Neetel Inside ニートノベル
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僕はポンコツ
2-2『そこにも空色』

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 隣の転校生は『立川はるか』と言う名前らしい。
 
 クラスメイトが彼女を呼ぶときの名前(愛称などで呼ばれることもあるので、あまりアテにはならない)、教師が転校生を指名したときの苗字(これは確実)を組み合わせ、ようやく知ることができた。
 ……もっとも、最終的には本人にそれとなく訊いたのだが。
 
 あの日から2人は放課後、いっしょに勉強することになった。
「えっと、こう?」
「違う。ここは、こう」
「ん、んん……んぅ、こう…‥?」
「うん、そうそう」
 転校生(もう彼は名前を知ったので、これ以降は『立川』と表記する)は、言ってしまえば出来が悪かった。頭が悪い、というわけではなく、記憶することが苦手なように感じられた。
 ただ、しっかりと覚えたことに関する応用力は舌を巻くほどだった。
 
 それにしても、と彼は思う。
 彼女の唇がやけに艶めかしい。てかてかと変に光沢があるのだ。普段はほっそりとした彼女の唇が放課後になると、ぷるぷるでむっちり、やけに魅力的に感じられた(それにしても彼は彼女のことをよく見ている)。
 
 ……前に妹が言っていた、グロスというものだろうか。
 
 なるべく見ないよう意識しないよう、彼は教科書に目を落とした。
 
 
 
 その日、立川は言った。
「今日はここまでにしよう」
 何を言っているんだ、と彼は黙って考えた。まだ始めて1時間少々。ここからようやくといったところで急に終わらせようとするなんて。
「実はね、まだこの辺の地理がわからないの。
 あ、地理っていうのはこの近所の土地柄ってことで、勉強の地理ってことじゃないからね?」
「はいはい……で、それで?」
「ノリ悪いなー。
 ……で、お散歩がてらに案内してほしい、な?」
 両手を合わせ、首をややかしげ、そしてちょっぴり見上げるようにおねだり。
 
 ううむ。
 
 さすがの彼も、少し揺れる。
 この女子は自分の魅力を理解し、このようなアクションをしているに違いない。なので、ここであっさり承諾するのは負けた気分になる。
 
 いや、しかし。
 
 どうせこのままいっしょに勉強してもこちらの効率は良くない。ならいっそ帰宅して勉強するほうがいいかもしれない。
 しかも、(外見は好みの)立川といっしょに帰れる。その点は、彼も満更ではないと思っている。
 彼はあっさり了承した。
 
 
 
「あっちにコンビニ。セブンイレブン」
「へー」
「そこ曲がったところに薬局」
「ほへー」
「で、しばらく行くと公園がある」
「ナルホドー」
 軽い。返事がすごく軽い。本当に理解しているんだろうか。彼は不安になってきた。
 公園に差しかかると、立川はすたすたと公園の中に入って行った。
「うわー、公園ってひさしぶり」
「あの、早く帰りたいんだけど……」
「お、ブランコ」
 ブランコに立ち乗り、きぃこきぃこと漕ぎ始める。
 
 30度。
 
「手紙、読んでくれてるよね?」
「え、ああ、うん」
 
 60度。
 
「昨日の晩ご飯なんだった? ちなみに私はチャーハンだったよ」
「えー……カレー、だったっけ」
 
 90度。
 
「テレビとかってなに見てるー?」
「ドラマぐらいしか見てない」
 
 120度。
 
「野球って興味あるー!?」
「ない」
 
 ……て、おいおい。
 びゅんびゅんと風を切って速度を上げていく。
 
「私! 音楽ってけっこう聞くんだけど! アサダくんはどんなの聞く!?」
「ドラマの主題歌とか……て、おいおい」
 
 心配だった。ハタハタと揺れるスカートがとても危うかったのだ。性的な意味で。
 
 130度。
 140度。
 150度。
 
「いけるっ」
 
 160度!
 
「今の私ならできるっ。
 
 やれる!
 
 飛べる!
 
 羽ばたける!」
 
 
 170度!
 
 
「どりゃああああああああああ!」
 
 飛んだ。まるでアニメのような跳躍、飛行、滑空。
 空に舞う(ちょっと大げさな表現)立川がスローモーションに見えた。
 
「水色……っ」
 
 今日の快晴、雲一つない空。
 それとは別で、空色の何かが見えた。
 
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ」
 
 舞っていた彼女が着地……に失敗し、勢い余って転が……りそうなところを、たたらを踏んでとどまった。
 間違いなかった。
 スカートの中には水色(しかもフリル!)があった。
 
「だ、大丈夫?」
「いたたた……あはははは、失敗失敗」
 
 顔は笑っているが、よく見れば膝がふるふる震えている。
 彼女は自らの意思で飛び、舞い、滑空し、着地に失敗して、ちょっぴり怖い思いをした。そんな自分勝手で自由奔放すぎる立川のことが不思議でおかしくてばかばかしくて呆れてしまう、それでも妹のような可愛さと、心配で放っておけない、そんな気持ちにさせられた。
 
 こいつ。
 
 こいつ、変なヤツ!
 
「ふふふ、はははっ」
 彼は声を出して笑った。笑ってしまった。
「む、なんやねんーっ」
「ははは、ごめんごめん、いや、おもしろくって、ははははっ」
「コラー、笑うなや、コラーっ」
「だって、バカすぎるだろ、ははははははっ」
「バカ言うな、アホー!」
 文句を言う彼女も、どこか満更でもなさそうだった。
 
 それからしばらく、2人は笑い続けた。
 
 
 
 その夜。彼は眠れなかった。
「…………」
 むくりと上半身を起こし、時計を確認した。もう3時を回っている。けれど一向に眠れない。
 
 頭から離れない。
 
 あの、水色のフリルが。
 
 それだけではなかった。着地に失敗したときにスカートが捲れ、その一瞬だけ見えた、彼女の脚。
 重度の脚フェチな彼にとっては衝撃的な光景だったのだ。騒がしすぎる性格、ぺたんこな胸、低身長、わざわざ揃えたような子供のイメージ。
 それなのに、予想を反した見事な脚。無駄は肉づきのない、スラリとした小鹿(本物は見たことないけど)のような脚。
 あまりイメージに合わない水色のフリル。そこだけが妙に大人びている。無理をしているのか、それとも素なのか。そのアンバランスさがたまらない。
 
 イケナイ妄想が、彼を支配していく。
 眠れない。
 ダメだ。
 興奮してしまっているようだ。下半身がアツい。
 
 彼はティッシュを数枚抜き取り、自慰に勤しんだ。もちろん考えることは、彼女のこと。
 何も感情はない。ただ、欲望の捌け口なんだと、考えた。
 
 
 
 ちなみに。
 
 彼の妄想の中の立川は、陸上部という設定だった。
 

       

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