Neetel Inside 文芸新都
表紙

人妻の独白
幸福な変化

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 カナエは同い歳の旦那さんと二年前に結婚したという。付き合ってるときからセックスは人並みにしていて、結婚してからもそれは続いていた。しかし半年ほどしてから、急に旦那さんがセックスを拒み始めたのだという。
>つまりセックスレス。ケンカをしたわけでもセックスが合わないわけでもなかったのに、急になの
 カナエの雰囲気は良い意味で馴れ馴れしかった。まるでずっと前から友達だったかのように振舞ってくれるので、こちらとしても話しやすい。もっとも、彼女はひとつ年上なので私はどうしても敬語を使ってしまうのだけれど。
>なにか旦那さんに理由があってのことじゃないんですか?
>それならその理由を言って欲しいのに、はぐらかすのよ。それから一年半ずーっとセックスレス。もともと口数の多い人じゃなかったんだけど、いったい何を考えてるんだか
 夫の心が読めないのは私も同じだった。どこの夫婦もそういうものなのだろうか。
>私のところはセックスはするけど、いつもコンドームを付けるんです。生活に困ってるわけでもないのに、子供ができるのを夫が嫌がってるみたいで
>旦那さんと話し合ったりしてるの?
>それとなくねだってみるんですけど、いつもごまかされちゃって。まだ二人でいたい、とか
>あれあれ?なんだかのろけられてない?
>いえ、そんな……
>ふふ、冗談よ。真剣な話なのにごめんね。でも、結婚して四年でしょう?それでセックスがあるなら仲は悪くないよね。しっかり子供が欲しいって事を伝えれば解決できそうなものだけど
>そうだといいんですけど。私も夫婦仲が悪くなるのは嫌なので、どうしても一歩引いてしまうんです
 今まで誰にも吐露したことのない話を私たちは打ち明けあった。カナエがところどころ茶目っぽくするのは、話が重くなりすぎないための気遣いなのかもしれない。この手の掲示板やチャットを利用したことのない私には彼女が頼もしく思えた。
>カナエさんはこういうチャットで、よくおしゃべりするんですか?
>ここ最近は毎日かも。ショウコさんみたいにお互い悩みを話し合える友達を探したり、それ以外にもね
>それ以外って何ですか?
>旦那には絶対に内緒だけど、出会い系サイトを使ってるの。男の子を見つけて、おしゃべりしたり、そのとおり会ってみたりね
 ――出会い系サイト。突然の話題に私は驚いた。全く予期していない単語だったからだ。
>旦那さんがいるのに、出会い系サイトを利用するんですか?
>旦那がいようといまいと、出会いたい人は利用するのよ。私、もう一年半も旦那とセックスしてないのよ。どこかに潤いがないと死んじゃうわ
 潤いがないと死んでしまう。確かにそうかもしれない。子供がいなくて、セックスもしないで、会話すら満足にないカナエの夫婦生活を想像するとそれだけで切なくなってくる。まだセックスや夫婦間の会話がある私は恵まれているのかもしれない。
そんな恵まれた私ですら誰かと話をしたいと思うのだ。それ以上の欲求をカナエが持っていても不思議ではなかった。
>それで出会い系サイトで知り合った人とは、するんですか?
>したくてたまらない時にね
 カナエは事もないというように言った。
>ショウコさんもどう?出会い系サイト。欲求不満なときに利用してみたら
>私はそこまで不満があるわけでは……
>そう?でも、誰かと話をしたかったんでしょう?心のどこかでは不満があるんじゃないかしら。まあ無理に勧めるようなものでもないけどね
>出会い系で夫以外の人と会うのは、不倫にはならないのでしょうか
>特定の男にいれ込んだら不倫かもしれないけど、私は割り切りで楽しんでいるから。男が風俗に行くのと一緒よ。女は出会い系で若い男を探すの、なんてね
 そういうものなのだろうか。その手の経験に疎い私には、カナエの言っていることがいまいちぴんと来なかった。
>私はカナエさんとお喋りしてるだけで楽しいですし……
>女同士じゃなくて男の子との会話も結構楽しいわよ。なにも会う必要はないのよ。メールやチャットだけで十分楽しいんだから
>もう、私を引き込まないでくださいよ
 困る私を尻目に、カナエはチャット上にひとつのURLを表示した。これがその、出会い系サイトのようだ。
>ここは使い方もシンプルで分かりやすいし、お金も掛からないからおすすめよ
 私の返事を待つまでもなくカナエはどんどん続ける。
>医者とか社長とかそういう男は嘘ばっかだから無視。それより二十代前半の学生とかがいいわ。みんな素直で話も面白いのよ。ショウコさんは年下って苦手なのかしら
 年下が苦手なのではなく、出会い系の男の人と話をするのが苦手なのだ。でもなぜだろうか、黙ったままの私はさっきから出会い系のURLに目を奪われていた。カナエの話に少しずつ引き込まれているのを感じていた。
>旦那に愛されてない私からしたら、真剣に女として口説いてくる男の子ってたまらないのよ。それに出会い系って女のほうが売り手なんだから、こっちの好きな時に男を見つけて、ちょっと話をしたいだけの時に気楽に利用すればいいのよ
>そういうものなんですか
>そういうものよ。ショウコさんって根っから真面目な人なのかな。そんなに難しく考えすぎなくていいのよ。お遊びなんだから
 経験者の余裕からか、カナエの言葉には妙な説得力があった。
 それから彼女は、無知な私に出会い系サイトの使い方を教え込んでいった。本当に興味がないなら突っぱねればいいのに、私はそれを読み進めていた。さっきまで出会い系のシステムすら知らなかった私が、彼女の話を聞いただけでもう男の人とチャットしてるところまで想像できるようになっていた。でも知らない男の人と、いったいなにを話せばいいというのだろう。
 カナエからひと通り教わったところで、この日の彼女とのチャットは終わった。
>使ってみたら、感想教えてね。楽しみにしてるから
「使いませんって、もう」
 私はパソコンのモニターに向かって実際につぶやいた。しかし言葉とは裏腹に、私は確実に興味を惹かれていた。彼女の残したURLを何度も見つめる。すっかり魅入られたような気分だ。
このままパソコンを切って離れても、彼女の教えてくれたことはずっと頭の中に残り続ける。この、モヤモヤとした気分は晴れないだろう。
「考えすぎなくていいのよ。お遊びなんだから」
 彼女の言葉はゆっくりと、しかし確実に私の背中を押した。
 時計はちょうど三時を回ったあたりだった。まだまだ時間はある。私はURLを打ち込み、不安と期待の入り交じった心持ちのまま出会い系サイト『ハッピーチェンジ』にアクセスした。

       

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