Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 ぱっと点った照明の白さで、闘技場内が月面のようなモノクロのコントラストに包まれた。いづるは額に手をかざして、宇宙船に見下ろされる少年のようにその場に突っ立っていた。観客はあまりいない。なんでもつい30分前まで、ここでは『破天公(アスラ)』と『青面金剛(セイメンコンゴウ)』がぶつかる魔王戦(魔王会で行われる守銭はフリー対戦と区別されてこう呼ばれるそうだ)の最終予選があったとかで、それは今日の一番人気の試合だった。それが終わったので、客たちは皆もうそれぞれはけてしまったのだろう。
「よかったな、自分の恥を大人数に見られずに済みそうで」
 対面の門から蟻塚が入場すると、闘技場内の『模様替え』が起こった。なにもかもが蜃気楼のように揺らぎ、ぼやけ、それが収まるとそこは『チェス』の盤上になっていた。白と黒のマス目の上に、いづると蟻塚は立っている。二人の間でポーンやナイトを始めとするチェスの駒が不規則に並んだり、倒れたりしていた。いづると蟻塚の闘いを前に、すでに盤上は佳境を迎えているらしい。
 いづるはコンコン、と黒のポーンを叩いた。
「なるほど、チェスね……。さしずめきみはキャス子を守るナイトってわけか。格好いいね」
「誰から許可を得ればお嬢様にあだ名なんぞをつけられると思った? 撤回しろ、門倉」
「彼女は気に入ってるみたいだったけどなあ」
「おまえのことまで気に入られると困るんでな」
 はははっ、といづるは笑った。
「それはないだろう。……なあ蟻塚、はっきり決闘を申し込まれて僕は結構嬉しかったよ。だからさ、今もおまえははっきり言えばいいんだ、無様にさ――嫉妬と嫉妬で死にそうだよお! ……ってね」
 蟻塚が静かに構えた。親指を畳んだ掌を右は腰の横、左は胸の前に。
「消してやる」
「ああ、来いよ」
 最初に動いたのは蟻塚だった。タイルを蹴って大きく一歩前に出、そこから斜めに進んだ。さらにそこから斜め。瞬発力には自信がある、フェイントにも。まずはフットワークを駆使して門倉を翻弄する。進むと見せかけて退き、退くと見せかけて進み、まずは敵の背後を取る。守銭は確かに後方からの魂貫をすべてキャンセルされる。だが、よくよく考えればそれだけのことなのだ。後ろから引き倒してしまえば、相手を守る背中はチェス盤と接着される。マウントを取る必要さえない。一撃、胸に掌を突き込んで大穴を空けてやれば、それで門倉いづるという幻は終わりを迎える。こともなく。
 蟻塚のフットワークに、いづるはおたおたとあっちを向いたりこっちを向いたりするばかりだった。見よう見まね程度の構えを取っているが、脇が空いているわ手首が曲がっているわ、とても見ていられるものではなかった。もちろん自分は喧嘩なんてとてもとてもしたことがありません――それはそういうスタイルだった。蟻塚は仮面がなければ唾を吐いていたかもしれない。
 何も守ろうとせず、何の力もなく、ただ在るだけの生だったのだろう。
 なんて無意味で、無価値な、卑しい一生。
 何かを守りたかったら、力を得ようとしたはずだ。少なくとも、自分はそうした、と蟻塚は思う。気がついたときにはもう孤児で、乳歯が抜け始める頃には一人の女の子を守る盾となるべく引き取られた。
 誰かを守れるようになるということは、血反吐が出るような思いをしても立ち続けていることだった。
 自分はお嬢様を守るために生涯を捧げた。後悔なんて一筋ほども感じてはいない。
 そんな自分が、万に一つでも、負けることがあろうか?
 こんな、クズに――。
 きゅっ、たん、たん、きゅきゅ、たん――。
 たんっ。
 大きく迂回して、蟻塚はいづるの背後を取った。よれた制服の襟がすぐそこにある。それを掴んで引き倒せば、ジ・エンド。
 ――終わりだ。
 蟻塚は掴んだ。確かに、その手は掴んでいた。
 さらさらして、いつまで触れていたくなるような生地をした赤い風呂敷を。
 ――なに?
 考えるよりも先に、想定していた行動を取った。赤い布をそのまま引き下ろした。ばさっと柔らかい生地を空気が払う音。
 赤い幕の向こうで、右手を庇うように引いて構えたいづるがいた。



 ごめん、
 なんて、
 言わないぞ?



