Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔道普岳プリシラ
第六十一章『悪霊の神々』

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 かつて、天使と人間が争った大南洋戦争――
「天使達は、人類が造り上げた人工生命体である神々を奉る多神教を認めず、決戦を挑ん
だ。この、クックルーンも例外なく戦火に曝された」
沿岸諸国連邦やテチス海上の島々も宗教の壁を越えて、偶像崇拝を認めない一神教の国家
は天使達を支持。しかし、人工生命体と言えど、模造品は大天使ガブリエルを脅かす存在
だった。人類が、天使の体細胞クローンの生成に成功したからである。
「例えば、ヤマ――ああ、お前には、閻魔大王の方が馴染み深いか。ヤマとユミルは同じ
クローンだが、優性遺伝子のみで作られたのがユミルで、残った劣性部分の遺伝子を受け
継いだのがヤマ、という具合に」
「テュポーン大先生もそうではなくって?」
何故、『大先生』なのかと言うと、エルケレス魔法学園を創立した初代学長だからである。
「決戦の場だったレンシス島は、先生の故郷なんだよね?」
「そうだな……」
ネスゲルナが聞くと、山城アーチェは目を瞑り回想した。
「レンシスは天使圏だが、当時は枢軸国だった為、悪魔崇拝を盾に堕天使ルシファーと共
に造反。電撃作戦で一時的にテチス海全域を制圧――それは、異様だった。神が……と、
言っても、その存在は概念的なものだが。主が、アダムとイヴに仕えよと命を下したのに
対し、ルシファーは反逆した。しかし、だ……信仰心を持たぬ一部のヒトと天使が大戦争
を起こした時、ルシファーは人類の尖兵として戦った」
そこまで言うと、山城アーチェは本を閉じ、窓辺から外を眺める。浮遊大陸から見下ろす
世界は絶景だった。
「そもそも、ルシファーをサタンと呼んだオリゲネスの考え方――創造とは神が無に、自
分を分かち与えた……後に、彼は異端者として投獄され死亡する。まぁ、デルウルゴスは、
我々の作った偽りの神だからな」
「しかし、プラトン立体の四大元素は魔術体系の柱だ。人がナノマシンを手に入れ――い
や、開発し、アンドロイドである天使と戦う――って、俺様の話、解るか?」
やはり、ここは近未来なのだ。
「ああ、何となく……」
ネスゲルナは曖昧に答えた。
「ルシファーを悪魔と呼び、此方の動揺を誘うプロパガンダは失敗した」
「結局、どうなったんですか?」
んー……と、山城アーチェは腕組みをして唸っている。
「ここからの歴史観は主観が混じるぞ? そもそも、偶像崇拝を禁止していたから、アン
ドロイド共は天使を、今、現在でも名乗っている。それは、一度、ビッグ・クランチと言
う、元々合った宇宙空間――イコール、それは、彼らの教義において神の作りし世界であ
った為、ビッグ・クランチは世界の終わりと解釈して、どこの教義にも反さない。全ての
宗教は、そこで敗北を認めざるを得なかった」
超科学文明が最初にリセットされた時だ。それは、魔王ゲルキアデイオスがもたらしたモ
ノではない。一人の少女が、多数の位相空間を生み出して大宇宙の意思と共に消えた。ネ
スゲルナはその位相空間の一つの住人に過ぎない。そして、三次元空間の原型に虚無が生
まれた。
「人々は、新世界創造に当たって、我、先にと神仏を作ろうと躍起だった。しかし、取り
分け、ビッグ・クランチ前の発言権が強かった宗教は、偶像崇拝を原則として禁止してお
り、それを他の宗教を信仰するものは受け入れざるを得なかった」
世界が崩壊した後に再生する。それを内包する教義は少ない。
「例えば、シヴァ神はこの事象に該当する神だが、ヒンドゥー教はカースト制度と結びつ
くので却下された。しかし、偶像崇拝を禁止したり、自らが信仰する神を冒涜する者が現
れたら殺しても構わない。そういった教えなら、ビッグ・クランチの時に、個人的には棄
教すべきだと思う――」
