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表紙

魔道普岳プリシラ
第五十四章『死地への進撃』

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 魔人ルビアノザウレスの討伐。それが山城アーチェに与えられた本来の任務。
(元は西方を司る四龍の内のひとつ、白龍が化身である不義の子『モードレッド』で、そ
れが、魔人化したのが魔人ルビアノザウレス。推定される封印場所は浮遊大陸群・闘神都
市……情報が少ないな)
 ――魔人とは?
(……の前に、だ)
黒魔術師の魔力障壁で熱線の光を遮り、オーラバリアで実弾兵器の衝撃を吸収する。対抗
する術は、闇を照らす聖属性を収束させて魔術障壁を貫通させる。これが、高位魔導師の
倒し方。その防御力は魔力に比例する。
 魔力は扱える魔法が強力であれば有るほど、比例するので、不知火クラスになると通常
兵器は効かない。しかし、黒魔術師が有する属性が、例えば、不知火なら闇では有るが、
もっとも、闇属性の性質上――つまり、殺傷能力に直結する攻撃力は、全属性の中で闇が
極めて高い。その為か、彼女は人を虫ケラの様に危める軍人だが、若葉との恋慕は彼女に
流れるエルフの血がそうさせる。人類の補助種族は強力になればなるほど、本能的に勇者
に群れる習性を持つ。勇者からフェロモンの一種が出ている。ただし、普通の人間は眼中
にない。戦闘力のない一般市民を劣等種と思っている理由は、彼女が、また、エルフとの
混血だからでもある。人種差別論者ではなく、能力を、品のない言い方をすると嗅ぎ分け
られる。彼女は霊的な無能に用がないのではなく、容赦がない。若葉との初対面の時、空
戦機甲と共に、これから勇者を支えられる喜びのあまり、興奮が止まらず『神の子』と言
った。しかし、最大限の賛辞のつもりだったが――
(『戦いの申し子』と呼ばれた時、不知火は勇者に第一印象で嫌われたと思っていたらしい
……病気だな)
エルフとの混血を黙っていたのは、自分の習性を利用して、女として弄ばれた後、捨てら
れるのを防ぐ為――ではあるが、もし、そうなっても発狂してストーカーにしかならない
だろう。
(『アナタを殺して私も死ぬしかなくってよ!』……はははっ! 後で酔っ払ったフリをし
て、全て、喋ってやろう)
「ま、生きて帰られるといいな」
「如何されましたか、閣下」
山城アーチェは『フッ』と笑った後、オフィスで腕組みをして目を瞑った。それを見た八
重山が話し掛けてきた。
「いや、な。こうも手掛かりがないと、滞在中に処理できるかどうか悩んでいたのだ」
魔人のことを考えているハズが、生徒総会長の方がクーデターを起こさないか心配になっ
てきた。
(アイツは霧島薙の胆力を感知できるのか? 本人が出力できない感応波はダイレクトデ
バイス型の演算装置と同じ様に思念を感じ取らなければ為らない。もし、それができるな
ら、不知火を取り込んだ生物兵器の中に霧島薙を搭乗させる事が可能――いや、ダメだ。
人類に対して母性本能がないエルフとの混血である不知火が、胎内回帰した霧島薙の命令
で動くハズがない。フフッ、私を殺さんと、確実に暴走する……そう考えると、はじめを
寄越した血量100%の純潔の仙女はマトモにぶつかれば脅威だったな。魔人ルビアノザ
ウレスは遺伝子が100%同じと言えど、遺伝子標本を基にしたクローンでしかない)
「魔人ルビアノザウレスの封印を解くのは浮遊大陸の保守層の鬼札です。そのうち、我々
の前に現れます」
ドラゴンに苦戦するとは思わない。しかし、魔人属性を如何に攻略するかが課題だった。
「魔人に攻撃は効かない」
この世界が構築される時、幾つもの魔王のモデリングがあった。魔王ゲルキアデイオスの
名の由来――混世とは他の魔族の統べる魔界を全て総じて呼んだものだ。よって、一見、
最も強い様な扱いだが、事実は違う。あれは、言うなれば人類ではなく、文明のリセット
ボタン。覇者とは違い元魔王・魔王族には、もっと、強力過ぎた失敗作が存在する。
 そう、世界の必要悪であるリミッターとしてではなく、滅亡に追い込むような完全悪の
厄介な属性。それが、魔人属性だ。現行仕様は魔力障壁にオーラバリアと、自身が聖属性
による複合装甲。これなら、理論上は通常の攻撃手段では死なない。元の世界では、対に
なるバランサーとして勇者が『開発』されていたが、スキルで攻撃が魔人属性を突破する
事はなく、唯、人類の数に反比例して強くなるだけだった。最初は定年が二十歳だったの
だが、これは超科学船エルトリウムが発掘された際、搭載されていた電脳クジラによって、
統合前、寸でのところで実験場世界を産業スパイの鯖管(名前が『斎藤さん』だった為、
山城アーチェは少年をはじめと呼んでいる)がハッキングして改良しており、今日の魔法
学園等の単位取得制としてシステムが応用されている。
 統合される前の世界は、純粋な『戦闘力』による支配――創造神の造反であり『彼』は
極秘裏に、クックルーン大聖堂の地下5千メートルに封印されている。そもそも、魔族に
聖属性を付加した霊体なら、それは、天使ではないのかと言えば、彼曰く『機能的には備
わっている』だとか、何とか。
(――教皇庁圏内の一部は英雄視するものの、同時に外交上の足枷でもある。スウィネフ
ェルド帝国の背後に沿岸諸国連邦が見えるのは、その為だ……大陸を戦乱に導き、幼き皇
帝を利用して、介入するつもりだったとしか思えんな)
 魔人属性というのは、そもそも蔑称(旧称)で、天使と言えば、沿岸諸国連邦を含む、
クックルーン大陸以外の魔法の使得ない人が暮らす地域を、常に守る――半永久的に活動
するアンドロイドの事を指す。キリスト教穏健派曰く『魔人は天使の国際基準を満たして
いない』らしい。実際、そのアンドロイド達には天使の名が分け与えられている……いや、
名乗っているモノもいれば、名乗らされているモノもいて、単にそう呼ばれているだけの
モノもいる。数年前のモノだが、そのアンドロイドと謎の人物の交戦記録がラストタイケ
ヌサ城には存在していた。おかしな事に、両者ともメイドの格好をしている。山城アーチ
ェは興味本位で『この人物を知っているか?』と金剛吹雪に聞いた所、目を逸らして『し、
知らない人なのであります……』と言っていた。
(トラウマがあって話したがらないのだなと思ったが、今思えば、アレは、当時、味方だ
ったのではないのだろうか……)
 しかも、単騎で天使と互角に渡り合える存在。だが、霧島薙を部隊に組み込んだら――
(ふむ、あのメイドが霧島薙を暗殺しかねない。だから、金剛吹雪は明言を避けた……か)
「しかし、風水師が起こす地形による自然災害は効き目があります」
オーラバリアにはオン・オフ機能はない。攻撃する意思を読み取って反射的に出る。魔力
障壁は張らなければ為らない。
(……だが、隙が突けるとも思えない)
「そう、指向性が伴わないなら何でも良い。パルプンテや、幻覚・混乱・目晦まし・ベク
トル変換・精神汚染・操って自らを攻撃させ、自滅に追い込む。対錬金術師でも同様だが