 腰の入った右の貫手が、
 蟻塚の胸に叩き込まれた。
 馬鹿だ自分は。
 いったん回避するべきだった――。
 ショックで意識が真っ白になった。終わった――と思ったが、引き伸ばされた時間は、実のところそのまま流れ続けていた。動いていなかったのは、現実の方だった。
「――ちっ」
 いづるが舌打ちして、バックステップで距離を取った。その際に白黒マス目に落ちていた赤風呂敷を拾い上げるのも忘れない。
 蟻塚は自分の胸に手をやった。なんともない。いや、違う。確かに自分はいま魂貫された。蟻塚の経験から来る引き落とし残高は――
 一炎。
 ぴぃん。
 いづるが指で弾いた一炎玉をパンと手で封じた。そして両手を開けてみせる。手品のように、硬貨は消えていた。
「やれやれ、あれだけ練習してやっと一炎か。参るな。僕って才能ないのかも。まあいいか……」
 赤風呂敷を空中でもてあそんで、空気を包み即席のタコを作ってみせる。その首を両手できゅっと絞めて、
「一炎でも、おまえが消えるまで削っちゃえばいいだけだもんな?」
 ――こいつ。
 蟻塚は構え、ステップを踏む。とりあえずの戦闘態勢を作りながら、
(本当はもしかして、魂貫できるようになっていたのか? 油断を誘おうとしているのか? いや、もしそうなら今、俺はここにいないはず。両替されて足元に散らばっていてしかるべきだ。やつの攻撃は致命傷になりえたんだから……。やはり、いま、ようやっと魂貫できるようになったということか――なら、)
 恐れることはなにもない。
 確かに一炎、抜かれた。
 だが、それだけだ。致命傷を与えられる場所を突いていながら、門倉は自分を仕留め切れなかった。いま、追い詰められているのは向こうの方だ。千載一遇の、経験者からのKOを狙えるヒットを当てておきながら、勝ちきれなかった。
 役満張って流局したようなもの。
 そんな好機、もう二度とは与えない。
「残念だったな門倉――だが、もう降参しても許さんぞ」
「そうかい? 僕はいつでも受け入れ態勢ばっちりだ。気兼ねなく降参してくれていいよ」
 ほざけ。
 今度は正面から突っ込んだ。タイルをすって巻き込むように距離を殺し、いづる目がけて跳んだ。べつに美しい勝負にこだわりはしない。近距離にもつれこませて殴打戦になればネズミとダンプカーの喧嘩だ。勝負ですらない。小賢しく立ち回られる前にそのすべての企みを灰燼に帰す試合展開――人それ泥試合を呼ぶ――にしてやる!
 だが、またしても視界を覆う赤。振り払おうとしたが、今度は布にさえ触れられない。
 開けた視界、ちょうどミドルレンジの位置で門倉が風呂敷をひらひら振っていた。闘牛士のように。蟻塚の意識がまだそこにあると誤解し続けている幻影の脳の中で、血管が何本かみちみちと血圧に耐えられなくなって軋んでいた。
「知ってるかい、蟻塚。牛ってのはもともと色なんかわかっちゃいないんだそうだ――やつらはただひらひらするものに突っ込んでいくだけでさ。でも、マタドールが使うカポーテってのは決まって赤なんだ。何故だと思う?」
 蟻塚の我武者羅に繰り出す貫手をいづるは右に左にさばいていく。そのたびにひらひらと揺れる赤。
「それは人間のためなのさ。赤ってのは血の色だからね、つい興奮してしまう。きっと賭けも盛り上がったろうな。闘牛で、どんな賭け方するのかは知らないけど――」
 貫手を放つ。
 さばかれる。
「なあ、いつまで僕に喋らせるつもりだ? 退屈しすぎて飽きてきたよ。あ、そうだ、この場で動かないでいてやろうか。そら」
 ぴたっといづるが立ち止まった。
 ――怒ってはいけない。
 蟻塚は自分に言い聞かせる。やつは自分を怒らせたいのだ。そして自分の望むゲーム展開に持ち込み、ヒットアンドアウェーで華麗に闘いたいはずだ。落ち着け。落ち着くんだ。自分の優位はちっとも揺らいじゃいないのだ。
 いづるは両手で風呂敷を持ってその裏に隠れている。布越しでもやつに貫手が当たれば魂は抜けるのだ。
 静かに、息を止めて。
 眠ったお姫様を起こさぬよう気を配るように。
 音もなく、震えもなく。
 正確無比の右の貫手を放った。
