「遅くなってごめんね。晩御飯、買ってきたから食べようか」
一日の仕事を終えて帰宅した母さんが、テーブルに大きな買い物袋をドンッと置いた。
なんとなくつけていたテレビが、ニュースに切り替わった。
嫌になるくらい見覚えのある校舎が、画面いっぱいに映し出された。
寒そうに肩をすくめたリポーターが、こちらを睨み付けながら唾を飛ばす。
『卒業を目前に控えた数名の生徒を死に追いやったとされる教師、石田満(いしだみつる)の勤務していた潮岬(うしおみさき)男子高校前に来ております。
殺害された江崎光輝(えざきこうき)君と小野美幸(おのよしゆき)君は、先月の…』
僕は無言でテレビの電源を消した。
「今、テーブル拭くよ」
居間のソファーに寝そべっていた身体を起こそうとしたが、母がちょっと手を掲げて僕を止めた。
「ちょっと待っててくれる? 渡したいものがあるの」
自室に駆け込んだ母の手には、小さな箱が二つあった。
「もう、ホワイトデーなんだよね。一ヶ月遅くなったけど、ごめんね」
綺麗な小さなその箱を一つ受け取った。開けてみると、中には可愛らしくデコレイトされたチョコレートが並べられていた。
「母さん…」
「ハッピーバレンタイン、優斗」
「……ありがとう…母さん」
母の頬を、涙が伝っている。
「お父さんにも用意してるんだ。あげてくるね」
そう言うと、母は小走りに仏壇へと向かった。
僕も、自分の部屋に戻り、ある物を取りに行った。
机の一番奥にしまってある、アレを。
僕が手に持っていたために、江崎が買占めそこなった、たったひとつのバレンタインチョコレート。
僕は嗚咽をあげながら手を合わせる母の横に並んで、チョコレートを仏壇にそっと供えた。
天井から僕たちに微笑みかける父に、僕もそっくりな笑顔で微笑んだ。
「ハッピーバレンタイン、父さん」
僕の頬にも、母と同じように暖かな涙が流れていた―――――。