Neetel Inside ニートノベル
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 弾丸頭というあやかしがいる。
 名の通り弾丸が頭となって細い手足がついているだけの妖怪なのだが、便利なことに何度爆発しても本人は無傷なので事あるごとに爆発したがる厄介なやつでもある。しかし一ヶ月前、運悪く志馬と火澄が不転池(ころばずいけ)をボートに乗ってデートしている真っ只中にボート小屋を爆破してしまった。まァ気持ちはわからないでもない。が、それ以来、「次に舐めたマネをしたら解体して鉄クズにしてやる」と志馬に脅されてしまい、爆発しない俺ってなんなんだろうと思い悩んでいたところに救世主が現れた。しかも二人だ。
 間に合わないから吹っ飛ばそうと言い出したのは光明だったはずである。志馬と詩織の話を盗み聞き手の目から友達のアリスへ、そのアリスから我らが門倉いづるへと伝言されていったこれまでの一件の全貌は彼のメンタルを粉々に吹っ飛ばして数時間の散歩を要した。その間にヤンがどくろ亭を出たり入ったりして志馬に果たし状を送りつけたと知ったのがつい先刻。慌ててどくろ亭まで一同が戻ってきた時にはもう勝負が始まってしまっていた。もう終わっていてもおかしくない頃合だと親父が口を滑らせたのがまず第一の運の尽き、光明が通りを俯いて歩く弾丸頭を見かけたのが第二の運の尽き。
 そして最後の運の尽きは、どうせ宿屋にしても儲からない二階ならふっ飛ばしても問題ないだろうと同時に思ったやつが二人もいたことだ。
 キャス子とアリス、それに電介は周囲のあやかしを避難誘導しにいったので、ここには男衆しかいない。
「まったく」蟻塚は弾丸頭の狙いを微調整するいづると光明に冷たい声をぶつけた。
「私は知らんからな。後でどくろの親父に絞ってもらうといい」
「はは」いづるは首だけ背後に向けて、
「ヅっくんから謝っといてよ。そういうのキャス子で慣れてるだろ」
 蟻塚は肩をすくめた。
「私がなんでおまえらの尻を拭かねば――いや、ま、いいか。それも」
 その呟きはいづるには届かなかった。
 火の式札を構えた光明にぐいっと親指を上げてみせる。光明は包帯に包まれた顔をにやっと歪ませて準備万端の弾丸頭に式を打った。
 轟音と衝撃。尻から火を噴き出した弾丸頭は一瞬その場に留まったがコマ落としのような速度でどくろ亭へと突っ込んでいって華々しく爆裂した。
 大した建築でもなかったどくろ亭だったが、いづるも光明ももうちょい頑丈だろうと踏んでいた。が、それは残念ながら買いかぶりで、弾丸頭の爆撃を受けたどくろ亭は二階どころか一階からして吹っ飛んだ。
「――なあ」光明がごくりと生唾を飲み込む。
「やばくね?」
「いや、大丈夫だ」といづるは、腰に下げた虚丸の柄を指でなぞりながら言った。
「最初から生きてる人間はあそこには誰もいなかったのさ」
「そりゃそーかもしれねーけどよー。お、ヤンだぜ」
 木片と煙の中からヤンがふらふらと立ち上がった。なぜか特攻服を着ている。いづるは一目散に一つ目小僧に駆け寄った。
「やあ、一つ目小僧。ヤンって言うの? いい名前だね。久しぶり」
「おまえ――」ヤンは一つしかない目を見開いた。
「志馬に消されたって聞いてた」
「それガセ。ところで君、オールインしちゃった?」
「え? いや――でも全額いっちまった。火澄を賭けてな。もう取り立てが始まるはずだ。ちくしょう――」
「よかった」いづるはほっと肩を落とした。
「なら僕が肩代わりしてやる」
 言って、断りなくヤンの肩に自分の掌を埋め込ませた。
「うおあっ! なにしやが――」
 言いかけたヤンの身体からじゃらららららと魂貨が溢れ出した。溢れた魂貨は一直線に飛んでいく。その先にいるのは――
「――くそ、無茶しやがって。飛のを出してなかったら頭から落ちてたぞ」
 左手でヤンから飛んでくる魂貨を喰いながら毒づいたのは志馬。その顔は怒りで形相が歪み、額から生えた角もあって本物の鬼さながらだった。どこか負傷したのか、飛縁魔が現れて肩を支えている。
 ぎょろりと燃える鬼の目がいづるを捉えた。
「戻ってきたか、性懲りも無く。守銭はどうだった、え? 慣れない運動で筋肉痛になったかよ、門倉くん」
 いづるは答えない。取立てが終わり、ヤンの肩から手を抜くと少しふらついたが、それでもしっかりとした足取りで志馬の方へ近づいていく。
「気をつけろ門倉」と追いついてきた蟻塚が言った。光明は爆発に巻き込まれて気絶した親父を通りまで引きずっていって介抱している。
「やつは一筋縄ではいかんぞ」
「知ってる」
 いづると志馬は木片と瓦礫に埋もれるようにして、相対した。
 いづるが言う。
「首藤を消せよ」
 唇をゆがめる志馬。
「ああ、やっぱり。手の目が盗み聞きしてたか。そんな気はしたんだ。――じゃ、もう全部知ってるわけだ? いろいろと?」
「あれはあいつの望んだ姿じゃないはずだ。消せよ。紙島が何を言おうが関係ない。消せ。あいつはもう死んでる」
「親友にずいぶん冷たいじゃないか」
「親友だと思うからだ」いづるの声が珍しく震えていた。
「友達だと思うから、あんな姿でいて欲しくない。だから、消せ!」
「嫌だね」
 志馬は懐から一枚の札を取り出した。
 札には藤色の百日草が描かれ、その花弁を覆い隠すように蹲った牛頭天王の姿。
「返せよ」
 いづるが届くと思っているかのように手を伸ばす。
「それはおまえのじゃない」
「そうとも。俺が詩織から借りてる。こいつが喰う魂はいま全部俺が稼いでやってる――なにか文句があるか?」
「おまえは間違ってる」
「正しさなんかに用はない」
「志馬――!!」
「いいか!」指で挟んだ式札の角で、志馬は血まみれの少年を指した。
「おまえがどう思っているかはともかくとして俺は首藤の気持ちを踏みにじってなんかいない。俺は首藤と話をしたんだ。おまえと違ってな。首藤は言ってたよ。悔しいと。憎いと。誰が? おまえが!!」
「――僕が?」
「そうとも。首藤は憧れていたらしいぜ、俺やおまえのような気狂いに」
「嘘だ」
「嘘じゃない。何が嘘だ? そもそもおまえが見せびらかしていたんじゃないのか? 生きてた頃に、おまえの強さを。語って、喋って、見せて、晒したんだ。非才なやつに天賦の力を。勝ち続けるおまえを親友のこいつはきちんと見てくれていたわけだ。内心はおまえの想像とは違っていたようだが」
「――――」
「俺は首藤の遺志を尊重してやってる」
 志馬は撃つ気を削がれたガンマンのように式札を下げた。
「今では首藤は俺の手札の一枚。おまえの敵で俺の味方だ。このあの世でたったひとり生きてた頃のおまえを知ってる紙島詩織もな。何もかもがおまえの敵だ。そう――飛縁魔も」
 いづるの視界にはずっと入っていたはずである。
 飛縁魔は昔と同じ格好で、似合わぬ白仮面を被って、志馬を支えていた。
 志馬に無理やり式神にされて、操られている。
 そうとわかっては、いても。
「彼女を解放しろ」
「馬鹿じゃねえのか」
「志馬」
「俺が譲ると思うか。おまえの薄っぺらな言葉なんぞで」
「気持ちはわかるよ――」
 いづるの声から怒気が消えていた。
「でも、これで彼女が喜ぶと本気で思っているのか? 違うだろ?」
「いつかわかってくれるさ。何せ俺たちには時間がある。永い時間が――その果てに、あらゆる恋敵を排除してさ、ふふ、そしたら彼女だって俺に振り向いてくれるかもしれないだろ? 対抗馬がひとりもいなけりゃ優勝は決まってんだ」
「じゃあ――じゃあ、世界中の誰よりも、彼女がおまえを嫌いになったらどうするんだ?」
 志馬は乾いた笑いを浮かべて、言った。
「そん時ゃ闘うだけだ。たとえ最後のひとりになるまでだろうと、な」