 赤い風呂敷越し越しに、蟻塚の指先はいづるではなく――黒のビショップに突き刺さった。ぼろっと砕けた石片が転がり落ちる。
(――門倉、は)
 そのとき、貫手を喰らう瞬間にしゃがんでいたいづるは完全に蟻塚の視界の外にいた。力を込めて痙攣したように震える指先を、屈めた膝を伸ばす力を利用して蟻塚の右肩に打ち上げた。
 貫手の、アッパーだった。
 一瞬遅れて、蟻塚は昇ってくる一撃に気づいた。そう何度も何度も同じ手を喰らうか!
 迫るいづるの掌を払おうと右手を引こうとして――抜けない。右手はビショップに突き刺さって、すぐには抜けない――体位が悪かった。
(左手じゃ、間に合わない!)
 今度は一炎では済まなかった。
 いづるの指先が削り取った赤い硬貨が、噴水のように蟻塚の肩から噴き上がった。苦悶の声が蟻塚の喉からほとばしる。六分の一の痛覚キャンセルは、都合よく廻りめぐってはきてくれなかった。衝撃で右手がビショップから抜ける。手で肩を押さえて蟻塚が後ずさるのをいづるは黙って見ていた。
「……少しは、美しい戦い方をしよう、とは思わないのか? しゃがんで不意打ちだなんて……子供か貴様?」
「未成年のまま死んだんでね。天下無敵の十六歳さ」
「言ってろ……おまえはもう、すでに終わった」
 そう言って、蟻塚は右手に巻きついたままだった赤い風呂敷を鬼の首を取ったように掲げた。
「どうだ! これで貴様はもうふざけたマタドールの真似など! ……でき……なく……」
 だんだんと声が尻すぼみしていく蟻塚の前で、いづるがポケットからまた新しい風呂敷を取り出しひらひら振った。今度は夜の湖のような青色。
「知ってるかい、蟻塚。風呂敷ってのは、畳めて収納しやすく、広げればある程度どんなものでも運べる優れものなんだ。だから泥棒にありがたがられたんだね。しかし、闘牛の真似事をこいつでやったのは世界広しと言えどもそうはいないだろうな」
「門倉……!!」
「安心しなよ。……闘牛ごっこは、本当にもうやめだ」
 そのままいづるは、駒がいくつも並ぶ乱戦地帯に身を滑らせて、蟻塚の視界から消えた。蟻塚は手から魂貨を出してそれを右肩に浴びせ傷を塞ぎ、身を屈めて後を追う。いつでも払い、突き、潰し、どれでもできるように構えには念を入れておく。四本の指を立てた掌をゆるやかに交差して構えると、それはどこか巨大な蜘蛛に似ていた。
(あいつ……この短時間で魂貫をマスターしつつある)
 削られた右肩は、まだじんじんと熱を持っていた。五千はやられただろう。蟻塚も死んでから長く、その魂の残高は一万や二万では効かないにしても、このまま門倉のペースに巻き込まれたままではいつか削り切られる恐れがある。
 少なくとも、さっきの一撃を胸に喰らっていたら自分は両替されていた。
 だが、
 ――なめてやがる。
 門倉は、さっき、わざと胸から攻撃を逸らしたのだ。狙おうとすれば急所を狙えたはずだ。真下からなら胸でも頭でも。だが、やつは右肩を狙ってきた。
 つまり、本当に、あいつはこの蟻塚蒼路(ありづか そうじ)を消す気がないのだ。消すまでもなく、自分から「参った」を引き出せると思っているのだ。
 あの冬の日。
 お嬢様が酔っ払った暴漢に殺されたと知ったとき迷わずそばにあった果物ナイフで喉を刺し、後を追ってきた自分をさばききれると思っているのだ。
 蟻塚蒼路は、彼女のためならなんでもできる。
 あるかどうかもわからない、死後の世界で、彼女が寂しい思いをしなくていいように、命のひとつやふたつをゴミ箱に放擲してしまえるくらいには。
 ようやっと手に入れたのだ。
 ようやっと、安定した魂の入手ルートを確保して、こんな争いごとを毎日毎日気が狂いそうになるまでやらなくて済む生活が手に入ったのだ。
 賭けなんてしなくていいのだ。
 ありもしない血を熱くしなくたっていいのだ。
 そんな危ない橋を、お嬢様にはもう一本だって渡って欲しくない。こんな地の底でも、死者と化け物しかいない世界でも、彼女があの仮面の向こうで笑っていると信じられるなら、
 蟻塚蒼路は胸を張って言える。
 自分の死は、まぎれもなく天寿であったと。

