Neetel Inside 文芸新都
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1.「Loop-the-Loop」

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 まかぬ種は生えぬ。そんな諺があるくらいだ。


 発端がなければ事件は起こらない。むしろ山場もない平凡で退屈な日々が、俺が就職を迎えるまでは半永久的に続く――俺のようなごくごく普通の大学生なんかはそう考えるはずだ。
 何気なく大学の講義に出て、時が過ぎればアルバイトなり遊びに行くなりして毎日を無駄に過ごす。
 俺も今頃はそうしているはずだったのだが。
 何の運命の悪戯か、俺はこれでおよそ四年間は大学一年生を続けている。


 まず先に言っておきたい、別に学業をおろそかにして留年を繰り返していたわけじゃない。
 ましてや四十八柱あるニーハイソックスの悪魔を熱狂的に崇拝して、逐一黒ミサの会場に顔を出しては光る棒を振り回して不思議な踊りを舞ったりしながら叫び、祈りを捧げていた訳でもない。
 それどころか信者に向け布教用に売り出された音の出る円盤に同封されている免罪符を決死の覚悟で入手し、その御力によって握手会という名の魔界へ導かれ、実際にその悪魔達と握手をしたりして現世での罪を懺悔し続ける生活を送ってきた訳でもない。
 ともかく、何故か俺の年齢は十九歳のままだった。
 それも吸血鬼になったとか、不老不死の身体になったとかそういうファンタジー漫画とかによくある類のありふれた話などではなかった。
 どちらかといえば、永遠に学校に登校し続けなければならない呪いとかに近いのかもしれないが、俺が置かれているのはそんなどこかの魔法先生が出てくる漫画の真祖の吸血鬼みたいな話でもなければオカルトじみた話でもない。
 例えるなら――そう、関東で言うところのJR山手線、俺の地元で言えば地下鉄の名城線だ。
 これまでの四年間というのは環状線をぐるり一周して途中で違う経路に飛び出したかと思うと、また同じ場所に戻ってきて再び環状の線路をひた走る電車の中でひたすらゆられ続けている感じに限りなく近い。しかも、永遠に下車できる気配がなく、俺を乗せた電車は進み続けている。


 そんな四年間を過ごしてきたというわけなのだが、実際には俺の部屋の日めくりカレンダーは日付は平成二十三年七月七日からぴくりとも動いてはいないという驚くような事実がある。
 それだけではない、曜日も、天気も、朝のめざましテレビの今日の占いの天秤座が12位から不動なのも、何もかも変わっていない。
 そういえば不死身という言葉に引っかかる物があったので、俺の疑問をここで話しておきたい。ちなみにその疑問というのはどこからが死で、どこまでが生かという線引きの基準はあるのかということだ。
 多分、君達はこう答えるだろう。息をしなくなって心臓が止まったら、と。
 それを基準に考えたら、この平成二十三年七月七日という今日の間に俺は少なくとも1460回は死んでいるらしい。
 しかし俺という人間には当然のことだが命は一個しかないし、一度失われたらもちろん返ってはこない。だが、現にこうやって君に話が出来る程度には俺は生きている。
 一瞬、矛盾した話のように思えるだろうが、つまるところ早い話がこういうことだ。
 俺、庄内トオルは平成二十三年七月七日に死んだ。以後1460回ほど同日を繰り返してそれぞれ同じかほんの少し違う程度の一日を経験してまた死んでいるらしい。死んではやり直し、死んではやり直しのボス直前セーブを行ったゲームを延々とプレイしているような感覚と言った方がわかりやすいかもしれない。
 ともかく今の段階ではこの延々と無限ループする時間の狭間から抜け出す術は見つかっておらず、未だにそんな状況に置かれた原因を突き止めることができていない。
 もう誰でも良い。何も知らない君にだってすがりつきたいくらいなのだ。
 とにかく、お願いだ、助けてくれ。

       

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