Neetel Inside ニートノベル
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彼はヒーローですか?
第7話:そして彼は

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 俺が初めて活動を休んだ日から数日たった。今日も俺はヒーローをしている。自分は何故こんなことをしているかの答えは出ていない。ただこれを義務であると無理やり錯覚して今動いている。錯覚せずにはいられない。
 俺が休んだ後、二人は相変わらずいつも通り接してきた。
「昨日ゲーセン行ったんですよ。楽しかったから今度一緒に行きましょう!」
 その小浦の楽しそうなら顔を見た時、複雑な気持ちになった。彼は何も悪くないのに、何故か苛立ってしまう。理不尽な苛立ち。それにたまらずヒロミの方見る。ヒロミも俺に微笑む。
「次は三人で行こうぜ」
 その言葉に今度は切なくなる。俺が居なければお前は好きなように、行きたい時にゲーセンに行ったりファミレスで友人と談笑できるんだぞ? 俺はお前の『普通』を奪っているんだ。なのに何故微笑む? ただそれを聞く勇気の無い屑な俺は、ヒーロー活動を義務として彼女の普通を奪われるのことが仕方ないことにしている。
『ゆがっためーる♪』
 不意にメールが入る。内容はいつも通り現在起きている犯行のことだ。俺は無心でそこに向かう。何か考えていると、自分が自分で無くなりそうだからだ。
 現場は路地裏の行き止まりだった。といっても事件などとは無縁なくらい静かな場所だった。辺りを見渡す。争った形跡は無い。たまにある冷やかしか。こんな時に限って……。頭を少し下げ嘆息する。ふと張り紙が目に入った。それはこの静かな路地裏には異質なものだった。地面に張ってあったからだ。何故気がつかなかったのか。自分が上の空だったせいか。とにかくその紙を拾い上げる。そして直ぐに絶句した。
「私はヒーローの正体を知っている。ばらされたくなかったら今日二十三時に――」
 読むのを途中で止めて紙をグシャグシャに丸めた。
「ふざけるな」
 その小さな声は怒りに似た恐怖で震えていた。これはただの悪戯だ。そう強く思った。ならばその時紙は捨てれば良かっただろう。だが愚かな俺はそれをポケットの中に突っ込んだ。

     

「会長さんの様子がおかしい……ですか?」
 夏休みも間近に迫ったある日の昼休み、ヒロミは神妙な面もちでそう言った。最近の彼の様子を思い出す。だか特に思い当たる節は無い。強いて言えば初めて屋上に来ていないことくらいだ。
「いや、絶対おかしい」
 ヒロミは熱弁する。何がおかしいのかは分からない。ただ明らかに以前と違うと。そうは言われてもいまいちピンと来ない僕には糠に釘。終いにはその態度にイライラし始めた。

『三年二組の元生徒会長、至急数学科の山下の所まで来るように』

 不意に放送が入る。ヒロミはばつが悪くなって小さく舌打ちをした。どうやら会長さんは学校にはいるようだが、此処に来ない理由が気になる。結果として会長さんの様子がおかしいということに繋がることだ。ここにきてようやく僕も少し心配になってきた。
 その日のヒーロー活動に会長さんが連絡も入れずに休むと、いよいよことの重大さに気づいた。ヒロミの苛立ちも限界に達したらしく、自前の金色のバットをがむしゃらに振り回していた。メールも電話も応答無し。事故にあったのではと心配したがそれを確かめるすべもない。結局この日は何もせずに帰ることとなった。

 ところで最近僕はヒーローについていろいろ考えるようになった。多分間近で本物のヒーローを見ていたからだと思う。正義のために戦う。悪を絶対許さいない。それがヒーローだと考えていたが、それが変わってきた。会長さんはヒーローと呼ばれているが、正義のために戦っているわけでもなければ悪を絶対許さいないわけでもない。でも彼はヒーローと呼ばれている。何故か? それを考え続けて、自分なりに一つ見つけたことがある。

 ヒーローは何かを守る人。
 
 僕から見た会長さんはいつもこの街を守っているように見えた。確かにやっていることは小さい。小さいがそのどれを見ても結局は街を守るためにやっていること。だから彼はヒーローなのだ。


 しかし無断で休んだりはちょっと宜しくない、せめて連絡をくれればなあ、と僕は思った。


 ◆◆


 その日の夜――

 町外れの廃ビルの屋上に俺は立っていた。昼間温められた空気が少し冷めて、それが湿気と混ざって気持ち悪い風となって吹きつける。しかし空は清々しい位晴れていて、月が明るく俺を照らしていた。まったく、こんな手紙なんかに踊らされている自分が情けない。無断で活動も休んでしまったし、最近の俺はどうかしている。
 自分を鼻で笑った。
「ちゃんと来てくれたようだな」
 屋上への入り口の向こう側から声がした。少し驚きながらも俺はそこを凝視する。カツリ、カツリと靴の音が近づくとともに人影が近づく。そして月明かりに照らされてゆっくりと全体があらわになっていく。
「あなたは――」




     

 翌日の昼休み――

 僕は四時間目が体育だったので少し遅れて屋上へと続く階段を駆け上っていた。後少しだろうか? そう思い上を向くと、突然ヒロミと目があった。「遅れました!」と挨拶するも、彼女はまるで僕がそこに居ないかの如く扱い階段を駆け下りていった。
 様子がおかしいとはもう既にここで気づけた。僕は恐る恐る屋上へと足を踏み入れる。いつも通り会長さんがそこに居た。コンビニの袋を近くに置いて座っていた。後ろ姿はいつもと何等変わりは無かった。だがヒロミのあの態度と会長さんが昨日休んだことを考慮にいれれば、きっと何かがあったのであろうことは確定的。僕は出来るだけいつもの態度を意識しながら、会長さんに声をかけた。
「やあこうらん。昨日は休んで悪かったねえ」
 そこに居たのはいつもの彼だった。少し混乱したが、自分の考えすぎだと結論し、「そうですよ! 今日は頑張りましょうね!!」となるだけ明るく言った。
「変わらないねえ。その態度。変わるのはいつも俺だ」
「へ?」
「いや、変えられたってのが正しいかな? それだけ影響力があるからな」
「あの……なんのことですか?」
 僕は呆然と立ち尽くす。それをよそに会長は天を仰ぐと、そのまましゃべり続けた。
「小浦、君が現れてから俺は変わった。最初は二人で頑張ってた。楽しかった。でも三人になった。君と会って。嬉しかったよ。友達が、秘密を共有できる人が増えて。でも、何故か片隅では君を嫌がってた。多分ヒロミを取られると思ったからかな? 俺の友達を取られると。こんな感情は初めてだった。これは君に出会ったことで生まれた変化だ。そしてこれも……」
 そう言って会長さんはすっと立ち上がり跳躍した。僕に背を向けて普通にピョンと飛んだだけ。これが変化? 僕は首をかしげた。
「これが俺の今の限界」
 しばしの沈黙。その言語を音として聞いてから、その意味を把握するのに時間がかかったからだ。血の気がさっと引くとともに体の末端から震えがくる。
「俺、もうヒーローじゃないんだ」
 笑っているのにぐしゃぐしゃになった顔で会長は、その絶望を僕に打ち明けた。
 
 

       

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