Neetel Inside ニートノベル
表紙

あったらイヤな、トライアングル
おにいちゃんは、いもうとが好き。

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「百合」は、一つ下の妹だ。昔から身体が弱かった。
 最近になって、入退院する回数も減ってきたが、以前はあまり学校へも通うことができず、病院のベッドに身をあずけ、本や詩集を読んでいた。
 妹が入院したときは、なにがあっても必ず、毎日見舞いに行った。

「あっ、にいさま」

 百合は、クラスのどの女よりも、華奢な身体をしていた。長い黒髪を風に揺らし、清潔な服を着た四肢は、その名と同じく、一輪の花を連想させるに相応しかった。そして胸の肉付きも貧相であるが、兄としては、そこもまた良いと思うのだ。
「今日も、きてくれたのですね」
「あぁ。当然だろう」
「ありがとう、にいさま」
 百合が微笑む。俺の胸は、熱くなった。

(百合は可愛いなぁっ!
 百合は可愛いなぁっ!!
 百合は可愛いなぁっ!!!)

 アルバムを片手に、俺は十年前の過去へと飛んでいた。自室で身悶えしそうになるのを、じっと、耐える。

 俺は、妹のことが好きだ。大好きだ。愛している。結婚したい。

 この気持ちは、十六になった今でも変わらず、むしろ歳を重ねるごとに増していた。とはいえ、熱を込めて語れば語るほどに「シスコン」という、くだらん侮蔑を投げてくる輩がいる。これが、まったく解せぬ。
 大体、血縁者であるという理由だけで、妹に対する真摯な愛情を、そのような言葉で片付けられてしまうのは、実に不愉快である。では貴様らはどうなのだと問いたくなる。
 連中は、百合の外見が『世界で一番かわいい』という事だけを理由に、

「好きです」「付き合ってくれ」「ケータイの番号交換してくれ」

 などという、安直な言葉を送りつけるのだ。許せん死ね。
 そもそも兄である俺、『霜月真一(しもつきしんいち)』に劣る男が、妹の恋人を名乗ろうとは、おこがましい。
 学業、運動能力、容姿、そして家柄と権力。そのどれもがトップクラスの条件を満たしている俺こそが、妹に相応しい男であることは自明の理であることは間違いなく――あぁ、それにしてもっ、

「百合は可愛いなぁっ!
 百合は可愛いなぁっ!!
 百合は可愛いなあああああああああーーーーっ!!!」

 このほとばしる、熱き想い。止められるわけがない。
 思わず虚空に向かってシャドーボクシングをはじめてしまう。

 ……シュッシュシュッ!!

 はぁっ、はぁっ、なかなか、やる、な……!

 ……シュシュッ、シュ! パーン!!

 三十六分。休憩なしで、フルラウンドを戦い抜き、
 ようやく気持ちを鎮めることに成功した。良い汗をかいた。

「ふぅ……さて、百合のメールでもチェックしておくかな」

 俺は、自室のソファーに腰かけ、携帯を取りだした。
 ロックキーを、妹の誕生日である「1102」と入力して解除。極秘開発のアプリケーションを立ち上げ操作。妹の携帯に届いているメールを、遠隔操作で、一通一通、目を通していく。ネット履歴もチェック。
「……うむ。特にあやしいメールはないようだし、いかがわしいサイトも見ていないようだな」
 胸を撫でおろす。愛する妹の周辺は、今日も平和であった。実に喜ばしいことだ。
「ウイルスにかかっていたりしたら、大変だからなぁ」
 不埒な考えを抱いた男に、可愛い妹の私生活が、丸見えになってしまうことを想像した。
「……まったく、怖気がはしってしまうな……ん?」
 携帯の操作を終了しようとした時だ。ちょうど、一通のメールが着た。
「ちっ、如月か」
 発信先のメールアドレスを見て、思わず舌打ちしてしまう。
 発信してきた相手は、我が『霜月家』と並ぶ、この地方一帯の有力者である『如月家』の長女、如月ユリアからだった。
「俺の可愛い妹に、なんのようだ……!」
 奴とは、幼舎部からの腐れ縁であり、幼馴染という間柄である。
 すべてにおいて、学年トップクラスの俺に類する能力を持ち、下手な男よりも見栄えが良く、優秀だった。
 そこも気に食わんが、なにより妹の名前と似通っているところが最低だ。百合もまた、この女を頼りにしている節があり、なにかと連絡を取り合っていた。
 先日も帰りが遅く、神経がすり切れる思いをしていたおりに、如月がヘラヘラ笑いながら、百合の手を引いて、霜月家に訪れた。

『いやぁー、百合ちゃんと遊んでたら、遅くなっちゃった。
 大事な妹ちゃん、連れまわしてごめんねー。おにーちゃん♪』

 貴様にッ! 

 おにいちゃんとッ! 言われる筋合いはッ! 

 ないッッ!!

 いっそ『この女ブチ殺して締め上げて、豚のエサしてやろうか』と思ったが、妹の前で暴力を振るってはならぬと、ギリギリのところで理性が押し勝った。思い出しただけで、血が昇る。
「……削除しておくか……」
 中身を確認してからな。
 叩きつけるように、ボタンを押した。
 ギリギリと、今にも、携帯をヘシ折ってしまいそうだ。


『――やぁ。こんばんは、百合。
 この前は、楽しかったね。 

 よかったら、また、遊ばない?

 明日の放課後、六時。
 待ち合わせは、前と同じ場所で。

 前よりも、すごく気持ちイイコト、してあげる。

 じゃあね』


 ……ベキッ、ベキィッ! ミシィィッ、ボギャァーッ!!!

       

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