Neetel Inside ニートノベル
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僕が仕事から帰ってきたときに、もう娘の小萌は寝てしまっていて、僕はリビングで映画を見ている妻のあゆみに「ただいま」と言う。
「おかえりなさぁい。ご飯にする?お風呂にする?それともあ・た・し?」と僕が一人であゆみの真似をして声をひっくり返して返事をするとジャッキー・チェンを見ていたあゆみが目を細めて「きもー」と言う。「んじゃ、うんこしてくるー」と僕が最近『うんこ』というフレーズを気に入っている保育園年長さんの小萌の真似をすると、あゆみは「ブハッ」と笑う。僕はそれに満足して食卓に座る。金曜の夜というものはとてもテンションが高くなる。次の日が休みということは、それだけで僕の心を癒してくれる。
こんな単純でアホな僕と暮らしてくれるあゆみは高校の時の同級生で、甲子園のあの事件で僕が精神的に落ち込んでいると思い込んで、僕に色々気を掛けてくれたのがきっかけで、仲良くなり、付き合いだして結婚した。料理上手で、人当たりが良くて、夫を見てすぐに「きもー」と言う、素晴らしくやさしい妻である。映画を一時停止にして、料理を温めてくれているあゆみには今現在なんの不安もない。ふかふかの布団で寝ているだろう小萌にも同じくなんの不安もない。これが幸せなのだろうと思う。
ただ、最近の僕は何かおかしなストレスが心の奥でウズウズと疼いている。こんな順調な人生があっていいのか、大きな問題も抱えておらず、抱えたこともない順調すぎる生活があっていいものなのか、母の子宮の中であったかい何かにずーっと包まれているような幸福感を感じ続けて、僕は一体どうなるのだろう。そんなストレスが少しずつ蓄積されていっているのである。ただ順風満帆な生活を送っていることは確かなのだ。だから積極的に問題に頭を突っ込むようなことはしたくないし、しようとも思わない。
「ご飯食べ終わったら洗っといてね」「うん。ありがとう。もう寝るの?」「うん。明日お弁当作らないといけないし。」「そっか。おやすみ。あ、映画は?」「あ、忘れてた。映画観終わってから寝るわ。」「映画あとどのくらいあるの」「うーん。一時間くらいかな」「そっか」「桂馬も早くお風呂入って寝てね」「食べ終わったら入るよ」「了解」「映画観おわって僕がお風呂入ってたら洗い物……」「やだ」「ちょっとじゃん」「やだ」「何があっても?」「やだ」「あれだ!今度あ」「やだ」「早いなぁ」「やだ」「バック買ってあげようか」「やだ」「……」「……」「……引っかかってやンの」「意地悪」
僕はこれでとても幸せなのだ。満足しているんだ。と僕は思いこもうとする。不安はないんだ……。明日は家族で海に行く。僕も早く寝よう。

       

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