Neetel Inside ニートノベル
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 ロイワラ館内 女風呂大浴場

 こんなのが存在するなんてここは旅館なのかと。
 たしか京都に位置するこのロイワラなら考えられることだが、建物外観から察するにして、そんな和風なものは感じられなかった。
 しかし、目の前に広がる大きな水面があるとすると、やはりそこは大浴場になっている訳で―――。
 そんなことを何度も考え、現実から逃げていた。
 目の前の光景はなんとも刺激的なのだ。



「じゃあ、ここで話そうかな」
背中からそのような声が聞こえる。おそらくナナさん。
 現在、僕の目の前には壁。
 みんなの裸姿を見ないために、浴槽内で一人だけ外側を向いている形だ。
 あの時、僕とナナさんだけになるのかと思っていた。いやそれでも十分ダメだと思ったけど、今の現状よりはマシだ。
 今はロイワラの女性メンバー全員がこの大浴場にいる。目のやり場が困るのですぐにでも撤退したいのだが、それもできそうにない。右手をサーシャに、左手を愛さんに掴まれている状態である。完全に拘束されている。
「こっち見ないと聞こえないよ?」
「いえ・・・だ、大丈夫ですから話を始めてください!」
 ナナさんが呼んでいるが、向いたらダメだ。社会的に悪いのは僕であることは変わりない。
「愛さん。最初の任務です。フィオ君をこちらに向けてください」
「はい」
 え、何でこんな意気投合してるの?昨日までは殺そうとしていたのに。
 その団結力に負け、結局前を向こうとする。
「なっ・・・!」
 一気に見慣れた壁のほうに戻る。
 みんなタオルとか巻いてないじゃないか!一体どうしろと・・・。
「フィオ君、日本のお風呂では湯船にタオルを入れてはいけないのだよ」
 見透かされたようにナナさんに言われる。
 完全に手図まりであった。どっちにしても、みんなの裸を見るわけにはいかない。
 仕方なく、みんなのいる方を向くが下向きにし、なるべく見ないように気を付ける。
「白露さんやサーシャはともかく、蘭子さんや愛さんは恥ずかしくないんですか!」
「私は別に大丈夫ですよ」
「私も平気」
 どうしてこう普通じゃない人ばかりなのかと思ったが、それも仕方ないと思ってしまった。なんせここは―――。
 考えるのをやめ、話を聞く。
「ま、ちょっと長くなるから湯あたりしないように。入学の時に、フミに説明してもらったと思うけど、ここ「ロイワラ」の目的は世界征服。これは冗談ではなく、本当に。サーシャ君、例えば世界征服という言葉に対してどのようなイメージを持つ?」
「んー、あんまりいいイメージはないかなー。敵役のよくある野望みたいで、悪のやることな感じです」
 サーシャが答える。確かに、ヒーローは悪の野望を打ち砕くために戦うのは定番のシナリオだ。そしてたいてい敵側は世界を支配しようとする。それを阻止するため戦うヒーローには僕もあこがれていた。
「そう。普通はそういうイメージだよね。じゃあ、正義と悪がたたかって、正義が勝つ。それで正義は何をしたことになる?」
「正義のヒーローさんたちは世界を守り、平和を守った!―――とか?」
「なるほどね。平和を守った。言い方とかえてしまうけどそれはつまり、世界の変化を止めたということにならないのかな?」
「どういうことですか?」
 愛さんが食いついてきた。実に珍しい。
「つまり、この世において世界を変えようとする者は敵とみなされ平衡を保とうとする物は正義とみなされる。人間、平和が一番と考えるもので、変化を与えようとするものを敵視する。現にこの日本帝国が民主主義を撤廃した際、様々な物に王は叩かれた。でも数百年でそのようなことはなくなった。それは国民にそれが正義だと植えつけたからだ。」
「難しい話ですね。それじゃあ、世界征服なんてまったくもって敵側になると思うのですが・・・」
 蘭子さんが問う。
「私は今の世の中を変えたいと思っている。現にこの日本帝国も素晴らしいと思っているし、ここに住みたいとも思える。けれども、その中にはいまだに格差があったり、犯罪や事件があり、平和なんて言葉にはほど遠い。だから私は完璧な世界を作りたい。そのためにこのギルドを作った。―――というのが本筋かな」
 ナナさんの目的は世界征服。ただ人民を虐殺や支配をするのではなく、完全なる平和を持つ世界を作るために、世界の支配者になるというものであった。
 普通、だれもこんなことは思いつかないだろう。各国にはその政府が存在し、それらを倒さないかぎりその地を得ることはできない。そしてその政府を守る国際機関が存在し、それも倒す必要がある。その鉄壁に立ち向かうことなど考えるだけ無駄だ。