……あ~、それと、目から脳までの情報伝達に0.5秒掛かる」
視覚情報には隙がある。0.5の壁を越える事ができるのは、抜刀術の使い手だけだ。
「は?」
八重山には次元が違いすぎてついて来れないレベルだ。俄かに信じがたい話だろう。
「達人クラスの居合い抜きの剣速なら、正面から攻撃しても死角になりうる……が、私は
上段突きしか技を会得していない」
ラティエナ軍が駐留して実行支配しているレムレース・コロニーには風水師がいる。八重
山の言わんとしているのは、そこから徴兵する手段もあった。無敵とは程遠いが、戦力を
割かなければ対処できない。仮にも超科学文明後に『貧乏神』と『魔人』は、何故、存在
するのか誰もが理解不能状態。
(もしくは……魔法力が枯渇するまで攻撃すれば、ゲルキアデイオスのように不死性が失
われて霊力を失い、自動消滅する)
それを、この世界では封印と呼ぶ。魔王ゲルキアデイオスは比較的、弱い部類に入る。金
剛吹雪は、確かに、自らが申し出たように、降魔戦争で役に立ってはいない。上昇してい
って、メテオを放つだけしか、そもそも、霊力のない相手に、一太刀、浴びせただけ。泣
いたのは自分の直系の身内が、金剛吹雪が生まれて直ぐ、自分の為に自ら自決した為だ。
兄が二人いて、切腹している。何故かと言えば、若葉の様に16から神器の使い手になっ
ては遅い。勇者のスキルツリーなど1/5も取得できない。それどころか、宝剣ヴレナス
レイデッカを引き抜くまでのスキルが全てロストするので、話しにならない。スキル取得
は20歳までと脳細胞に制限がある。能力開発には脳に負荷が掛かる。それで、年齢制限
をする為、ナノマシンの予防注射が存在する。ちなみに、これを回し打ちすると、相反属
性が打ち消しあって、無属性化してしまう。しかし、この副産物として、山城アーチェは
生まれた。そして、霧島薙も同様、いや、同罪だった。だから、庇った。
 (もし、普岳プリシラを若葉に奪われたら……)
 子供ながらに自害した顔も見たことのない兄弟。想像を絶する。例え、憑依できなくと
も、使い手は長兄だ。能力が低いなら、殺すしかない。後は、孤独との戦い。不安定な精
神状態が金剛吹雪は続く。山城アーチェは、最近、若葉に合ってない所為か、不安だった。
不知火が良からぬことを画策しておるのではないかと、疑心暗鬼が募る。最も、若葉がヘ
タレだから、サポート役の不知火は無茶をしない。以前、先代を睨み付けたと聞く。アレ
は記憶を失っていたが為、最早、何の能力も持たない先代に対しての、混血本能の表れだ。
姫様に対しても、そう。ライバル視されると急に腹を立てる。それは、切磋琢磨だとか対
抗意識とかとは違う感情だ。不知火が生徒会長を一年次から務めていたのは、暴発を恐れ
ての事だ。ラティエナ王国が勝つことが、勇者が国を救った事になる。それが、本能的に
満たされる。高圧的な態度だとか、他人を見下して優越感を得ていると言うのは、補助種
族との混血に対する間違った認識だ。もっとも、魔法学園は魔力が高いものに逆らう馬鹿
はいない。猫を被っているのではなく、自慢じゃないが、希代の勇者を馬鹿にする連中に
対し『殺意すら沸かなくって?』とか山城アーチェに相談に来た事すらある。必死に彼女
も内為るドス黒い感情と戦っていた時期があるのだ。だから、アストラルサイドが安定す
る15歳までは幽閉していた。以前に若葉の家に外泊すると言ってきた。不純異性交遊は、
勿論、当学園でも禁止だ。だが、特別に許可した。若葉の家族に対して我慢できるかどう
かをテストする為だ。不知火の殺人衝動については、より有効な効果測定の為、事前通達
していなかったというか――むしろ、今もこれを知っているのは、不知火を幽閉していた
山城アーチェと、その戦友だった不知火の両親だけだ。小さいころは少しの間だけ、彼女
は自分のの知人の修道女が営む孤児院に預けていたが……年齢と共に魔法を覚える。そし
て、混血本能にも目覚めていく。
『危険を察知したら連絡を寄越せ、事情は聞くな! あと、食べるな! 危険!』
と修道女に山城アーチェは言った。
『アナタもかわりましたね……まぁ、いいでしょう』
政府の目の届かぬ所で、他に宛がなかったというのが実情だ。それと、勇者を選ぶ神を冒
涜したと判断され、子供に殺されるならヤツも本望だろうと本心から祈るぐらい、山城ア
ーチェはその修道女を嫌っていた。
(まぁ……だから、勇者に戦艦の艦長をさせている訳だが――ヴィクトリアには、とても
任せられんな)
我流で剣術を磨いていたらしく、霧島薙の親衛隊をアッサリ片付けたルリタニアの方が既
に戦闘力が上だった。移動要塞ガルフェニアに突入したのは、覚悟に自信が備わっていた
為だ。文化祭で歌って見せたが、声にも魔力を込められる。これを応用すれば、スキルツ
リーは埋まる計算だった。純粋な霊的ではない才能は、スキルポイントを使用しない。勇
者の妹だから、それなりに、優秀なのだろう。不知火が大人しくしていたのも理解できる。
 逆に、スキルロストの弊害を避ける為、スウィネフェルド帝国は神器所有者以外が王家
を継いでいるのは明らかだった。山城アーチェは後で聞いたが、眷属の高雄議長との一騎
打ちは、危険な策でしかない。しかも、空戦機甲にフェアリーが憑依していたと聞く。
(議長が神器の使い手だった可能性はある。議長が死ねば、恐らく、後継者は霧島薙……
そして、霧島薙はスキル以前に属性すら取得していない事が長所、ではあるな)
そうすると、ヴィクトリアのヤツはどうやって議長を倒したのか、山城アーチェは疑問だ
った。松風ストックウェルは全力で霧島薙のメルザ・ナノ・ファスト(通称、なの・ザナ
ッファー)へ向かって行ったと聞き及ぶ。雷暗が議長とやり取りしていたのを聞いていた
らしく『霧島薙が情報をラティエナには流していない』と言ったと山城アーチェは聞いた。
実のところ、ヴィクトリアをハブらないと危険だった為、旧スウィネフェルド帝国の情報
を掴んでいないのは、あの戦いにおいて女王陛下とヴィクトリアの率いた戦線の仕官のみ。
霧島薙は『誰が直系か、余にも解らぬ』と山城アーチェに伝えていた。だから、内乱故に
議長が一騎打ちに応じたのは、神器所有者を悟らせない為――
「内地は、今頃、どうなっているのだろうな……」
 山城アーチェが派遣されたのは、魔人にも体力は存在する。そして、体力の低下は精神
力を疲弊させる。最終的には、MPがなくなるとバリアが展開できない。
『センパイが戦い続けて押し潰すっス!』
この世界は100%と言う数字が数学的に例外を除いては存在しない以上、1%の勝率は
保証される。昔、ロアの信徒と敵対していた『原子力要塞』と言うトンデモ基地を、山城
アーチェは1LPも消費することなく、機動族256機、即ち、一個大隊を蹴散らして落
城させている。もっとも、ロアの影はクジラなので、電脳クジラから土地神への通信を傍
受していた責任を取るハメになっている。アレが沿岸諸国連邦の参戦を招き、戦勝したも
のの、霧島薙を殺すわけには行かず、独断で軍事裁判の、最中、大聖堂から連れ出した。
レムレースだって自ら攻撃した。