(門倉)
(おまえからは、お嬢様と同じ匂いがする)
(だから、これ以上いっしょにいさせるわけにはいかない)
(お嬢様がまたどこか遠くへ行ってしまわれないために)
(おれは)
(恨まれても、殴られても、呪われても)

(彼女を、静かで堅いこの鳥篭に、ずっと閉じ込めておきたい――)




「それで彼女がほんとに笑っていられると思うのか?」



 その一言で、
 蟻塚に流れる幻影の血が一発で沸騰した。全身を怒気で膨らませて、門倉いづるの名を怒号する。駒の森の中、返事はなかった。
 そして、蟻塚はいづるの名を呼ぶべきではなかった。しばらくして、

 ひゅううううううううう――

 最初、(口笛か?)と思った。耳を澄ます。いづるの足音や呼吸(そんなもの必要ないから止めているだろうが)、ほかにも独り言や衣擦れの音がしないかと。
 周囲に誰もいないのに、その口笛の音は、だんだん近づいてきていた。蟻塚は油断していた。守銭では基本的に背後へは警戒しなくていい。後ろから引き倒される危険性はあるが、生前柔道三段だった蟻塚が両足を開いて腰を落とせば大の男が三人がかりでも蟻塚を仰向けにはできないだろう。だから、両手の届く場所にいづるの姿がないなら、それは蟻塚の安全を証明していた、はずだった。
 奇襲は空から降って来た。
 蟻塚が顔をあげたのはまったくの偶然だ。蟻塚は最後まで、その口笛に似た音が攻撃だと気づかなかった。ただ、顔を上げたときに、なにかをたくさん包んだ青い風呂敷が近づいてくるのをぼんやり見ていただけだった。なんだ、とさえ思わなかった。
 その風呂敷は、『何か小さくて硬い平らなもの』をたくさん詰め込んだように、不規則なでこぼこを拵えていた。その風呂敷は、放物線を描いてチェス盤を横断し、そしていま、
 蟻塚蒼路の腹に突き刺さった。
 蟻塚は六分の一の幸運にあやかった。
 痛みを覚えることなく、蟻塚の身体は真っ二つに分断され、白と黒のマス目に、彼を貫通した青い風呂敷がぶつかり、四方八方に魂の欠片をぶちまけた。
(――あ)
 ゆっくりと、蟻塚はその場に倒れた。詳しく言えば、下半身が魂化し、上半身だけが盤上に滑り落ちた。
 頭上からは、光さえも受け入れることを拒んだ暗闇が蟻塚を見下ろしていた。その向こうにはきっと、今もあの赤い空が広がっているのだろう。もうだいぶ、蟻塚は横丁にあがっていないことを、唐突に思い出した。
「――ああ、よかった。バラバラになってたらどうしようかと思ったよ」
「門倉――」
 いづるは斜めに睨み合う黒のポーンと白のナイトの隙間から、蟻塚に近づいてきた。千両箱を引きずっている。それを蟻塚のそばに置くと、ふーと息をついて、
「ひょっとすると、僕とやりあって君が負けるってのが、たったひとつの君の勝ち方だったのかもしれないな。そしたら僕はキャス子に合わせる顔がないから、自分から姿を消すしかなくなるしさ。あっはっは、お互い馬鹿だな」
「そう、かもな――」
 蟻塚はいづるから顔を逸らした。いづるは千両箱に腰かけて、
「彼女は、鳥篭なんて自分で食い破るよ。あれはそういうタイプだ、絶対。わがままだもん。そしてきみには、それを止める資格も権利も力も、ない」
