Neetel Inside ニートノベル
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魔道普岳プリシラ
第六十四章『逆フロー』

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 ここは、西部戦線北部。つまり、カシス率いるドラゴンナイト五千と、増援で駆け付け
た枢密院の望月タキジ率いる陰陽士が一万。加えて――
「敵が引いて行くのであります」
二人で同時に三万の兵を相手にする金剛吹雪とるな。
「穴に潜ったモグラなのだ」
クックルーン教皇庁師団は巨大な塹壕を築いていた。軍閥でバラバラになっている旧高雄
領を抑える為、対ラティエナ戦線は、これ以上、無理をして進軍する必要がないのである。
「今日はこれまでにするのであります」
ましてや、相手は二人。幾ら一騎当千と言えど、睡眠や食事、風呂等といった生活サイク
ルがある。敵陣に空戦機甲強化ルクシーフェレンスが一機だけ突破できても、二人分の食
事の補給にねぐらと風呂はどうするのか……至って単純な理由で深くは進攻できない。
「講和は大歓迎なのだ」
ヴィクトリアが提案した講和は、雌雄同体の体と心を憎む人々にクックルーン『法王』 N
ATO・ルーン・響が圧力を掛けると言う、未来の王政に対するプランでもある。こちら
の戦線には本国への帰還命令が、そろそろ、下ろうとしていた。
「――女王陛下は内々にですが、私に『大聖堂を奪取せよ』と仰せになられたのだが」
カシスは望月タキジの持ってきた講和の話について聞き返した。
「それは、ブレンハイム=クライムが僭称するよりも前の話だ。戦況は変わった」
望月タキジは地平線に続く、巨大な塹壕を遠くに見据えて言った。
「霧島薙さんは……とても、聡明な方です」
弥生は戸惑いながら言った。
「陛下はルーンを御望みだ」
カシスは婚約者である弥生に言った。しかし、普岳プリシラの意図を知る者は少ない。前
世の人格に体を乗っ取られようとしている話を知っているのは、西部戦線において、この
幕営にいる者だけだ。
「女王陛下が始祖古鷹ゼウスの前世を辿るのは、所謂、アース神族のレナスのケースと酷
似している」
カシスは考察を述べた。
「普段は人間として暮らすが、ときが来るとオーディンに選ばれた一人が人間から転生し
神族になる。任務を終えると再び転生し人間の生活へと戻る。人間から神族へと転生して
も、本来ならば、人間の刻の記憶は失われないのだが、レナスはラグナロクにおいて人間
としての記憶は転生の際、フレイによって封印されてしまった」
大淀葉月が超科学文明に生まれ、最初の宝剣ヴレナスレイデッカの持ち主は古鷹ゼウスだ
と言っている。
「決定的に違う点があるのだ」
るなが指摘した。
「普岳プリシラや他の血族の持つ前世の記憶が封印された代物なら、血族は神族という事
になるから……」
弥生は、それは有り得ないと遠回しに言った。
「つまり、任務を終えて、再び、人間に戻ったのが彼女に似通っている――でありますな?」
金剛吹雪は情報を整理するために、確定している所から埋めていく事にした。
「恐らく、そうです」
望月タキジは目を瞑って頷いた。
「もし、仮に戦乙女が、転生をさかのぼる事ができたとしたら?」
カシスは答えを手繰り寄せようとしている。
「それは……この地上に『神』が降臨する事を意味するのです」
神と言っても、それは、ビッグクランチの後に居住空間を作った科学者を創造主と呼んで
いるだけであり、超常現象を起こす従来の神とは違う。望月タキジは、そう答えた。
「少し、見当違いなのであります。血族とは、そもそも?」
しばらくの沈黙の後、金剛吹雪が口を開いた。
「人間が人間に転生する」
カシスは即答した。
「そして、記憶は引き継がないのだ」
るながそう言うと、金剛吹雪は頷いた。