フッと山城アーチェは邪悪な笑みを浮かべた。不謹慎な発言だが、人を斬った数が何桁な
のか解らない彼女は贖罪の念から逃れるべく、感覚を麻痺させているのかも知れない。
「まぁ、でも……現実はそうもいかずな。テチス海には、その名残で、偶像崇拝禁止の国々
が存在する。連中の信仰する神が作った世界など、とっくの昔に崩壊したという矛盾を抱
えながらな。今でも『四億四千人の殉教者』を名乗り、神に無意味な祈りを捧げている」
四と言う数字は不吉を表す。四千は四桁目の四。では、何故、四億の四は八桁目ではなく
九桁目かというと、四桁目と九桁目の四と九を足して十三となるからだ。
「あれ? じゃあ、さっき言っていた閻魔大王は?」
ネスゲルナは話をキチンと聞いていなかった様だ。
「だ・か・ら、ビッグ・クランチと新世界創造の後、天使の遺伝子を解明して、その驚異
的な力を神話になぞらえて、新たに作り上げた存在。改良型で、無駄に戦闘力が高い」
「い、痛ひ……」
山城アーチェはネスゲルナの頬っぺたを引っ張った。
「例えば、レンシス島なら旧エトナ火山、現在は死火山となったので新高山と呼ばれるが。
あそこにはエンケラドスが封印されていた。何しろ、このエンケラドス。普段は火山を噴
火させているが、上空に天使が通りかかった瞬間――」
『ボッ』と不知火が手の平にファイアーボールを出してみせる。
「まるで、天まで届かんばかりの火を噴くからな。もっとも、それ以来、使い物にならな
いが……エンケラドスはテュポーンの軍用クローンだ」
イスラム教もキリスト教もユダヤ教も、仮に、宇宙空間がなくなり虚無の中に移り住めば、
神の存在を全否定することになる。
(……って、あれ?)
「え……っと。じゃあ、この世界に宇宙はないの? 太陽や星に月があるんだけど」
「なくってよ。空が落ちてこないのは、虚無の中で膨大な水の表面張力が働いているから
ですわ。太陽は圧縮された水分子が一点で核融合を起こして、月は地上を反射しているに
過ぎませんの」
不知火が適当な説明をした。表面張力だけで、この世界は存在しているらしい――ネスゲ
ルナは馬鹿だから、疑問を口に出さなかった。
「まぁ……お前は過去から未来にタイムスリップした事になるかな」
以前に言っていた事と違っている。ネスゲルナは山城アーチェに尋ねた。
「前に言っていた事と違う。それと――」
「こんがらがると思って、以前は説明しなかった。あの時はお前が血走っていたからな。
それと、紋章の件は私に聞かれても知らん」
(そっか……)
少しだけ、ネスゲルナは落胆した。しかし、それを山城アーチェがじーっと横目で見てい
るので、慌てて話を進めた。
「で、ルシファーはどうなったんですか?」
「ルシファーにも、シャヘルというクローンがいた。いや、むしろ、シャヘルをルシファ
ーと呼ぶべきか……天使圏の連中が既得権益を守る為――いや、絶対的立場を確立するた
めに、天使にはコピーを防止するターミネーター遺伝子が染色体に組み込まれていた」
しかし、現実にはこうして魔法文明が栄えているのだから、流出して拡散してしまったの
だろう。
「天使の開発段階で遺伝子データをハッキングした連中がいる。そこから、シャヘルは生
まれた。そして、シャヘルをゲノム解析して、最初に生み出された人工生命体は魔神のテ
ュポーンだった。その姿を見たものは、恐ろしさのあまり、動物に姿を変える……と、言
うのは間違いで、テュポーンのレーダーは動物を認識しない」
ハッキングしたネラーはこう書き込んだ――自らを『後の、ゼウスである』と。
「デルウルゴスより先に作ったのは画竜点睛に欠ける。その為に、テュポーンは動物を攻
撃しない欠陥品だった。人と遺伝子が似通っているものだけを排除する汎用人型BC兵器
――が、緊急事態だったからな。それが、名残でテュポーンは魔法学園の創設者と言う特
別な存在なのだ」
創造主とは語弊があるが、ナノマシンをヒトに注入するのが先ではなく、魔神であったと