「エルケレス魔法学園にもレムレース出身の空戦機甲課の生徒さんが居られるとか」
「ああ、確かに、雷暗中尉も風水を使えるな」
八重山は自分より上官だと聞いて焦った。
「申し訳ありません! 今のは聞かなかったことに……」
八重山少尉は罰が悪そうにした。
「ははは、厳罰だな。上官への不敬と見なし、今月の給料を二万ほど減らす」
「そ、そんな! もっと、大目に見てくださいよ、閣下!」
山城アーチェは笑いながら言った。
「あの、先生」
さっきまで本を読みながら黙って聞いていた少年ことネスゲルナが、山城アーチェに話し
掛けた。
「ん、何だ? 質問か」
ネスゲルナは山城アーチェと行動を共にしているが、これは取り分け問題視されない。留
学生だからではあるが、加えて、晩餐会を目茶目茶にした経歴がある為だ。あの腕を見せ
付けられたら、ちょっと、手が出せない。むしろ、反ラティエナ派は寝首を掻く事を期待
している。山城アーチェを暗殺できるのは、人間に限って言えば、浮遊大陸群では彼しか
いないと言われていた。
「いえ、そうじゃなくって……完全悪の魔人属性は、何故、開発されたんですか? 他の
システムと違って、理解できないんですけど」
「ああ、それはだな。最初期の目的は武人の腕が訛らないようにするためだ。死なないか
ら、延々と相手が務まる。だが、徐々に改良されていってな……それと――」
電脳クジラにデータドレインされた元創造主は、一説では世界征服プログラムと言われて
いる。別名、独裁者スイッチ。電脳クジラはクックルーン大聖堂の地下から世界の属性場
を土地神にテレパシーを送って調整することができる為だ。あの状況下でも、『法王』 N
ATO・ルーン・響とて、アングロサクソンによる世界支配は望まない。浮遊大陸は破壊
する他なかった。それが、教皇庁の裏での言い分だが、撤回させている。実際、大気中の
属性場が不安定だった為、属性場は反ミノフスキー粒子とは違い濃度こそ薄くならないが、
天候に特筆される特定属性が極めて不利な状況下で、ラティエナ王国は戦うハメになった。
よって、全属性を会得していて、尚、一線級以上ではあるが、他に第一線を務められる者
がおらず、レムレースを攻撃できる戦闘力を有する山城アーチェが、若葉専用ライゼッタ
でレムレース戦線を攻撃した経緯がある。レムレース・コロニーは風水師確保の為、占領
しなければならなかった。電脳クジラを破壊するのは、世界の魔法使いの羅針盤を壊すの
と同じだ。風水で当たりをつける他なかった。
「え、でも、倒せない厄介な相手が跋扈するかも知れないのに、大聖堂に浮遊大陸を――」
「話しは最後まで聞くものだぞ。いいか、風水には確率が宿る。世界の変調を正常値に戻
す働きがある」
ゲリラの決起を事前にリークした少年を見限るべきかどうかは賛否両論だった。元より、
世論がスウィネフェルドとラティエナが戦争状態に陥った時、レムレースにブラフォード
艦隊が停泊した際に真っ二つに割れた経緯もあって、民意を束ねられる人物がいない。
「それと、元魔王は何体でも魔人を創れる訳ではない」
 山城アーチェと少年が一緒にいることは逆に見れば、鬼に金棒と言う話しにもなる。そ
こで、これを優勢と見るや否や、本国で普岳プリシラ女王は一つのゴーサインを出した。
以前、捕まえた傭兵団『アウターヘヴン』の首領、フレイムカーンを処刑したのである。
「具体的に、魔人ルビアノザウレスはどうやって倒すんですか?」
「……ふむ」
そう言うと、山城アーチェは煙草を咥えて火をつけた。
「目下、調査中だ。君がそんなことを心配する必要はない!」
八重山ははじめに言い放った。
「え、でも――」
「フーッ。まぁ、そういうことだ」
煙を吐き出して、山城アーチェはそう言った。しかし、何か『ネスゲルナ(愛称)』が、ま
だ、言いたげな表情だったので、彼女は、こう、付け加えた。
「心配しなくても君の安全は、私が保障しよう」
山城アーチェは煙草を灰皿に置き、両肘を机について彼を諭そうとした。八重山はと言う
と顔色を見れば、この発言に難色を示している。
「いや、俺の安全よりも、あの……先生は?」
「私は、君も知っての通り、軍人だからな。戦うのが宿命だ」
山城アーチェは自分を慕い、身を案じる心遣いに武人としてありがたいと思ったが、やは
り、思春期の少年の気持ちは理解しがたいものがあった。むしろ、自分と対等な力量の持
ち主でなければ、今の発言は侮辱と受け取るのが、訓練された女性軍人。
(恋愛は……難しいな)
半分冗談で半分本気になって、不知火に対して不満を頭の中で抱いているのも、山城アー
チェが欲求不満だったためだ。
「なら、俺も戦います。一人より二人の方が、絶対、良い」
「それはそうだが……お前、生半可な気持ちだと、死ぬぞ? 誰もが無事で済むとは限ら
ん」
合理的なことには反論しない。
(最初から一緒に戦うと言え……言うんだッ! そうでないと、お前は――)
山城アーチェは頭を抱えた。彼女なりに事情がある。
「うーん。少し、な。気分が優れんので、夜風に当たってくる。一人にしてくれ」

