Neetel Inside ニートノベル
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あの世横丁ぎゃんぶる稀譚
16-02.必敗博打

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 息が、詰まる。必死に深呼吸して、新しい空気を身体の中に取り込むフリをして、そして全身が冷え切っていることを思い出す。
 ペンを握ったまま、固まっているアンナを見て、老婆がしたり顔で頷く。
「そう、それでいい。ようやく思い出せたらしいな。――知っていたはずだろう? 自分がどういう人間なのか。堂島アンナは、人助けのために、利にならない賭けをするような殊勝なやつではない。決してない。おまえの本質は、邪悪――穢れた魂」
「……あたし、は」
「おまえはわかっているはずだ」
 ペン先が震える。
 そう、わかっている。
 たとえ自分がどれほど尽くそうとも――
「おまえが門倉いづるに『惹かれている』と思っているのは、間違いだ」老婆は断言した。
「それはやつの性質と、おまえの悔いが生んだ幻想に過ぎない。実態のない、心とも呼べない、気のせいでしかない。幽霊の正体、見たり、そは枯れ尾花――おまえは、わかっているはずだ」
「……」
「やつは誰のことも好きにはなれない。それがやつの本質だからだ。だから、おまえは誤解した。――やつならおまえのことを嫌ってくれるのではないか、そして――」
「……」
「引き返せ、堂島アンナ」
 老婆は諭すように声を和らげ、身を乗り出して、
「おまえは、勝てない。決して――私にも、彼にも。だが引き返しさえすれば、おまえを待つものがおり、おまえを包む時間がある。なにもそれをわざわざ捨ててしまうことはない」
 ああ、わかる。
 わかっている。
 こいつが、
 なにもわかっていない、ということが。
 アンナはペンを走らせた。さっと線を走らせて、6×6の図を作り、そこに自分の記憶を転写する。老婆はそれを見て目を剥いた。
「アンナ――」
「確かにあたしは、あいつに期待している」
 仮面の奥の目は、ノートに冷たく向けられている。
「ひょっとすると、初めてなにかを好きになったのかもしれないと思ってもいる。確かにあんたの言う通り――否定はしない。でも」
 迷路を進むペン先に、迷いはなく。
「あんたは、わかっていない。門倉は、誰も好きになれない人間なんかじゃない」
「なら――おまえはやつを愛せない。違うか?」
「違うよ。あいつが好きなのは――ひとりだけ、だから。そして、それはあたしじゃない。だから――」
「……」
「確かにあたし――堂島アンナは、自分を無償で愛してくれるひとたちを愛せない」
「じゃあおまえは、こう言いたいのか? 自分を決して愛してくれないやつを好きになる、と」
「うん」
 できっこない、と老婆は吐き捨てた。忌々しげに。それはそうだろうとアンナも思う。
 だから、それをこれから証明する。
 魂を賭けて。


 ○


 まず、正確に、記憶を頼りに自分が歩いたと記憶している足跡を書いてみた。だが、これは壁を突き抜けている。突き抜けた後からの道順をノートの右側に書いた。これがいまのところアンナの羅針盤となってくれる。

       

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