Neetel Inside ニートノベル
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 ヤンのおかげで、半刻(一時間)もしない内に黄泉ノ湯には腕っ節には自信があるというあやかしたちがこぞって集まってきてくれた。廊下は面接を控えた異類異形たちでごった返してまさに百鬼夜行の体をなしている。
 面接は順調に進んでいった。
 寺子屋程度の和室に長卓と座布団が一枚置いてある。あやかしたちは座布団にあぐらをかけるものはかき、いづるたちは卓の向こうから簡単な質問をいくつかし、写真を撮る。
 最後の面接が終わった。
 どうやって運び込まれたのかとうとう謎だった朧車が退室すると、畳に傷ましい轍が残った。家主の光明が渋い顔になったが、それは別に畳のことが原因ではない。
「アリス、朧車の階位はいくつだった?」
「ん」とアリスが写真を放った。ひらひら舞う一葉を光明がぱしっと掴む。
 無人の黒塗りタクシーが和室に鎮座しているというシュールな画だったが、重要なのはそこに刻まれた弾痕の数だ。五。決して悪くはない。
 ないが、光明はため息をついて写真を宙に放った。
「参ったな」
「そうだね」いづるが頷いた。
「もう他に志願者はいないのかな」
「今ので最後だ」
 三人はこっぴどく叱られたように俯いた。
 大勢が志願してくれたことは喜ばしい。来ないよりはマシだ。
 だが、問題は――
「足りない階位は、結局、一、三、四、九か。ひとりも来ないとはな」
「仕方ないよ。志馬とやるって噂は出回ってるんだ。階位が低い、弱いあやかしは怖がって当然だ」
「ね」とアリスが言う。が、視線を前に向けたまま、表情もなかった。アリスらしくない。
 いづるの黒と赤の瞳がそれを一瞬盗み見た。
「……。ここでこうしていても仕方ない。こっちから出向こう。そもそもそれが道理ってやつだったかもしれない。勝手な戦争にみんなを巻き込もうって言うんだから」
「あの世のためでもあるだろ。見てみぬフリしてんのがおかしいんだ」
「正論じゃどうにもならないことだってあるよ」
 ちょうどその時、タイミングよくキャス子が顔を出した。いづるは一瞬顔を硬くしたが、すぐにそれは緩んだ。
「キャス子、どうしたの」
「低い階位のお化けを探しにいくんでしょ」
 キャス子は親指で背後を指差した。
「ヤンと電介が連中の隠れ家を見つけたって。いってみようよ」
「わかった」
 いづるは頷いて立ち上がった。光明がそれを面白そうに見上げる。
「おまえら息ぴったりだな」
「殺すよみっちゃん。そういう冗談嫌いだって言ってるだろ。そんなことより」
 いづるはじと目になって、まだ包帯の隙間からにやけ顔を覗かせている陰陽師を睨んだ。
「本当に階位九のあやかしにアテはあるんだろうね。あんなにたくさん腕利きが来たのにひとりも九はいなかったってのに」
「任せておけよ。階位一が電介以外にいればたぶん平気さ。それより今はタマを揃えにいこうぜ」
「みっちゃん」
「怒るなよ」
 四人は連れ立って黄泉ノ湯を後にした。



 ○



 あの世の手紙は基本的に紙飛行機にして飛ばされる。届けたい相手の顔と名前を思い浮かべて空に飛ばせば勝手に風が運んでくれるが、たまに手紙同士がぶつかって撃墜してしまうこともあり確実性はそれほどでもない。
 が、ヤンからの手紙はきちんといづるたちの下へ届いた。
 手紙に書かれていた場所へみんなでいくと更地ばかりの通りへ出た。遠くには森が見え、それを夕陽が黄金の汗を飛ばしながらかじっていた。
 土手のように少し浮いた道路のど真ん中に鉄でできたカマボコのような建物が見えた。何かの倉庫だろう。
 下りたシャッターにヤンがもたれかかっていた。電介もその足元で襟巻きのように丸くなっている。
 いづるたちを見つけるとヤンが笑って手を挙げた。いづるも笑って手を振り返した。いづるを見つけた電介が手馴れた様子で制服を駆け上り、ポケットにもぐりこむ。
「よ。こン中にみんないるぜ」
「みんなって?」
「少なくとも猫町はいるみてえだな」
「どうしてわかるの?」
「ヒコーキ飛ばしたんだよ。そしたらここの壁にぶつかって落ちた。猫町は階位三か四だろうし、あれで意外と馬鹿じゃないからみんなで隠れようって言い出したのはあいつかもしれん」
「わかった。――反応は?」
 ヤンは肩をすくめた。
「あったら凱旋してるよ。何呼びかけても反応なし。ヒキニートもいいとこ」
「そっか」
 いづるは観光名所にそうするように、どこか圧倒されたように倉庫を見上げた。その背後でキャス子と光明がやいのやいのと言い出した。
「みっちゃん、あたしが許すからこの倉庫吹っ飛ばして」
「アンナちゃん、十年経っても変わってねーな。そういうことすると俺が上に怒られるんだよ」
「陰陽師はあやかしに極力干渉するなって? あんたたちまだそんなつまんないこと言ってんの? 陰陽師がお化けと闘わなかったら誰が闘うのよ。競神やってガンバッタネアリガトウ代をスポンサーのお化けからもらうだけで喰っていけたってそんなに全然面白くないよ。超かっちょわるい」
「俺に言われてもなあ。まァやってもいいんだけど、中のやつらが無事じゃ済まんぜ。階位低いんだから。女子高生の丸焼きなんか俺ァ喰いたくねえ」
 あーでもないこーでもないと言い立てる二人のうしろでアリスが黙っているのを、いづるは見過ごしてはいなかった。
 アリスの階位は二。
 倉庫を見上げる青い瞳は、さざなみのように揺れている。
「怖いの?」
 いづるが言うと、アリスは顔を前に向けたまま、首を振った。
「怖くなんてないよ」
「膝、震えてるけど?」
 ばっとアリスが膝を見下ろした。が、着物に隠された膝など見えるはずがない。唇を噛んでいづるを睨む。
「う、嘘つき……いづるん、めっちゃ嘘つきじゃん」
「あいこだろ?」
「……。平気だよ。怖くなんてない。だって、誰かが、やんなきゃだし。それはわかってるから。ほんとだよ。いづるん、あたしほんとに怖くなんか……ない」
「ねえ」とアリスが続けた。いづるに並んで倉庫を見上げ、
「志馬と闘ったら、誰か、死ぬかな」
 死ぬだろう、といづるは考えていた。蟻塚のように。
 そして、それは猫町だってわかっているはずだ。
「猫町」
 物も言わないシャッターにいづるは呼びかける。
「話だけでも聞いてくれないか」
 自分でも薄っぺらな言葉だと思う。だが、無意味でも、伝えようとしなければ何も始まらない。
 答えはなかった。
 いづるは両目を閉じる。
 腕っ節に自信があるやつも血気盛んなやつもいくらでもいた。
 ただ、困ったことに。

 いま必要なのは、弱虫だった。

       

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