Neetel Inside ニートノベル
表紙

あの世横丁ぎゃんぶる稀譚
15.業斗と雪女郎

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 やっちまった。
 思いあまった。
 なんであんな恥ずかしいことを言っちまったんだろう――業斗は自分のベッドに仮面ごと顔を突っ伏していた。くねくねと身もだえし、足をばたつかせて、怪鳥のような雄たけびを枕でぶっ殺していた。仮面からはみ出した耳が真っ赤に染まっている。そのすぐそばで、死装束をまとった青白い少女がひそやかに囁いた。

「使うぜ、容赦なくな」

 業斗の脳味噌が一発で沸点を突き破ってフットーした。
「やめろよおおおおおおおお!! そういうのやめろよおおおおおお!!!!」
 業斗は拳を思い切り枕に叩きつけ苦悶の雄たけびをあげた。少女はそんな哀れな青年を見下ろしながらも容赦しない。
 親指で霊安室の上をくいっと指して、
「俺より強い兄貴に会いに行く」
「言ってねええええええ!!!! そんなこと言ってないからああああ!!!!!!」
「遠慮しないぜ?」
「うわああああ!!!! うわああああぁっぁっぁぁぁぁあああああ!!!!」
「次に会ったら」少し間を置いてから、
「て・き・ど・う・し?」
 少女は悩ましげに白い眉をくねらせて、はしたない流し目を放った。にやりと笑った口元から真っ白い歯がきらりと光る。
 それが見えたわけでもないのだろうが、
「うおおおおおおあっしゃっしゃっばああああああい!!」
 業斗がとうとう発狂して、さらさらの髪をかきむしりながら跳ね起きた。その拍子に仮面がぽとりとかけ布団に落ちて、慌てて拾って顔にかける。そのまま何事もなかったかのように頭からほんわかした湯気を出しながら、
「雪女郎、てめえ、俺にいったいなんの恨みがある!? ねえなんの恨みがあるん!?」
「ふん、なにを言うか」雪女郎はキメ顔をひっこめて、いつもの仏頂面に戻った。
「おぬしはわらわの獲物を喰ってしまったのじゃ。わらわが丹精込めて煉獄めぐりさせてやったあの清らかで若々しくて爽やかな魂を――」恍惚と中空を見つめていた顔をキッとこわばらせ、
「いつぞやの時、おぬしが負かして喰ってしまったのじゃろうが! おかげでわらわは空腹のあまりあわや泡沫の夢に帰してしまいそうになるしまつ」よよよ、と死装束の袖で濡れてもいない目元を拭い、ぎろっと業斗を睨む。
「挙句に乱暴で粗忽で卑怯者のおぬしの世話係じゃ。からかいでもせねばやっていられんわ」
「勝手に恨んで勝手に居ついたのはおまえだろうが……」
「なにが勝手なものか! 本来ならばおぬしなんぞカチンコチンのコッチンチンにしてやってもよいのだぞ? おぬしを氷の彫像に仕立て、その氷と魂が溶けてゆくサマを見るのはどれほどの愉悦か……ああ、溶けるからこそアイスとは美味なるものなのじゃ。それを! おぬしがおぬしの遣り残しの始末をしたらおとなしく消えるとゆうから、ついてきてやっているのじゃぞ? わらわは!」
「へいへい……あざーっす。感謝しあーっす。ちょぱねーっす」
 雪女郎がふっと息を吐くとベッドについていた業斗の手がたちまちぱりぱりと凍り始めた。
「ちょっとお!? 駄目っ! めぇっ! ……なあ待てって本当に凍ってやがる寒い寒い寒い無理無理無理はい無理ーはい無理ーはい……おい無理だって言ってんだろ!!! やめろ!!!」
「生意気をゆうからじゃ。よいか、わらわが上、おぬしが下じゃ。そもそもな、霊峰富士の雪の化身たる超大物妖怪たるわらわに対しておまえ呼ばわりとは片腹痛いぞ。おっほっほっほっほ」
「おっほっほじゃねーよ糞餓鬼! くっそこうなったら自力で……」
 ベッドと青白い氷で連結された手首をぐいぐい引っ張る。取れない。少しやけくそに力を入れて引いてみる。パキン。
 取れた。
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ??!!」
「おまっ!」あまりのことに業斗はもげた手首を押さえてやおら立ち上がった。おまっ、おまっ、と口から漏れるものの、その後が続かない。
 雪女郎は部屋の反対側の壁にまで下がって首をぶるぶる振った。
「わらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃないわらわじゃない」
「お前だよ!!!!!!! 全身全霊でおまえだったよ!!!!!!!」
 もげた手首を振って、
「どうしてくれんだよ!! しかも利き腕じゃねーか!! もうお箸持てねえんだけど!!!」
「たっ」雪女郎は引きつった笑みを浮かべた。依然として視線は電磁石をくっつけてぶっ壊したコンパスのごとくあちこちを彷徨っていたが、それでもなお活路を見出しこの修羅場を突破するつもりらしい。手を挙げようか下げようか中途半端に振り回しながら、
「食べさせてやる。そうじゃわらわがおぬしに食べさせてやる。それならよかろ? な? いやあ別に困らなかったのぅ、利き腕一本ほんとは大したことないんだなあ」
「だなあじゃねーよ!!!! だなあじゃないんだよ!!!!」
「わ、わかった。まずは落ち着け? ちょっ、あぶっ、手をやたらめたらに振り回すな! 当たっ、当たるっ、わわっ?」
 業斗はいつものダミ声とは打って変わって澄んだ声音で言った。
「――――ふりまわしたらのびるかもしれない」
「おっ、落ち着―――――――――――はっ!」
 雪女郎が我に返ったと同時に、大車輪の活躍を見せていた業斗の両腕(なぜ左腕も振り回したかと言えば無論ノリだ)の時も停止した。二人は顔を見合わせてごくりと生唾を飲み込み、雪女郎はガラステーブルに乗っていた千両箱から見もせずに、第五回戦目のファイトソウルをひとつかみ掴みあげて、それを業斗の砕けた手首にあてがった。業斗は白ランの袖からはみ出た腕を盛り上がらせて、
「むんっ!」
 気合一発、それまで磁石にでも引きつけられているかのように手首に張り付いていた魂貨はたちまち人の手の形に伸び、広がり、ごつごつした青年の手に変質しおおせた。業斗はそれをぐーちょきぱーに三段可変させてみる。とても滑らかだ。
 二人はしばし見詰め合って、合点承知とばかりに頷きあい、雪女郎は石の床に、業斗はベッドに、それぞれ腰を下ろして顔を覆った。
 超恥ずかしかった。

       

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