Neetel Inside ニートノベル
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魔道普岳プリシラ
第六十五章『崩御』

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 北部戦線――
 各派閥間の情報伝達が遅れ、ヴィクトリア率いる本陣は、東スウィネフェルド帝国の主
力部隊である高雄議長の軍勢と衝突した。
「弾幕薄いっスよ! 何やってるんスか!?」
高機動要塞ガルフェニアの艦橋で、ヴィクトリアは何時になく狼狽していた。自分が尽く
してきた王国は、女王にもたらされるメタモルフォーゼによって、脆くも崩れるかも知れ
ない。
(ここを抑える事によって、防衛構想は完成するっス)
それは、彼が人の半生にあたる時間をつぎ込んだ、膨大な領土的野心だった。
「太南洋からサンサロッサ沖合いを手中にすれば、単独でルーラシアン沿岸諸国連合と条
約を結べるんスけど……」
取り分け、ヴィクトリアは天使と人類のハーフである為、天使圏との貿易を独占すること
が彼の悲願だった。
(……どうやら、悠長に事を構えても要られないっスね)
ヴィクトリアには上空に亜空間ゲートが開くのが見えた。太南洋にある天界へと繋がるゲ
ートとは、移送魔方陣の形が違う。
「セフィロトの樹とは違いますね」
白鷹も同様にアレが気がかりだった様だ。
「映像をメインモニターに拡大するっス!」
オペレーターは急いで解析を始めた。
「魔人ルビアノザウレスを召喚するつもりっスか――しかし」
ヴィクトリアは後ろの艦長席に座って俯いている普岳プリシラの方をチラッとだけ見た。
(この場を離れて自分が出撃する訳にも……)
普岳プリシラは時折、聞き取れぬぐらい小さな声で何かを呟いている。
「陛下! しばらく、自分はこの場を離れます。ご容赦を――」
そう言って、ヴィクトリアは白鷹に視線を送った。そして、白鷹が頷いた所で、ヴィクト
リアが艦橋を出ようと艦長席の隣を通り過ぎようとした時――
「黒渦が……黒渦が来るんや!」
ヴィクトリアの袖を掴んで女王は叫んだ。ヴィクトリアは女王は既に我を失っていると判
断した。
(御労わしや……されど、このままではッ)
ヴィクトリアは上空の魔方陣を見上げる。
「オペレータ! 解析まだか!」
白鷹がクルーに急がせる。
「解析、90%経過……95、98――解析結果、メインモニターに出ます!」
そこに映し出されたデータに同様が走った。
「これは……ジュエルシード反応!?」
その時、法術は完成し、忘れられし都・アルハザードへの使者が降臨した。
(黒渦、か……確かに。夜が明ける夢は覚めた)
モニターではなく、遠目で、その少女の姿をヴィクトリアは確認した。年齢からすれば、
霧島薙より若い。小学校四年生ぐらいだ。あの年齢でロストロギアと呼ばれるジュエルシ
ードを21個、全て手に入れた。それは、黒渦と呼ぶに相応しい。
「ゴースティカル・シャルドゥエ機甲・ゼロカスタムを射出、自走飛行で本国へと送還せ
よ」
「しかし!?」
白鷹が抗議した。今、戦わずして、いつ、戦うと言うのだ。
「アレは魔人ルビアノザウレスではない。彼女は異世界の魔王『白き霧』。ここで戦力を消
耗する訳にもいかないっス。後は……」
ゼロカスタムを回収した山城アーチェが、魔人ならどうにかしてくれるだろう。
「総員上甲板下令を」
ヴィクトリアはそう言うと、白鷹が異を唱えるのを手で制して、後ろの艦長席に向かって