言う事は、相当、強いのだとネスゲルナは理解した。
「最初にルシファーが下界に降りてきて、テュポーンと対峙したのです。そうしたら、ル
シファーはビビって鳥の姿になって逃げていったのですよ」
大淀葉月は、実は施設からその様子を見ていた。
「その鳥こそが、雷鳥アンズー。ソロモンの杖、別名、変化の杖を使ったルシファーの仮
の姿。ズーとも呼ばれ、元々、ルシファーだったアンドロイドはギルガメッシュ王の父、
ルガルバンダによってオッテス大橋にて討伐される。これを『ビッグブリッジの死闘』と
後世では呼んでいる。以降、シャヘルはルシファーと入れ替わる事に成功した。こういっ
た経緯から、長らく、ズーをウルク王が討伐したと言う話は異説となっていた」
エルサレムがシャレムの家、という意味ぐらいネスゲルナも知っていた。
「その後は、ナノマシン投与やアンドロイド、サイボーグの開発で、オリジナルの天使に
は敵わないが、ある程度、力をつけて、魔王ゲルキアデイオスを初めとした世界のシステ
ムが構築される」
「それでも、天使には勝てないんですね?」
山城アーチェはダンダラ模様の羽織の袖を持ち上げて言った。
「天使族は、優秀な遺伝子ばかりを世界中から集めて作られた『恐るべき子供たち』計画
の末裔だからな。私なんか、ほら。これだぞ? 壬生狼がサクソン人の白竜退治とは、と
んだ、日英同盟だ」
山城アーチェはカカカと笑った。
「それで、フェンリるなイトと呼ばれてるんだよ」
「へー……確かに、餓えてますね」
若葉の説明にネスゲルナは納得した。
「ふふん、今宵の虎徹は血に餓えている」
「いや、愛に餓えてるんだよ」
……一同絶句。
「馬鹿カッコいいのです! ネスゲルナ、尊敬するのです!」
山城アーチェの方はほっぺをぽりぽりと右手の日と指し指で掻きながら――
「え、えーっと……」
何だか嬉し恥ずかしそうにしている。
「な、なんだ、この教官の反応は!」
「有り得なくってよ」
鴛鴦夫婦は鳩が豆を食らったような顔をしている。
「とりあえず、その、『馬鹿カッコいい』ってのを止めてくれないかな?」
「ま、まぁ――ナンだ。えー、コホン。今のは大目に見てやる」
八重山がこの場に居合わせたら怒鳴り散らしている所だろう。
「虎徹は、ちなみに、贋作だ。使いモンにならん」
「ああ、それで二刀流をやらないんですね」
若葉は以前から気になっていた事があった。山城アーチェの腰は常に二本の鞘を帯びてい
る。
「武士は食わねど、高楊枝と言ってな――」
片方は菊一文字だが、もう片方を抜刀している姿を見た事がない。
「高周波ブレードでも性能差があるんですの?」
「無論、諸々の祈祷呪い・願掛けが掛かっている。長らく奉納されていたものは、刀身が
清められて破邪の力も微力ながらに生じる」
神仏を尊び、神仏に頼らずとは宮本武蔵の言葉だが、彼女のスタンスは謎めいていた部分
が多い。古来の武士とは異なる。
「あのさ、多神教の神と、もし、戦ったら勝てるのかな?」
「んー……以前、腕試しにと、ポセイドン相手に三段付きを菊一文字で繰り出したら、同
じ速度でトリアイナで弾き返された。努力次第だな。しかし、ギリシャや北欧の神が敵に
回る事はない」
問題は一神教の国。取り分け、天使、もしくは、預言者と呼ばれるオリジナルの人工生命
体を、新世界創造の際に開発したキリスト教右派やイスラム原理主義者。
「最初に『歴史観』と言ったが、唯一神や偶像崇拝の禁止と言うのは庶民がヒエラルキー
支配から脱却する為の闘争の具でしかない。少なからず、そういう悪いイメージが諸外国
にはあるな。社会主義体制と密接な関係にある」
山城アーチェは、金剛吹雪の資料をネスゲルナに手渡した。
「つまり、我々の敵だな」
「雌雄同体とも言うべきユミルの子孫……え!? この子が?」
そう言えば、ネスゲルナは魔王ゲルキアデイオスの文明リセットの話を聞いていない。こ
の資料で初めて知った。
「メテオ……その威力は環境汚染に比例する。ノアの箱舟の大洪水ではないんですね? 