「戦乙女の転生と、この世界の血族の転生は根本的に違いますな」
望月タキジが補足した。
「血族は転生者ではなく、二代前祖先が始祖の遺伝配列となる隔世遺伝なのであります」
以前、大淀葉月が血量49%の話をして以来、この金剛吹雪を始め、幾人にその情報は伝
わっている。しかし、それが生徒会長を普岳プリシラが引き継いだ事後であった為、不知
火と普岳プリシラの抗争は勃発した。
「ならば、記憶を引き継がない以上、始祖が神である事を否定できないかと言えば――」
カシスがホワイトボードに会議の内容を書きながら次へ促す。
「それも、早計」
弥生はコップの紅茶を一口だけ口に含んでから言った。
「始祖には若葉殿の様に次代があるのです」
望月タキジの指摘通りだった。
(つまりは……)
「一代目の始祖である古鷹ゼウスからさかのぼる事に、意味がある」
カシスは、ここで会議を、一度、中断した。何故ならば、これは北欧神話に結び付けよう
と模索しているだけであり、現状、辿り付けない様ではゴシップでしかない。
(考えれば、何か突破口が見つかるはずだ)
そもそも、血族が転生体ではないならば、女王とは何だ? ナノマシンが属性場の干渉を
受け、それは回復魔法で傷を治すのと同じ。魂の器である人間を象った物を精霊がメモリ
ーに治めているから、回復魔法は発動する。それは、女王の脳の記憶中枢にも働きかけて
いる代物も同じのハズ――
(だから、今は、公にはされていないが、病床についている)
「だとすれば……」
「アナタ、どうかなさいました?」
自室へ戻ると、弥生が話しかけてきた。
(今、良い所なんだ。話し掛けないでくれ)
とか、カシスは思ってしまう性質だが、それを口にすると『ピー、ピー』泣くので、極力、
冷たい態度は控えている。彼から見れば、弥生は気弱過ぎる。しかし、神経質で人一倍、
心労を大きく感じる性格にも関わらず、カシスは――
「んー、ちょっと……な」
自分の事を親の都合でありながら、愛してくれる相手を無碍にはできなかった。
(偶に、自分の生き方と矛盾しているように感じる。むしろ、得てして……なのかも)
「あら? また、難しい顔をしていましたよ」
弥生はクスクス笑っている。まさか、当人とウマが合わないと思われているとは夢にも思
うまい。
(しかし、だ……思いの丈を、そうだな。例えば、山城アーチェ中将辺りに知られてしま
うと、自分の命はないだろう)
充分過ぎた甲斐性だと思った。どうやら、自分は彼女を泣かせる訳にはいかないようだ。
「明朝、会議を再開しよう――」
こうして、二人は寝る事にした。
そして、翌日――
「結論としては、女王陛下のケースは、近交弱勢を起こさないにも関わらず、遺伝力が強
い」
と、言う事になる。全く同じ遺伝情報を持ちながら、エピジェネティクス(後成)変異を
起こしているのは一卵性双生児と同じである。
「羨ましい限りなのであります」
金剛吹雪は先天的にサイコキネシスの副作用で幻覚や幻聴に際悩まされている。
(しかし、果たして、そうだろうか……)
「前世の戦闘記録をナノマシンの修復によって染色体レベルで覚醒させる――エピジェネ
ティクスにも、当然、作用するわよ」
彼女が彼女のままであり続けるのは恐らく無理だ。
「仮定するのだ」
「……何を?」
るなが切り出したので、弥生が尋ねた。
「むしろ、発想を逆転させ、近郊弱性を起こさず遺伝力が弱まり続けると――」
その先はカシスが答えた。
「逆フロー現象を起こす。イコール……」
ナノマシンの下限リミットを振り切る可能性を模索している。
「近郊弱性を起こさずに遺伝力が強い」
「なのだ」
これは大淀葉月に聞かなければ解らない。アウトクロスを続ければ逆フローを起こす。そ
れが、『始祖』が一周して超科学文明時代の原型に戻るかどうかをだ。

       

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