振り向いた。
「デス・フォッグ相手に勝ち目はない。宜しいですね、陛下」
「よしなに」
そこには、輝く銀髪と、四枚の黒き羽をまとい、魔導師の格好をした女王の姿があった。
「白鷹少将。先に、女王陛下をお連れして退艦せよ。ガルフェニア亡き後も、戦線を維持。
敵は移動要塞を破壊して、この地で足止めさせるのが目的っス」
「しかし――」
ヴィクトリアは彼の肩にてをポンっと置いた。
「山城アーチェ先輩に伝えるっスよ?……靖国で会おう――」
外では弾幕と敵の砲撃の音が鳴り響いているのが、この巨大な要塞の艦橋からでも聞こえ
る。今生の別れだった。
「ここは必要最低限の人間だけで良いっス。ここが沈む覚悟で、若い兵から優先的に生き
残れ! ガルフェニア前方に超電磁光子力バリアを展開。然る後、退艦せよ!」
デス・フォッグの前面に薄い赤色の魔方陣が現れる。白鷹は速やかに退路に向かった。
「目標に高エネルギー反応!」
オペレーターが叫んだ。
「――目標をメインモニターに拡大」
ヴィクトリアは死ぬ前に、自分を殺す輩の顔を見ておきたい。そう思った。
「は、はい!」
そこには、小学四年生ぐらいの少女が映し出されていた。法衣には21個のジュエルシー
ドが埋め込まれている。彼女は詠唱を開始していた。
「オメガキャノン、バレル展開長距離砲撃モード! オメガキャノン、増幅バースト! ブ
レイク――」
(来る!)
「シュートッ!」
『ズバババババ――!』
バリアが力の奔流を弾く音と共に、艦橋は目映い光に包まれる。
「まだまだ……沈むなぁ」
ヴィクトリアはサブのモニターで女王と白鷹の脱出を見届けようとしていた。しかし、白
鷹は脱出したのは見えたが、普岳プリシラの姿はモニターに一向に現れない。
(時間がない。もう、持たない……ええい! ままよ!)
ヴィクトリア自身が艦橋の非常口から出て、結界を重ねて張った。
「自分が時間を稼ぐっス! 総員退官!」
粒揃いで親しかったブリッジクルー達も最期の敬礼をして、皆、退避していく。
(後は『死ぬ』だけっスね……)
この攻撃、殺傷力はないが、動力部を貫いてしまえば、爆発に自分は巻き込まれる。
「思えば長いようで短い人生だった!」
誰に言う訳でもない。自らを鼓舞し、死に対する恐怖を和らげ様としたか、或いは――
(まさか……『白い霧』が、あのような童だとは)
誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。今、自分を死に至らしめんとする、『あの』誰か
に。さりとて、一兵足りとて逃すことに失敗したら、全てが無に帰する。それは、自らの
努力の怠りが招く、自らの命を軽んじる者ほど、他人の命も軽んじる。これは、軍人とし
て模範的ではない。
(王国切手のご意見番たるヴィクトリア=千歳の名が廃る!)
ここが最後の正念場。彼は天寿を全うせんと魔法力を使い切り、力尽きようとしていた。
しかし、その時、彼はブリッジに一つの人影を見つけた。
「――女王陛下!?」
(何故だ!? 脱出された筈っス!)
普岳プリシラはヴィクトリアと同じく非常口からブリッジの前方の見張り台に立った。
「しばらく、あの子と話がしたい」
そう言うと、女王はヴィクトリアがエネルギー切れになる前に、片手でバリアを張りつつ、
テレパシーを送り始めた。傍受しようにも、ヴィクトリアが知らない言語だったので、何
をやり取りしているかは解らない。
「陛下が死んでは元も子もないっス!」

