Neetel Inside ニートノベル
表紙

あの世横丁ぎゃんぶる稀譚
21.ALL In,Only ONE

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 朧車の定員は運転席含めて六人だったが、ぎゅうぎゅうに詰めてなんとか全員乗り切った。屋根に誰か乗れればよかったのだが、残念ながらそれは成長した電介の指定席で、振り落とされたいやつ以外は上がろうとは思えない。
 クズ鉄山は、あの世横丁の西の果てにある。
 夕陽に向かって朧車は粉塵を巻き上げて爆走していった。
 いづるは孤后天に、ドアに押し付けられていた。コロポックルだけはかろうじて手の中に入れて守っている。
「痛いです、孤后天さん」
「我慢しろ。私も辛い。おいヤン、おまえどさくさに紛れて何を触っている」
「え? いやちがっ、光明のやつが……いだだだだ!!」
「うわっ! だからってこっち来ないでよヤン! って、コラ河童ァ! おまえはわざとだろおまえは!!」
「いや俺ァロリコンだからアリスの方がいいなあ。なあ煙の」
「金髪幼女は、うむ、いいね」
「さ、寒気がする……助けてキャス子さん!」
「おっけー」どぼどぼどぼ、
「ああーっ!! 頭の皿に醤油なんてかけるんじゃねえよ――っ!!」
「おい、うるさいぞ妖怪ども。俺のように心頭滅却して大人しくしてろ」
「私の上からどいてから言え」
「嫌ですぅー」
「……っ!」
「待ってくれ孤后天さん、いま刀を抜いたら僕が斬れる」
「かまわん」
「本当に抜かないでください孤后天さん」
「あーっ! いづるんから魂貨がーっ!」
「うるせえええええんだよ、おまえら!! 少しは黙ってらんねえのか!!」
 一同、シィンと黙ってから、
「喋れたんだ、朧車……」
 電介が、屋根の上でふわわとあくびをした。





 朧車は、左右を廃棄されたガラクタでできた山に挟まれて、進んでいく。突然、光明が真顔になって言った。
「止めてくれ」
「どうした、光坊」と河童が聞いた。
「野暮用」
「おまえ野暮用って言いたいだけだろ。トイレならトイレってはっきり」
「うるせえな!! そんなわけねーだろうが!!」
「じゃあなんだよ」
「追手だよ追手」
 追手? といづるが聞いた。光明は背後を振り返りながら頷いて、
「ああ、詩織だろうな。たぶん志馬の野郎、牛頭天王を持ち出してきてんだよ。詩織からしたらこの一件にゃ牛頭――首藤を巻き込まないって約束で志馬に手ぇ貸してたんだろうが、出し抜かれたわけだ」
「じゃあ、詩織と一緒に志馬をやっつければいいんじゃない?」と猫町がもっともらしいことを言ったが、いづるは首を振った。
「勝負で志馬から姉さんを取り戻さなくっちゃ、姉さんはずっとあのままだ。邪魔立てされると困る」
「そういうこと」
 光明はドアを蹴り開けて、外に身を乗り出した。
「門倉、俺には博打のことはよくわからん。俺ァ、式札を繰ってなんぼだ。それ以外には何もできねえ。だからおまえも、おまえにならできることをやれよ」
「ああ、それをやりにいくつもりだよ。――みっちゃん」
「ん?」
「負けるなよ」
「誰に言って」
 その時、いづるが光明の手を払った。支えを失った光明はごろごろと地面を転げまわり、咳き込みながら遠ざかっていく朧車に怒鳴った。
「てめえ門倉! 覚えてやがれ!」
 きっといづるは、悪党みたいなセリフだなと車内で思ったことだろう。
 光明はパンパンと袴の汚れを叩いて落とし、夕陽に背を向けた。
 一台のバイクが突っ込んで来る。乗り手は白いロシア帽を被っていた。
 光明の前で、横滑りの急制動をかけて止まった。
 目が血走っている。
 紙島詩織だった。
「どいて、土御門。あいつら殺せない」
「断る」
 詩織はバイクから降りて、右腰のデッキホルダーの留め具をパチンと外した。
「どかないなら、生きていても、殺す」
「そんな風にしたところで、首藤は生き返ったりはしねえぞ」
「そんな正論は聞き飽きた。あたしは諦めない。何一つとして、大切なものを捨て去ったりしない」
 光明は魂を抜かれたように笑った。
「それは無理だよ、紙島」
「無理じゃない、諦めたいやつは勝手にしてろ。おまえなんかに何ができる?」
 詩織は嘲笑を浮かべ、
「大切な人を失って、それきりその人のことを忘れて、平然とした顔で生きてるあんたに何ができるっていうの」
 光明の唇がびきりと歪んだ。
「ああ……そうだな。俺は桔梗を死なせたままにした。あいつはもう生き返らない」
「だからって、その腹いせであたしの邪魔をするのはやめてよ」
「腹いせじゃねえよ」
 光明も、ホルダーの留め具を外した。
「俺ァ、あの時、おまえに勝ってた」
「……は? 何の話?」
「いつでもいいよ。おまえはずっとイカサマをしていたらしいな」
「イカサマじゃない。あたしが編み出した、新しい陰陽術」
「が、俺はそれを知らなかったわけだな」
「……はあ? なにそれ、言いがかりも甚だしい」
「そうかもしれねえ。が、おまえのおかげで、おまえさえいなければ、俺は勝ってた競神があったかもしれねえ。あるいは、あの時、勝っていれば俺は桔梗がいなくなって最初の勝負を勝ちで締めくくれたかもしれねえ」
「しれない、しれないって、終わったことばかりをくどくどと……みっともないと思わない?」
「全然」
 光明は半身に身体を開き、
「俺はあの時、勝っていた。男として、その借りを、貸しっぱなしにはしておけねえ」
 詩織の目に嫌悪の色が宿る。
「男って、本当に下衆な生き物。理解できない。どうかしてる。なんなの、ねえ、なんなの?」
「早く札引けよ」
 光明が笑った。
「待ってんだから」
 少女の白目が怒りで真っ赤に染まった。
 詩織の指が走り、光明は、きっかり彼女が札を引いた刹那ひとつ分を置いて、式を撃――――――――……


       

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