Neetel Inside 文芸新都
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少女よ早く僕を踏め
【兄妹編】 前編

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 話を遡ろうと思う。
 体育倉庫に行く十分ほど前に、加奈から電話があった。僕は廊下に人がいないのを確認し、電話に出た。
「もしもし」
「あ、お兄ちゃん? 今青ちゃんが体育館に向かったよ」
「そっか。新山はどうしてる?」
「お兄ちゃんの予想通り、大分前に男の子数人と体育館に入って行ったよ」
 やはりそうか。今日やたらと男子の、しかも比較的素行の良くない奴等が欠席していた。それにしても分かりやすい。
「お兄ちゃん、これからどうするの?」
「空島を助ける。それで計画は終わりだ」
「いよいよ時が来たんだね」受話器の向こうで加奈が意気込む。
「ああ。……ところで加奈は今どこにいるんだ?」
「西校舎の四階の空き教室だよ。お兄ちゃんに言われた通り、お兄ちゃんのクラスの花山って人に尋問してたの」
 なるほど。西校舎──この校舎の四階、あそこからなら体育館の入り口が見えるし、教室も授業で使われずに机や椅子の物置になっているだけなので誰かがやってくる可能性も低い。考えたな。
「それで、花山は何か吐いたか?」
「うん。新山さん達の行動に乗じて友達と一緒に青ちゃんに嫌がらせしてたって。日頃から色んな事で鬱憤が溜まってたらしくて、ここぞとばかりにストレス解消してたみたい」
「なるほどな」
 空島と花山、元は仲の良いグループだったはずだ。それなのに平然とこう言った陰湿な行動をやってのけてしまう。
 友達、という言葉の薄っぺらさに寒気すら覚えた。
 いや、それは僕らも一緒か。
「それで、花山はどうしてる?」
「気絶してるよ?」
「気絶?」穏やかではないその言葉に僕は眉をひそめた。「暴力でもふるったのか?」
 花山が嫌がらせに加担しているかどうか聞き出すよう加奈に依頼したのだが、一体どう言った手段を使っているのだ。
「やだなぁ、お兄ちゃん。そんな証拠が残ることする訳ないじゃない。ちょっと下剤を飲ませて限界ギリギリの排便感に襲わせたり、その状態で体の色んなポイントを刺激して気持ちよくしてあげただけ。ムーニーマンがすごく役立ったよ」
 その行為を『だけ』と言い切ってしまう自分の妹。
「多分花山さん、もう私に逆らわないと思うよ。堕ちたから」返事する加奈の声には感情がない。
「まぁあまりやりすぎるなよ。程ほどにな」一応たしなめておく。
「やだなぁ、分かってるよぅ。そんなことより、お兄ちゃんは今どこにいるの?」
「西校舎一階だよ。これから体育館に行って空島を助ける。加奈、合流できるか?」
「うーん、ちょっとこの部屋汚くなったから後片付けしなきゃ駄目だけど、それほど時間は掛からないと思うよ」
「じゃあ僕は先に行ってるから、終わり次第すぐ来てくれ」あえて何故汚くなったのかは尋ねないでおく。
 僕は電話を切ると、体育館へ向かった。