     

 山城アーチェが言うのだから、相当、危険な任務なのだろう。
(それを聞いたら、益々、引き下がれなくなるのが男の役目だっ!)
彼は、ずっと、この調子で異世界では生きてきた。曰く『女の子を危ない目に合わせられ
ないだろ! 常識的に考えて……』的発言が、本人に自覚症状はないが、落とし文句だっ
た。しかし、今回の相手は、男か女かは別として、剣術だけで自分を退ける目上の人間。
「いや、えーと……他に行く宛てもないし」
は、はは……と、笑いながらネスゲルナ(何故、彼がネスゲルナと呼ばれたかは本人も理
解してない)は頭を掻いた。か弱い女扱いするのは自尊心を傷つけることになりそうだと
思って、彼は人生で、はじめ・て、考えてモノを言った。案の定――
「はぁ? そんな事で、この先、この世界で生きていけると思うなよ。社会は厳しいぞ?」
ハハハ……と、山城アーチェには笑い飛ばされた。しかし、これで良いと思った。
「自分より強い相手は、見てみたいんです」
「己惚れるなよ、小僧。お前には、まだ、やってもらいたいことがある」
八重山が口を挟む。先ほどの表情は、自軍に引き込む為。何も、山城アーチェ亡き後、飼
い馴らせないから消す、と言う様な他意は、この発言には微塵も含まれてない。
(考えてみれば、寝る時と風呂の時以外、四六時中、先生に同伴することが許可されてい
る。信頼されてるんだ……それもそうだな。軍隊ってこうなのか)
「兎に角、ダメなものはダメだ」
山城アーチェは煙草を灰皿に押し付けて火を消した。
「ぐぬぬ……」
「お前は本国から召喚状が届いている。しかも、これは、女王陛下の名でな。私にはどう
することもできん」
山城アーチェに手渡されたのは浮遊大陸から本国への渡航券。期限となる日時は留学日程
が終わる夏季までの学期終了から一週間。
「でも、先生の研修期間はそこで終わるんですよね?」
「んー……そうだな」
やや、ツレない返事が返ってきた。
「じゃあ、もし、期限内に魔人が現れなかったら……」
少しだけ、少年は声を明るくして言った。
「その時は一緒に帰ることになるな。ところで、お前、そろそろ、昼の授業だぞ?」
ネスゲルナは時計の針を見た。現在、十二時五十五分。
「あ。 ――行ってきます」
「ん」

     