バビロニアでも扱われているのに」
「水は、大量に動かすとマズイんでな。表面張力の関係で――と、言うより、動かないか
らな」
そんなことをすれば、光の屈折率が変わって虚無からレイが降り注ぐ。
「正確には、この世界では大洪水が起こらない――と言うより、虚無の中に居住空間を水
で生み出し、人類は暮らしている訳だから、常に大洪水状態だな」
そこへ、雷暗が現れた。
「金剛吹雪が雌雄同体だと、困った事に、気分を害する連中もいるからな。あちらの世界
では、同性愛者は何せ極刑だ」
「それで、僕はお尋ねモノだ。入国を拒否されてる」
原因は資料にも載っているが、金剛吹雪と若葉は公然とキスした事があるらしい。その様
相がネットにうpされ、報復としてNPO邦人が拉致された挙句、殺害され、問題になっ
ている。
「その件はいい、勝手にやらせて置け。名誉の戦死だ。話を戻すと、宇宙がないのにメテ
オをどうやって落としているのか、解ってないな。小規模なビッグ・バンを起こし、表面
張力の膜を突破して、天と地が逆様になって降ってきている。水面に写る光の屈折率を操
作して、地上を虚無に投影してるから、大洪水と言えなくもない」
「だから、虚無の中に表面張力で居住空間を生み出す継起であったビッグ・クランチは、
終末論の終着点であり、末法思想の証であり、シヴァ神の再来なのだ」
山城アーチェの説明は、やや暴力的だが、分かり易い。流石はアジア圏の教師だ。しかし、
馬鹿っぽい雷暗が自分より博識な事にネスゲルナは、少なからず、無力感を感じた。
「もっとも、ここは極楽浄土ではなくってよ?」
「所詮、この世は地獄なのです、あうあう」
不知火がおっとりしているのは良いとして、この子も少し抜けている様で、言葉の端々か
らネジがふっ飛んでいるのが解る。

     

 そして、月日は流れ――
「もうすぐ、七夕だね」
「そうだな」
ネスゲルナは山城アーチェに話し掛けた。そろそろ、夏休みだ。
「任期も終わりではなくって?」
魔人ルビアノザウレスは終ぞ、現れなかった。結局、闘神都市は阿武隈ハガーが無血開城
させた。
「戦果を上げられなくば、ナンの為に俺様を呼んでくれたか――」
「おい、雷暗。口を慎まんか!」
嘆く雷暗を八重山が叱責した。総督府には山城アーチェの側近達が集まっていた。
「功を焦るのは良くない」
若葉はしげしげと地図を見る。
「浮遊大陸アルジェスだけでも手に入れたのは怪我の功名ではなくって?」
「確かに。ヴィクトリアも手土産があれば、喜ぶ……か」
山城アーチェは『うーん』と腕組みをして考える。
「閣下は功績を称えられはすれど、非を打たれる事はありますまい。責任を果たされたの
であります!」
「そー、だな……」
それに、霧島薙は回廊を併合後、帰国。ラティエナの領土は拡大した。
「エリッサリアの陥落が思ったより早かったのですよ」
「しかし、あそこはルリタニア一人では手に余る」
事実、回廊の行政は、完全には機能していない。霧島薙の戦歴は流石だが、やはり、後先
を考えるタイプではない。
「本拠で霧島薙ちゃんが目を光らせているから、本陣は相変わらず動かなくってよ」
但し、二十万の将兵はエリッサリアに残したままだ。
「霧島薙ちゃん曰く、エリッサリアの情勢が落ち着くまで、クックルーンへは攻め込まな
