Neetel Inside ニートノベル
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「なあ、やっぱりこの中にあの南京錠の鍵とかが入ってたりするのかな」
「かもね」
 飛縁魔はぺたぺたとスロットをさわって、おもむろに腰に佩いた太刀に手を伸ばした。が、いづるにじいっと仮面を向けられて渋々手を下ろす。
「なんだよ。こんなの壊しちゃえばいいじゃん」
「じゃあ、やってみれば?」
「うん」
 スラァと銀の刃が抜き放たれ、どこかの隙間から細く漏れてくる弱い陽光を受けて、その刃は暗がりにいる獣の瞳のように輝いた。飛縁魔はその刀をはすに構え、酔ったような足取りでリール横の枠組みに切りつける。
「おおっ?」
 スロットが無残に両断されることはなかった。傷がつくどころか、刃は枠組みに触れてさえいなかった。スロットまで数インチの幅を残して、空中で震えているだけだった。飛縁魔は両手で力いっぱい刃を押し込もうとしたが、一向に距離は縮まらない。
「このっ!」
 床板をぶち抜きそうな勢いで足を踏み込む。だが、刃は気まぐれな猫のように刃先を逸らして、すいっと横に流れた。飛縁魔の体も流れた。相当な勢いをつけたまま、体位が反転して後頭部をしたたかにぶっつけた。飛縁魔はいじめられた子犬のような声を出してその場にうずくまった。
「大丈夫?」
「うう……」
「見たところ、なにか磁力みたいなモノがこのスロットを守ってるみたいだね」
 いづるはコンコンと投入口のそばを叩いた。仮面がなければいづるは笑っているのがバレているところだった。
「攻撃しようとしたときだけ磁界が発生して触れられないのか。これもきみたちの言うところの呪いってやつなのかな?」
「知らねえよそんなこと……土御門を連れてくればよかったなァ。あいつならなにかわかったかも」
 いづるは飛縁魔に手を貸そうと手の平を差し出したが、飛縁魔はぷいっとそっぽを向いて自分で立ち上がった。いづるはそういう無意味な意固地が好きだ。だから素直に手を引っ込めた。
 巨大で怪異なスロットを二人で見上げる。
「どう思う?」と飛縁魔。
「考え方はいろいろあるね。牛頭天王の暇つぶしとして置いてあるだけなのか、やっぱり鍵を守っている装置なのか、ひょっとするとただの置き場のないガラクタかも」
「でもさ、鍵が入ってるとして、こっちが勝ったらちゃんと渡してくれるなんて都合よくね?」
「そうだね……罠かも。でも、牛頭天王ってのはあの世の親分なんだろ? 余裕のあらわれってことも……」そこまで饒舌に喋っておきながら、いづるは自分が自身の意見をまったく信じていないことに気づいた。だが、そのことはあえて口にはしなかった。まだ確信はない、なにひとつ。
 壁に身をもたれさせて、飛縁魔は前髪をねじりながら、しかつめらしく考え込んでいる。いづるにはそれがなぜか色っぽく見えた。
「ま、考えててもしかたねーな」パン、と飛縁魔は両拳を打ち合わせた。にやっと笑って、
「鬼が出るか蛇が出るか、勝ちゃあわかる」
「いいこと言うね。ここで議論しているだけじゃ、捕らぬ狸の皮算用だ。よし、じゃ、どっちがボタンを押す係になる?」
「へ?」
「いや、このスロット、ボタンを押す位置からだと生首の回転が見づらいからさ。どっちかが距離を取ったところからタイミングを教えて、もう一人がボタンを押さないと」
「あ、そっか」飛縁魔はいまスロットがあることに気づいたような顔をして、ゆるい回転を続ける生首を見上げた。そして半笑いを浮かべた。
「ぶっさいくだな、こいつら。お? なんだ文句あんのかてめーら。ガン飛ばしやがって、いっちょやってみるってのかおいこらあーん?」
「やめなって……で、どうする? 僕はどっちでもいい」
「じゃ、あたしがタイミング測る。おまえがボタン係な」
「わかった」
 飛縁魔が生首スロットと向かい合ったまま、うしろ向きに後退していって、ちょうどいい角度を模索している間に、いづるはポケットから魂貨を取り出した。
 スリット横には『一回1000炎』とある。いづるはポケットを漁ったが、どれも一番大きな額で500炎ばかりだった。飛縁魔を呼んで助けを請おうかと思ったが、呼びつけて「いまいい場所を見つけたところだったのに」とかなんとかぶーたれられるのも面倒くさいので、自分でやってみることにした。確か、飛縁魔はどくろ亭で札を千切って硬貨を作っていた。それを応用してみよう……。
 いづるは二枚の500炎玉を重ね合わせて、拝むように手の平で挟んだ。空気が焼けるような音がした。手の平を開けてみる。
 赤から橙色になった1000炎玉が出来上がっていた。便利なものである。意気揚々とスリットに1000炎玉を入れようとすると、中からベロが出てきていづるの手から硬貨を掠め取っていった。
 ちろりん、と機械のなかで硬貨が滑り落ちる音。
 いづるの指先にはぬるっとした唾液だけが残された。実にいらないサービスである。このスロットを作ったやつは性格が悪い、と思った。
「よーし、いいぞー」と飛縁魔が声を張った。「ここならよく見えるわ」
「うん」と答えたところで、いづるは気づいた。
「ねえねえ姉さん、お願いがあるんだけど」
「えー? この位置めちゃくちゃちょうどいいから、あんまし動きたくないんだけど」
「実はね」
 いづるは上を指差した。
「レバーまで届かないんだ」
 結局、ぶーたれられてしまった。僕のせいじゃない、といづるは思う。
 飛縁魔も巨人ではないから、廊下に立ったままレバーを引くことはできなかった。
「よっと」
 なのでスロットと壁の隙間を三角飛びして天井付近まで飛び上がり、頭蓋骨でできたレバー先端にしがみつくと、天井の木板を蹴ってそれを降ろした。ガコォンという音がして、三つの生首が猛烈に回転し始めた。
 飛縁魔は軽重力を思わせる身のこなしで鮮やかに着地した。いづるはぱちぱちと拍手してねぎらった。
「すごいね。まるで見世物小屋だ」
「なんでサーカスって言わねえの? 悪意を感じるんだけど。まあいいや、ちゃんとあたしが言った通りにボタン押せよな」
「任せてくれ、タイミングには定評がある」
 誰にだよ、とぶつくさ言いながら飛縁魔は定位置に戻った。
 そして腕を組み、インネンつけてるような目つきで生首の回転を見つめ、
「いま!」と叫んだ。
 だが、左端の生首は回転し続け、止まる気配はなかった。
 飛縁魔はかしかしっと頭をひっかいて、怨霊みたいな顔でぎろっと睨み、
「いーづーるーくーんー?」と凄む。
「ごめんごめん」いづるは片手拝みに謝った。
「でもこのボタン固くて押せないんだよ。やっぱり罠だったのかもね」とスロットのせいにする。
「はあ? そんなわけあるかよ。どいてみ、あたしがやる」
 いづるは飛縁魔に場所を譲った。飛縁魔はタイヤほどもあるボタンを軽く押した。むっ、と眉をひそめる。
「かたいな、これ」
「だろ? 古いのかな。壊れてるんじゃ仕方ないね」
 いづるはとにかくスロットのせいにし続ける。彼女の怒りの矛先がこちらを向いたとき、いづるは二度目の死を迎えるからだ。
 飛縁魔はまたもやかしかしっと頭をひっかいた。
「あーもーめんどくせえな、こんなのこうしちまえばいーんだよっ!」
「あっ」
 いづるが止める暇もなく、飛縁魔は肘と腰を活かした激烈な拳をボタンに打った。ぎぃぃぃん……と中の機構が震える音がした。だが、ボタンの縁にはわずかな幅ができていて、ボタンが押されたのは間違いない。左端の生首も、ここからではよく見えないが止まっているようだ。
 いづるは固唾を飲んで、スロットが瓦解するのを待ったが、壊れることはなかった。
 代わりに、電光表示板がパッと点灯した。





 78点。




「やかましいわっ!」
 稲妻のような左のエルボーから、返す身体で拳を裏返した打ち上げ気味の右突きが炸裂した。大砲を撃ったような音がして、ボタンの向こうの機構のどこかが切断した。電光表示板はそれきり二度と点数を表示しなくなった。
 いづるは首を軽く反らしながら、そろそろと後退して生首の結果を確かめた。
 てんでバラバラな方向に顔を向けた落ち武者そっくりの首どもが、ニタニタと声もなく笑っている。
 1000炎玉一個使ってわかったことがひとつある。
 ボタン係は、彼女に任せた方がよさそうだ。

       

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