Neetel Inside 文芸新都
表紙

La Campanella −来訪者−
[Ⅲ]

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   3

 異世界のひとたちは、そりゃすごかった。
 わずか百年やそこらで、世界をまったくべつものに作り変えてしまったんだからね。
 月のテラフォーミングなんかも、あのひとたちの技術さ。ぼくの先祖が、なんか冗談ですげえ安く月の土地を買っててね。大掃除のとき権利書が出てきてさ。これが有効ってんだから、ご先祖様には足を向けて寝られないね。
 その土地を売ってうちは莫大な財産をこしらえ、ぼくもこうしてぶらぶらしてられるってわけさ。
 まあそこらの事情はいいとして。
 異世界のひとたちが来た目的? じゃあそこから話そうか。
 アルビオンの王様に異世界人……当時は「来訪者<ビジター>」って呼んでたそうだけどね。「来訪者」の代表はこう言ったんだ。われわれに世界を救わせて欲しいと。
 それはつまり、「管理させろ」ってことだったんだけどね。
 「来訪者」の正体は向こうの世界のまあ、王様。「管理局」の人間だったんだな。いまこの世界を管理してるやつらもその末端さ。
 「管理局」のことはぼくもよく知らない。
 ただ、彼らが複数の――無限に近い数の世界を管理してる人間の――もしくは人でないものの集合体らしいってことは、当時の人々も理解できた。彼らが持ち込んだテクノロジーは、まさに魔法だった。
 そのへんは、しくみが今でも分からないのが多くてね。あんたもウェブ――インターネットだっけ? そいつを使うとき、その仕組みを理解したうえでやってるわけじゃないだろ?
 例えばこうだ。世界の座標を完璧に把握して、そこに別の世界を重ねることでいろいろ可能だって話だ。一番過激な話をすれば、ひとつの世界を完膚なきまでにぶっ壊すこともできるらしい。
 ぼくらの祖先もそりゃ、いろんな兵器をこしらえてきた。「太陽<ソール>」っていうやつとか――これもよく分からないんだけど、太陽と同じ原理のとんでもない威力の爆弾らしい。あと、実際に大陸を一個沈めちまったやつがあって……ああ、ぼくが兵器マニアならもっと詳しく話せるんだけどね。まあそういった、ヤバいものがいろいろあったんだけど、明らかにそんなの目じゃなかった。
 「管理局」にしたがうべきかどうかって議論が当時も起こったらしい。彼らは悪魔だという人たちもいた。
 だけど世界の状況を見たら、答えは明白だった。あまたの問題があって、その回答が手の届く場所に用意されてるならどうする? 提出期限は明日の朝。丸写しするって人が、大多数じゃないかい? 少なくてもぼくはそうするね。夏休みの宿題なんかは、その連続さ……
 で、ぼくらの世界もありがたく「管理局」の支配下に置かれることを選択したのさ。なんとかカテゴリの、第何億何千いくつの世界、っていうナンバリングもほどこされてね。
 いまだに彼らのことは分からないんだけど、どうやらすべての平行世界を管理するのが目的らしかった。
 そんなことをしてなんになるんだ、ってぼくは思うけどね。砂漠の砂全部にしるしをつけるほうがまだ簡単だろ?
 だけどとにかく彼らはそうしたがっていた。
 こっからの話は恐ろしいぜ。いや、恐ろしいほどすばらしい、って言うべきかな。
 「管理局」のおかげでいろんな問題が解決した。
 まずは人口問題だ。住む場所がないなら、別の地球に引っ越せばいいだけの話さ。彼らはそういう「空き<ヴェイカント>」地球をいくつも、それこそゼロが多すぎてめまいがするほど所有していた。ほんとの持ち主である神様に怒られるんじゃないかって怖がってた人たち以外は、そうして引っ越していったのさ。
 もちろん、資源問題も全部解決だ。いつだって「次の」があるんだから、枯渇したって、カートンで煙草を買って一本吸い終わったのより、ずっと余裕があるってわけさ。
 さらに技術と文化もそうだ。なにせウェブを、異世界にまで引っ張っちまったんだから。
 たとえば音楽だ。人間の可聴域ってのは限られてる。犬にミュージシャンがいたら、もっとすぐれた音楽を作るかもしれないだろ? これは前に会ったミュージシャンに人に言わせると、「限られた範囲内でものを作るのが美しい」らしいから一概には言えないけど。とにかく、聞こえる範囲、見える範囲が、「管理局」によっておそろしく広げられたのさ。
 これはもう、ウェブが誕生したときの比なんかじゃない。人々は歓喜どころか、正気じゃなくなっただろうね。
 最高の贅沢がなにか知ってるかい、あんた?
 一個の世界を手に入れるってことさ。古代の王様はごく狭い「世界」しか知らなかっただろうけど、それでも躍起になってそれを手に入れようとしたんだから。
 ぼくのいた世界は末端だから、そこまで進んでないけど、場所によっちゃ――条件つきだろうが――一個人に一個の世界を与えるとこもあるみたいだ。「管理局」はなんだかんだで、ひとつの世界に最低限のほどこししかしてくれないが――最低限といってもぼくらには最大限以上だったけれど――ぼくの世界でも何人か、世界を手に入れた人はいるよ。
 そう、もう分かっただろ。ぼくもその一人ってわけさ。
 中古買い入れだからこういう、人が引っ越した後の廃墟の世界だけどね。
 贅沢なもんだよ。こうも簡単に世界を捨てて引っ越すなんてね。人はずいぶん傲慢になってると思うよ。たとえて言うならばだ、マブい女の子のピンナップが一枚あったら後生大事にするが、百枚あれば一枚一枚は適当に見ざるを得ないだろう? そういうことだと思うぜ。生身の女の子を例に出さないとこが、ぼくのさえない境遇をものがたってるけどね。
 ……だけど、倒壊に気をつければここも退廃的で、悪くないぜ。
 ときおりやって来るあんたみたいな来客に、ぼくの美声を聞かれなきゃ、だけどさ。
 え? そんなに悪い歌じゃなかった? そいつはどうも。
 だけどやっぱり、聞いていたんだね。

       

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