Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔道普岳プリシラ
第五十六章『無冠の帝王』

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 数週間後――
 飛空戦艦ローレンバルトが完成した。
「機関良好、速力分速3.2㎞まで増速へ!」
「動力炉、臨海維持」
操舵士と機関長がやりとりしている。
「初期増速終了。軌道に乗ります!」
オペレーターが報告する。
「炉心状態を随時報告」
「了解!」
山城アーチェはコンソールパネルを見ながら、クルーの様子を見ていた。
「軌道変更点まで慣性航行維持! どエライ艦ですよ、こりゃ。山城アーチェ艦長」
「ん? 艦長は君だ、八重山中尉」
八重山は昇進していた。山城アーチェのサポート役を務めた功を認められての事だが、浮
遊大陸の占領政策が巧くいっていると内外に軍がアピールする為でもある。勿論、少年の
ハナシを不知火に報告している件は表沙汰になっておらず、軍を統括するヴィクトリアの
耳にも入ってはいない。
「閣下、悪い冗談はやめにしておきましょうよ」
唯、実際のところは、それほど、占領政策は前進していない。が、八重山を昇進させれば、
教育総監である山城アーチェの権限は強まり、より、強圧な実効支配の元に、浮遊大陸群
は晒される事となる。
「冗談を言ったつもりはないのだがな、中尉」
それは、言わば、権力を強めて、敢えて、反感を買う様なものでしかなく――
「どんな艦であれ、それに鎖で縛りつけられることを私は望まない。私は、一度も、良い
船乗りになろうと思ったことはないからな」
しかし、彼女は、そこから、更に強行に打って出た。中尉を最新鋭の戦艦の艦長代理に添
えたのである。本国からは暴発に見えるが、むしろ、そこは乗って見せる辺りが武の真髄
なれば。
「私は大宇宙の戦士だ。どんな艦よりも速く、自由に天駆ける戦士だ。覚えておけ、諸君」
これは、一種の賭けだ。もし、これで魔人を倒せば、これ以降、山城アーチェに手出しは
できなくなる。浮遊大陸は、丸々、山城アーチェの管轄化になる様なもので、本国も八方
塞に陥る。
「テストを続行しろ! 艦長!」
そして、裏の事情を、全てではないが、知っている八重山に対する論功行賞と、共犯者に
仕立て上げ恫喝することを兼ねている。
「で、でわっ! 不肖、八重山中尉。艦長代理を拝命します!」
「――先生、俺は何をすれば良いんですか?」
ネスゲルナは暇そうにしていた。
「お前は……まぁ、後でな」
「直ちに戦闘訓練に入るっ。総員、部署につけ! 艦対艦戦闘配置。いいか? 訓練だ、
等と思うな! 万事実践のつもりでやれ!」
(後で……と、言われてもなぁ)
知り合ってから、割と時間が経つが、中々、取り付く島もない。異世界では英雄だったの
で、自慢ではないが割とモテた。その事を、未成年ながらに酒を飲まされた挙句の果てに、
武勇伝として喋ってしまった。以降、馬鹿にされっぱなしだ。
(……良い夢でも見てたんだろ、俺)
現実は厳しいんだぜ?
「戦闘空域へ向かう! 90度回頭――全速!」
 数分後――
 ローレンバルトは演習予定地ついた。
「ギガ粒子砲、エネルギー充填92%」
「対艦ミサイル、発射準備完了」
オペレーターが八重山に報告する。
「よーし! まず、ミサイルを三連射。しかる後、ギガ粒子砲でこれを捕捉する。射程距
離50から60で当てろ、早い者勝ちだ! いいか?」
次いで、艦長代理の八重山が指示を出す。
「エネルギー充填120%」
「一番から三番、発射準備よしっ」
「前方オールクリアー! 発射準備よし――あ!? もとい、前方110に船影!」
それは予想外の報告だった。
「なにっ!?」
「これです! 拡大映像、メインに送ります!」
コンソールの大型パネルに映し出される。
「これは!? ……ブラナタス共和国の巡洋艦、ゴリアテ級だ」
艦橋に緊張が走る。
「敵巡洋艦接近、警戒ラインを突破しまぁす!」
「第三戦闘ラインに到達、速度変わらず。分速1.2㎞。距離90」
「間もなく第二戦闘ライン!」
八重山は山城アーチェを見て言った。
「……どうします?」
「どうする? 八重山艦長――」
山城アーチェは不適に笑った。面白くなりそうだ……きっと、そんな風に考えているに違
いなかった。
(安心感がある反面、やっぱり、おっかないヒトだ)
「距離89……87! 速度、やや、落ちましたっ。分速1.1㎞」
「気づいたな、こちらに……ふむ、停船命令を出せ!」
やはり、この場の決定権は山城アーチェにある。幾ら八重山が艦長代理でも、彼には判断
が難しいケースだった。
「っ!」
「居てはならない空域で敵艦を確認した。取るべき処置は二つに一つだ。拿捕するか……
それとも沈めるか? フッ――まさか、な。私は慈悲深いのだ」
ローレンバルトは通信回線を開いた。
「共和国艦に告ぐ! 停戦せよ! 本艦は浮遊大陸群ジステッド総督府『教育総監』、山城
アーチェ=エスティーム中将乗艦、ローレンバルト。抵抗しても無駄だ――停戦せよ!」
八重山がインカムを手に応答を待つ。
「先生。相手が応じない場合、どうするんですか?」
「んー……まぁ、その、何だ。困る」
(だよなぁ……けど)
抗命は戦の華だ。そう、むざむざと死に去らすようなマネをしてくるとは思えない。砲撃
戦はないから、艦橋も、安全だろう。
「――繰り返す! 停戦しろ、抵抗するな!」
「八重山」
山城アーチェは、このままでは、埒が明かないと見たのだろう。
「は?」
「警告射撃をしろ。一斉射だ」
八重山はゴクッ――と息を呑んだ。
「全砲塔発射用意! 一番砲塔は敵艦の右舷、二番、三番砲塔は左舷側を狙え!」
艦首を90度横に向ける。
「警告だぞ? いいか、絶対に当てるなよ! 初弾だからと言って当てやがったら、タダ
じゃおかんぞ?」
八重山は少しナーバスになっていた。それを見たネスゲルナが山城アーチェの顔に目をや
ると、彼女は『フッ』と笑い、目を伏せた。
「一番砲塔、ターゲットクローズ!」
「二番・三番も照準よし!」
砲撃手から艦橋へ通信が入る。
「っ撃ぇぇえ!」
ズバッ――
爆音と共に空気を爆ぜながら、敵艦の傍をギガ粒子砲がすり抜けた。
「敵艦、機関停止!」
「よし! ……ハァ、ハァ。上出来だ」
八重山は冷や汗を掻いていた。無理もない。彼は、元々、補給艦のクルーで、前線を経験
していない。山城アーチェの直属の部下と言えど、浮遊大陸では、ほぼ、内政にのみ、携
わっている。
「八重山、私は若葉専用ライゼッタで出る」
「へ!?」
山城アーチェの予期せぬ行動に艦長代理はマヌケな声を上げた。
「はじめに援護させる。接舷して待て」
「――って。あの、ちょっと! 山城アーチェ閣下ぁ~」
山城アーチェはゴリアテの艦橋の防弾ガラス製の窓を、まるで、豆腐か何かのようにさっ
くり斬り、内部へ入った。
「ここ、暗礁空域は、我々の委任統治下であることをご存知だな? ……貴艦はいてはな
らないところにいた。本来なら、警告なしに撃沈するところだった」
山城アーチェは、まず、ゴリアテのクルーに前置きを静かに話しかけた。
「なぜだ!? ラティエナの内庭と言うようなところに、何故、入り込んだ? どうやっ
て? 何の為に?」
クルー達は目を合わせた。
「偵察や破壊工作の為ではあるまい! なら、何の為だ?」
「――でやぁぁ!」
クルーの一人が、後ろから山城アーチェに斬りかかるも、山城アーチェは振り向き様に『ス
パッ――』と、襲い掛かってきた者の手首から下を切り落した。
「なんだ!?」
ネスゲルナがその様子を遠めで確認した。艦橋にいた八重山も同様だ。
「おい、小僧! 閣下をお守りしろ!」
山城アーチェの襲い掛かったゴリアテのクルーはのた打ち回りながら、必死に止血してい
る。
「質問に答えぬか! 答えなければ……更に艦も乗員も傷つく。ラティエナの空域で何を
――」
その時、ゴリアテの艦橋のドアが、不意に開いた。そこへやって来たのは、老いぼれた一
人のご老公だった。しかし、山城アーチェには見覚えのある顔だった様だ。
「失礼ながらお訊ねします。彼方は、スウィネフェルド先帝殿でいらっしゃいますか?」
「如何にも。ワシは霧島薙の父だが……そうと知ったら、どうする? 任務に忠実なラテ
ィエナの兵士よ」
世間的には、彼は死んだ事になっている。霧島薙自身も、死んだと思っているぐらいだ。
この様子を外から見ていたはじめに、山城アーチェは通信を入れた。
「この事は他言するな。例の件の交換条件だ」
「解りました」
(ところで、あの爺さん。誰だろうか……)
はじめは首を傾げた。
「おい、状況は? 状況はどうなんだ?」
八重山が通信ではじめに説明を即す。
(ウゼー……)
「大丈夫ですよ。さっきは、ひと悶着あったけど、今は、上手く詰問しているみたいです」
ハルケ・ニュー・ギニアでは英雄で馴らした自分としては、何故、こんな腰巾着のオッサ
ンに敬語を使わなければならないんだと、気分が悪かった。
「貴殿の御乗艦とは知りませんでした。航行を妨げた無礼を許し願いたい。以後、ご無事
で――」
そう言うと、山城アーチェは踵を返し、退艦しようとした。
「老いてから……」
「?」
山城アーチェの背中に向かってご老公は話しかけた。
「子なぞ、作るものではない」
「そうですか……」

     

 若さは、この先、永く苦しみにも耐えなければならない。
「不憫なことをした」
「それは、彼女自身が決めることです。私から言えるのは、それだけです」
山城アーチェから見れば、霧島薙は何、不自由なく生きている様に見える。むしろ、自分
は甘やかしていると思っている。
「霧島薙を、頼む」
「心得た」
マントを翻し、山城アーチェは外へ出た。

     

 山城アーチェが出てきたのをローレンバルトのオペレーターが確認した。
「中尉殿! 閣下が艦外に出てきました」
「そうか!」
八重山は安心した。
「そのまま、本艦のハッチに戻るようです」
「では、俺が出て行くこともないな」
ハッチで八重山専用アイボをカタパルトのレーンで出撃準備させていた。
「――って、出るつもりだったんですか?」
「敵艦! 機関始動しまぁす!」
(むう……)
八重山は大慌てで指示を出した。
「艦が近すぎる! 右舷ノズルブロー!」
はじめと共に、山城アーチェは帰投した。
「閣下! 領空域侵犯の艦をみすみす見逃していいのでありますか?」
「いいんだ、八重山。あの艦は、私には過ぎた宝船だった」
(はて、どういう意味だ?)
八重山はこの時、まだ、何も知らされていなかった。
「気にするな。何ら、問題ない」
山城アーチェはそう言うと、少年を連れて艦長室へ向かっていった。

     

 そして、艦長室にて――
「あの、さっきのは誰だったんですか?」
「ん? あの、老人な。以前、敵対していた隣国の前皇帝だ」
然も平然と山城アーチェは言う。
「え!? あの爺さんが?」
異世界の勇者は驚いた。あのお年寄りから、威厳とか、まるで、感じなかった為だ。それ
に、山城アーチェの口調が、高圧的と言うか、目上に対する喋り方ではなかった。
「ふふん……私はあやうく最高の政治ショーを台無しにするところだった」
そう言う山城アーチェは、いつになく上機嫌だった。

       

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