Neetel Inside ニートノベル
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魔道普岳プリシラ
第四十六章『The mein heroine』

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 若葉は去年と同じ様に春休みは帰省しなかった。不知火も同様である。
「目の具合はどうなの?」
「見えるには見えてよ。唯、精神力を使うので草臥れますわ」
(流石は伝承の魔道士……)
若葉は感心した。ここは若葉の部屋。若葉は台所で紅茶を淹れている所だった。
「お菓子は何が良いかな?」
「何でも構わなくってよ」
そう言うとソファーに腰掛けた不知火は、TVのチャンネルを付けた。
『何でやねん!』『(ド!) ワハハ!』
テレビには普岳プリシラが映っていた。
「女王陛下は相変わらずだね」
「んー、平民とはスタートラインが、所詮、違うお方には見えない物も多くってよ?」
(うーん……?)
どういう意味なのか若葉には良く解らなかった。が、生真面目に受け答えする必要もなさ
そうだ。不知火に間違いはない。
「そういう不知火もスタートラインが僕なんかと違うように見えるけどね」
「ああ、そう言われれば……そうかも知れませんわね」
聡明な不知火は、何かを考えているのかどうか、表情では解らない。今もテレビに視線を
置いて煎餅を咥えたままの発言だ。
「昔、ヴィリエの理想的水準と言う学説があったのを若葉は知らなくって?」
(うーん、教科書には書いてなかったな)
若葉の記憶にその言葉は無かった。
「いや、初めて耳にする」
「系譜において、エルフの血量が10%で推移する話ですわ」
一子相伝ではなく、血量の操作の方が容易に錬度を得られる。もっとも、それは愛し合っ
てなければ成り立たないのではと、若葉は推測した。特に人類によるエルフ狩りの時代が
あった。
「私の家が落ちぶれたのは、それを辞めた所為だとも言えないこともなくってよ」
「なるほど、それで高々と宣言して魔剣を引き抜いて見せたんだね」
(まだ、終わってなくってよ! か……)
強烈なインパクトがあった。刀身から漏れ出す薄紫色が目映いばかりに発光し、間違いな
く彼女が勇者だと若葉は思った。しかし、世の中には上には上がいる。今は一般レベルと
次元の違う世界にいて、それで居て、ノンビリと煎餅を食べる。
「もう、後戻りできない死地へと踏み込んだ今だから言えることもあってよ」
「え、それは意外だなぁ。何か隠し事があるの?」
不知火は戦場でその役目を果たしたに過ぎない。ラティエナ軍は鉄壁だ。
「あれは、勇者を初めから普岳プリシラから分捕るつもりでしたわ」
「それは御家再興の為?」
そうすると、今でも別に好きだから不知火は自分と付き合ってる訳ではないという事にな
るのだろうかと、若葉に一抹の不安が脳裏を過ぎる。
「もっとも、顔や性格に耐えられない場合は、コチラから願い下げで引き下がってますわ」
「ぼ、僕は、ど、どうなの? 合格?」
両目を閉じて、ふんー、とだけ鼻から息を出して不知火は言った。
「及第点、と言ったところかしら?」
「意地悪!」
即座に若葉は言い返した。
「変態だから、仕様がなくってよ」
不知火は微笑みながら言った。
「もっと、意地悪!」
「あら、そこの箱はナンなのかしらぁ?」
この前のベッドの下の件を指摘された。
「この箱には触るな~!」
まぁ、その話は今はイイだとか、後でもダメ! だとか話し終わった後、不知火は本題に
移った。
「これは王族特秘なのだけど、先代は若い頃、とある戦いで記憶を失っておられましたわ」
「そうなんだ……僕は君に、あんまり、無茶なマネはしないでほしいけど」
王族特秘と言われて、不知火が危ない橋を渡っていた気がした若葉は、彼女の身を案じた。
「その点は大丈夫だと言い切れるのは解るのではなくって?」
「確かに……今や僕らの利用価値は充分すぎる。と、言うか、フリートエルケレスが起動
しないし」
しかし、それ以前はどうなのか聞いてないが、何故、不知火が空戦機甲開発計画に参加し
ていたのか、若葉は聞いていない。
「私も巻き込まれただけですわ」
「ふぅん……」
テレビがCMに入り、見知った顔が画面から消えた。不知火が女王陛下を呼び捨てにする
のは何故だろうかと、疑問に思っていたが、それも説明してくれそうだと若葉は勘繰った。
「恐らく、先代は記憶を失ったと同時に、それは、ナノマシンに蓄積された戦闘データを
欠落させてしまったのではなくって? 例えば、第六感などは最適化によって確率が直感
を弾き出しますわ」
「それだと、普岳プリシラ姫は――」
しかし、古鷹ゼウスの血族には違いない。
「ご明察。彼女は始祖の力を完全には受け継いでいなくてよ」
元々、遺伝力の高い者が能力を受け継がないのは、能力を過度な競争原理に投じない様に
する為。有能な人種の繁殖力が貧富の差を生むからだ。世襲は時として無能な支配者を生
み出すが、超科学文明のマネジェスティック学士は世襲を選んだ。つまり、それが世界の
選択である。
「リミッターが逆効果って事だよね。世襲だから半端な力しか有していない」
「よく、勉強できていてよ」
(久しぶりに勉強の話をしたよなぁ。最初はこうだったんだけど……)
若葉は、時折、不知火の事が恐ろしくなる。まるで、魔界の軍団長の様な口振りで、他人
を煽る。人を殺すのは止むを得ない。しかし、少々、道義的にズレているのではないだろ
うか、と。
(騎士道精神とも言うかな)
「私が貴方は姫と結婚できないといった理由が理解できなくって?」
「んー、マスコミから逃げる名目も偽装工作なのかな」
アレはどうかしら、うーん――と二人は考え込む。
「とりあえず、女王陛下は、そのうち、属性場の働きによって力を取り戻す」
属性場とは、この世界に満つる精霊の力で物理法則を常に捻じ曲げている精霊元素によっ
て満たされている大気であり、あらゆる因果律は全てこれに帰依している。
「この世は神の箱庭ですわ」
「しかし、修復される状態は初期化された遺伝配列だけど、古鷹ゼウスは男だよ?」
若葉は疑問を口にした。ナノマシンが染色体を操作するとは思えない。魂の器たる肉体―
―それを満たす精神のみを直系の普岳プリシラは目覚める事になる。
「その前に、初代古鷹ゼウス王の力を手にする事が、アナタとの婚姻は、多分、ヴィクト
リア閣下達は初めから想定していない……それは良くって?」
「もーまんたい。巧く利用されているのかも知れないけどね」
しばらくは泳いでおく。不知火は目を伏せて頷いた。
「能力ではなく近親等を選ぶのは親から子へ受け継がれる遺伝子に非ず、神器の担い手の
血族を世界の法則が人体に定める話は……まぁ、繰り返さなくても宜しいですわね」
「神のお導きね。要は……始祖の古鷹ゼウスも、また、転生者であって、隔世遺伝だから」
つまり、彼女は――
「それを、転生者ではなく『前世』と呼ぶのですわ」

       

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