 強いモノと立ち会いたいと言っておきながら、魔人が現れてほしくないと言った、はじ
めこと、ネスゲルナ。ネスゲルナの愛称(と言うより、ゼロ戦に乗ってきたのでコードネ
ーム)の由来は八岐大蛇から来ている。それと、彼は伝説の使い魔から、伝説の傭兵に生
まれ変わってもらう必要があった。
(矛盾しているが、そんなに、私一人で戦わせたくないのか……心配性だな)
「恥ずかしいやつだな」
少年を見送った後、指を当てて鼻をすすった後、椅子を窓側の外に向けた。彼女は、惚れ
られているとは捕らえなかった。それは、無骨な彼女にとって単なる友情に思えたからだ。
むしろ、『女の子を危険な目に合わせられない』的発言を彼がしていたら、どうなっていた
だろうか……
「閣下、情は許されません。何しろ――」
「解っている」
(私が滞在している間に仕掛けるのが、相手にとってはベストな選択)
「ホント、浮遊大陸は地獄ですなぁ」
しかし、この八重山とて、逃げ出せるものではない。魔人ルビアノザウレスと言うカード
に対し、王国が山城アーチェと言う手札を切るのでは、半ば誅殺される形だが、代償とし
て傭兵団の頭目を処刑して偽装。
(本当は金剛吹雪の件を嗅ぎ回ったのと、元来の私の生い立ちにある……それを、こやつ
も聞かされてはいない。だから、ヴィクトリアは否が応でも魔人ルビアノザウレスの封印
を解かせるだろう)
「人は城。人は生垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり、か……」
山城アーチェは腕組みをし、目を瞑って物思いに耽った。
「ここで――あ、いや」
八重山は言葉を詰まらせた。
「ん?」
「大変、申し訳にくいのですが――」
集められた魔人ルビアノザウレスの資料から目を離し、山城アーチェの目を見て八重山は
こう言った。
「不肖、八重山少尉! 先の発言を撤回します! この戦争は……この戦争は、我々の負
けです。中枢部は策を弄しすぎ、陸相の千歳家周辺は宮廷と化しています」
「ふむ」
見るところは見ていると、山城アーチェは少しだけ感心した。
(流石、不知火の人選だ)
「何よりも、閣下の様な人材を捨て駒にする様では……ラティエナの明日も知れていま
す!」
「やはり、叩き上げは違うな。実戦に向くし、王族への追従もない」
けれども、ここからが仕事だ。
「しかし、世事はいい」
「失礼いたしました! 時に、飛空戦艦ローレンバルトの事でありますが――」
山城アーチェには幾度となく窮地を乗り越えてきた自負もある。
「どうした?」
「たった、今、主砲のメガ・ソルカノンが到着した模様であります! ご覧になられます
か」
ソルカノンとは拡散波動砲の復刻版であるが、文明の後退により、現在では本物と同じ性
能は有していない。
「うむ。今から改めて、艦内も視察すると伝えておけ」
山城アーチェは八重山を連れて、ラビアンローズへ向かった。
「――ほお~……なるほど。こうして見ると、まんざら、悪くないな」
現地で山城アーチェは感嘆のため息をついた。
「まだ、作業中ですが、動力部には強化型のエンジンがつきます。主砲の仰角は20%増
し。冷却装置も特注です。極めつけは、何と言っても、射程距離。見てください。戦艦の
艦砲射撃の要は何と言っても、命中率ですから、赤外線誘導を施し、高性能レーダーも搭
載して精度は50%増し。本番では、もちろん、これに特殊弾頭がバッチリ!」
整備兵は山城アーチェに説明した。
「うむ、気に入った」
ご満悦の様だと整備兵はほっとした。
「何と言っても、この流線型のフォルムが良いな」
「環境から見渡す船体には、オリジナルカラーのディープパープル。これも、洒落て良い
でありますな。ポンコツ飛空挺の改造輸送艦に乗っていたものには、眩し過ぎますねぇ」
うんうん……と、山城アーチェも頷く。
「マギネードラオニス級というのは、どうも、竜の鱗が剥き出しで、緑っぽくて嫌いだっ
たが――」
「これなら、ヤレますな。散々、辛酸を舐めましたからな」
八重山も主力艦船にはいい思い出がないらしい。と、言うよりは、ラティエナの人間で空
戦を経験したものは誰もが、そう、思うだろう。
「何と言っても、大事なのは見た目だからな……ん? あれは、何だ? あの、別のライ
ンにある艦は――」
列強と渡り合うには空軍力の増強は急務だった。
「あれはハルバード級。新規設計艦の第三号で、戦闘能力はこの艦を上回ります。続いて、
新造艦を次々、起工します。沿岸諸国連邦の無敵艦隊を凌ぐことも遠いことではありませ
ん!」
「ふむ。ならば、アレも、見ても構わんかな?」
八重山は整備兵に目をやった。
「あ、はい! 勿論です。是非、視察をお願いします」
「うむ……」
暗礁空域を小型飛空船で移動する。
「暗礁空域のダークコロニーを維持してきたのは先見の明というべきでした……」
「だな」
民間活用しろと言う反戦派の主張を退けたヴィクトリアの功績は認められたモノだと、山
城アーチェは同意した。
「これだけの能力を持った兵器工廠は、少なくとも、教皇庁圏内にはありません。マギネ
ードラオニス級巡洋艦の改装も順調です。元々が大型旅客機ですから、戦場への兵士や兵
糧の運搬にも申し分ありません」
特に、二十万の霧島薙軍には大量の兵糧が必要になる。
「陸路では、途端、造反が起これば後方支援どころではなくなる。霧島薙は強いが若すぎ
るからな」
そして、ハルバードの建造現場に到着した。
「ご覧ください。工員達が敬礼しています。新生ジステッドの教育総監であらせられる閣
下に対して」
「しょうがないな、手を振って応えておくか」
山城アーチェが窓際から防弾ガラス越しに手を小さく振ると、ワーっと、歓声が起きた。
その様子がスクリーンに映し出されていた為だ。
「彼らも昂ぶっているのですよ。ラティエナ王国が、全世界の植民地支配を開放する日を
思って――」
「それはどうかな、八重山少尉」
不意に、背後から声をかけた。二人の前に現れたのは仮面の男だった。
「む?」
「君の主張は、いささか、詭弁に聞こえる」
口元に手を当てて、少し、惚けて彼は言った。しかし、八重山は反論しない。仮面の男の
胸元についているのは、ジステッド十字勲章だった。
「何だ、貴様は?」
変わりに山城アーチェが尋ねた。
「私の名は厳島春日丸伯爵。宝剣ギャラクシアの使い手にして、この艦の艦長を、ジステ
ッド王家より拝命されている」
はん……と、山城アーチェは馬鹿にした。
「お国が知れるな」
「おや、これは意外だ。魔人討伐を請け負っている貴女に、まだ、愛国心とラティエナ王
国に未練があるなど」
八重山は銃を抜こうとしたが、山城アーチェがそれを手で制した。
「どこで聞いたか、喋ってもらおうか?」
「閣下、こやつはここで消すべきです!」
必死に説得するが、山城アーチェは冷静だ。
「閣下!」
「何やら、お取り込み中の様だが、別段、問題はないのだよ、少尉。情報の漏洩も、私が
最小限に食い止めている」
実際、魔人ルビアノザウレスの対抗策に東奔西走している内情を知られているのは、さし
て、問題ではない。
「ほう……問題がない、とは?」
山城アーチェは、もしや、偽装に気づいているのかどうかを試す為に、慎重に言葉を選ん
だ。
「その件について、同志山城アーチェに吉報がある。近くにカフェテリアがある。そこで
話そう」
「くっ……」
八重山は奥歯をギリッと噛み締め、不愉快そうに二人の後をついて歩いた。
 カフェテリアで三人はテーブルに着くと、おもむろに、春日丸は石版をテーブルの上に
おいた。
「これは?」
「幻獣を召喚する為の魔石さ」
一度、魔石の力を手にすると、死ぬか、術者が召喚魔法の能力を捨て、再び、魔石化して
渡さなければ、他者が召喚魔法を会得することはできない。よって、魔石そのものが貴重
である。特に、伝承者のみに手渡されるので、一般的には門外不出だった。
「殺してでも奪い取る! よく、そんな話を聞くが……」
八重山は興味が、この男より魔石に移っていた。
「これは、カーバンクルを封印してある石版だ」
それを聞いた途端、二人は目の色が変わった。
「ほう」
「全体反射魔法のか!?」
反射すれば理論上は魔人属性を突破できる。もっとも、反射できるのは魔法に限定される
が、それでも、藁をも掴む思いの状況では、喉から手が出るほどの一品だった。
「悪くない品だと思うが?」
「なるほど。これがあれば、問題はないだろうな」
つまり、春日丸はヴィクトリアが魔人打倒の任に山城アーチェを当てた本当の理由には気
づいていない。知る由もない。スウィネフェルド軍と対峙した時の、ヴィクトリアの敵戦
力の把握は完璧だった。ラティエナの諜報機関は優秀だ。
(早合点して『問題ない』の意を取り違え、ボロを出すところだった)
「味方の魔法を跳ね返すことも可能だ。相手が必ず魔法を使わなければならない、と言う
ワケではない」
「しかし、だ……タダと言うワケにはいかない。そうだろう? 春日丸卿」
コクっと春日丸は頷いた。
「伝説の傭兵、ビッグ・ボスの死体を今から四十八時間以内に用意して頂きたい」
「――ッ!?」
(はじめの正体に気づいているのか?)
まさか、な……と、山城アーチェは思い――
「絵空事だな。それ以外の条件はないのか?」
「この前の戦争で、戦火の中、空を飛ぶゼロ戦を見たという証言が我々にはある」
そう言うと、春日丸は二枚の写真を出した。一枚は機影が写っており、もう一枚には、コ
ックピットの中の少年の顔が拡大して映し出されている。
「これは?」
山城アーチェは白々しく聞いた。八重山は同様に平静を装い、黙っている。
「我々が探している少年だ。この前の晩餐会では、君はこの少年と出会い、尋問したと聞
いている」
「危うく、殺されそうになったのでな」
山城アーチェは『ふふん……』と、鼻を鳴らした。
「しかし、今は上手く手名づけている――」
「それは、貴君の与り知る領分ではない!」
八重山は機転が利く。黙っているだけでは雰囲気に飲まれるからだ。こういう時に、一喝
するのは、牽制として効果がある。
「レジスタンスの情報と引き替えに、恩赦をやったまでだ」
時に、武力をチラつかせ、話の主導権を握る。
(それで良い、恫喝とはこうするのだ)
山城アーチェは八重山に目配せした。
「もっとも、徴用するかは、まだ、決めていないがな。しかし、残念ながら、少年は伝説
の使い魔などではない」
「ほう……つまり、貴女ほどの武人に傷をつけられる少年兵は、どこにでもいると? 例
えば、それは白虎隊のような部隊が、ラティエナには?」
しかし、この場を退けても、はじめに対する風当たりは強くなるのは必至だった。味方の
八重山でさえ、普段から、はじめといる時はピリピリしている。
「私はあの時、宣言した。『ハンデをくれてやる』とな。事実確認してはどうだ? いや、
それよりも、魔法学園には私クラスの力量の持ち主が何人いることやら……片手では、数
え切れないな」
 フッ――
と、彼女は笑って、立ち上がろうとした。
「おや、魔石は必要ないのか?」
「その石っころが、人の命より重いとは、寒い時代だと思わんか? 伯爵」
彼は、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「ところで、私の仮面につては何も聞かないのだな」
「そうだな――」
フッ――と、彼女は言うと、こう、答えた。
「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし、とは、よく言ったもの……それ
と、崑崙へアヤツを向かわせる積もりはない。感動の再開シーンはナシだ」
「それは……何故にかな?」
(しかし、私は追い詰められつつあるなまぁ、勝てば問題ないのだが)
「ははっ、私はお化けが大の苦手でな。残念ながら、同伴したくないのだ」
そう言うと、山城アーチェはカランカランとゲタを鳴らして、その場を立ち去った。