 最初からわかっていた。
 どの言葉も交わす前から知っていた。
 いづるは思う。
 夕原志馬は自分の信念を曲げたりはしない。
 そして、
 門倉いづるもまた、そうだ。
「白か黒か、なんだな」
 思っていたよりも弱々しい声が出た。
「途中は全部、ないんだな」
「いや、引き分けならあるぜ。彼女の前に二度と現れないってんなら、おまえを見逃してやってもいい。どっかの暗がりで細々と魂の欠片をかじるだけの餓鬼に堕ちるってんなら、止めはしない、むしろ勧める。――どうする?」
「その生き方が今の僕とどれだけ違うか言葉にはできないけど」
 いづるは拳を握る。
 行き場を見つけた拳を、握る。
「でもな志馬、僕だって白か黒かでしか物が見れないんだ」
「じゃあ交渉決裂、だな」と志馬は言った。
「最初からわかってただろ。似たもの同士は仲良くなれない」
「ドッペルゲンガーよろしく、か」
 いづるは呟くと、手に持っていた虚丸を飛縁魔めがけて放った。飛縁魔は宙でそれを受け取ると、小首を傾げていづるへ仮面を向けた。
 それを見て本当に、彼女にはあんな白い仮面は似合わないといづるは思った。
「返すよ。取り戻してきたんだ、」
 姉さん、と言おうとして、やめた。
 もうそんな資格、どこにもなかった。
 いや違う、最初からなかったのだ。
 わかっていなかったのは自分だけで。
 ただ自分には、あまりにも眩しい夢だった。
 目が眩むような時間だった。
 それだけでいい。
 いづるは背中を向けた。
「決着は、また今度――」
 志馬は頷いて、冷たい目でいづるの背中を見つめ、言った。
「飛の」
 仮面に支配された少女は冷たい面を主に向ける。
 昆虫のような待機の静寂。


「斬れ」


 ぞろりと濡れたような刃が鞘から抜かれた。
 刹那。
 ためらいなど何一つない一刀が袈裟切りに、血に染まった制服に吸い込まれそうになって、
 その時割り込めるのは、
 蟻塚しかいなかった。

       

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