Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      



 ばくち打ちは最終的に自分の利益になれば誰がイカサマをしようがしったこっちゃないのである。彼らがイカサマを理由にノーゲームを歌うのは負けたときであり、勝ったあかつきにはほくほく顔になるだけ。その裏表の激しさは動物世界のサバイバルもかくやだ。
 火澄が推していた幸崎花の稀人は確かに五行の影響を受けないが、芦屋が五行の影響をフルに活用している以上、勝ち目は薄いと見るのが妥当だろう。火澄はなおも幸崎花が陰陽連のトップであることを執拗に主張し続けた。たしかに五行の相関図だけでレースの展開が決まるわけでもない。
 三人の斜め上にいたネズミ顔の男は言う。
「170年くらい前にいた土御門雨時という男は強かったよ。どの式神、どの五行に囲まれても平然と一着でゴールラインに突っ込んでいくだもの。あの頃はやつを頭に据えておけば絶対に当たるから単勝が1.0倍どころかマイナス0.2倍。当てたらカネ払わされたんだぜ? 雨時に比べたら仁坊も悪くはないけどな天才ってほどじゃないな」
 齢七十の土御門家当主をネズミ男は坊や、と呼んだ。
「じゃ、このレースは芦屋とオヒキの漆野で決まりですか」といづるが聞けば、
「うーん、式が悪いよな。仁坊が芦屋に相克される久遠に乗ってるから……でも俺は仁坊アタマで賭けるけどね。芦屋は二着」
「どうして?」
「俺は一千年前から土御門家のファンだから。昔は安倍って名乗ってたけど、その頃からずっとね。やっぱりこういうのって、応援したいやつに賭けたいじゃん?」
 そう言ってネズミ男はにひひ、と笑った。




「なんにせよ芦屋の軸を基盤に考えるのが今回のベターってことよ」と赤ブレザー。
「黙って八百長されるよりやるって絶対わかってるんだから読みやすいレースだぜ」
「私は嫌いですけどね、そういうことされるとレースがつまらなくなりますから。正々堂々とやってほしいです」
「その割におまえの本命は芦屋じゃねえか。ゲンキンなやつめ」
「押さえで土御門も買いますよ。あなたは結局、何を買うんです?」
「ふむ。本来は芦屋と同じように漆野にフォローしてもらえる木の式を買いたいんだが、もう一つの木、六号に乗ってる鹿島はこのメンバーの中じゃランクが二つは下。とても頭をとれるとは思えん。となると芦屋を相克できる陽炎(金)の綿貫に賭けたいが、そこは白虎の凪原が気合入れてなんとかするだろ」
「なんとかって?」
「たとえば朱雀の衛藤を陽炎の綿貫にけしかけたりとかな。うまくコースラインを調整してやれば衛藤は綿貫を潰してくれるだろうし、なんなら衛藤を走行中に煽ってから綿貫に近づいて自分もろとも自爆、リーダーの対抗馬を身をもって消すってやり方もある」
 ふう、と赤ブレザーはため息をついて、
「まァどう考えたって芦屋の一着だよ。普通はな」
「なんだか裏がありそうな言い方ですけど?」
「さあね。まァ人間がやることだからね、確実なことなんてなにもないのさ。門倉が言ったようにな」
 場内の喧噪が一段とにぎやかになる。喜怒哀楽の入り交じったざわめきは、それでもどこかお祭りじみて楽しげだ。
 そろそろ券売所が閉まる頃合いだ。
「よし、いくか火澄!」
「気安く呼ばないでください。でもどうするんです? 同じ券を買って当たったらそれもノーゲームですか?」
「じゃあ、俺おまえの買うのは買わないよ」
「えっ、いいんですか」
「喜べよ。何びっくりしてんだ?」
「だって……」
「まァ俺は自信あるから、俺のラインに」
「でも、私が買うのは芦屋―漆野、芦屋―土御門、土御門―芦屋の三線ですよ? 他に買うラインなんてあるんですか?」
 赤ブレザーは仮面のおとがいを親指でちょっと持ち上げて、素顔をさらした。悪巧みを思いついた子供みたいな笑顔で、
「教えてやらなァい」
「あなたね……」
「お楽しみさ。勝ったらキスもあるし」
「……キス?」
「俺が負けたら門倉にはもうちょっかいを出さない。俺が勝ったらあんたは俺にちゅー。そういう話」
「はああああああ!? なにバカなこと言ってん――あ、ちょっ、待っ――!」
 赤ブレザーはするっと妖怪の群れの中に紛れ込んでいってしまい、火澄は大慌てでつんのめりながらその背中を追っていった。だが赤ブレザーが自分の買う券を秘匿した以上、その背中に追いつくことはないだろう。
 いづるはぽつん、とその場に取り残された。
 二人が置いていった予想紙だけが風にまかれてパタパタとはためいている。赤エンピツがその上をころころと転がって、ベンチの縁からぽとりと落ちた。足元に首を突っ込むと、小人が床に貼り付けてあった手配書を剥がしているところだった。どこで撮ったのか、いづるのモノクロ写真が載っている。本名まで出ている。赤ブレザーはこれを見ていづるの名前を知ったらしい。門倉、と呼ばれたときから気にはなっていたのだ。
 白黒写真の中の自分は、仮面をかぶっているにも構わず、まぎれもなく自分だとわかった。さわると痛そうな黒髪、痩せた首筋、何か言いたいことがあるのを渋々こらえているような姿勢。いづるは屈みこんで、赤エンを拾うついでにその手配書をつまみ上げ、びりびりに破いた。
 ぽんぽんと後ろから肩を叩かれ、振り向くとさっきのネズミ男が痛ましそうな顔で親指を上げてきた。一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに悟る。火澄の背中はもう見えなくなっていた。
 ハエみたいに手を振ってネズミ男を追い払い、いづるは拾い上げた赤エンを指先でもてあそぶ。




 ひょっとすると赤ブレザーは親切心や悪戯魂でいづるにわざわざ競神をレクチャーしたのではないのかもしれない。
 やつは教えるのではなく、思い知らせたかったのかも。
 やつにあって、門倉いづるにはないものを。

「ふふ」

 勝ったらちゅーか。
 その発想はなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha