Neetel Inside ニートノベル
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 ヤンは昔から冷めているところがあった。頭のどこかで、いつも限界を考えているようなところがあった。度胸試しの悪戯を仲間と仕掛けていようとも、運なく見つかりとんずらを決め込もうとも、いつも結果から考えていた。終わった時にどれぐらいのリスクが降りかかるか、それが仕方のない必要経費かどうか。夢のないやつと言われたことも決して一度ではないが、それでもヤンにとってはそれが一番いいやり方に思えた。明日を無視して突き進むのは気持ちがいいし格好もつくかもしれないが、道は平らなばかりではない。落ちるのはごめんだった。
 飛縁魔のことは生まれた時から知っている。閻魔大王と魔縁天狗の子だったやつは、名からすればもう少し大人しくてもよさそうなものだったが、どっちの血が災いしたか乱暴者で手がつけられない子どもだった。そのせいで他の木っ葉妖怪たちとぶつかり合うことも少なくなく、ヤンはその時々で組する形勢を変えていた。卑怯者だと自分でも思ったが、それがヤンのやり方だった。
 それでも、つるんでいた時の方が多かったろう。飛縁魔はよく外に出たがり、子どもの妖怪で数少ない現世への道を知っているやつは少なかった。だいたい現世へ出てもいい頃だと周りが認めるとそれとなく道をいくつか教えてくれるのが常だった。
 外はいつも夕方だった。大人の妖怪ならいざ知らず、まだ己の存在さえもあやふやな子どもたちは、現世とあの世がほんの一瞬繋がりあう黄昏時しか外に出られなかったからだ。
 現世に出る時は、いつも顔の中央にある目玉を端に寄せて、反対側を髪で隠した。
 二人は五時の鐘が鳴るまで、公園で同じ背丈の人間たちとよく遊んだ。何をやっていたのか、もうほとんどヤンには思い出せない。ただひたすらに走り回っていたような気もするし、がむしゃらにボールを追い掛け回していたような気もする。よく転んだし、よく笑った。
 それでもヤンには頭のどこかでわかっていた。あっちへ飛ばせば向こうへ飛んでいく笑い声のキャッチボールと小突きあいの貸し借りの中でも、自分が向こう側のものであることを片時だって忘れたことはない。人間たちは五時の鐘が鳴れば住処へと帰って両親が待っている。だが《つちから》のヤンには親などない。飛縁魔のように妖怪の両親を持たない、どこからかやってきてどこへもいくあてのない《つちから》には、帰る家は自分でこさえない限りはない。
 だから、飛縁魔は自分と相手の違いがよくわかっていなかったんじゃないかとヤンは思っている。
 飛縁魔はあまり大人数で遊ぼうとはしなかった。最初はヤンに混じって、誰かの友達のような顔をして集団の中にすっと紛れ込む。が、ヤンがふと周りを見渡すともういない。最初はひとりで帰ったのかと思い放っておいたのだが、どうも違うらしいというのが段々とわかってきた。
 どこの世界にもあぶれ者というのはいて、のん気者の多いあの世にだって時たまあるぐらいなのだから、生きたり死んだり忙しく何がなんだかわかりもしないまま時を過ごしていく人間たちの世界が苛烈でないわけがなかった。
 あぶれ者はおおよそ砂場にいた。
 どこに猫の糞が隠されているとも知れない砂を寄せては固めて、誰かが自分を見つけてはくれないかと知らん顔をしながら待っている。やつらはここの演技がミソだと固く信じていて、作りたくもない城を熱心にこさえては細部にまで拘ってみせるが、ボールと放物線と笑い声が支配する子どもの世界のスポットライトがそんなものに当たることはいつまで経ってもないのだった。
 ヤンはそういうやつらを無視した。
 べつに自分まで仲間はずれにされることを恐れたわけじゃない。
 妖怪の自分が友達になってみせたところで、いつか手ひどく別れることになるだけだ。だったら最初から知らん振りしていた方がいい。その方がお互いのためだ。理屈で考えれば絶対にそうなのだが、残念ながら偽名のひとつも自分で考えられない馬鹿にはそんな道理は見えやしないのだった。
 あぶれ者はおおよそシャイである。
 ゆえに、突然近寄ってきた見知らぬ女の子に対してみんな最初は警戒した。遊び狂いの外側にいるためにそれが普段自分たちの面子ではないことに気づくのも早かった。だから話しかけられてもまともな返事をすることができず、飛縁魔からいらぬ不興を買ってしまうのだった。
 走り疲れたヤンが砂場を見ると、あぶれ者のほっぺは彼岸の姫君の手によってつねりあげられているのが常だった。あうあうするあぶれ者とぶつかるほどに顔を突きつけてムッとした顔の飛縁魔は何か言っていたが、おそらくあれは耳が聞こえないのかそれとも口が利けないのかどっちだと拷問していたに違いないとヤンは思っている。
 よせばいいのだ、そんなこと。
 よほど進言しようかと思ったこともある。なあひのえん、よっく考えてみろよ、おまえは昨日あっちゃんと仲良くなった今日はよしくんを手下にしたと嬉しそうに言うが俺たちは人間じゃない。あいつらが大人になっても友達でいることはできないんだ。妖怪を見ることができるのは子どもの内だけだし、現世に顕現できる素質を持ってるやつは生まれつき決まっていて、それは俺とおまえじゃない。
 言おうとは、何度も思った。が、ついに口にできずに見逃した。
 今でも後悔している。
 あっちゃんにしろよしくんにしろ、お化けと違ってきちんと生きている友達の誰もが小学校の半ばを超えた頃には公園になど来なくなっていた。それでも一度だけ、あっちゃんが公園へ顔を見せた時があり、たまたまヤンと飛縁魔はそこに居合わせた。遊ぶ友達は年下ばかりになっていた。
 眼鏡をかけたあっちゃんは飛縁魔の横を通り過ぎて、夕飯とテレビをダシにして弟と妹を連れて帰っていった。
 五時の鐘が鳴って、蜘蛛の子散らすように公園から人気が消えた時、ヤンは飛縁魔の顔をまともに見られなかった。たったひとつの目を背けながらも、頭の中では冷静な文句が流れていた。これでいいのだ。手を出してどうなる。寂しければ同胞がいくらでもいる。わざわざ人間に拘ることはない。所詮これは度胸試し混じりの幼い冒険で、俺たちはそろそろ夢から覚めて死人のひとりふたりはあの世へ案内してやらねばならない時期で、それがたとえ知った顔であろうと知ったことじゃない。それを含めての度胸試しであることは現世の夕陽を拝む前に確かめ合ったはずだった。
 拳を震わせて、肩を泣かせている飛縁魔に、ヤンはとうとう一言も言えなかった。
 よせばよかったのだ。
 どうせ泣く羽目になるだけなのだから。
 なのに。
 あれから、背が伸び切るほど時が経ったのに。
 それでもあの馬鹿は反省しなかった。
 その挙句に今、たちの悪い鬼にとりこにされてくすぶっている。
 べつに自分の責任だなんて思いはしないが、それでもあの時、はっきり言ってやればよかったのだろう。突き放すことになっても、傷つけることになっても、それでもあの文句は言っておくべきだった。
 そしてそれは、まだ遅いとも言い切れない。

       

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