Neetel Inside ニートノベル
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 波を凍らせたように煌く刃が、ぬめぬめした緑色の喉仏すれすれに押し当てられている。あとほんのちょっと押し込むだけで、匕首は首に深々と切れ込みを入れるだろう。
 河童は身動きできずに、空を仰いだまま、黄色く濁った目でいづるを見ていた。腰に差していた三寸ばかりの匕首を突きつける飛縁魔の顔色は一線を越えた激怒のあまり蒼白だ。
 紙コップを三つどかしてサイコロがなかった。もちろんそんなことはありえない、イカサマでもしない限りは。
 台の真ん中のコップがあったあたりに、白い粒が散らばっていた。飛縁魔はそれを指ですくって、ぺろりとなめる。
「甘っ。砂糖じゃん、これ」
「ここは――」
 いづるも河童にならって空を仰ぐ。ただしその首元で刃が煌くことはなかったが。
 毒々しい群青色の闇がべったりと広がっている。綺麗な羅紗でも敷いたみたいに。
「とても暗いね。だからサイコロとポッチをつけた角砂糖も、ちょっと見た程度じゃなかなか見分けられない。というか、角砂糖自体がよくサイコロに似せられていたと言うべきかな?」
「うう……」と河童は呻く。飛縁魔はいづるを睨んで、説明を促した。いづるは肩をすくめて、台のカップを手に取り振りながら喋った。
「最初に言っておく。そのおじさんはすごいよ。水かきがある厄介な手なのに、とても器用だ」
「いいから説明しろったら!」
「わかったよ……。まず、角砂糖をつまんで、対面の僕たちからは見えないようにコップに入れる。で、中でぎゅっと潰してしまう。当然、中にはバラバラになった砂糖が残って、サイコロではなくなるよね。それを外にこぼさないように素早くコップを動かし、お客さんに選ばせる。その中には砂糖の破片があるかもしれないし、ないかもしれない。もしあったら、河童さんはそれを目でそっと、中にサイコロを入れたときのようにして覗き込んで――息を呑むんだ。そのときに、砕けた角砂糖を一気に吸い込んでしまったんだよ」
「えへへ」と河童は苦し紛れに笑ってみせたが、ちゃきんと飛縁魔の匕首が鳴るとまた借りてきた猫のように神妙にした。
「お客さんが驚いている隙に、ああ正解はこっちだよ残念ッ、と別の紙コップを開けてみせる。新しいサイコロを忍ばせてね。外したショックで客は細かいところなんて見ちゃいない」
 そのときになっていづるは、周囲を妖怪たちが取り囲んでいることに気づいた。ぱちぱちと拍手が湧き起こり、おひねりが足元に散らばった。
「やるじゃん」
「人間が河童をカモにしたぞ」
「飛縁魔はなにやってんだ? カツアゲか?」
 飛縁魔は、匕首を河童に突きつけたまま、ぶすっとして何も言わなかった。
 いづるは「どうもどうも」と両手を上げて観衆を静め、足元の小銭を拾い集めながら、飛縁魔を振り返った。なにか気の利いたことを言うつもりだったが、それは叶わなかった。
 河童の懐から飛び出した一炎玉が、土砂降りとなっていづるに降り注いだ。口を開けると硬貨が飛び込んできてしまうので、いづるはしばらく、その心地いい硬い雨に打たれるに任せた。鈴が立て続けになるような音のなかで、いづるはしばし、勝利の余韻を味わった。

       

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