     

 総督府のオフィスに戻ると、八重山は案の定、激昂していた。
「閣下! 何ですか、あの態度は! 少年を差し渡してでも魔石は入手すべきです! …
…それを、むざむざ……この機を逃したら、閣下ご自身の身が危ういのでありますぞ!」
「まぁ、落ち着け。個人的に、あの伯爵にはヒューマニズムを試されている気がするな」
ハハハ……と、山城アーチェは笑った。
「笑っている場合ではありません!」
「いや、しかしだな……もし、伝説の使い魔を殺めてみろ? 叛乱が起きて、この地を統
治できなくなる」
ぬ……と、だけ言って、八重山は黙った。
「ここは他に策を練る外、あるまい」
「我々に残された手段は、ほとんど、残されていません。こうなったら、本国に増援を求
めるしか……」
(ふむ……)
「本国は、今、慌しいぞ? テレビを見ている限り。この前、書簡が届いたが、そう言え
ば、まだ、見てなかったな」
「えっ! それはいけませんぞ。アレは機密文書で、苦労して、ここの総督にも目を通さ
せないように――」
実際は、占領政策で文化侵害と戦後保障で求められない様に――というより、負ける積も
りは更々ないので戦後保障以前ではある。文化侵害は円滑な外交を進める為に、行っては
為らない。それだけではなく、ラティエナの外の魔術体系を組み込めば空戦機甲の改良に
繋がる。
(特に、ここ、浮遊大陸ジステッドではな……)
「解った解った、今から読むから、そう、怒るな。お前だって、内容は察しがつくのだろ
う?」
「中身は拝謁していません、神に誓います! ……が、どうせ、音を上げたと言ったとこ
ろでしょうな」
山城アーチェは腕組みをして考えた。
「まぁ、魔人の件は、やはり、雷暗を呼ぶか」
山城アーチェはゴソゴソと机の中を漁る。
「どれどれ?」
自分がレムレースのベイに奇襲を仕掛けた折、相当、死人が出ている。占領も雷暗は快く
は思っていないだろう。勲章授与式は出させた。レムレースを引き込む為に、風水師とし
て名うてで名家の出身で、プロパガンダを強要した。不満はあったようだが、口には出さ
なかった。国家に対する忠誠心は基より、ヤツにはない。不知火は品がないところだけで
なく、その辺も気に障っていた。一年生の中ごろ、二人は一悶着あった。案外にも、割と
直ぐに不知火が降参した。
『ハァ? この地上から、霊的無能を駆逐すれば、誰も勇者の功績を称えるヤツがいなく
なるんだぜ?』
『な、なんですってー!』
不知火は孤児院を出た後、ずっと、幽閉と言うか、学習は続けたが、地下牢に閉じ込めら
れていた為、外の世界の広さを始めて知った。それ以来、不知火は雷暗の存在を一目置い
ている。ちなみに、雷暗は不知火が混血であることは今でも知らない。ただ、入学当初か
ら『私の勇者様』発言を生徒総会でも繰り返すメンヘラーに、注意しただけ。
 『これからは戦争の時代――そして、勇者がこの地に舞い降りるならば! 勇者の名を
大陸中に轟かせる為にも、私達は戦勝を求めなければならなくってよ!』
これに生徒総会で一人立ち上がって反論した。雷暗の言い分は軍人としても正しい。占領
すれども統治せず、攻略すれども兵站せず、進軍すれども補給せず、拡大すれども収拾せ
ず――平和主義をオブラートに包んで、不知火と言う危険思想家に知恵を授けた。結果、
世論を意識して戦争を始める。姫様はアイドルだから王族の人気が上がる。それは良い。
問題は先代にある。ラティエナは帝国主義ではない。列記とした民主国家だ。ただし、軍
の命令系統はシビリアンコントロールではない。それと、統帥権は王族にある。神器の担
い手である以上、この権限は奪えない。以前、山城アーチェが魔法学園を軍に組み込む事
を嫌ったのは、その為だ。つまり、首相より陸相の方が権限が強い。追加経済政策に対し
て、赤字国債を発行するのに防衛費に割かないのは統帥権の干犯だとか、ヴィクトリアは
平然と国会の本会議で言ってのける。そこにシビれる! 憧れるぅ! ……というか、国
家が破綻するような予算法案は通らない。根本的に、合理化すれば、財政難じゃなくても
公共事業はやらないから、同じ。歳出より税収が上回ったら、クックルーン大陸の外、魔
法が使えない人々が暮らす国の債権を買う。そして、その国の財政が破綻すると、国際通
貨基金が存在しない為、派兵して占領。抵抗するなら、天使と戦争になるが、まず、有り
得ない。天使と呼ばれるアンドロイド達はそれぞれに意思を持っており、ロボット三原則
に従わない。債権の放棄はラティエナ王国の憲法違反に該当する。債務の放棄は国際法で
認められていない。何故、そうなるかと言うと、やはり、黒魔術師がオーラバリアと魔術
結界でサイドワインダーやデージーカッターを無効化して、一人で戦争できる為だ。核分
裂の場合、原爆をピカドンと呼ぶが、光は魔術結界で通さない。熱はオーラバリアが遮る。
放射能はナノマシンの予防注射を受けると細胞核を修復するので、この世界に癌細胞や白
血病は存在しない。もっとも、魔法使いは建物を守る事はできないので、通常兵器とのや
りあいで死人は魔導師には滅多に出ない。最低限、オーラ斬りができなければ兵隊になれ
ないが……人間が最強の兵器であるが為、そもそも、降魔戦争以降、国防費にコストが掛
からないのだ。特に、先代と共にソーラ・レイで消えた正規兵。彼らの人件費は高過ぎた。
不知火は一時的に失明したが、別に、国が一つ傾くほどの治療費は貰ってはいない。
『社会保障にも問題がありますわね……この国は』
生徒会長を普岳プリシラに譲った後、彼女は若葉に、こう、告げたと言う。山城アーチェ
は良い兆候だと思っていた。ただ、空戦機甲あらば不知火一人で、F-22を軽く三桁は
撃墜できる。仮に、ミノフスキー反粒子が散布されていなくとも、ステルス性など千里眼
の前では無意味。だが、支払われる対価は同時に、勇者を敬っていないだとか、いつもの
病気にも聞こえていた。現に、こうして、浮遊大陸を実質的に任される軍属としては、工
業生産力より魔術師協会の維持費が勝敗を分かつと考える。問題あるならば、それは、寝
て、起きて、食事して、風呂に入る。この時間に攻めてこられると困る。
(特に、少年と二人で過ごした夜など、少しだけ堪えた……フッ)
バスタオル姿のまま、レオパルド2を主力に編成された機甲師団を全滅に追い込むなど、
そういう芸当ができるのは山城アーチェの自爆攻撃のみ。もっとも、山城アーチェの自爆
一回で、首都のエルケレスは更地になる。HPとは二次関数上に上がっていくものなので
Lv475だと、それぐらい吹っ飛ぶ。だから、本国ではヴィクトリア陸相更迭を、再三、
首相が王族に提出しても、それは、本人が辞表を出さない限りは通らない。統帥権を干犯
することになる為だ。国会でヴィクトリアは議員連中をヤジった。
『経済戦争がしたいなら、沿岸諸国連邦へ亡命するっスよ?』
空戦機甲の運用で軍事費は安いので、ラティエナは、ほとんど、税金を取らない。その為、
自国通貨の貨幣価値が、魔法学園の追加予算を訴える山城アーチェが左遷されてから、ど
んどん、上がっていた。外国為替市場や外資系産業がラティエナ国内企業に投資し始めた
為だ。しかし、それでも――それが故に、政変は起こった。ヴィクトリアが最後通牒を出
したにも関わらず、閣内不一致で内閣総辞職となる。ヴィクトリアは陸相から陸軍大将に
降格ではないが、権力を削がれた格好になる。総選挙を仕掛けたのは、魔法のあまり使え
なかった人達で、このエコロジックな軍閥政治が面白くなかったらしい――と言うのも、
クックルーン大陸は魔法の使えるヒトしか住んでいない。それでも、空戦機甲開発までは
資本主義国だった。だが、遂に不知火が動いたのだ。王族の顔に泥を塗られて、恐らく、
キレたのだ。国会の魔法学園及び空戦機甲課の軍産複合体との癒着疑惑の参考人招致にお
いて、彼女は、こう発言した。
『霊的無能を生かしておく理由が、本件において、全く見当たらないのではなくって?』
実際、アンドロイド達が守護している国が、旧スウィネフェルド帝国に支援して、教皇庁
圏内は内乱状態になっているのが正しい。昔から続く代理戦争でしかない。若葉の同意書
が普岳プリシラ女王から山城アーチェ宛の書簡に同封されていた。普岳プリシラの書簡に
は請うある――
『今や、ラティエナは、魔法師団は! 貴殿の助力に寄るところ大きく、他国がこれに対
抗せんが為、富国強兵を掲げて国債を発行し、之を以って、鰻登りの貨幣価値で大幅な外
国債の買収に成功した。その実態、金利だけで、国家予算が組めるほどの戦果! しかし
ながら! ――楽市楽座では、内需産業が苦しみ、為替レートが上がれば外需産業も落ち
込むんや……ウチは例の件もあって、最近、頭が痛い』
ヴィクトリアの手紙には、唯、一言、こう書かれていた。
『百害あって、一利なし』
「フッ、二人とも自生の句だな――やはり、本国は私がいないと抑えられん」
「でしょうな」
結局、魔法学園を影ながら支えていた軍需産業の財団、並びに魔術師協会が擁立した候補
は――
『我々、魔導師が政権を奪取したからには、本土から一銭も税金を取らない!』
を選挙公約に掲げて、国会の過半数を占める事になる。浮遊大陸の総督府が、霧島薙軍の
当面の維持費に当てる為、本国にジステッドの復興事業で中間搾取したカネを送金したの
だ。勿論、総督の名前で――こういう時に、態々、悪役を買って出る必要はない。むしろ、
偶には、先代の下でぬくぬく生きてきたお偉いさんにも働いて貰わねばならない。
(以前、弥生と話していたが……どこまで、守れる事やら)
ここで左遷扱いを解かれると、少年の身が危うい。山城アーチェの元、統率が取れていた。
 そこから一ヶ月。送金する変わりに雷暗を寄越せと山城アーチェは、莫大な資金と一緒
に、女王陛下宛に手紙を出した。電報はクジラに傍受される。迷いの森で陽動を仕掛けた
犯人はロアだと、最近、気づいた。
「ご本人がその気でも、女王陛下のお許しが下りますかな?」
山城アーチェもそれが気がかりだった。
「ヴィクトリアの奴も、望月タキジ先生なら止められないだろうが、な」
「望月家の力では、タオが無限の魔人には及びません!」
タオが無限とは、オーラバリアと魔術結界が最高水準、つまりは、不知火並みという意味
である。無限であっても、防御力はカンストしてしまうので他にこれと言って用途がない。
但し、不知火のようにスキルツリーから魔力を引き上げる必要がない。全く別の構成のコ
ンビネーションを繰り出してくる。特に、同じだけの防御力を、近接スキルで取得してい
たら、空戦機甲の意味がない。二人で延々と資料に目を通していると『コンコンッ』とド
アがノックされた。
「どうぞ」
多分、少年だと思って、特に警戒もせずに山城アーチェは来客を招き入れる事にした。
「あの……」
やはり、部屋を訪ねて来たのは、ネスゲルナだった。いつでも、ここへ来て良いと伝えて
ある。だから、この場合、訪ねて来たと言うより、戻って来たと言う方が正しい。
「何だ。やはり、お前か」
「チッ――」
八重山は舌打ちした。

     