い――だったかな?」
「しかし、北進論を唱えるタカ派は少なからずいるな」
若葉が地図に置いた駒を、山城アーチェがクックルーンの上へと置いた。
「閣下! それは、無謀です! 最悪……レンシスが打って出てきます!」
天使の介入は避けたい。ラティエナ王国を含め、ルーン・ミドガルズ大陸では沿岸諸国連
邦のキリスト教穏健派の庇護によって、多神教を認められている。しかし、大陸全域にま
で支配が拡大した国家がクックルーンを制圧すると、異教の大聖堂をそのままに、とは行
かない。穏健派ですら、異教の勢力が団結して強まれば、これを座視しない。
「大スウィネフェルド帝国と戦った時、我々が、何故、侵攻しなかったのか――」
それは、かつての暁の大帝がそうだった様に。
「もっと、具体的に言うと、何故、自領土に引き込んで武装解除させたのか。ネスゲルナ、
解るかな?」
若葉の質問に、ネスゲルナは首を横に振った。
「それはな、アングロサクソン支配による奴隷国家にせぬ為だ」
「え? でも、浮遊大陸を落としたんじゃ……」
山城アーチェの言った答えは、一見、矛盾に見えて、そうでもなかった。
「最悪、電脳クジラは破壊しても問題ない。むしろ、クックルーン『法王』 NATO・
ルーン・響が阿武隈の様にスパイだった場合、電脳クジラで精霊にテレパシーを送り、四
大元素を操作され、著しくナノマシンから得られる戦闘力、及び、国力が低下する」
雷暗が補足説明した。
「そう。だから、前の『法王』 NATO・ルーン・響はルーンの導きの元に、相応しく
ない――と言う、大義名分論が成立した。それが、沿岸諸国連邦が宗教の自由を認め、人
道的理由もあり、背後からラティエナを急襲しなかった理由でもある」
山城アーチェが地図の上で駒を動かしてみせる。現在、先の戦いにおいて参戦しなかった
彼等の艦船は、浮遊大陸イルバートに停泊している。
「アンドロイドである天使を防波堤にして、ナノ技術が不得手な、遺伝的に劣っている人
類と、この大陸にいる魔法を、比較的、扱える人間。自然と解れて暮らす道を歩んだので
すよ」
それは、大淀葉月が見てきた世界創世記から始まる。
「ふーん……」
ネスゲルナは自分の使命を認識した。山城アーチェと対等に渡り合える戦士は他にいない。
「閣下! あ、いや……もしやと思いますが、魔人は何処かへ運び出されておるやも知れ
ません。これは、まだ、個人的な推測の域を出ないですが、ね」
「ほう、訳を聞こうか」
山城アーチェは八重山を促した。
「西側の動向です。軍閥政治の中に、KKKが紛れています。もっとも、物の数ではあり
ませんが……」
テチス海上においては、手出しができない。
「そう――だな。我々は、アルジェスを保持するだけで、この場に釘付けだ」
地図の上に駒を並べる。しかし、ここでラティエナ王国が沿岸諸国連邦と対峙する事によ
り、ブレンハイム=クライムの手勢は北テチス海条約機構とがっぷり四つで組める。
「全く……阿武隈公は食えなくってよ」
不知火が後ろ髪を右手で掻き揚げた。
「モノは考えようだ。これで、高雄議長が西側諸国を鎮圧するまでは、少なくとも、ルー
ン・ミドガルド大陸は戦乱が続く」
ネスゲルナが不知火の仕草に見惚れているのを逸早く察知し、雷暗はネスゲルナが皆から
見えぬ影に位置するよう、ずいっと、前に出て発言した。この辺の気配りが人気の秘訣。
「見せ掛けだけの戦争が続くのです、あうあう」
大淀葉月の言う通り、根本的解決には至らない。
「で、だ……魔人ルビアノザウレスを西側に配置するならば、シャヘルと戦わせる事にな
るな」
鬼札の駒を山城アーチェがスウィネフェルド領の西に持っていく。すると、八重山は首を
振り、その駒を……
「ヴィクトリアの本陣に当てる」
山城アーチェは呟いた。
「閣下……むしろ、KKKは阿武隈の要請による連邦の陽動です。白装束がシャヘルと組
むとは思えません」
「我々は手の内で踊っているな」
ネスゲルナは阿武隈との謁見を思い出した。
「舞踏会でも見事に踊ってたよ」
山城アーチェはずずっと飲んでいた煎茶をブーっと吹き出した。不知火がクスクスと笑っ
ている。
「そう言えば、あの爺さん。俺と先生に何か言ってたよね」
「ああ、そうだな。悪いようにはしない、みたいな、含みだった」
しかし、本陣を、丸々、潰されたら問題になる。併合した回廊の占領政策と、クックルー
ンに侵攻中のカシス麾下の部隊は孤立無援になる。
「高機動要塞ガルフェニアの足を止めれば、本陣は動けない」
若葉は艦長として気づいた。魔装機甲学園フリートエルケレスをこちらへ動かしたのは、
間違いだ。ラティエナの北部侵攻を事実上、不可能にしてしまっている。
「西側諸国は悪魔崇拝と戦う事になる」
シャヘル本人は戦いに出るか解らない。
「閣下……レンシスはバアルをぶつけて来るでしょう。連中が最も恐れる悪魔の一人、蝿
王の異名を持つベルゼブブ」
「連邦は四大元素の地属性を司るアマイモンを魔王と恐れ、その第一の配下だからな」
しかし、その実、ルシファーと同じ堕天使で別名マハザエル。こちらは、ルシファーとシ
ャヘルの関係と違い、単なる欠陥品だった為、破棄されたのをクックルーン教皇庁が改修
した。
「肝心のシャヘルって、どんな神なんですか?」
ネスゲルナが神と形容する辺りが、山城アーチェは非常に困った表情をした。
「神と言っても、普通の人間と戦闘力以外は何も変わらん。不死と言えど、記憶メモリー
には限界がある。一度、会ったことがあるが――」
「シャヘルは本当の名ではなく、洗礼名がシャレム。明けの明星と呼ばれる東洋人……で
はなくって?」
山城アーチェが怪訝そうな顔をした。不知火は山城アーチェの目を見て話そうとしない。
「空海の言う『虚しく行きて実ちて帰る』とは、明けの明星が言わせた言葉。まさに、口
に飛び込む……だとすれば?」
不知火は煎茶に浮く茶柱を見ている。勿論、偶然ではなく魔法で茶柱を立てて見せただけ
だが。
「一応、連邦の手前、シャヘルの名で通っている。クックルーンが天使圏に『枢軸』と呼
ばれた由縁はそれだな。確かに、本来、シャヘルは死んだルシファーの方を指す」
ずずーっと、茶を飲む山城アーチェ。バーミヤンの石像を破壊しても、原理主義者達は博
物館にあるヒンズー教の神像は、壊そうとはしなかった。
「色々と事情があるのだ」
それを聞いた生徒総会長は『ムフフ……』とだけ笑った。

       

表紙

片瀬拓也 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha