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魔道普岳プリシラ
第五十八章『クックルーン動乱』

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 霧島薙は、その時、丁度、望月弥生とテレビを見ていた。カシスが異動との事で、今度
は弥生が面倒役となっていた。
「お、今日は大事な番組があるではないか」
「あら? 今、気づいたんですか?」
霧島薙は新聞のテレビ欄に目を通した。
「大聖堂の休戦協定の中継と……ん?」
訝しげな顔で裏番組を確認した。
「議長が声明を出すそうですよ」
「あやつ……余計な真似を。世界を引っ掻き回して、どうなるものか」
しかし、共和国が霧島薙は気になったので、チャンネルはそっちをつけた。
「やはり、元盟主としては民草が気になってな」
「それに、休戦協定は予想が付きますモンね」
弥生は気丈でプライドの高い幼女に、敬語を使っている。真っ先に、ヴィクトリアは不自
然だからという理由で、これを止める様に抗議した。曰く、十字勲章の名折れで、見縊ら
れる元になる、だそうだ。しかし、大軍を率いているのは霧島薙であり、例え、階級が自
分の方が上でも、子が親を慕うようなものだと言って、弥生はそれを退けた。霧島薙軍は
正規軍ではないにしろ、強力だからだ。雑兵・足軽ではなく訓練された兵隊で、主力を国
外に派兵するには本土防衛は陸上要塞に立て篭もる必要がある。よって、空戦機甲なしで
も霧島薙は重要だった。そして、階級は伍長だが、彼女は既に国会議員でもある。ちなみ
に、ラティエナの被選挙権の年齢制限は小学四年生の満十歳からである。
「お、始まったようだな……あ?」
「こ、これは――なんですって!?」
そこには、かつて、既に、戦死したとされる――
「是非とも影武者か確かめたいところだが……父上か、懐かしいな」
クックルーン大陸を天下統一しようと画策した大スウィネフェルド帝国が先帝こと、霧島
薙の父――ブレンハイム=クライム=スウィネフェルドが画面に映し出されていた。
「わ、割と動じないんですね」
しかし、二人は視線を画面に向けたままだ。
「まぁ、な――お! それより、何か始まるぞ」
画面に映し出された霧島ココットは演説を始めた。
「ブレンハイム=クライム=スウィネフェルドです。統合軍大将として、友邦クックルー
ンを救援作戦を指揮しました」
「古い話だ……」
それは、沿岸諸国連邦の艦隊がミドガルド大陸に攻め込んで来た7年前までさかのぼる。
霧島薙が五歳の時だ。
「結果は、大敗でありました」
当時、ルーン・ミドガルド大陸は攘夷を掲げていた。
「司令官であった、私の作戦と戦闘指揮が原因であります」
そして、その後、ラティエナ王国はルーラシアン沿岸諸国連合と安全保障条約を結んだ。
戦争裁判の後、秘密裏に行われた先代のラティエナ王の記憶操作と引き換えに、戦犯指名
を彼は回避して、王制は今日まで維持されている。
「松風ストックウェル将軍のスパイとアナタが接触していたのは――」
「余は何も聞かされておらぬ。唯、先代の件は気づいて居ったが」
弥生にとって意外な事実だった。
「誰に――どこまで、聞いたんです?」
「そう怖い顔をするな。ちゃんと、本人から聞いた。普岳プリシラを皇太后が身籠るより
以前、ドラゴンブレスを浴びたらしく、記憶喪失になっていたこと。その後、戦争に負け
て、失った若かりし頃に当たる脳の記憶中枢に、疑似人格を入植されたこと」
先代は、ほとんど、機械でしかない。若葉が宝剣ヴレナスレイデッカを引き抜いた時に覚
えた違和感の原因と、普岳プリシラが先代の崩御の際、より、一層、ショックを受けてい
た理由。そして、また、女王の立場として、まるで別人のように国葬を行った理由が、一
つに繋がる。
「私は負傷し、連合国軍総司令官総司令部の占領可に置かれたリュテェナ王国で捕虜とな
りました。今、こうして友軍基地からお話できているのは、勇敢なる我が軍、将兵により、
幽閉地・浮遊大陸アルジェスより救出されたからであります」
アルジェスとはラティエナの北方の位置し、もうひとつの島、イルバードと合わせて、現
在は沿岸諸国連邦の領土である。前線基地として、どちらか片方だけラティエナに返還す
ると言う主張を連合は譲らず、ラティエナ王国側は二島返還を求めている。この対立を北
方領土問題と呼ぶ。
「数十万の将兵と多数の艦艇を失いました。責任は全て、この私にあります!」
「――ふむ」
霧島薙は既に一人前だった。よって、再び、実の父に組するかは、後々、ゆっくりと考え
ることにした。
(急いてもことを仕損じる)
「私が、その栄光と誇りを失わしめた友軍によって救出されたのは神のご加護があったか
らです。敗北による汚名と屈辱を雪ぐべしという、神の思し召しがあったからです!」
「神……ですか」
弥生は複雑そうな顔をしたが、霧島薙は気楽に答えた。
「あまり、深く考える必要はないな。今更、騒ぎを大きくするならば、父上は論外よ」
「もしも再びその任を命ぜられることがあるならば、私は全身全霊を以って、雪辱を期す
でありましょう」
コップの水を一口飲み、ブレンハイム=クライムはここで一息入れた。歳の所為である。
「――現在、大聖堂に於いて休戦条約の交渉が行われていることは知っております。しか
しっ、現時点での休戦はなりません!」
「おや、まぁ……」
霧島薙は愉快そうだった。弥生は見る見る顔色を曇らせていく。
「今にも、私を殺さんとする目だな、大尉」
「い、いえ……そんなことは」
弥生は動揺した。確かに、不確定要素の芽は摘んでおいた方が良い。但し、留守を預かる
山城アーチェに申し訳が立たない。
「蒼龍カシス中将は親が取り決めたといえ、君の婚約者だ。気にする必要はない。余に遠
慮は要らぬ」
「彼には何も伝えていません!」
彼女には悲壮感が漂う。力一杯、否定した。
「だろうな。生徒総会匿秘の漏れは、余は今のところ聞き覚えがない」
これは確認だった。霧島薙が軍籍をラティエナに置くならば、安心できる人材を傍に置き
たい。弥生は微妙だった。望月タキジがカシスを重用している為だ。しかしながら、現状
で、ヴィクトリア陸相率いるソーラ・レイの攻撃で残存する3分の1の正規兵に対抗する
には、どうしても彼女の力が必要だ。
「それは休戦ではありません! 降伏であります! 長き歴史と文化・文明を有するこの
ミドガルド市民が、軍靴の音とヒエラルキー支配に屈するという事であります!」
この模様は、コロニー圏を含む、ほぼ全世界で主要局のほとんどが生中継していた。
「人的・物的資源が元より限られている浮遊大陸は、長く、困難な戦いを闘い得ない。そ
れ故にラティエナは早期講和を望んでいる――その思惑に乗るべきではない! 戦い続け
るべきである!」
最後に、彼はこう綴った。
「ラティエナに兵なし! 我々は必ず、勝利する!」

       

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