ある日、大学からアジトへ戻るとディアーカの姿が消えていた。
辺りを見回してもそれらしい痕跡はない。置手紙すらない。まあ、インコだからな。
まさか地球に女ができて何処かで逢瀬でもしているのだろうか。
それとも私の手作り岩塩が気に入らなかったのか。
兎に角彼は何処へ行ってしまった。シグナルロスト。
室内の異変と言えば、コルクボードにあった調書No.73の資料写真が一枚ないこと。
それはアルミ箔を冴草君に体へ貼ってもらった時の代物だ。
「ああ、それなら俺がみっちゃんへ渡しておいたから」
この男、今何と。
「だってザマッチ辛気臭せえし」
私は彼に合鍵を持たせたことを後悔した。なぜなら、写真は私が厳選してみっちゃんへ渡そうと思っていたからだ。
全く余計なことをしてくれる。せっかくのみっちゃんと会う口実を。
いや、別に私はみっちゃんが好きとかそういのではなく、単にユニバーサルジェントルマンとして女性へ堂々とした態度でもって――。
「みっちゃん、めちゃ笑ってうけてたぞ。脈あるじゃん、ザマッチ」
ふん、当然。
広い宇宙を股に掛ける宇宙人の私に、そこいらのちゃんちゃら星の男どもが敵うわけなかろう。
しかし、
「私には妻子がいるんだ」
ここ、ちょっと切ないところ。なのに冴草君は涙しながら爆笑している。
何だろう、年頃の娘でもあるまいに。君は箸がころんでもおかしいのかい。
いや違う。これはきっとあれだ。山であれを採って食べたんだ。
この国の大学生男子はゲームと漫画を聖書とし、二次元へ多額の寄付を払う。さらに家族でもない女の子を養う義務まであると私は組織で教わった。
冴草君、君も苦労しているんだね。だからってキノコはいけない。
ほら、大好きな「侍ライス」だよ。食べたまえ。
私がいつものように差し出そうとしたその時、異変はおきた。
「いだだだだだだだだだだだ」
私は突然腹に激痛を感じた。
こんなことはこの星へ住んで以来初めてのことだ。
「お、おい、ザマッチどうした。大丈夫か?」
「痛い……」
余りの痛さに私の意識が遠のいて行く。
「――おい、――ァマッチ、――――きの――に食ったんだよ……」
冴草君の声が微妙に聞こえない。
「マッチ――、チ――、――」
す……きや……き。
目覚めると、私は病院のベットに寝かされていた。
「なあ、ザマッチ。多くは聞かねえけど、昨日の晩飯は美味かったか?」
ベッドの脇にいる冴草君が真剣な顔で私を睨んでいる。
ああ、友達とはいいものだ。彼はそんなにも私を心配してくれていたのか。
にしても、昨日の晩ご飯とは私が食べた『すき焼き』のことを言っているのだろうか。
「ああ、そりゃもう。砂糖と醤油がしみ旨で。柔らかくてつい食べ過ぎてしまった」
「そうかい」
「春菊なのか、あの香りがフローラルで何ともいえない」
他にみっちゃんの味もした。けどまあ、これは秘密だ。
ふとみると、冴草君の拳は少し震えていた。
私の意識は無事戻ったけれど、彼はまだ少し不安なのだろう。
あるいは私に難病が見つかったことを、懸命に隠してくれているのだろうか。
「冴草君、元気を出してくれ。ほら私はこの通り」
私は彼を心配させぬようなるべく明るく振舞った。
「冴草君、今度君も一緒にすき焼きを食べよう。もちろん私の驕りだ」
「死にたくなったらそうする、よ。このクソ変人」
?
どういう意味だろう。
私は何か変なことを言っただろうか。彼はちっとも喜んでいない。
それどころか、目覚めたばかりの病人をボコボコに踏みつけて病室から出て行った。
冴草君、君はまだ一様ティーンだから、時々難しいんだね。
ゆっくり大人になるといい。まあ、どうせ来年成人式だろうけど。
つづく
そういえば、ディアーカは戻って来たのだろうか。