 ただ、この人は本気でやろうとしている。そして僕もこの人ならついていける。そんな感じがした。
「まずは日本の政府を支配しようとおもっている。そのためにこれから1ッか月、練習して強くなってもらう必要がある。それでもついてきてくれると思って、私は君たちを選んだ」
「お、久しぶりに聞くねーその言葉」
 声から判断して白露さんだと思う。
「お、フィオ君やっぱりこっちに来たかったんだ。どうぞどうぞお姉さんのところにもぜひぜひいらっしゃい!」
「いえ、遠慮しときます」
 バシャっと水しぶきを上げて両手を挙げて誘っている。それだと完全に前が見えてるので下げていただきたい。
「そして練習内容に関しては、各個人で違うから後で伝えます。それとメンバーカードも作成しといたから、それもあとでフミから受け取るように」
「わかりました」
「はーい」
「了解です」
「―――はい」
 それぞれ返事をする。
「それと、愛君には言っておくけど、いずれ加越能のやつらとはかならず戦うことになる。そしたらもう二度と戻れないけど、それでもいいんだね?」「わかってます」
 そう短い返事を残して先に愛さんが浴室から出て行った。
「ありゃりゃ。14歳であれだけの判断力を持つとは。それとも、感情に身を任せたのか」
「一つ聞いていいですか?」
 気になったことをナナさんに聞いてみる。
「その―――愛さんはなんで夜遅くに一人ぼっちだったんですか?」
「ああ、彼女は家から逃げてきたのだよ。あの加越能は彼女を物として扱った。だから彼女は家から逃げた。ただそれだけのこと」
「親は心配しないんでしょうか?」
「きっとするだろうね。彼女がいなければ、資金力がなくなる。グループ企業として位置する彼らも彼女の能力なしではグループ全体の維持は不可能。企業なんてものはたいてい赤字のこの時代で、グループでいようとするなら必要となる」
 そして、予想していた現実を言われる。
「愛君は今も捜索中であり、捕まれば二度と外に足を踏み入ることはできない。それは確実だ」
 僕も深く考える。過去のことを思い出す。
「君は、あのマシュロマー家の長男、かつお菓子製造会社「マシュロマー」の現社長。それまでは合ってるかい?」
「どこで入手したんですかその情報は・・・」
 僕はそのマシュロマー家で生まれて、社長である父親の経営している会社についても幼いころから学んでいた。もちろん継ぐつもりだったし、現に社長として経営も行っている。
 一応、社長という立ち位置だが公で公開されているのは、父親とともに事業を立ち上げたご友人の方が全て行っている。公表している社長名もそっちのほうだ。僕が立場上本当の社長というのは内部しかしらないはず。
「フィオさんは社長だったんですか?」
「ええ。形だけですが・・・」
 蘭子さんにも聞かれる。やはり珍しいものなのだろうか。
 そんな生い立ちをとばし、ナナさんが言う。
「君は両親に愛されている。そう思うかい?」
「はい。とっても」
「うん。もちろん」
 サーシャも答えてくれた。
「それが普通の家庭であり、理想だ。ただ、彼女の場合は違う。親への意識はない。ただの名義のみの存在。そして自分が権力を持ったところで、加越能というグループからは逃れない。それが彼女の運命」
「愛さん―――。」
 話を聞く限りでは、僕よりもなんだか難しい生活をしているみたいだった。両親のことは僕は大切だったが、愛さんにはどうでもいいらしい。僕にはそんな感情なんて理解できない。
「加越能のグループ事業っていっぱいありますよね。便利なものもいっぱいありますし」
「蘭子君が言うには、加越能グループの店舗は良いということだね。しかし中身は金を収集するための道具にしかなっていない。結局は金で日本を征服しわが物にしたいというわけだ」
 ナナさんが湯船から出る、と思う。見えてない見えてない。
「悪とか正義とか。そんなものはあまり深く考えない方がいいよ。自分の考えを共感できる人間もいれば、まったくもって反対の人間もいる。表面だけ繕うことなんて誰でもできる。結局のところ政府の実態もそうなのだよ。中身は自己の利益を優先し、国民から搾取する。そして国際的に保護され、だれも手出しできない。国民も感覚がマヒしてこれが日常となっている。」
 浴室から出る直前、最後の言葉を残す
「私はこの偽りの平和を破壊したい。ただそれだけだよ」
「・・・」
 話のスケールが大きすぎて、処理が追いつかない。
 世界征服。それは人民を支配するものではなく、平和をもたらすというものだろうか。
「お兄ちゃん、もう出る?」
「うん―――そう・・・するか」
 浴室から出る。その時から考えることでに精一杯で、周りの環境なんか気にならなかった。
 
 

 長い髪をドライヤーで乾かしながら、考える。考える。考える―――
 世界征服。両親はお菓子シェア世界一位の企業にした。それってやっぱり支配なのだろうか。他の企業を呑み込み支配し大きくなる。これもやっぱり自己の利益を大きくするためなのだろうか。
 僕にはそんな両親には見えなかった。とにかく自身の職業を天職として愛し、仕事をしてきた。そんなはずはない。
 ただ、これまで信用してきた政府自体が利益優先の悪企業であると知ってしまうと、ショックの反動が多きい、そしてそれに立ち向かうことも不可能であるというのもわかると、あきらめたくなる。
 これは完全にはめられていたのではないのだろうか。一体だれが、世界共通で帝国主義にするようにしたのだろうか。その人の思惑に全世界の人がはまっているのではないだろうか。
 自身に問いかけても何の解決にもならない。
 気分を変えようと、手元のカードを見る。
 あの後、フミさんからカードを受け取った。黒いカードで表には顔写真のついたメンバー証。裏にはなんか署名欄があった。どうやらこれはクレジットカードらしい。買うものがあるならこれで買うようにとか言ってたけど、本当にいいのだろうか。
 時刻は正午になる直前。とりあえず、昼の練習の準備をしなければ。
 
 自室に戻りクローゼットを開く。中には例のフリル地獄の服が多い。朝の戦闘時に気付いたが、自身が痛みを伴ったのに、服自体には何の損傷もなかった。どういう素材をしているのかが謎だったが、やはりただの衣装ではないらしい。
 とりあえず、一番右の服にする。選ぶ目安もないので、とりあえずスカートの丈が長いものを得らぶ。白と黒を基調とした衣装で、まさしくナナさん好みのものだった。大きなリボンまでついてるし。
 その衣装を片手に取ったらチャイムがなった。誰だろう。
 ドアを開ける。前には黒い衣装。
「失礼します」
 その黒色のドレスがしゃべっている。一体どういうことだ。
 前を見直す。黒色は変わってない。
 上を見る。そして目が合う。
「愛・・・さん?」
 自分よりも背が高い。というかここのみんなは自分よりも背が高い。
 そして、無許可で入ってくる。真ん中のソファに座る。ここから出る気はないみたいだ。
 僕には人を動かす力はない。それだけ無力だ。
 僕もソファに座り、話す準備をする。昼のまぶしい光が部屋に入って、広々と感じる。
「それで―――どうしたんですか愛さん?」
 まずはここからだろう。
「フィオさん。ちょっと話があるのですがよろしいでしょうか?少し長くなりますが・・・」
 本日2回目の長い話。今日は聞く側なんだろうか。
「私がここに来たのは、誘拐されたわけですが。私の願望でもあります。総長から聞いていると思いますが、私は加越能のところの令嬢であり、そこでの生活が嫌だったので、逃げてきたのです」
 それはお風呂の時に聞いたこと同じだ。
「それで昨日の夜、街中に逃げていました。この時期は家の警備も薄くなるので。その街中で歩いているところで、あの総長に連れ去られました。でもそういう経験は初めてじゃなく、何回もありました」
 あの人はなに堂々と誘拐をしているんだろう。さっき言ってた平和はなんだったのだろうか。
