Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔道普岳プリシラ
第七章『魔法学園』

見開き   最大化      

 ――その頃。学園では平和そのものだった。山城アーチェと云う鬼教官が居なければ、
普通の高校と変わりなかった。
「このまま、青春を送るのも悪くなくってよ」
不知火が若葉に話掛けた。
「おいおい、修羅の権化として青春の裏ガルカニアン街道まっしぐらは、どうしたの?」
父の敵を取るまで彼女の戦いは終わらない。しかし、そんな彼女でも平穏な日々が疎まし
いと云う訳ではなかった。
「戦士にも時には、休息が必要ではなくって?」
全くだ、と若葉は思った。レッサーデーモンから受けた傷はまだ完治して於らず、左腕の
傷跡をまじまじと見詰める。まだ靭帯が損傷していて、腕が上がらない。
「宝剣ヴレナスレイデッカが片手剣で良かった」
不知火と若葉が談笑していると、そこへ、大淀葉月がやってきた。
「見えぬ定ドレン帳を、互いに越えてゆくのです。二人はお似合いなのですよ」
『シーン――』
 クラスが静まり返る。触れては成らない話題に、空気の読めない人がいると、静寂が時
を支配する。
「いやー、僕なんかじゃ吊り合わないって、アッサリ、フられたんだけどねっ」
(取り敢えず、恥ずかしいので適当に誤魔化して置こうかな……)
「あれ? そうなのです?」
「そ、その通りではなくって」
『生徒会長ってフリーなのか、マジかよ!』等と教室に居合わせた男子生徒は色めき立っ
ている。実際に二人は付き合ってはいない。咄嗟に嘘を言ったが、当たらずとも、遠から
ずな心境だと思う。
「そもそも、私よりも大淀葉月さんの方がお似合いなのではなくって? キスだって、経
験済みではなくって? 憑依している時だってべったりなのだわ」
「わ、私には心に決めた相手がいるのですよ!」
大淀葉月が好きな相手とは、恐らく、魔王ゲルキアデイオスの事だ。その恋が成就するの
は難しいと思う。二人はそう思った。そんなこんなで、始業ベルが鳴り渡り山城アーチェ
が教室へ入って来た。
「あー、今日は殿軍諸君に重要な知らせをお伝えする」
(重要なお知らせって、何だろうか……また実践訓練かな?)
「我が一年A組は、今後は軍と共同でミッションに参加する事になった。私の力が及ばず、
君等を軍の管轄化にしてしまった事を申し訳ないと思う、次第。尚、これは、無論、強制
ではないので、別の課に転入する事も可とする。しかし、その場合は、空戦機甲から降り
るだけでなく、フェアリーとの契約も解除してもらう事になる。何か、質問はあるか?」
戦功のチャンス到来だが、ハイリスクハイリターン、故に、それなりの覚悟が必要だ。生
徒の身としても苦渋の決断を迫られていた。
「質問、良いですか?」
若葉が手を挙げた。
「何かな?」
「教官はどうされるんですか?」
「このまま1‐Aの担任として残るが、それがどうかしたのか?」
 別に山城アーチェが担任で軍が困る事はなかった。一応、山城アーチェは佐官クラスな
ので、現場責任を問うにも適任と言えた。
「なら、自分は残ります。先生は僕等の仲間です。仲間を見捨てられるほど、僕は賢くな
い」
クラスの皆も同じ気持ちだった様で、結局、全員が1‐Aに残る事になった。その日の昼
休み、若葉と不知火は大淀葉月を連れて、山城アーチェの居る職員室に来て居た。
「実は、だな――」
憑依の方法を改めて山城アーチェに問われる。
(駄目元だな……)
どこの世界に、世界を滅ぼそうとしている魔王ゲルキアデイオスを復活させる話が罷り通
ると言うのだ。
「上官の立場としては、ノーと言って措く。が、一応、クックルーン『法王』 NATO・
ルーン・響宛に電文を出してはみる事にはする。しかしだ、あまり良い返事は期待しない
で、気長に待ってくれ」
そんな事よりだな、と山城アーチェ教官が言った。
「自分が大別される属性の性向値と、霊体に力を借りる攻撃魔法の属性は別物なのは理解
しているよな? 若葉君、君はこの前のテストで間違えていたな。ゴーレムを操るのは自
らが有している属性に依存する。それをノームの力を借りる攻撃魔法と同じだと勘違いし
ていただろう」
(ああ、そう言えばそうだった……)
 精霊などの霊体の力を借りる攻撃魔法や祈祷、呪いなど場合は、その霊体の持つ属性で
魔法は発動する。術者の属性は霊体から力を借りるたドレン交渉材料に過ぎない。例えば、
前述した闇属性の不知火が光属性を使えない、というのはその為である。
