Neetel Inside ニートノベル
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「……いいぜ、わかった」
 業斗はおもむろに、自分の仮面をはぐった。そしてそれをパッと落とし、ブーツの踵で、踏み抜いた。客席がどよめく。
「こんなやつに、こんな卑怯なやつに、負けてたまるか……」
 憤怒に顔を染めて、ぐりぐりと割れた破片を踏みにじりながら、業斗はいづるを睨みつける。
「俺はおまえに勝つぜ、門倉。ズルなしで、正々堂々、おまえをバラす。おまえを徹底的に打ちのめし、その仮面を剥ぎ取って俺のものにしてやる」
「おお、いいねえ、グッと来る。そういうのがいい。やるなら、そういうのじゃなきゃ駄目だ」
「もう黙っとけ」
 業斗は一瞬身体を屈め、右手を突き出す形で敵めがけて突撃した。が、あと少しでその身体を掴めると思った次の瞬間、白地に不規則な黒線がびっしり書き込まれたマントが視界を遮り、掌が空を切った。ぴくっ、と顔を歪ませ、振り向きざまに掌を打ち出す。だが、向こうもそうしていた。
 吼える。
 空中でお互いの貫手が衝突し、音を立てて砕け散る。辺り一帯に真っ赤な硬貨が炸裂し、右手先を失くした守銭奴二人が一瞬、至近距離で見つめあう。フリーになっているお互いの左手は、いづるの方がわずかに、的(てき)に近い――そう二人が思った時にはもう業斗の長い足がいづるの鳩尾にめり込んでいた。
 客席から歓声があがり、いづるの身体が文字通り吹っ飛ぶ。が、両足で地面を擦って、よろけながらも倒れずに踏みとどまる。足が若干震えていたが踏みとどまる。
「痛っ……く、ない……ぜ、全然痛くない。これっぽっちも、効いちゃいないね……」
「嘘つけ、顔が白いぜ」
「嘘でも、いいのさ。ホントにしてやるだけだから。さァ、無駄口叩いて痛みも引いた――どうした? かかってきなよ。チャンスだったのに、何してるんだ?」
「!」
 咄嗟にカッと業斗の頭に血が昇る。右腕を振って、掌を作り直し、
「うるせえ――――ッ!!」
 一気に距離を詰める。多少のカウンターは覚悟で右手を突き出す。が、またも視界を遮る白黒マント。
 だが、関係ない。
(鬱陶しいボロキレごと貫いてやる!)
 空に突き出したままの右腕をそのまま顔と胸を覆うガードへ変化させ、その下から左の貫手をマントめがけて突き出した。距離感からして、その向こうにいるはずのいづるを直撃するはず――だが、左貫手は何にも触れなかった。
 それどころか、目の前にあるマントにすら触れられず――
 わけがわからぬまま、マントの下から飛来した門倉いづるの貫手に応対することもままならないまま、逆に業斗は水月をズブリと刺し貫かれていた。
 じゃらり、と。
「ぐ――――あ」
 身体の中に潜り込んだ、門倉いづるの貫手が、業斗の中身を握り取る。
 まずい。
 このまま縫い止められていれば、すぐに左手が飛んで来る。業斗は痛みを怒りでねじ伏せて(黙ってろ!)足を跳ね上げていづるの身体を蹴り返した。今度は届いた。いづるは吹っ飛ばせたが、威力はさっきほどの半分も出ていないし、足では魂貫ができないのでダメージはゼロ。
 だが、貴重な距離(モラトリアム)は勝ち取れた。
「くそっ……!」
 業斗は腹を抱える。指で探ると肉ではなく金属に触れた。服ごと魂化させられて、中のぎっしり詰まった魂貨が剥き出しになっていた。今も魂貨が数枚、掌から零れて、地面を金管に乾いた音を立てていた。
「この……野郎……ッ!」
 いづるもまた腹を抱えていた。
「くそ……あいつ足長いな……」
 ひとりぼやく頭に、上から叱声が降ってくる。
「かっどくらぁ――――なあにやってんの――――ッ! そんなチキン野郎とっととぶっ飛ばしちゃえってば――――ッ!」
「あ、あぶねえぞ姉ちゃん!? 落ちっぞ!! あ、やばいやばいみんな手ぇ貸せ、うわ、わわ、うおおおおおおおおっ!?」
 客席で起こっているらしい一騒ぎに、ふと一瞬、いづるは気を抜いた。
 視線を上げて、周りの客に引き上げられているキャス子を見、顔を前に戻した時にはもう、腹の傷も治さぬままに、業斗が懐に飛び込んできていた。
(しまった――!)
 咄嗟に、解体台に刺さった包丁に手が伸びた。考える前の反応だった。正確に柄を握った手が閃き、突撃してきた業斗の左手、その指を四本まとめて切り落とす。
 散らばる赤金(あかがね)、
 が、
 業斗の掌底は、止まらない。
(まさか、こんな、時に――)
(六分の一、痛覚――キャンセルッ!?)
 わかったところで、対応できる速度じゃない。
 業斗の指なし左掌底が、いい角度で、右顎から左こめかみへ抜けた。固い音がして、顔面から仮面が剥がれて吹っ飛び、内壁に突き刺さる。
 が、
「ま――だ――ま――だァ――ッ!!」
 打ち抜いた左手を戻す捻りをそのまま右手の推進力へと変化させ、業斗が右貫手を発射した。顔面から魂貨をじゃらじゃら垂れ流し、意識も一瞬吹っ飛びかけていたいづるだったが、なんとかギリギリで、というよりもよろめいたと言っていいほどのひ弱さでバックステップを取った。
 が、かわし切れない。
 心臓のあった位置、そのすぐ下に、業斗の揃えた指が根元が刺さる。そのまま業斗はぐっと拳を握り締め、魂貨を鷲掴みにする。
 いづるの身体はそのまま後方へ流れ、貫手を打った姿勢のまま立つ業斗の右手には、しっかりぎっしり、魂貨が握られていた。手を放すと、じゃらじゃらと魂貨が地面に垂れ流された。
「う……」
 よろめきながら立ち上がったいづるを見て、業斗がにやりと笑った。
「足手まといに足をすくわれたな、門倉さんよ」
 いづるは、ぼそぼそと何か小さな声で呟いた。
「…………ろ」
「あ? 聞こえねんだよ、臆病者が。てめえにできることは、とっととミクニを解放して消え失せることだけ……」
「撤回しろ、花村」
 がりがりがりがり。
 握ったままだった包丁を、すぐ後ろの内壁に見もせずに逆手で突き刺し、がりがりとそのまま引き下ろすいづる。その顔は、己の敵をまっすぐに捉え歯を剥き出しにし、目を血走らせて、遮二無二怒っていた。
 吐いた言葉を噛み砕きかねない調子で叫ぶ。
「キャス子のせいじゃない……断じて違う。いまのは僕のミスだ。彼女に非はない。撤回しろ、花村業斗!」
「土御門、だ!」
「名前なんぞどうでもいい――そんなものどうでもいい――おまえは言っちゃいけないことを言った。絶対に言ってはいけない言葉を言った」
「だったら――どうするってんだよ」
 業斗が構える。いづるが壁に刺さった包丁から手を放す。
「僕が甘かったみたいだな。君にどこかで同情してた。僕と出会いさえしなければ、見逃してやれたのにと思っていた」
「……てめえ、何様のつもりだ? いったいいつ、どうして、俺がおまえなんぞに見逃してもらわなければならねえんだ! はっ、一丁前に人情家ぶりやがって、人質取るやつが言えたことか!」
 いづるが構える。両目を濡れたようにぎらつかせて。
「もう、さがらん」
「それはこっちのセリフなんだよッ!!」
 業斗は、切り落とされた指の付け根を鬱血するほどに押さえて、絞り出すように指を生やした。再生は魂貨を著しく消費する。だが、それに見合うだけの価値はあった。いづるの仮面を吹き飛ばし、その奥にある素顔を曝け出させることに成功した。仮面がなければ顔面への攻撃はダイレクトに伝わる。それに、いま、右顎から左こめかみへ抜けたはずの衝撃は決して小さくない。いまもじゃらじゃらと、顔面から赤い魂貨が零れ落ちている。業斗の指の損失と比べても、ダメージはおそらく、向こうが上。
 ――勝てる。いや勝つ。勝たなくちゃならない。
 勝たなきゃ、

(意味が、ないんだ!)

       

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