     

 ヴィクトリアが抗議しても普岳プリシラは取り合わなかった。恐らく、自分と相手の力
量を考えれば、自ずと結果が見える。それが、ベターな選択だと判断した。
(枝分かれした世界も、悪くはなかったんや)
「聞こえるか?」
「え!?」
相手と言うのはデス・フォッグの事だ。彼女は、少々、驚いていた。
「私にはなぁ……守らなければならないものがあるんよ」
「それは、私だって同じ!」
女王は静かに語りかけた。
「民を、肥沃な土地を、空を司る義務と責務」
「私にも、使命があるの! ……だから!」
『白き霧』は、普岳プリシラが思っていた通り、昔から純粋だった。例え、世界に位相が
生まれ、平行世界が構築されても、それが、運命。そういう星の下に生まれる。
「私にも、私のやり方がある」
(子供やのに、可愛そう……けど、私も、もう、止められへんよ!)
「負けないよ!」
一旦、デス・フォッグの攻撃が止まった。話し合いと、エネルギー充填の為だろう。脱出
するなら今しかない。しかし、普岳プリシラは対峙したままだ。
「陛下……」
ヴィクトリアは普岳プリシラが無駄死にするとは思っていない。だから、黙っていた。現
に、『白き霧』の呼吸が乱れている。高威力の収束砲を長時間、射撃し続けた為、体に負担
が来ている。
「残存エネルギーを割り出してくるっスよ」
ヴィクトリアはデス・フォッグの残された力を分析する為に、ブリッジに戻った。
「これで……最後だよ?」
『白き霧』がレプリカではない、餓骨杖を構える。
「世の中、どっちが悪なら、どっちが善だとか、そんなプラマイゼロみたく簡単なものや
ない。唯、それぞれの立場があって、それぞれの正義がある」
「難しいよ! ……ずっと、待ってたんだよね? 自分の人格を消さなくても済む、友達
の敵に回らなくても済む――そんな、誰もが笑って、誰もが望む、最高なハッピーエンド
を!」
正直、彼女に刃を向けられるとは思わなかった。
「どこで、すれ違ってしまったんやろなぁ……」 
しかし、あまりにこの世界で手に入れたものが大きすぎた。
(いや……と言うより、この世界の存在が大きすぎた)
「どいてくれないと、本当にいくよ! 全力全開!」
この世界の前に、個人の力などあまりに無力。
「――っ!」
対空砲火の空気が爆ぜる音で、声は聞こえない。いや、一度、彼女は直通回線を切断した。
それは、一瞬の躊躇いにも見えるが、実際は考えていた。この場で戦いを引く事ではなく、
自分の人生を思い出して、物思いに耽っていた。少し、静かに気持ちを落ち着かせたい。
相手と喋っていると、意識に呑まれて、引き釣り込まれそうになる。
「私の答えは――そうやな、ノー!」
そう、笑って言った『女王』は動かない――バリアを再度、展開する。
「ブレイカー!」

     

 艦橋で残りの戦闘力を割り出した時には、既に、最大出力の砲撃を普岳プリシラが防い
でいた。それを戦闘データから弾き出す。
(互角、か……)
ヴィクトリアは脱出できるか時計を見ようとした刹那、普岳プリシラの身が揺らぐのが見
えた。ヴィクトリアは目を伏せて言った。
「ここからでは、間に合わん」
ガルフェニアの動力部を貫いて、爆心半径から逃げ果せるものなら――
(確かに、霧島薙殿の祖国は遠いっスね……)
後は、ギガンテス共を収容する兵舎が必要になる。その辺の用兵は山城アーチェが考えて
くれるだろう。

     

 多分、相手を殺してしまう。デス・フォッグはそう感じ取った。そして、恐らく自分も、
魔力の使い過ぎで、このままでは遠い銀河の海に散ってしまう。けど、ここで死んでしま
ったら、アルハザードに行った意味がない。その時、彼女は自分に語りかけてきた。
『さよなら、それと――ア・リ・ガ・ト・ウ』
見ず知らずの女性だったが、自分が記憶を封印して少女に戻る魔法を使ったとき、次元ル
ートを潜ったのは確認していた。その内のどこかで、彼女とは友達だったのかも知れない。
『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!』
バリアを貫通し、轟音と共に移動要塞ガルフェニアは爆沈した。自分の名前を最後に呼ん
でくれた気がした、まだ、見知らぬ友人と共に、自らも、ジュエルシードで増幅した収束
砲の反動で、彼女は落命した。死の直前、少女は、何故、彼女が最後までそれを黙ってい
たのか、疑問だった。
(おかしい、よね……)
デス・フォッグの亡骸は、白鷹が回収していた。

       

表紙

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Neetsha