Neetel Inside ニートノベル
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 どれほど走っただろうか。二人と七人と一匹を乗せた朧車は、横滑りにガラクタを跳ね飛ばしながら止まった。がくん、と車体が揺れ、ぼろぼろとあやかしたちが零れだした。一行は目を細めて、顔を上げた。
 夕陽が、大きい。
 西の果てだ。
 そこに、年代物のブラウン管が積み上げられていた。小さなピラミッドのように三角錐を形成している、そこの一番上に夕原志馬が腰を下ろしていた。手には九枚の式札が握られている。
 その目が、血まみれの少年を捉えた。
「よう」
「――姉さんはどこだ、志馬」
 ここ、と言って志馬は手中の式札を軽く振った。
「姉さん、ね。相も変わらず気色の悪いおままごとを続けてるわけだ。どうかしてるな」
「何もかもが、突き詰めて言えば、おままごとだろ。嘘が嘘だから退くというなら、何もする意味がないよ」
「言うね。で、おまえらもこいつの肩を持つわけ?」
「当たり前」とアリスが言った。
「もちろん」とヤンが言った。
「あんたよりはマシだもん」と猫町が言った。
「左に同じく」と孤后天が言った。
「腐れ縁ってやつでね」と河童が言った。
「煙草を吸わないやつは、いいやつだ」と煙々羅が言った。
「むふーっ!!」とコロポックルが志馬を睨んだ。
 クラクション。
 電介が吼える。
「あんたもか、堂島サン」
 キャス子が笑って、帽子を軽くあげた。
「キスまでしちゃいましたんで」
「それはそれは。人気者で羨ましいよ、門倉。もう友達はたくさんいるみたいだし、俺のは見逃してくれないかな? それとも何もかも自分のモノにしなくっちゃ我慢できないか」
「これが、僕のモノに見えるのか」
「見えるねぇ」
「じゃあ、おまえはやっぱり、姉さんをモノ扱いしてるってことだ」
「――――」
「志馬、おまえの気持ちはよくわかる。きっと僕にだけは、わかる。だから――だから僕は、おまえを絶対に許せない。僕は、僕のすべてを賭けて、おまえの見た夢を終わらせる」
 はは。
 志馬は笑って、
「オールイン、成立だな」
 言って、手を眼下の敵へと向けた。それを拳にすると、あやかしたちがふわりと浮き上がった。
「何を――」
「黙って見てろ」
 あやかしたちは回転し始め、そのまま色の奔流となって、中心に吸い込まれていった。後には、式札が残った。九枚の式札は、いづるの前に重なって浮き、手に取られるのを待っている。
 志馬が、足を乗せていたブラウン管のひとつを蹴り落とした。ゴロゴロと転がったブラウン管が、いづるの目の前で止まる。志馬はテレビの山を一段ずつ降りた。
「勝負は、『9』で決める」
 『9』。
 お互いに一から九までの手札を持ち合い、それを同時に出し合って、数字の強弱で勝敗をつける。勝った方が場にある札をさらい、その合計数を得点する。
 すべての札を出し合って、加点された得点の多い方が勝ち。
「志馬、『9』の手札に、式札を使うのか」
「そうだよ。何、ちょっとした趣向だよ」
 志馬は、空を向いたテレビを挟んでいづると向かい合った。
「ただ単にカードだの牌だのぶつけあっても地味だろう。――このテレビの中に式札を入れると」
 いまは砂嵐に包まれているテレビの画面を、志馬は指差した。画面は、まるで水が張っているかのようにたゆたって、風が吹くたびに小さなさざなみが起こった。
「中であやかし同士が守銭をやってくれる。面白いぜ、ばけものが嬲りあう姿は、そうそう生きてるだけじゃお目にかかれない」
「悪趣味だ」といづるは吐き捨てた。
「そう言うなよ。これはおまえのために作ったルールなんだから」
「僕のため?」
「そう。門倉、このテレビの中に二枚の式札を入れた場合、自動的に闘うように設定されている。だから勝敗は、階位を超えて変わることはない。ただの演出ってわけだ。エフェクト、効果、まやかし――下の階位が上の階位に勝つことはない。ところが、ひとつだけランダムに設定されてる要素がある」
「それは?」
「生き死に」
 いづるは声を呑んだ。
「――生き死に」
「そう。出した札が負けたらそいつが死ぬんだ。確率は、俺にもわからん、10%かもしれないし99%かもしれない。それもその時々によって変わるかもしれない。おまえはそれを避けるために勝ち続けるか、あるいは」
 志馬はいづるに、どこから持ってきたのかバターナイフを一本投げ渡した。自分ももう一本持っていて、それを手首に当てた。
 画面の上に手をかざして、切った。
 が、零れだしたのは血ではなく、金。
 砂嵐の画面に、魂貨がばらばらと落ち始めた。魂貨が波紋を作って画面の中の砂嵐へと吸い込まれていく。いづるがそれをしっかり見たのを確かめると、志馬はバターナイフを翻して、傷口を撫でた。すっかり傷は消え去った。
「あやかしたちの守銭が始まった後、こんな風に魂貨を費やすことで、あやかしを援護することができる」
「そうすれば、あやかしを助けることができる?」
「さあ」
「……。さあ?」
「多く、魂を投資してやればそりゃあ助かるように思える。が、いくら注ぎ込めば階位が低いあやかしを助けられるのか? そもそも助かるのか? 俺にもわからん。なにせ拾いもののテレビでな。どんな番組になるのやら」
「引き分けはどうなる」
「それは助かる、らしいぜ」
「投資できる限度は」
「ないよ。いくらでも捨ててくれ。言っておくが、おまえが全部の魂を注ぎ込んだら、その時点でおまえの負けだぜ。事実上のギブアップだな」
「僕は、ギブアップはしない」
「いや? していいぜ、全額投資でもいいし、勝負の合間に頭を下げてくれてもいい――なんでもいいよ、いつでも俺は受け入れる。ここだけの話だが、俺はいま、ここでおまえが諦めてくれたらいいと思ってるんだ。誰も傷つかないうちに――おまえの手に入れたモノがそっくりそのまま、残ってるうちに」
 いづるは、式札を握り締めた。
 その手を、キャス子の手が包んだ。
「仲いいね」志馬は笑って言って、足元に転がっていたパイプ椅子を爪先で蹴り立てて、座った。
「どうぞ座ってくれ。椅子になりそうなものなんて、このクズ山にはいくらでもある」
 二人も、パイプ椅子を立てて座った。
 志馬が画面越しに自分の式札を放ってきた。
「確認しよう。お互いに。どれがどの手駒なのか? 階位は式札の左上に赤文字で書いてあるだろう。よく覚えておくんだな、俺の手持ちにもおまえの知り合いがいるかもしれない」
「そうらしい」
 いづるは広げた手札をキャス子と一緒に見た。