 山城アーチェは別段、普段通りだが、八重山少尉は舌打ちをした。いつになく不機嫌そ
うにネスゲルナには見えた。
「あ、えっと、只今、戻りました。それでですね――」
「あー、貴様か。今日は帰って良いぞ」
八重山が言葉を挟む。
「ちょっと……俺の話を聞いてくださいよ」
「おい、八重山少尉。勝手なことを言うな。彼は私を慕ってここに来ているんだ。それに、
許可を出したのは私なんだが?」
(こうも嫌われてんのかよ、俺って。参ったな)
ネスゲルナは半笑いだった。
「そもそも、閣下のお命を狙ったこいつは、銃殺刑モノです。閣下は人に甘すぎます」
「彼は私の大事なコレクションだからな」
人を育てることに定評のある山城アーチェ先生。
(だが、最後の生徒は彼になるかもしれない。と、言う意味だろう)
「まさか、年下の男の子が好き! だとか、この人に限って有り得ないし」
「おい、本音と建前が逆になってるぞ? 本気で喧嘩を売っているのか?」
(何故だろう、この茶番……顔を見てれば先生の言う事が解る)
それよりも、先に報告したいことが彼にはあった。八重山は、先ほどから、気づいていた
様だ。
「閣下。生徒との仲が大変よろしい中、相済みませんが――おい、小僧。その剣、どうし
た?」
「そうです、これです。貰ったんですけど……」
中々、強力な力を感じる。しかし、八重山少尉がそれに気づいたのは、少年にとって意外
だった。
「貰ったって、誰にだ?」
山城アーチェは訝しげな顔をして聞いた。
「名前は知りません。唯、仮面をつけた人でした」
仮面と聞いて、山城アーチェと八重山は目を合わせた。
「ほう……それで、何か言っていたか?」
「自分は鏡の国の住人だといっていました。それと、この剣の名は――」
鏡の国とは浮遊大陸群の一つで、地上はプププランド、上空は鏡の国に別れている浮遊都
市である。
「マスターソード、だな?」
「え? お知り合いだったんですか?」
んー……と、言いながら、山城アーチェは困った顔をした。
「知り合いではないな。唯、少し話したことがある程度だ……ふむ。それ、レアリック・
オーブだからフェアリーを召喚して、憑依するのに、丁度、良いな。少尉、空戦機甲を一
機、本国から調達してくれ」
「閣下がそう言うのでしたら! ……まぁ、あまり、気が進みませんが――」
(え!? 俺にも念願の空戦機甲が……)
ネスゲルナはワクワクしていた。
「八重山!」
「は、はい! 只今より、量産型ゴースティカル・シャルドゥエ機甲を手配します!」
怒鳴りつけられた八重山は大慌てで部屋を出て行った。
「ははは……」
ネスゲルナはその様子を見て少しだけ笑った。
「時に、お前。異世界では、もっと、刺々しい性格ではなかったか?」
「え?」
確かに、言われてみればそうだ。こっちへ着てから、自分は日和ってる。
「……向こうでは、我武者羅でした。でも、俺、気づいたんです。あれは、幻だったんだ
って……目上の人とかいなかったし、一人で何でも思い通りできた。その気になれば、世
界だって救えた」
「ふうん。現実感に乏しかった経験だな。しかしな、その気になればと言うのは間違いだ。
闘争本能を失うなよ?獣性はそのままにしておけ。私に出会う前、猟犬の姿のままに、な」
(俺には、人の上に立つ器がない)
この世界は彼にとって複雑すぎた。せめてもの幸運だったのは、山城アーチェに出遭った
事ぐらいだろう。剣を振るうだけでは、誰も英雄視しない――と、言うか、ファンタジー
のクセに社会的に認められない。
「でも、どうして、そんなことが解るんですか? 俺が『犬』だとか、どうとか……」
(んー……)
「私に斬りかかって来た時の濃密な殺気で、直情径行だったのが、凡そ、推測できる。そ
れだけだ――」
山城アーチェは椅子を窓に向け、遠くの青い空を眺めていた。

     

 ――数日後。
「これが、俺の空戦機甲……」
「どうだ? 感無量だろ。最新式だ」
そこには量産型ではなく、試作型が届けられていた。
「閣下、正式名称はゴースティカル・シャルドゥエ機甲・デスサイズ・ヘル・カスタムで
あります」
八重山はいい仕事をしたと山城アーチェも満足気だった。
「ぶっちゃけ、ヴィクトリアのヤツの空戦機甲の次に強い」
「陸相の、ですか?」
ネスゲルナは、どうやってこの機体を工面したのか気になった。
「そうだ、小僧。お前を見込んでやったわ」
「私も無理やり寄越せと言ってやった。これは、格闘戦に置いて、右に出るものはいない」
マスターソードからフェアリーは召喚済みだった。
「妖精の名前がヘル・ガールだから相性も良い筈だ」
「死神、か……はは」
ネスゲルナは少しだけ身震いした。これを装着した瞬間、自らが恐ろしい存在になる。何
の躊躇いもなく対峙した者を殴殺しなければならない。
「だから言っただろう? 軍人など、あまり、誇れる職業ではないんだ」
ポンっと、少年の肩に彼女は手を置いて明るく言った。少年は俯いて、立ち尽くすだけだ
った。
「ははん、私は部屋に戻っている」
そう言うと、山城アーチェは格納庫を出て行った。彼は八重山と二人きりになった。互い
に無言だったが、少尉は両目を瞑った後、チッと舌打ちをした。
「……乗るかどうかは自分で決めろ」
そう言うと、八重山も去っていった。

     

 オフィスに八重山が入ってきた。
「どうだ? 少年は使えそうか?」
「どうでしょうね……最初の威勢の良さは、やはり、落ちてきてますな」
環境への適応と言うものがある。属性場が働きかけて、精霊元素が彼の思考を安定させよ
うとしている。
「原点に戻って、精密検査を受けさせた方が良いんじゃないですかね?」
八重山には、既に、少年が伝説の使い魔だとバレているが、その事は、まだ、少年の耳に
は入っていない。
「ふふん……その場合は私が嫌われるな。約束を破っては、な。まぁ、ヴィクトリアと言
い、嫌われるのには、慣れているが」
「閣下、当然ながら、自分は何も聞いてませんよ」
(面倒ごとに巻き込んでしまったな)
よもや、こんな事態になると山城アーチェは着任当初は思ってはいなかった。
「いずれにせよ機密保持は厳重に。頼んだぞ、少尉」
今は、既に本国の不知火と連携している。その、パイプ役を春日丸の件の成り行きで八重
山が務めていた。
「断ったら、自分の首を刎ねるのが閣下です」
「それはそうだ。代役は立てられるからな。魔人ルビアノザウレスの件に絡むから、雷暗
を呼べば良い」
八重山は、やりたくて、この諜報活動に従事している訳ではない。むしろ、聞いてしまっ
た以上、従わなければ山城アーチェは間違いなく自分を殺してしまうだろう。
「身が引き締まる思いです。最近、飯が喉を通りませんよ……全く」
「お前には家族がいるだろう? この仕事で生き残って、故郷へ帰るんだな。私は慈悲深
いのだ」
それでも、八重山は笑い話で答える辺り、流石は兵隊上がりだ。そこ等の士官学校出とは
違う胆力だ。

       

表紙

片瀬拓也 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha