Neetel Inside ニートノベル
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 第三戦。
 戦況は、ほぼ互角。
 ――死者は、コロポックルが二人。
 判明したことは、それだけではない。
 いづるがコロポックルのために費やした百万。
 あれで救えなかった、という事実。見たくもない現実だが勝つためには無視するわけにもいかない。
 なぜ救えなかったのか?
 金額が足りなかった。おそらく、そうだろう。だがそれは、いつでも百万では足りないのか、コロポックルと舞首の間でだけ足りなかったのか。
 仮に、志馬が舞首ではなく階位二のぬらりひょんを出していたとしたら、コロポックルはどうなっただろう。百万で、救えていたのではないだろうか。
 あくまで推測である。だが、暫定的な指針にするには悪くはない。
 階位三と階位一では、百万炎では助けられない。では、階位七と階位五では? 階位が上がるたびに必要金額自体が上昇するのか、それとも階位の差でのみ必要金額は決定されているのか。
 どうすれば助けられるのか。
 この情報を見破らなければ、詰めの詰めで苦しくなる。
 そのためには、今、その種の情報を集められる階位を出すべき――
 いづるは、一枚の札の上で、指を止めた。それを抜き取る。志馬もそうした。
 式を撃った。
 吸い込まれていく式札。
 テレビの底に現れたのは、朧車と――鉄鼠。階位はそれぞれ五と六。
 いづるの負けだ。
 キャス子は思わず声を上げそうになった。惜しい。キャス子も、次は階位四の雪女郎が出てくると思っていた。そして、四なら志馬が救うために金を出す可能性がある。その出し方から、救助金額を見抜ければ――そう思っていたのに。
 これでは、負けた上にいづるが金を出さなくてはならない。だが、前向きに考えれば、一番情報が得やすい階位ではある。五と六の組み合わせというのは。
 問題は、いくら、注ぎ込むか。
 百万炎突っ込んで、救えれば、階位が一ずれているだけの場合の救助は百万で済む、ということがわかる。そうでなければ、階位が高くなればもう少額では救えないと思った方がいい。ここぞという時のために金を温存するか、僅差で負けた低中階位を救うのに専念するか。どちらにせよ行動の指針が定まり、無駄がなくなる。
 いづるがバターナイフを手に取った。
 だが一瞬早く、志馬もそうしていた。
 切り裂かれた手首から、志馬の魂貨が一枚落ちるのが、いづるの大量の百万魂貨の群れよりも速かった。
 じゃらぁぁぁぁん……
 いづるの魂貨は、一枚も、画面の中へと沈み込んでいかなかった。表面を滑って、雨水のように足元へと滴り落ちた。
 クラクションの音が聞こえる。
「な……」
「ふうん」志馬はぺしぺしとバターナイフを掌に打ちつけながら、
「先攻優先らしいな」
「そんなルール聞いてない……!」
 キャス子が叫ぶが、志馬は笑って首を振る。
「誓って言うが、俺も知らなかった。嘘じゃない。知らないものは説明できない」
「そんなの信じられないッ!」
「いいんだ、キャス子」
「でも!」
 いづるは、ぞっとするような目で志馬を見た。
「そんな目をするなよ門倉。おまえだって、こういうペテンで勝ってきたんだろうが。自分はやるが、相手は駄目、そんなの通用するわけねえだろ」
「知ってる」
 テレビの中で、急ブレーキの甲高い音がして、鉄が潰れる音がした。
 志馬の頭上の青い鬼火が十五に増え、いづるの赤い鬼火が六つになった。
 帰る時は、歩きになりそうだ。




 第四戦。
 情報が、集まらなかった。
 その上、志馬がいざとなれば、先攻投資でこちらの救助を妨害することもありうる、というおまけつき。もっともこれはこちらもできるが、かといって、相手の救助を邪魔するということは、相手の持ち金を温存させることになる。投資過多で消滅狙いをするなら援護妨害はするべきではないし、それに、いづるはあやかしが助かる可能性を自ら潰したりはしないだろう。たとえ、敵でも。
 そういういづるでなければ、七人と一匹と一台のあやかしと、一人の陰陽師、そしてキャスケット帽の少女は、ここまでついてきたりしなかった。
 門倉いづるが、門倉いづるだから、みんなここまでやってきたのだ。
 力と恐怖で屈服させる志馬とは、違う。
 たとえいづるがそのやり方を、誰よりも深く理解していたとしても。
 それでも、違うのだ。
 志馬が手札を扇状にして思案しながら、くんくんと鼻をひくつかせた。
「嫌な予感がする。詩織が来そうだ」
「……紙島が?」
「あいつが来ると面倒くせえ。早回しでいこう」
 二人は式札を打った。
 いづるは、河童。志馬はぬらりひょん。
 階位は三と二。
 いづるの勝ちだ。しかも一つ違い。負け目の濃い階位三の河童を勝ち組にできたのは大きい。
 これで志馬がぬらりひょんを助ければ、貴重なデータになるのだが――志馬、動かず。
 画面の中で、河童とぬらりひょんは泥試合を演じていたが、やがて数字通りの結末を迎えた。河童がぬらりひょんの首を締め上げて、その後でぼきりと折った。それが決着だった。河童は、額に汗して、緑色の顔は苦しげにゆがめていた。
 いづるの手の中に河童の式札が戻ってくる。
「どうしても、助けないつもりか、志馬」
「二だからねえ」
 志馬にとって、飛縁魔以外のあやかしは、すべて数字でしかない。くつくつと笑うさまは、楽しげだった。まるで気の利いたゲームに興じているかのように。
 だが、いづるも、キャス子も、これがゲームではない、などとは口に出さない。
 人生はゲームだ。
 ゲームとはルール。
 ゲームに生き、ゲームを愛し、ゲームを超えるものだけがゲームで生き残っていけるし、ゲームを守る唯一の番人なのだ。
 人生がゲームではないというなら、そこには、冷たい野性が残るだけ。
 彼らはそれをよく知っていた。
 だから、ゲームに則って、ゲームを超えて、勝とうとする。
 彼らが知っている、たったひとつの人間らしいやり方。
 それが『勝負』なのだ。

 いづる、青の鬼火、十二。赤の鬼火六。
 志馬、青の鬼火、十五。赤の鬼火三。
 依然として、拮抗。

       

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