ソースの人


 私は今日、非常に重要な人物との面会を計画している。
 相手はもちろん地球司令部の組織関係者だ。
 彼の人は私のような一般人的生活をあえて避け、自ら世の陰に潜んでいる。 
 あえてその人を呼称するなら『ソースの人』。そう呼べるだろう。
 日々あらゆる陰のもと、過ぎ行く時の流れを見つめ万物を知る。
 これこそが彼の日常。誇り高き男の生き方。
 そして情報のエキスパートとして裏社会に君臨する。
 このような人物は決して歴史の表舞台にその名を残すことはない。
 だが私は彼こそが地球司令部における最高司令官の名に相応しき人物だと思っている。
 たとえ自らその任を選ばなかったとしてもだ。
 本当に残念だ、ソースの人。機会はあったはずなのに……。
 しかし私はそんな彼に敬意を表し、それなりの風体で会うつもりでいる。
 日陰に身を置く彼の生き様、それはまさにニヒル。
 故に私もこの身に適するニヒルを形象し装ってみた。

 長いもみあげ。
 トレンチコートは襟を立てて。靴はエナメルの黒。
 タバコは2cm吸ったら捨てる。
 右手でコートの襟をさり気なく握り、左手はポケットへ。
 ロケーションには霧が必須。
 
 いい。
 いいではないか。よし。
 いざ行かんソースの人のもとへ。

 ここは何の変哲もない町中の公園。
 遊具があって砂場があり、草木があって池のある静かな公園。
 ソースの人はそのとある一角にいる。
 世の陰。つまり木陰に潜んで暮らしているのだ。
「おじさん久しぶり」
「いやぁ、アミちゃん。頭大きくなったねぇ」
 余計なお世話。
「おじさんこそまた一層ソース色に焼けて……」
 ダンボール小屋から出て来た初老の男は笑顔で私の靴を磨き始めた。
 その両手捌きはまるで、熟練した現役職人の技。
 私はこうしてソースの人と話すたび、いつも愛執を覚える。
 ああ、それほどまでに私は昔からこの人に憧れているのだな。
「で、どう最近?」
「どこもかしこも不安定だねぇ。何かの弾みで崩壊しちまいそうだ」
「うむ。この先長く現状維持は難しいか……」
 私はさり気なくソースの人の小屋を小突いた。
「どうにもならんのかねぇ、わしひとりの力では」
 珍しく彼の表情は薄暗く翳る。
「この方法でどうにかなるだろうか」
 私はそう言って密かに隠し持って来た茶色い書類を彼へ数個手渡した。
 ソースの人は早速その内一つを数cm引き伸ばす。そして目を輝かせる。
「うむ。こいつぁいい考えだ。全く、坊主も成長したもんだ」
「いつも色々してくれたあんたへの礼だよ」
 どうやら今回は私が彼の役に立てたらしい。
 持って来た書類で組織の仲間を救えるとは。私は素直に嬉しかった。
 この善意はいつか私も彼のようなビッグになるための一ステップにすぎない。
 私の胸の中で彼への憧れは今も消えない。そしてこれからもずっと。
「ありがとうよ、アミちゃん」
「ああ、また来るおじさん」
 こうして私はソースの人との貴重な面会を終えた。
 それは実に半年ぶりのことだった。

 あは、痛い。いたいぞ冴草君。
 そこは、あた、たたた。 いた、いた、いたた。
 あん、いた、 いやん。 ぐげっ。  ぐほっ。
 
 私は今、大学にてご覧のとおり友人からフルボッコにされている。
 いわゆるこれが愛の鞭というやつだろう。
 心配させてすまなかった友よ。また寂しい思いをしていたんだね。
 でも安心したまえ。私はほら、五体満足で君のもとに生還したんだよ。
 だから、もう……。

 や、いたた。
 やめ、いた。 やめ、て。 いたたた。

「痛い、冴草君。そして酒臭い」
「るせぇ。人の安眠妨害しゃがって」
 全く、本当にどこまでもツンデレエスパー・ビューティーナキボクロ・冴草。
 彼こそこの星で最も愛すべき人物だろう。(みっちゃんの次にな)
 しかし、私が地球の平和維持組織、通称『ポリ公』に拘束されて、君が丸腰で助けに来てくれた時は驚いた。
 冴草君、君は一体どんな裏金を使ってポリ公と通じているんだい。
 もしや金ではなく……。いや、あまり多くは想像すまい。
「今度公衆の面前で変態まがいなことやったら只じゃおかねぇかんな」
 今も充分只で済んでいないのだが。まあいい。そっと胸にしまっておこう。
 そんなことより早く制作室へ行こう冴草君。課題の作品作らなきゃ。
「ザマッチ、お前確かに被害者の女の人には何もしてないんだろうな」
「断じて何もしていない」
 私は急いでいたから駆け寄ってジョギング中の女性に時間を聞いただけだ。
 そこを付近巡回と銘打って公園内を徘徊していたポリ公に捕縛されたんだよ。
 迂闊であった。
 私は『地球掌握大作戦』を目論む宇宙人の一員。奴等の手に落ちればどんな末路が待っていたか知れない。ああ、考えるだけでまた恐ろしくなる。
「何もしてねぇじゃ通じないんだよ、あんななりじゃあ」
「いかんかね」
 返ってきたのはOKサインではなくパンチだった。なぜだろう。
「ったり前だろ。早朝霧の中、妙な格好で公園をうろつくな! 不審極まりない」
 冴草君、君はもしかして一緒に行きたかったのかい。
 朝の散歩は確かに気持ちいいものな。
 よし、仕方ないから次は誘ってあげよう。この天邪鬼さん。ああ、それから、
「言っておくが冴草君、ヨロシクのヨの漢字は……」
「ど――っでもいいんだよ! んなこたぁ」 

 いた、いたい。 いたた、あた。
 あたた、 やめ。
 いっ、やめて。 
 げっほぉ。
 
 
 つづく
sage