Neetel Inside 文芸新都
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ダメ・ゼッタイ!
トシヲの空は何色か

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 空を見上げた。




 トシヲは空を見るのが好きだった。


 家、または家、もしくは家など、主に家の立ち並ぶ町並みの中で、視界に屋根の入らない空間をなんとか見つけては首を直角に上向け視界を青で満たすのが好きだった。

 自分の視界が青で満たされている間、近隣住民が彼に向ける眼差しは白であったがそんな事は知る由もなかった。

「空はいい、自分がちっぽけな存在だと思い知らせてくれるのさ」

そこでそんなカッコイイセリフのひとつやふたつでも出ればトシヲも、弟子が出来たり、彼女が出来たり、もしくは気取った野郎だふざけんなと殴られたり、と様々な人生経験ができ、物語に幅が出てこちらとしても万々歳、こうして世界は救われた、めでたしめでたし、というところなのだろうけれど。

 残念ながら彼が空を見上げるのは己の身の程を知るためなどではなく「なんとなくフワッと浮いてるようなヘンな気持ちになれるから」という漠然としてるにも程があるものだったので、彼の物語は冒頭二行の割にドラマチックな感じにはなりようもなかったのである。

 仕方がない。彼は空を見上げたときに感じた「まるで自分がこの世にいないかのような感じ」に魅せられていたが、実を言うと空を見上げると必ず「その感じ」を味わえるというワケでもなかったし、本当のところは視界は必ずしも青く染まらなくても夜空の黒でもよかったし、しかし曇り空の灰色で染めるのはなんとなくイヤだった。信念なんてどこにもなかった。つまりいろいろうやむやで適当だった。

 ようするに物語冒頭に空を見上げるという、ともすればロマンティックシーンともとられかねない暴挙をしでかしたこの少年だが、しょせん、彼も、
ただこの大地に立って生きる一人に……



なんて言うとカッコ良すぎるか。

この現実を構成する1ピースに……



いやいやそんな堅苦しいものでもない。

この社会を生活するほんの1つに……



いやッもう少し。

 ようするになんか普通に生きてる一般人にすぎないと、そういうことなのである。

 空を眺めてみたってそれは所詮凡人の現実逃避。である。嗚呼哀しきかな人生。

(ああ、もしこの雲の上に神なんてものがいやがるんなら)

 トシヲは天を睨みながら祈る。

(……落っこちてきたりしないだろうか)

 何を願うでもなかった。神の下での平等とか実際は何一つ平等じゃねえだろとか、そのへんの不平等な設定も神が決めてんだろうなチクショウめとか、誰でも抱くような文句はいくつかあったが、とりあえずどうでもよかった。

 ただ、なんか高いとこでふんぞり返ってる文字通り雲の上の存在が足でも滑らせて落ちてきたりしたらなんとなく笑えるだろうなあ、と思ったのだ。

 ……と思ったところでトシヲの頭上でコンと乾いた音が響き、四角いプラスチックの塊がトシヲの足元に落ちた。

 鮮やかなピンク色のそれには「ナース緊縛」の文字。トゲトゲのフキダシに「!?」を出現させつつ頭上を見ると、突如、やたら数多くのシワが刻まれた足の裏色で視界が満たされたのでトシヲは空を見るのが嫌いになった。

       

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