一方的に喋りかけているだけで、カップルというよりはずっと口説いてるような状態だった。
「そのうち鈴村も心開くじゃないか」
「芝野くんは楽観的だね。まあ、鈴村さんのことだから嫌がらせ受けるようなことはないと思うけど。……てかそんなの見つけたら私が絶対許さないし」
 後半怖いですよー、前坂さん。
「嫌がらせ?」
「言ったでしょ、天原くんは結構人気があるのよ」
 そう言われて何となく察しが付く。いわゆる少女漫画的な展開だ。しかし、そんなこと実際にあるのだろうか。女子は集団になると怖いから何でもしそうだが……。
「でも告白したのは天原からだろ」
 告白の情報もすでに広まっていた。昨日の放課後天原が鈴村に告白した。別に俺や前坂が広めたわけではない、鈴村が訊かれたことに片っ端から答えたのだ。
「そうだけど……。そもそもどうして天原くんは鈴村さんに告白したんだろうね。高校入って初めての告白らしいし」
 鈴村のことが気になっている男子はそれなりの数いると思うが、いくら容姿が人形のようで美人とは言え、あの性格では遠目で見守るだけに徹するやつが大半だ。
 それでも天原は鈴村に告白をした。付き合いたいと思った。あの傲慢な性格も気に入ったんだろうか。それともそれ以上に鈴村の容姿に惚れた?

「絵美ー、ジュース買いに行こうよ」

 そんなことを前坂を割と真剣に考え込んでいるところに、廊下の向こうから前坂を呼ぶ声が聞こえてきた。やはり前坂もそれなりに人気者らしい。
「ごめんね、呼ばれちゃった」
「いいよ、俺もまだ飯全部食ってないんだ」
「そっか、なんか呼び出してごめんね。鈴村さんのことをこんなに語り合えるの芝野くんくらいだから」
「なんだそれ」
「あはは、“観察者”同士ということで。じゃあね芝野くん」
「おう」
 随分と変な関係だな、なんて苦笑しながら席に戻ってみると見事に死んだ眼を維持しながらこちらを怪しそうに睨む押見と坂本がいた。そりゃ帰宅部の俺が他所のクラスの女子と談話してりゃ、おかしいだろうよ。
「おい、どういうことだ」
 さすがにまたクラス委員と言うわけにはいかないような気がした。だいたいそれなら鈴村も呼べって感じだよな。
「観察者同士の見解表明だ」
「は? なんだそれ」
 聞き返さないでくれ。俺自身よく分からない関係なんだ。

