Neetel Inside ニートノベル
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 帰り道は、朧車に送ってもらうことになった。いづると仮面の少女――キャス子が再三の脅しをかけたため、朧車は渋々安全運転を誓わされることになり、不服そうに何度もエンジンをふかした。本懐はいつだってスピードの向こう側にあるのである。
 いま、猫町の隣には、いづるが座っている。
 どこから種明かししようか、といづるが言った。
「何が聞きたい?」
 その言い方が、なんだかもう何年も付き合ってきた知り合いのようで、猫町は背筋のあたりがむずむずした。返してもらった左腕の先の爪同士をなんとなく擦り合わせながら、
「……。結局、どこからなにまで、仕組んであったの」
「全部」
「全部じゃわかんないよ」
「うん。――そもそも百連勝っていうのが、嘘。あそこにいたのは、みんなサクラ」
「え? じ、じゃあ」
「あの場所は、最初からきみのために用意したんだ」
「ど――どうして?」
「こうなると思ったから」
 猫町はいづるのわき腹を殴った。いづる悶絶。
「でも、どうしてあたしがあそこを通ると思ったの? あたしは、たまたま道を曲がり損ねて――」
「うん」いづるは患部をさすりながら、
「曲がり損ねてもらったんだ。きみが黄泉ノ湯から倉庫に帰る道にね、ぬりかべに立っていてもらった。垢なめがきみのところにいる以上、リーダー格で責任感のあるきみが、彼を黄泉ノ湯まで連れてくることはわかってたし」
「気づかなかった――ねえ、じゃあ、最初の勝負は? いづるさ、あたしがチョキからパァに飛ぶ前に石を握ってたよね?」
「あれは二つ石を握ってたんだよ」
「え」
「いや、実際」いづるは左の頬を叩いた。
「包帯を巻いていたのは偽眼の方だったわけだから、きみが素直に勝負してくれれば勝つことは難しくなかった。ただ、僕が選んだ後に手を変えられるのはどうしようもない。だから、保険を打って二つ握ってたんだ。三つは握れなかったけど、二つ手を持ってれば最悪でもあいこにはなるからね」
「じゃあ、あたしは最初に一番、いい手を打ったってこと」
「そういうことになるかなあ」
 本心から言っている気が全然しなかったので、猫町は再びわき腹にブローを叩き込んだ。いづる、ふたたび悶絶。
「で? 次は?」
「……。二戦目、きみは僕が音を聞き分けていたと思って、ローファーで足音を偽装したわけだけど、僕は最初から目を開けていたからこれは効かない。きみは、百戦の間に目のことは誰かが確かめたはずだと推測したみたいだけど、そもそも九十七連勝もしてないし、あそこにいたのはみんなサクラだし――雰囲気に呑まれたきみの負けってわけ」
「もし、あたしが目を閉じろって言ったらどうしてたの?」
「その時は最終手段」
「最終手段?」
「キャス子と示し合わせててね。僕が目を塞ぐような流れになったら、彼女がきみの出す手を通してくれることになってた。勝負開始の際の合図で、肩を叩くか、わき腹を小突くか、声をかけるか。そのどれかできみがグーチョキパーどこに立ってるのかを密告するんだ」
「……ははあ、じゃ、どっちでもよかったってわけ」
「そういうこと」
「三戦目は?」
 結局、それが一番聞きたいことなのだった。
「あたしは、確かにパァを握った。それは指で溝をなぞったから、間違いない。なのに手を開けた時、石はパァからチョキに変わってた――」
「ポケットを見てみたらわかるよ」
 猫町は言われた通りに、スカートから残りの石を取り出した。考えてみればすぐにそうすべきだったのだが、魔法じみた展開のショックでそういう事柄の一切が吹っ飛んでしまっていた。
 ポケットに残っていた石を掌の上で転がした。
 すべて、チョキだった。
「な、なにこれ? どうなってんの? これじゃ、全部チョキじゃん。え?」
「指で溝をなぞってみるといいよ。――暗いから、よく見えないかな?」
 言われた通りにすると、猫町はスゥっと息を呑んだ。目を見開いて、いづると手元の石ころを交互に見比べる。
「なにこれ、絵は二つともチョキなのに、溝はチョキとグー? どういうこと?」
「きみ、よく見ないで受け取ったろう。あの時、きみに石を渡したやつは僕の用意したサクラだよ。――最後の勝負だからね、できればこの世で自分が何を出すのかは自分だけが知っていたいと普通は思う。そうして、ポケットの中にとりあえず突っ込んでから、溝に気づく。そうして溝を触って選んだ手は絶対に僕には見破られるはずがない――ところが、そうじゃなかったわけだ」
「――仕組みは、わかった。でも」
 猫町が驚いているのは、そのことではなかった。
「いづる、こんなのどうして用意してたの? ――あたしが、こうするって、最初からわかってたっていうの?」
 いづるは子供みたいに笑って、
「さあね」
 朧車が、黄泉ノ湯の前で停車した。いづるは疲れた疲れたと繰り返し、とっとと出て行ってしまった。なんとなくぼうっとそのまま座っていた猫町に、助手席に座っていたキャス子が言った。
「いまのさ、あれ、嘘」
「へ? あれって、何が?」
 キャス子はしばらく黙っていたが、言った。
「あいつ、本当は百勝したんだよ」
「――どういうこと?」
「サクラはひとりしかいなかった。あんたにずっといろいろ説明して、あのイカサマ石を渡したやつだけ。あとはみんな、本物の野次馬」
「じゃあ、じゃあどうして、いづるはあんな嘘言ったの?」
「さあ」
 キャス子がドアを開けて外に立った。
「冗談のつもり、だったんじゃない?」
 猫町もすぐに外に出た。
 二人が見上げると、黄泉ノ湯の二階、客間の障子がからりと開いて、いづるが顔を出した。室内では光明とヤンがうろついているのが見える。いづるは風を受けながら、室内へ首を向けていた。
 キャス子と猫町は、そんないづるを見ていた。
「目で見るか、あたしが通すか、そんなことでずっとあんたが来るまで暇つぶしに妖怪を相手にしてるだけなんて、あいつにとっては、サクラを使ったのと同じくらい、しょうもないことだったってことなのかもね」
「勝負とも、思いたくなかったって、ことかな」
「かもね。あいつは、妙なところでヘンなこだわりあるから。頑固なんだね」
 ふと、キャス子が仮面をはぐって猫町を見た。その剣呑な目つきに猫町は少し怯む。
「な、何?」
 キャス子はにっと笑って、仮面を被り直した。
「茶髪」
「は?」
「あいつ、茶髪、キライなんだって」
 ぽかん、と魂を抜かれたように呆けた猫町の顔を見て、キャス子はけらけらと笑った。猫町はからくりを見抜いて、ぶすっとした。それを見てまたキャス子が楽しげに言う。
「あんたたちって、からかうと面白いよね」
「なにそれ。誰と比べてるの?」
「みんな」
 ――酔っ払ってんのかこいつ、と猫町はちょっと思った。けれど、出会ったばかりで、彼女の陽気さにどこか嘘くささがずっと滲んでいることには、気づけなかった。
 黄泉ノ湯ののれんを潜ろうとするキャス子の背中に、猫町は言った。
「あの」
「何?」
「あたし、とりあえず、なにすればいいのかな」
「ああ――それはね、簡単」
 キャス子はちょっと宙を見上げてから、言った。
「ちょっと孕んで頂戴な」




 はい?

       

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