「新井はね、10年前、植木を呼んだのと同じように父さんを教室に呼び出したんだよ。新井からの手紙が、家の父さんの机に入ってたからそれは間違いない。
 父さんは、机の角に後頭部を打ち付けて死んでいた。
 あいつが父さんを突き飛ばして殺したんだ。自分が父さんを殺したのと全く同じ形で死んだんだよ。おかしいだろ?」
 植木は笑わない。
「それ… 事件じゃないか。でもそんな話聞いたことないぞ…?」
「そうだろうね。当時主任だった笹本教頭がもみ消したから。新井からの手紙は取り上げられて握りつぶされたし、証拠も全部消されたよ。
 新井は10年前もチョコレートを持ってたんだよ。父さんのシャツにベッタリついてたからね。でも、チョコレートは笹本が片付けたんじゃないかな」
「そんなことが…」
 僕も母も、絶対に笹本を許さない。殺人者である新井をかばって、父の死の真相を捻じ曲げたあいつを。
「新井はさ、毎年バレンタインデーには必ずここに来て、父さんの仏壇に手を合わせてたよ。聞きもしないのに父さんの話ばっかりしてさ。
 あいつ、何て言ってたと思う?
『私は河南先生のことが大好きでした。どうして女の子に生まれなかったんだろうって、本気で悩むくらい大好きだったんですよ』って。
 毎年、毎年あの笑顔で僕と母さんに言ってたんだよ」
 クスクス笑う僕を、植木がぐしゃぐしゃに歪んだ顔で見ている。
 どうしてお前が泣いてくれるんだよ。僕が泣くところなのに。これじゃあ僕は泣けないじゃないか。
「植木、僕は… 多分母さんも、お前に感謝するよ。この10年間、ずっと耐えてきた。お前があいつを殺さなければ、僕か母さんのどちらかがあいつを殺してた」

 もう限界だった。
 誰に訴えても信じてもらえず、悔しい思いをしてきた。
 そんな僕たちを嘲笑うかのように、毎年毎年手作りのチョコレートを手に笑顔でやってくる新井。
 自分が殺したくせに、神妙な顔をして父さんの仏壇に手を合わせて。
 どんな思いであのチョコレートを捨ててきたか。
 新井が家に来たあの日から、母さんは一度も泣かなくなってしまった。僕も泣けなくなってしまった。
 母は、あれ以来一度もチョコレートを作らなくなった。買うこともなかった。
 僕の家からは、バレンタインのイベント自体が消えうせた。
 僕と母さんがどんな思いをしているか知りもしないで。
 何度あいつを殺そうとしたことか。
 でも、できなかった。
 僕が殺人者になれば、母さんは一人になってしまう。きっと母さんも同じように、僕が一人になることを恐れて実行に移せなかった。
 大切な人に、悲しい思いをさせるなんて出来なかったんだ。

「植木、僕はお前を警察に突き出すつもりはないよ。今聞いた話は、誰にも言うつもりはない」
「…………」
「新井から僕を守ってくれて、ありがとう」
「…違うんだよ。俺は…
 あいつが俺になついてたのは、きっと俺を仲間だと思ってたから。だって、俺はお前を…」
「僕たちは、友だちだよ。これからも、ずっと」
 植木がハッとした。
 ごめん、植木。その先の言葉を、僕は言わせない。だって、植木も僕の大切な人だから。
 だから、その言葉を聞くわけにはいかない。
「友だちだよな、いつまでも、ずっとずっと親友でいよう。……歩」
「………そうだな。コナン…いや、優斗。俺たちはずっと親友だ」
 
 植木は、微笑んだ。
 僕が一番好きな、植木の表情だった。