「――――」
 蟻塚は答えなかった。
 本当は、自分でもわかっていたのだろう。
「さて」いづるはパン、と膝を叩いて、
「試験官どの、僕は合格かな? それとも不合格? 結構がんばったと思うんだけど」
 蟻塚は髪の毛一本ほど首を動かした。
「おれは、どうして」
「ん? ああ、知らなかったの? 僕はたまたま吉田と闘ったときに気づいたんだけどさ、この魂貨って、お互いちょっと引き合う性質みたいのがあるみたいなんだよね。ほら、『お金は寂しがりや』ってよく言うだろ?」
 蟻塚は死んだように身動きしなかった。いづるは構わず続ける。
「僕が自分の掌を蹴り上げたとき、掌が魂化したんだよ、切断された僕らの身体はそれほど長くカタチを保っちゃいないらしいね。――だから、吉田に当たったのは僕の念のこもった『掌』じゃなくて、『魂貨の塊』だったんだ。観客席からは、見えなかったと思うけど。たぶん『裏ルール』ってやつなんだろう」
「だから、おまえは、自信が、あった、の、か」
「君とやるのに? まさかだろ。自信なんてなかったよ。正直、きみが本気だったもんだから、足は震えるし、頭痛はするし、散々だった」
 蟻塚が意外そうに首を持ち上げた。
「ほんとう、か?」
「ああ、自信満々に見えたんなら僕の演技力もなかなかだな。いやあ実際アタマを捻ったよ。実戦までに魂貫できなきゃ、この風呂敷だけが僕の命綱だったわけだから。優勝までこれ一本か――とも思ったけど、土壇場でそこそこ抜けるようになったから、よかったよかった、めでたしめでたし。きみにとってもそうだろ?」
「……はあ?」
「やっぱりさ」いづるはぼりぼり頭をひっかいた。
「彼女を大事に思う人に、そばにいることを認めてもらえないままだと居心地悪いからさ。認めて欲しかったんだ、きみに」
「――誰が」か細い声で言う。
「認めるもん、かよ」
「え?」
 敗北を認めた動物よろしく、蟻塚は喉仏を晒した。
「さあ、消せよ! そうすれば許可も糞もあるまい……」
 いづるの髪が、風も無いのにそよいだ。
「参った、って言えよ」
「言わん」
「そうかい。じゃあ、根競べだ」
 いづるはその場にあぐらをかいた。
「好きなだけ、そうしていろよ。僕はいつまでだって付き合ってやる。でも、いいのか? 彼女を放置しといてさ」
 見ろよ、といづるが指差した先。
 白のクイーンが見下ろしてくるそのさらに上、客席から、手すりに頬杖を突いたキャス子が二人を見下ろしていた。爪を綺麗に切られた指が苛立たしげに頬を叩いている。
「どうする?」いづるの声は笑っていた。
「どうも彼女、怒ってるっぽいぞ」
「……汚いぞ、門倉。こそくだ」
「そんな、僕に言うなよ。それに僕にしては珍しく綺麗なオチをつけたつもりなんだ。――ま、好きにしてくれ。足を治すための魂貨なら千両箱にまだまだ唸るほどあるしさ。でも可哀想だから同情だけはしておくよ、蟻塚。自分から怒られにいくってのは、うん、勇気がいるよな」
 蟻塚は、深々とため息をついて、言った。
「参った」

       

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