Neetel Inside ニートノベル
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 そもそも最初の右折はいいとして、次の直進(右折したときの直進方向から見ると左折)は何? と思ってしまう。歩いた歩数でわかる。あの直進で出るのはすでに通った道のはず。壁があったから戻ってきたが、どうにも不自然だ。少なくとも家に帰る道を間違えるというのが(しかも連続で)あやしすぎる。
 超きなくさい。
 だが、むくむくと好奇心が湧いてきた。どうもこの婆ァ何かを企んでいるようだ。閻魔が代替わりしてからの超課税体制で普段は温厚な妖怪たちも魂の荒稼ぎに借り出されている節があるようだし、ひょっとするとこれはひょっとするかもしれない。
 よし、とキャス子は決めた。ちょうど今までの道筋も暗記していることだし、これから先の道なりも覚えておこう。自分の身は自分で守る。
 老婆は次の十字路を直進。その次も直進。そこで左折――行き止まり。
「ちょっと」キャス子は試しにドスを効かせてみた。
「もうろくしすぎなんじゃない? あたしもヒマってわけじゃないんだけど?」
「おまえが望んでいるものを」老婆の声は微塵も動じてはいなかった。
「求めぬというなら、止めはしない。勝手に帰り、勝手に迷え。おまえに出口があるならな」
「……どういうこと? 出口がないって? まさかこの迷路、一度入ったら出られませんプギャー! ……とか言わないよね? 言うってんなら、あんただけは道連れにしてやるかんね」
「出口があることは」老婆はホイールを回し、腕を組んだキャス子のそばを通り過ぎながら、赤い瞳で流し見て、
「おまえが一番知っている……」
「……。イミフメー」
「安心しろ。この迷路は、6×6のブロックに分かれている。無限になんて、続いてない……」
「……あっそ」
 老婆は進んでいく。キャス子は新しい情報を頭に刻み込みながら(ろくろくさんじゅーろく?)、情報として扱いかねる抽象的な発言について思いを馳せた。
 老婆は、キャス子が道順の暗記を始めたことを指しているのか、それとも他の意図を隠しているのか。キャス子にはまだわからなかった。ぶつぶつ文句を垂れ流し、頭のゆるめな女子高生風の演技を続けながらも、車椅子を追いかける。が、その時、足元が暗いためだろう老婆の車椅子が瓦礫のひとつに乗り上げて、倒れかかり、キャス子はそれを受け止めようとして――派手に二人まとめて転倒した。それでもなんとか老婆の身体だけは庇いきる。
「おまえ……」老婆が意外そうな顔をした。キャス子はなんだかむずがゆくなって、
「は、早くどいてよ! 重いのっ!」
 と叫んでしまった。待ってましたと言わんばかりに襲い掛かってくる後悔――ああ、ちがう、そんなことを言うつもりでは――
 キャス子が苦悶している間に、老婆はさっさと車椅子を立て直して(時間がかかりそうなものなのに、老婆はキャス子が立ち上がるよりも早くクッションに尻を落ち着かせていた)、キャス子がついてくるのを待ってから、進み出した。
 二人の彷徨は続く。
 右折、左折(行き止まり)、戻って直進、右折、右折、(ああ紙とペンがあればいいのに!)、直進、直進――そこでハタとキャス子は気づいた。
 直進?
 頭の中に、地図を描き出して(そう、不覚にも、全体を俯瞰したのはこの時が最初だった――細部は正確だという自負があっても)、唇を噛む。
 直進なんて、できない。
 突き抜けている。

       

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