「それは、この前の盗掘しようとした時に、直に、見たので分かりました。術者の属性に
依存する付与系魔法全般は、攻撃魔法と違って魔法陣が回転しないんですよね」
ウムウム……
「他の何か用事があるか?」
「いえ、ありません。教室に戻ります。失礼しました」
命令系統が軍直属になるわ、魔王ゲルキアデイオスを復活させねばならんわ、前途多難と
言うか予測できない日々が続いた。
 魔王ゲルキアデイオスを復活させる件は、誰に言っても賛同されない計画だった。まず、
第一に制御できない可能性から危険性を伴う件。そして第二の問題は、魔王ゲルキアデイ
オスを復活させると森林伐採や工業排水を垂れ流している国が、公害対策を行う必要から
一部の財団が難色を示していた。
「今は、まだ、焦るべきじゃないよ」
若葉には、之と言った策は思い浮かばなかった。
「クックルーンの大神殿には修学旅行で行く事になっていてよ」
少し、先の話である。今は一年の三月だ。
「戦功を揚げて名声を高めるしか手はないな。そうすれば、自然と発言力も強くなる」
机に向かいながら、若葉が、うーん、と伸びをする。
「私達、フェアリーは歳を取らないので、急いでもらう必要はないのですよ、一応……」
大淀葉月も消極的だった。
「でも、早く愛しの彼と再会したくはなくって?」
不知火が意地悪そうに言った。
「そ、それは……」
大淀葉月は口に手を当てモジモジしている。
(また、このパターンか……)
「そうは言うがな、生徒会長。僕の黄金の左腕は死んだままだよ。これが、完治するまで
は強敵との戦闘は難しいと思うけど」
 スター・ゴライアスを相手にした時は、盾を持ったまま左腕を固定して突っ込み、剣を
突き立てるだけ。レッサーデーモンの残党に至っては、自分は見ているだけだった。昼休
みが終わり、午後の授業が始まる。生徒達にプリントが手渡された。
「之が、今年度、最後のミッションだ。敵は、首都エルケレスと各主要都市を結ぶ幹線道
路沿いに出没するキラー・オーグルで、之の掃討に当たってもらう。詳細はプリントに目
を通してくれ」
そこには軍との連携について書かれていた。
「主戦場となりそうな危険区域は正規軍が担当する事になっている。しかし、だからと言
って気は緩めるなよ」
(出撃は一週間後か……それまでに左腕が動くようになっていれば良いけど)
若葉の心中に、多少の、焦燥感が生まれていた。自分自身で吊り合わないと言ったが、ま
さに、その通りであった。大切なモノは失いたくない――そんな思いを秘めた初春の夕焼
けであった。若葉=秋雲、悩める十六歳の苦闘が始まる。
 ――放課後、彼は片手での剣の稽古を山城アーチェに頼み込む。
「珍しい。教員としては嬉しい限りだが、何かあったのか?」
山城アーチェが尋ねた。
「いや、周りがドンドン、先に行ってしまうので焦らずには居られないって言うか……体
を動かせば少しは気が晴れるかなと思って」
「ふむ……」
と山城アーチェは立ち上がった。
「宜しい、相手を務めよう。だが、その前に一つ言っておく。お前は、確かに、まだ、憑
依もできない蛆虫だ。しかし、だからと言って、焦っても結果は出ないゾ。戦場では、常
に、周囲を見渡すことを忘れるな」
「……分かりました」
それから、校庭の隅で木刀を振るう二人。汗が吹き出て、息が上がる。
「どうした、もう終わりか?」
やはり、強い。一太刀も浴びせる事ができない。片手が相手とは言え、勇者を圧倒してい
る。
「ハァァァッ!」
若葉が気を吐いた。それから一時間後、完全に陽が落ちたのでそこで練習を終えた。体中
に痛みが走る。
「誰かの為に命も惜しくないと思ったとき、人は強くなる」
「格言ですか?」
ふふん、と山城アーチェが笑う。
「ウチは代々、軍人の家系でな……女の身であっても、家訓が染み付いているのだ」
割と、ハードに特訓したのに山城アーチェは息一つ、乱れていない。
「次の出撃まで相手をお願いします。皆は、憑依だって自在にできるのに僕だけ遅れてい
るのは我慢できないですよ」
若葉の目は真剣だった。
「その気持ちが本気なら、明日の午前六時に、此処へ来い。朝練に付き合ってやる」
若葉はタオルで汗を拭きながら返事をした。
「絶対に来ますよ。僕、馬鹿だから。先生こそ、遅れないで下さいよ」
 山城アーチェにとっては意外な反応だった。彼女の若葉に対する評価は、こんな爽やか
な少年ではなった。
「お前って、もっとやる気のない生徒だと思ってたんだがな」
 自らが成すべき使命に目覚めたのは好い事だったので、山城アーチェとしても教え甲斐
があった。
「その内、先生を越えてみせます」
「フフッ、楽しみだな」
 その後、シャワー室を借りて汗を流した後、体操着から制服に着替えてから、学校を後
にした。家に帰るなり、若葉はベットに突っ伏した。
(体が動かない)
郵便受けに入っていた両親からの手紙を寝転がりながら読む。内容は特に変わった所はな
い。
元気にやっているか、とか、学校には馴染んだか、とか、そんな変哲のない手紙だった。
(一応、返事を出して置こう――)
「お父さん、お母さん、僕は元気にしてます……と」
他に書くことが思い浮かばない。
(春休みは任務で帰られない事も書いて於こうかな――)
取り敢えず書き終えたので、近くのポストに投函して来た。
「さて、メシ食って寝るか」
明日も朝から鍛錬だ。今日は早めに寝よう。左腕の傷が疼く。
(さっさと治ってくれれば良いんだけど……)
 天井を見ながら彼はボーっとしていた。空になったポーション瓶は軽く一ダースを越え
ている。選手生命の危機と言って良い。いや、選手ではなく勇者か。僕は定年まで勇者を
続けたい。太く短くの自己破滅型ヒーローは御免だった。翌朝――
「お! それでも遅れずに来たか」
山城アーチェは先に来ていた。
「済みません、お待たせしました」
「いや、気にするな。私も今、来た所だ。それでは、早速、始めるぞ」
木刀を若葉に投げ渡す。
「行きます!」
「応!」
こうして早朝特訓が始まった――そして。
「痛い……」
始業十分前。彼は保健室に居た。
「ちょっとだけ、我慢してね」
赤チンで消毒し、傷口にバンソーコーを貼ってもらう。
「望月弥生先生、ありがとうございました」
そう言って、保健室を退室しようとしたが弥生は若葉を呼び止めた。
「左腕の傷に護符を貼るから、ちょっと待って」
「効き目はどうなんですか? 六日後には出撃なんですけど」
椅子に腰掛け、腕捲りをする。
「何とか間に合うと思う……これで、良し、と。頑張ってね、勇者クン」
 山城アーチェが鬼なら、弥生は光の女神に見えた。彼女は男子生徒の間でも人気のある
美人保健医で、魔法学園のマドンナ的存在であった。唯、年上は彼の好みではなかった。
大人は化粧をするので、どうも好きにはなれない。弥生は大学出の二十三歳だが、若葉の
ストライクゾーンから高めにボール一個分、外れていた。興味が薄いので、特に、話す事
もなく、保健室を後にした。教室に入ると、保健室に入って行った所を見られたらしく、
どうだったと、聞いてくる輩が居た。
「どうって……腕の傷に護符を貼ってもらっただけだ。ホラ、之」
左腕を見せる。
「名誉の負傷ってヤツだな。禁断の保健室に入れたのも俺様のお陰って訳だ。感謝しろよ、
この幸せ者!」
 こいつの名前は昏きイカズチと書いて、雷暗。紹介するまでもなく、唯の、能天気野郎
――一応、1‐Aのクラスメイトでもあるが、何で空戦機甲装備者のエリート集団の中に、
こんなのが居るのか、転校してきて一ヶ月が過ぎようとしているが、未だに理解できない。
一応、レアリック・オーブであるゲルカニオス・マントの元所有者で、今は、フェアリー
としてキングベヒんモスを従えている。
「僕は保健の先生より、担任の山城アーチェ先生の方が好きだな」
周りの生徒達は、その威圧感に気づき、着席し始める。
「ははは、馬鹿か、お前! あんな暴力女のドコが良いんだよ? 現に、嫁の貰い手すら
居ないじゃないか!」
「……ほう。中々、興味深い話をしているね、眼城くん」
雷暗の真後ろには、出席簿を持った山城アーチェが立っていた。
『ガッ――』
 出席簿の角がライアンの高等部に直撃する。
「痛ひ……」
雷暗は蹲っている。
「それでは授業を始める」
 今日も、また、平穏な日常が始まった。

     


     

 ――昼休み。
(嫁の貰い手、か……)
 山城アーチェは物思いに耽っていた。自分もそろそろ結婚を考えるべきなのだろうかと
悩んでいた。まだ、齢二十四歳。フェンリるなイトの称号を、この年で授かるのは、皮肉
な事に、男勝りに出世だけは早い。
(焦りは禁物だな……)
山城アーチェは思わず苦笑いした。若葉には好かれているのかも知れないが、歳の差を気
にしない訳でもない。教師と生徒が恋に落ちると云うのは、ドラマ等でよくある展開だが
……うーん。

       

表紙

片瀬拓也 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha