Neetel Inside ニートノベル
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 気まずい沈黙がいづると飛縁魔の間に漂った。ローファーと靴下で交互に歩きながら、いづるは謝るべきかどうか思案する。けれどいまさら謝るのもなにか違う気がする。迂闊だった自分も悪いが、ちゃんと説明してくれなければ気の遣いようもない、という高慢ちきな考え方もあったし、それに、謝って許してもらおうという態度はやるのもされるのも業腹だ。だったら、怒られるなら怒ってもらって構わないし、許したくないなら、許されなくたっていい。
 けれど飛縁魔はいづるが気にかけていたほど深刻な気分に落ち込んではいなかったらしかった。ふらっと路地の端に寄ったかと思うとリンゴ飴やらたこ焼きやらをキャプチャーして戻ってくる。妖怪にもカロリーってあるのだろうか。太るんだろうか。でもその疑問を口にしたらもう一度死ぬのは避けられないので、いづるは沈黙を貫く。飛縁魔は自分だけパクパク食べて、残り二つになったたこ焼きを一個くれた。ラス一は譲らないタチらしい。
 食べ終わった飛縁魔は、手甲で乱暴に口を拭い、
「で、おまえ、結局ついてくるわけ?」と口元を腕で隠したまま言った。
「なんにもおもしろくないぞ、きっと」
「そうかなァ。それは、きみが敵となんの博打をやるのかによるかもね。なにをやるの? ポーカー? ダイス? ルーレット?」
「花札」
 花札か。ルールは知っているが、いづるはあまりやったことがない。確か十二の月の異なる花の札があり、手札から、場札と同じ月の札を出してくっつけて取っていき、決められた役を作っていくものだったはず。そして役がひとつできても、さらに役がつくまでプレイを続行するのがあの有名な「こいこい」だ。
 いづるには、飛縁魔が迷わずに種目を答えたことが引っかかった。その言葉にはなにか飛縁魔なりの自信が裏打ちされているように思える。花札が一番得意な博打なのか、好きなのか、牛頭天王が苦手にしているのか、それとも、
「イカサマ?」
 飛縁魔は頷いた。なのに浮かない顔だ。
「うまくツチミカドのバカが頼みを聞いてくれればいいんだけどな」
 また知らない名前が出てきた。しかし、今回のはどうも人の名前のようだった。ツチミカド。土御門? あの世にも生きている人間がいるのか。それとも幽霊?
「陰陽師だよ、土御門――土御門光明(みつあき)は」と飛縁魔は言った。「陰陽師って知ってるか? 呪い屋。あいつに協力してもらう。……でもなァ、あいつヒネてるからなァ。まじめくさって頭下げたら、かえってウンって言わない気がするんだよなァ。やだなァ。会いたくねー……」
 自分のいない場所でこんな風に評される土御門光明とやらが哀れである。よほどひねくれた人物らしい。その上、
「陰陽師ねェ……でも、そんなデタラメなやつがいるんじゃ、みんな安心して遊べないんじゃないか?」
 飛縁魔は目を丸くして、
「なんで?」
 いづるは力なく首を振った。
「なんでもない。もうわかった」
 どうもこうしてあの世を闊歩してみると、ここは素朴で溌剌としたモノたちで溢れている。自然な死というものが、あの世にはないからかもしれない。つい最近まで生きていたいづるからしてみれば、のん気で、お気楽で、間が抜けている。拍子抜けするくらいだ。けれど、だからこそここは死者たちを迎える最後の街でいられるのかもしれない。どんな人生を送ったとしても、ここでは必ず同じモノに還る。平等にだ。一切の事情は考慮されず、誰もえこひいきしてはもらえない。その機械的な終焉が、無念を抱えた魂にとっては安らぎなのだろう。いづるにとってそれが安寧かどうかは、まだわからないが。
 前をゆく飛縁魔が、さっきからチラチラと横目で盗み見てくる。仮面を向けると急に空の色を気にしだして、そして油断するとすぐにまた視線を感じる。いづるは仮面の裏で笑った。
「ねェ、どうやって牛頭天王をやっつけるのか教えてよ。詳しくさ」
 パァっと顔を輝かせて「どうしよっかなァ言いたくにないなァ」ともったいぶってはいるが、どう考えたって言いたくてしようがないのは丸わかりだった。まァここは下手に出て洗いざらい喋ってもらった方が、どこかに穴があった場合にいづるが繕うにしても都合がいい。
 飛縁魔は袂から一枚の厚紙を抜き取った。白紙だ。そしてそれは、
「花札の予備札?」
「――に見えるだろ」と飛縁魔は指の隙間に挟んだ厚紙を振って、「でもこれはニンテンドー製の花札じゃない。式札って言ってな、陰陽師はこれに式神を封印して仕舞っておくんだ。これは式神が封印されてないブランクのカード。こいつに、本物そっくりの花札を土御門に作らせれば……」
 二人はぐっと顔を近づけあった。
「魔法の札の、デキアガリ……」
「ああ。どんな種類の札にだって自由自在に交換できる。夢みたいだろ?」
 花札に詳しくなくても、そんな札があればカードゲームにおいて負ける要素がないことくらいはバカでもわかる。だからこそ飛縁魔も思いついたわけだ。確かに、牛頭天王がギャンブルにどれほど強い妖怪だったとしても、魔法使いに勝てはしない。ありったけの魂貨を花札で巻き上げ、そして、
「弱ったヤローをあたしの<虚丸(うろまる)>が一刀両断!」飛縁魔の左手が腰の太刀の柄をぽんぽんと叩いた。
「って筋書きよ。どうだ、名案だろ?」
 いづるは慎重に言葉を選んで様子を見た。
「そう……だね。問題はなにもない、ように聞こえるね。きみの言い方だと」
「うん。あと問題っていったら、ホントにそんな夢みたいな花札が陰陽術で作れるかどうかってことぐらいだな! たいしたことじゃない」
 たいしたことだった。
 いづるは脳みそを振り絞って花札の勝ち方を模索し始めた。記憶のおもちゃ箱をひっくり返して、忘れかけていた役を思い出す。猪鹿蝶、月見で一杯、花見で一杯、青タン赤タンに三光五光雨入り四光……
 やっぱり代打ちすることになりそうな気配がしていた。

       

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