「でもあの人は違った。『この世界を変えたくないか?』とか言ってきた。普通じゃ考えられない。あんなことを言うなんて頭がどうかしてる。でも私はその時生きることがつまらなかった。うなずいただけだった。そのあと、何も言わずにつれて行かれたという訳」
「ナナさんを殺そうと思っているんですか?」
 知りえる情報は変えた。おそらくこの話題は終わっているので次の話題に変えてみる。
「私は総長が憎いわ。あんな自由奔放な人間、現代社会では邪魔にしかならない。社会に貢献しようとしない人間が私は一番嫌いです。そんなやつは殺してしまっても変わらない。社会的には一時的な変化だけで世間は何も変わらない。そういう影響力のない奴が何をやっても無駄。何も変えられない」
 相変わらず、複雑な考え方をもっている子だ。自分よりも年下なのに、生きる世界が違っている。
 ただ、そうさせたのはこの子の意思ではなく、親のほうだ。お風呂でナナさんから聞いた時から思っていたが、この子はあまり外の世界をしらない。
 大きな規模で動く社会に生きているから微弱なことが感じられない。結果のみが全て。そんなのは機械の生産ラインと同じだ。
「愛さんは自分のグル―プからは逃げられないと思っているんですか?」
「フィオさんはまだ何も知らないんです。加越能の裏側を。あれは絶対に崩れない砦をもう作り上げてしまった。だからみんなはそれに従うしかないのです。それは私も同じ。またお金を生み出す機械として働く」
「だったらそれ以上の砦を作って自分の思うように人民を従えればいい。壊せなければそいつらも逆に利用すればいい。この世に完璧なんてものはないんです。絶対に」
「・・・」
 なんか驚かせてしまったようだ。自分でもなんでこんなこと言ってしまったのだろうと後悔している。
「まったく、愛さんはもっと笑顔でいたほうがいいです。せっかく綺麗なんだから、もっと―――こう、スマイルスマイル」
 そういって愛さんの頬を人差し指で釣り上げる。口元が円弧になり、笑って見える。僕も初めて見た笑顔。
「フッ―――貴方は性格からして穏やかな人だと思いましたが、意外と率先的なんですね」
「えっ・・・」
 何を言うかと思ったら、そんなことを。今まで率先的なんて初めて言われたことなんてなく、戸惑った。
「そうですね。結果を見越してしまう考えはダメなのだと。そんな舵を無くした私はフィオさんの発言に懸けてみますとします。責任―――とってくれますよね?」
 な、な、何をいきなり言い出すのやら。なんだこの展開。一体どうしてこうなった―――。
「気が楽になりました。ありがとうございます。ただ、先ほどの質問『ナナさんを殺そうと思ってるのですか?』答えはYES。私は総長の真意を問いたい。そういうことでもしなければ、あの人は口を開かないから」
「それでもいいんじゃないかな。愛さんらしくて」
「以外です。貴方は総長のことを誇りに思っているのでは?それを殺そうとする私が憎くないのですか?」
「その答えもいずれ君自身が見つけ出せれると思うよ」
 そう言った後、愛さんが部屋から出ていく。
 あの発言で大丈夫だったのだろうか。
 理解してもらえたのだろうか。
 それだけが不安だ。
 自分には力がない。権力がない。何も変えられない。
 そんな自分だけど、今回だけは不思議なことにちょっぴり自信が持てた。 

       

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