<いづる手札>

9、電介
8、孤后天
7、一つ目小僧
6、煙々羅
5、朧車
4、猫娘
3、河童
2、アリス
1、コロポックル(善)


<志馬手札>

9、牛頭天王
8、飛縁魔
7、羅刹天
6、鉄鼠
5、火車
4、雪女郎
3、舞首
2、ぬらりひょん
1、コロポックル(悪)



 志馬といづるは、札を返し合った。
「どうだった? 誰と知り合いだった?」
「教えてやらない」
「雪女郎は知ってるよな? 舞首はおまえが昔やっつけた妖怪スロットの首連中だし、牛頭天王はおまえの親友だろ、それから飛縁魔は――おまえのなんだっけ?」
「おまえ」
 いづるの目が血走っている。
「姉さんを手持ちに加えるなんて、正気なのか」
「どうして?」
「階位九の電介が姉さんに当たったら、姉さんが、死ぬかもしれないんだろ?」
「じゃあ、電介を出さなければいいだろ」
「最後まで、僕が電介を残して、おまえが姉さんを残したらどうするんだ。絶対にぶつかるぞ」
「その時は」
 志馬は笑った。
「おまえは、『ギブアップ』するだろう?」
 いづるは、二の句が継げなかった。
 椅子を引きかけて、しかし、動かないことに気づいた。
「何をいまさら逃げようとしてるんだ? 俺たちはもうお互い、認め合った仲じゃないか。オールインする、って。すべてを賭けて勝負をする、って。なあ?」
「志馬、おまえ――」
「泣いても喚いても許さない。これが俺の」
 志馬は頬杖を突いて、言う。
「必勝法」





「後出しじゃん」




 言ったのは、キャス子。
「オールインしてから、ルール説明するなんて、後出しもいいとこじゃん」
「気軽に全部賭けるなんて言っちまうやつが悪いのさ」
「そんなのずるい」
「じゃ、どうすればいいんだよ」
 キャス子はぴっと人差し指をひとつ立てた。
「ルール変更は、まだ効くんでしょ。あんたのやり方に添うなら」
「まあ、な。ルール変更? 何を変えるっていうんだ」
「今のルールじゃ、いづるに一方的に不利すぎる。あんたみたいな血みどろの人非人は、お目当ての子以外が残れば他はみんなどうでもいいんだろうけど、いづるは違う。いづるは、人非人じゃない。だから、あんたにもリスクを背負ってもらう」
「どんなリスクを?」
「手持ちの札で死んだあやかしの点数が、13に達したら、負けってことにしよう」
「――へえ」
「これなら、あんたもあやかしを救うために、身銭を切らなくっちゃいけなくなる。そのあやかしが負けて死んだら、13に達するというなら当然全額近く投資するだろうし、そうして助けたとしても、次のピンチに、あんたに残ってる金はないかもしれない――どう?」
 志馬は値踏みするようにキャス子を見た。
「ずいぶん優秀な手駒を持ってるな、門倉」
「手駒じゃないよ。大切な、友達だ」
「友達? おまえからそんな言葉を聞くとはね」
 志馬は背筋を伸ばした。
「ますます、おまえを負かしてやりたくなった。いいぜ、その新ルール、受けてやる。受けても俺は負けんがな」
「どうだか」
「誰が誰に言っているのか、もう一度よく考えてみろよ」
「門倉いづるが、夕原志馬に言ったのさ」
「へえ、おまえが俺にか」
 志馬は胸の前で自分の手札を眺めながら、言った。
「面白い勝負になりそうだ」
 画面の中の、砂嵐が晴れて、海底のような青い水の底が映った。その青さは、あの世のどこにも決してない、青さだ。

       

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