 空島がクラスで孤立するきっかけを作ったのは僕と加奈だった。僕達が本来の生活に戻るために、僕の描いたシナリオを実現するために行った。
 シナリオの内容は実に単純明白だ。
『空島を強姦させ、それを僕と加奈が助ける』
 空島の靴箱の鍵を壊し、中のスリッパをズタズタにしたのは僕だ。前日、誰もいなくなるのを見計らって鍵を壊し、ボロボロにして彼女の机の上に置いておいた。
 僕の中学時代のプリントを切り刻んで教室のゴミ箱に詰める作業もその時に行った。もちろんそのままだと目立つのでゴミ箱はロッカーの死角となる位置に置いておく。
 次の日の昼休みになり、僕が教室から空島を連れ出したのを機に加奈がゴミ箱を移動し、中に切断した教科書の背表紙を見えやすく入れる。もちろんこの表紙は僕の物で、それに空島の名前を書いただけだ。
 こう言う行為は他クラスの加奈がやると目立つと思ったのだが、意外にも上手くやってくれた。まぁ僕のお尻の拭き方まで把握しているのだから今更この程度の仕事をこなしたくらいでは大して驚きもしないが。
 正直これは失敗しても良かった。駄目だったら駄目だったで、別の手を考えるつもりだったからだ。
 ようは空島が無罪の新山を犯人と決め付け、クラスでの立場を失ってくれれば良かった。
 スリッパを見つけて勘違いした空島が新山を犯人と断定して暴れてくれても良かったし、結果さえ一緒だったら何でも良かったのだ。だからゴミ箱の段階で空島が切れてくれたのは運が良かったと言える。早期で決着がついたからだ。
 彼女が新山に迫ってクラスの注目を集めている時に、僕がゴミ箱から名前の書かれた表紙を回収した。
 空島がクラスの前で僕が虐められているとばらしたのは想定外だったが、それはそれで僕に変な罪悪感を抱いて大人しくなったので好都合だった。
 偶然僕と新山が店内で会話している所を見られたのも幸運だった。弱っていた空島を更に追い詰める事が出来たからだ。
 後は数日放置して、弱った所で加奈と接触させる。僕と仲直りするよう仕向けさせ、空島を店に誘導する。
 予定では新山の目の前でこれ見よがしに空島と仲良くするか、空島を店に通わせて新山と接触させるつもりだった。僕と仲直りする事で空島を調子付かせる。そうすれば嫌でも新山の視界に入り込んでくるだろう。そしてプライドの高い新山は僕を盗られたと思い込み、そして空島を排除しようとする。そうさせるつもりだった。
 だから空島と新山が昨日店の前で接触してくれて手間が省けた。
 単純で猪突猛進、おまけに妙に正義感が強い空島。
 プライドが高く、女王様気質の新山。
 二人の行動は面白いくらいに予測しやすかった。
 加奈に花山智を尋問するよう言ったのは、この分かりやすく単純な事件に余計な要素を加えたくなかったからだ。さすがにあそこまで加奈が徹底するとは思わなかったが、これでもう彼女が余計な事をする心配はないだろう。

 体育館の二階で加奈を待っているとチャイムが鳴った。どうやら四限目はサボりになりそうだ。加奈が現れる気配はない。どうも片付けに手間取っているらしい。一体どういう状況になっているのかは想像しないでおく。
「これ以上待っていると間に合わなくなるな」
 ヒーローは遅れてやってくると言うが、あまり遅すぎると取り返しがつかない。
 もっとも、自分で仕組んだことをなのでヒーローとも言えないが。
 強いて言うなら、ダークヒーローだろう。……自分で考えて恥ずかしくなる。
 仕方ないので単騎で乗り込もうとした矢先に、武器を持っていない事に気付いた。新山を除くと相手は四人。出来れば無傷で勝ちたいが、ゴリゴリの男子相手に、四対一で、しかも無傷とは条件が厳しい。無傷どころか、勝てるかどうかすらわからない。もちろん自信がないわけじゃない。そうでなければこんな計画練らない。
 何か武器はないかと周囲を見渡すと、何故かトイレのすっぽんが靴箱に横たわっていた。これの名称は何だったか、まぁどうでもいい。すっぽんだ。他に武器になりそうなものはない。
 仕方がないので僕はすっぽんを手に取った。ゴムの部分だけズボンのわき腹に挟んで棒を腕で隠せば誤魔化せそうな気もする。引き抜く時も丁度居合いの形になるので使いやすい。まぁばれたらばれたでこれを武器にするとは考えがたいだろう。ついでに髪型を乱し、全体的にみすぼらしくしておく。
 準備が整った辺りで、僕は体育倉庫へ向かった。手遅れじゃないと良いけど、そう思いながら。

       

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