 ○

「あれ、シバノン今日は駅前まで来るの?」
「用事があるからな」
 いつもは駅への道の途中で電車通学組とは分かれるが、ときどき買い物ために駅前までついていくことがあった。何しろ駅前のスーパーの方が安いのだ。
 だいたい帰り道では俺の自転車のかごに二人の鞄を突っ込まれる。そうなると二人は手ぶらで歩いてるというのに、俺は一人かごから落ちそうになる鞄を気にしながら自転車を押すことになるので何となく損をしてるような気分になる。
「シバノンって意外とモテるよな」
 どうして突然そういう話になる。
「うんうん」と坂本のそんな言葉に押見も悔しそうながらも同意をしたものだから、こいつらのモテる基準は天保山より低いのではないのだろうかと少し心配になる。世の中の男の大半が敵に見えるに違いない。
「俺がか? そんなことないだろ」
「いや、だって鈴村さんや新谷さんともよく話すし、今日なんか隣のクラスから……」
「今日のは例外だ。あと鈴村と新谷は単にずっと席が近いだけだよ」
 だいたい坂本は男性部員<女性部員の吹奏楽部に所属しているんだから決して女子と交流がないわけではないだろうし、押見だって一部には嫌がられながらも積極的に誰にでも絡むような奴だ。そんな二人がなにを卑屈になって俺を羨ましがるのか。
「なんか接され方が好意的なんだよな。向こうから興味持って話しかけられてるというか」
 好意的、ねえ。
 たぶんそれは想い人的なものでも、友人的なものでもない。言うなれば鈴村を介しての俺への興味ということがほとんどだろう。というわけで俺が「モテる」ということとは少し違うだろう。
「モテるっていうのは天原とかのことを言うんだよ」
 言ってしまってから、しまったと思った。わざわざここで天原の名前を出すことは、墓穴を掘ることに等しい。
 第一、いまのような言い方では俺が天原に対して嫉妬してるというように取られても仕方がないし、ここから鈴村の話に発展していくことはごく自然な流れになってしまうだろう。
「鈴村さんも、やっぱり天原くんみたいな人はカッコイイって思うのかな」
「俺はそんなにだと思うがな、天原なんて」
 押見がなぜか天原に対して文句を言い出す。
「押見が天原くんに勝てるところなんてひとつもないよ」
 そして、今日の坂本は毒舌が冴える。いくらなんでもそれは言い過ぎだろうに。確かに顔も頭も運動も押見は天原に負けているが。
「俺と比べなくていいんだよ! とにかくだな、鈴村が天原に好意を持ってるとは到底思えないんだよ」
「どうして? ふたりは付き合ってるじゃない」
「たしかにカップルにはなったかもしれんが、今日のふたりの様子見てたか。天原が自慢そうにサッカー部のレギュラーに選ばれたーだのずっと話してたが、鈴村はずっと聞き流してるように机に肘を付いてたじゃないか」
「それが鈴村さんじゃない」
「たしかに天原はクールな鈴村を好きになったかもしれんがな、鈴村はどうなんだよ。ほら、愛の反対は憎しみじゃなくて無関心だってテレサ・テンが言ってたろ」
「それ、マザーテレサな」
 押見の意見はめちゃくちゃなところはあったとは言え、頷けないものではなかった。
 たしかに今日のふたりはとてもカップルのようには見えなかったし、やっぱり一方的なのだ。そのうち打ち解けるだろうと昼は楽観視したが、いまの状態が続くようであればふたりが付き合った理由がわからない。

「あのふたり、すぐに別れるな」

 ずいぶんと大胆なことをさらっと言うものだ。ふたりの目の前ではないとは言え、付き始めたカップルに対して言う言葉ではないだろう。さすがにその言葉には頷けなかった。
「押見、そんなことを言うのはどうかと思うぞ」
「じゃあ、シバノンは応援してるっていうのかよ」
「そりゃ……心の底から本気で応援してるわけじゃないけどさ、うまく行ってほしいとは思ってるよ。そう思うのが普通だろ」
 ふと、目に西日がはいって右目を眇める。まさかあのふたりがあのまま結婚するとは思っていないし、三年間付き合いが続くかどうかわからない。高校の頃のカップルなんてたいていはいつか別れるものだろう。だけど出てきたばかりの太陽にどうせ沈むんだろ、と思うのと一緒で、それはあんまりにもひねくれた見方だ。
「普通、ねえ。俺だって別れろって望んでるわけじゃないんだぜ。だけど、なんとなく長く続きそうにないなって、見ててずっと思ってたんだよ。それに、ハルヒ的な噂もあるしな」
「ハルヒ的な……?」
 どうしていきなりそんなワードが出てくrんだろうか。なんとなく違和感を感じてしまう。
「あれ、シバノン知らないの? ほら、ハルヒの話であったじゃない。涼宮ハルヒが中学のとき何人かの付き合ったけど、全部2,3日くらいですぐに別れちゃうっていうやつ」
「あー」
 坂本に説明されて、思い出すように気づく。
 ハルヒはアニメしか観てないものだから、どうも細かいことは覚えていないが、そんな話がたしかにあったような気がする。
「でも、鈴村がいまさらハルヒの行動なんて真似るか?」
「俺もその可能性は低いと思うが、いまだに鈴村をハルヒの真似事をする女子って認識してるやつも、他のクラスには結構いるからな」
 いつのまにか電車の踏切の音が耳に入ってきた。どうやらもう駅まで来たようだった。学校から歩いても意外と早くに着く。もちろんあの坂を自転車で駆け下りればもっと早く着く。そんな距離だ。
 自転車の籠から二人の鞄を取ってもらい、駅前で別れる。なんとなく押見とは朝から言い合いばっかりで気不味い感じだったが、別れるときは馬鹿みたいに笑って手を降ってきやがった。案外向こうは気にしていないのかもしれないな。
 何でもかんでも俺はあまりにも考えすぎなのだろうか。

       

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