Neetel Inside ニートノベル
表紙

僕はポンコツ
2-append『救世主あらわる』

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 その日、彼の様子が変だった。
「おはよーはよー」と挨拶しても、手紙を送っても、よそよそしい。なにか後ろめたいことがあるような、そんなような。
 
「どーしたのさ」
 
 彼女は問う。(待ちに待った)放課後の勉強中も、ずっと教科書に目を落としたまま。
 さすがに気分がヨロシクない。顔を突き合わせる唯一の機会なのに!
 
「今日は、どーしたのさ」
「な、なにが?」
「何がやないねん。顔上げぇや」
 
 立川は彼の顔をつかみ、持ち上げ、こちらに向かせる。
 
「な、なんだよ」
 
 無理やり向かせた彼の顔が、少しずつ赤くなっていく。
 なに?
 なにその反応?
 可愛い!
 可愛いし!
 
「えと、えとえと……ごめん」
 
 ドキマギしながら勉強に戻る。手に残る温かさ、そして不意に見せたあの表情。
 ……ふわふわな気分になってしまう。
 
「…………」
「…………」
 
 変な空気。まるで、家族でドラマを見ているときにベッドシーンに遭遇したような居心地の悪さ。
 
 何があったんだろう、と考える。
 今日は普通に過ごしていた。いつものように手紙を渡して、軽くやりとりをして、こうして放課後勉強をしている。
 
 昨日は……昨日も普通だった。強いて言えば、いっしょに帰って公園に行ったぐらい。ブランコで飛んで……うん、飛んだだけ。
 公園に寄り道。なんだかこれが怪しそう。
 
「あーそやそや、そいえばなー」
 
 考えてもわからないので、思い切って話しを変えることにした。
 
「私が中学のころ、部活のときやねんけど」
「部活……!?」
「う、うん。陸上部のころ」
 
 ガサガサガサガサ!
 
 彼は教科書、ノート、机の上のもののほとんどを床に落とした。
 
「ど、どしたのっ?」
「陸上部……いや、何でもない、なんでもない」
 
 公園に寄り道、陸上部、後ろめたいこと。
 
 むむむぅ。
 
 
 
 彼女の疑問が解消されることはなかった。
 

     

 
 実家からの仕送りに入っていた、箱。
 彼女はそれを目の前に、悩んでいた。
 
 どうしてこんなものを送ってきたんだろうか。
 
 
 
 避妊具。
 家族計画。
 ゴム。
 スキン。
 近藤くん。
 
 
 
 様々な名称がよぎる。
 
 おそらく母親が入れたのだろう。中学生のころは部活(陸上部)に熱を注ぎ、浮いた話の1つもなかったのだ。一人暮らし、いい機会だから……なんてことを思い、からかい半分で送ってきたのだろう。
 彼女はそれを手に取り、しげしげと見つめる。
 
 0.03ミリの超近距離恋愛。なかなかうまいことを言ってくる。
 
「なんでこんなもん送ってくんねん」
 
 遠い地の母親に毒づく。実の娘(知ってか知らぬか穢れ無き処女)にこんなものを送ってくる親がいるだろうか。
 ……いや、親だからこそ心配するのだろう、たぶん。
 
「でもなー」
 
 箱をくるくる回すうちに、思い出す。
 彼のことを。
 
「……だってなー」
 
 授業中に見る横顔。
 ふとした瞬間、感情が浮き出る表情。
 
「けどさー……」
 
 手紙を読む彼。
 放課後、勉強を教えてくれる彼。
 
「…………」
 
(自分の失態に)声を出して笑った彼。
 カラオケではドラマの主題歌(ジャニーズの歌)を歌っていた彼。
 
 思考がどんどんと彼で満ちていく。
 
 この手の中の……コレ。コレは、そういった行為で使用するもの。そんなことを考えると、胸が高まる。
 ……どうして胸が高まるだろう。
 
 私は、彼とそんなカンケイを望んでいる?
 
「…………」
 
 たとえば放課後、いっしょに帰って、この部屋に入って。どんなふうに求められるんだろうか。シャワー、浴びさせてくれるだろうか。案外いきなり押し倒されるかもしれない。ああ見えてがっついてくるかもしれない。胸には自信がないから上は脱がさないでほしいな。陸上をしていたから脚には自信あるからそこを重点的に……て、マニアックすぎるやん! ……そうだ、キスしてほしいな。最初は軽く触れて、あとは貪るようにほしい。彼の唇、舌、吐息。気持ちいいやろうなぁ。キスのあとは見つめ合って優しい言葉がほしいな。「好きだよ」って。うわー! 恥ずかしい、恥ずかしすぎる! それでそれで、私の理性もちょっとずつ壊れてきて、つつぅと彼のカラダを指で撫でて……もう、そんな声出されたら切なくなるし……て、ちょっとちょっとぉ、もうそんな、に……まだ心の準備が……カラダの準備はできてるけどさぁ……そ、そんなのが本当に、私の中に……? わ、わ、わ、アカンよぉ……
 
 って。
 
「あー、あうあう、あう!」
 
 アブナイ、イケナイ妄想を振り払う。が、カラダは本能に忠実で正直なのか、妙な熱を帯びていた。
 ……これは、静まりそうもない。
 彼女はもそもそとベッドの中に入った。避妊具を枕元に置き、理性にそっと蓋をして、本能に身を委ねた。
 

     

 
『立川さんへ.txt』
 
 立川がそのファイルを見つけたとき、手に持っていた缶ビールを落としてしまった。3日に1本、お風呂上がりのときだけと決めて楽しみにしている缶ビール。それを落とした衝撃は計り知れない……はずだったが、それどころではなかった。
 
 手紙!
 
 アサダくんからの手紙!
 
 彼女のテンションは急上昇。ニコニコ動画の作業用BGMを止め、深呼吸。すーはー、スーハー。改めて見直す。
  
『立川さんへ.txt』
 
 間違いない! 彼から、私に宛てられた手紙!
 
 手が震えていた。矢印ポインタがフルフルと揺れる。ひとまずコピーし、デスクトップにペースト。それをさらにコピーし、バックアップを作成する。
 ひとまず缶ビールを拾い上げ、こぼれたしまったビールを拭きとる。酒の一滴血の一滴どころの騒ぎではないのに、彼女の心は弾んでいた。
 ああ、どんな内容が書かれているんだろう。
 
 まさか、告白……!
 
 まさかの告白……!?
 
「わぁぁぁぁっ!」
 
 たまらず叫ぶ。近所迷惑でも構わない!
 ふとファイル名の隣を見た。容量、1キロバイト。
 
 うわ、少な……くないよね!
 
 1キロバイト=1024バイト=全角512文字。
 そこに、彼の気持ちが書かれている……!
 
 カチカチ。ダブルクリック。ファイルを、開く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『僕のこと、どう思いますか?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………」
 彼女は急激に盛り下がった。
 コキュリ。ビールを一口。
「……はぁ」
 
 
 
「それは卑怯だよ……」
 
 
 
 カタカタと、キーボードを叩く。
 
『Re:立川さんへ.txt』
 
 ファイル名を変え、返事を書いた。
 

     

 
『Re:立川さんへ.txt』
 
 
 
『僕のこと、どう思いますか?
 
 悩みがあるのなら直接言いなさい( ̄へ ̄)
 私は、何でも聞くからさ』
 

       

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