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表紙

魔道普岳プリシラ
第八章『学年末考査』

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  ――気になる人が登場。
「どうしたんですか、先生」
「いや、お前にはやっぱり生徒会長がお似合いだなと思ってな」
 そうなのか、やっぱり、周囲にはそんな風に見られているのか……と若葉は、再認識さ
せられた。
「今日は日直なので、少し遅れるかも知れません」
「ああ、分かった」
 それと……と付け加える。
「僕が先生の事を慕っているからって、手加減は無用ですよ」
「……今朝の件なら、私は、意に介していないから気にするな」
 相変わらず気丈な人だと若葉は見抜いていた。
(くー、そこがまた、良いっ)
「それじゃ放課後、よろしくお願いします」
 若葉は、軽く会釈をした。
「ん」
 教室に帰り、予鈴が鳴る。午後の授業が始まった。
 放課後、クラスのゴミを焼却炉に捨て、日誌を書いていた。今日の授業は、筆記科目だ
けだったので特筆すべき点は、特に、なかった。日誌を書き終え、クラス担任の山城アー
チェの元へと持っていく。二人は、そのまま一緒に特訓する校庭の隅へ向かった。
「む、今日はギャラリーも居るのか」
見ればクラスの大半が残っている。
「今日は実践学習が無かったから、体が鈍っているのですわ」
そこには不知火の姿もあった。
「そうは言っても、不知火に体術は不向きだろ。今からやるのは剣の稽古であって、魔法
を使ってはダメなんだぞ」
「ブラスト・魔法剣の練習をしますことよ」
ブラスト・魔法剣とは、武器に属性を付与したり、オーラを注入したりして破壊力を増す
技だ。
「いいだろう。全員、今日は足腰立たなくしてやる、覚悟しろ。まずは素振りを百回だ」
また1‐Aが何か始めたらしいと、運動部の連中がこちらを見ている。視線に気付いた何
人かが気が散ったらしく、それを見ていた山城アーチェが檄を飛ばす。
「そこ、集中しろ!」
特訓は昨日と同じ様に、陽が落ちるまで続いた
――そんな感じで出撃前夜までが過ぎていった。
「本当にありがとうございました」
若葉は山城アーチェに礼を言った。
「何、教え子の頼みを聞いてやっただけだ。礼を言われる程の事はやってはいない」
そう言った、彼女の謙虚な態度が若葉には少しだけ眩しく見えた。
「明日はいよいよ本番だ、存分に特訓の成果を見せてくれ」
若葉は左腕を回して見せた。
「腕の傷もこの通り治ったので、明日は頑張って見せますよ」
「まぁ、今日は早めに休め。それじゃあな」
二人は学校を後にする。
「先生も気を付けて」
山城アーチェの自宅と寮は方向が逆なので、正門で二人は別れた。
 寮に向かう帰宅途中、若葉の後ろから手で目隠しする人物が居た。
「だーれだ?」
誰だも何も、声で解る。
「何か、御用ですか? 望月先生」
意外と、この人、子供っぽいのかも知れない。
「左腕が完治したなら、護符を剥がさないと。腕の気の流れを、多少、堰き止めているか
ら、腕がちょっとだけ重いハズよ」
確かに左腕の反応が鈍かった。
「ああ、之って完治したら、自然と消えるモンだと思ってました」
「剥がすから腕を見せて……うん、治ってるね。じゃあいくよ」
弥生が呪文詠唱を開始する。徐々に刻印が消えていき、やがて、完全に消し去った。
「それじゃ、私はこれで。さっきから、君を待ってる人が隠れているみたいだし。お邪魔
虫は退散するよ」
そんな風に言われると、隠れているつもりの人に声を掛け辛いのですが……と若葉は思っ
た。
「あ。ひょっとして、今、帰り?」
「ですわ」
――やはり、会話が続かない。恨むぞ、望月先生。
「明日は大淀葉月ちゃんも連れて行くのではなくって?」
話題を不知火が振ってくれて助かった。
「その、予定だよ」
ピンチに陥ったら憑依可能だから、連れて行くべきだろう。大淀葉月自身も、自分を守る
ことぐらいはできる程度には魔法も使えた。
「彼女を魔王ゲルキアデイオスと再会させるのが、私達の冒険の目標の終着点ではなくっ
て……こんな所で、躓いてはいられなくってよ?」
ふんー、と鼻息を荒げて不知火が言う。
「そうだね、その通りだよ」
若葉も気合を入れた。
「やりますわよ!」
二人は腕をガシッとクロスさせる。
「うん、頑張ろう」
 勇気が漲ってきた。ほどけない問題など、在りはしないと、知っててもお互いの複雑な
関係の段階が、物語り創ってゆく――翌日。
「それにしても、暇だね……」
「ですわね」
 ガルカニアン街道沿いのモンスター討伐に繰り出した1‐Aのメンバー。しかし、人畜
無害の伏目河馬の親子が通り過ぎただけで、既に数時間は経過していた。最初は、万華鏡
車輪眼で石化耐性のある不知火がカトプレパスと睨めっこをして遊んでいたが、流石に、
飽きたようで若葉の隣に座り込んでいた。
「まぁ、俺様の快進撃がストップしなくて何よりだ」
雷暗がそう言った。
「一週間の特訓の方がキツかったかな」
地獄の日々を思い出す。
「出て来てもキラー・オーグルクラスまでらしいからな、事前情報によると。まぁ、この
辺が平和になって、結構な事だぜっ。HAHAHA!」
山城アーチェも今日はピリピリしていなかった。
「敵とのレベル差が有りすぎて、EXPも得られないな」
こればかりは仕方がなかった。
「軍の管轄になって、逆に使いっパシリから虎の子の空戦機甲軍団に扱いが変わったのだ。
これは素直に喜んでも良いのかも知れんな」
「なるほど、僕等を温存したくなったワケですね。だとしたら、良かれと思って軍に入れ
たのだから、悪い様にはしない――と、言うことなんでしょうか?」
若葉は山城アーチェに尋ねた。
「まぁ、人体実験にされたりしないと云う保証もないが……多分、大丈夫だ」
さり気なく怖い話だった。聞くんじゃなかったと、若葉は思った。暫くして、索敵班から
定時連絡が入った。
「ちょっとマズイかも知れません。この近くに、墓地があるんですがアーマード・モンス
ターに強化されたグールとゾンビが二匹ずつ確認できました。先制して叩いても構いませ
んか?」
アーマード・モンスターとは呪力の力を使い、魔力で科学の力を武装したフリークス達の
事である。
「判った、1‐A全軍で応援に向かう。母体のワイルド・バンパイアも付近に潜んで居る
筈だ。抜け駆けは構わんが、心して掛かれ。」
待機して居た本隊の生徒達も空戦機甲を装着し、出撃の準備を始める。
「全軍、出撃!」
ブースターに点火し、平原を突っ切る。最大戦速で約十五分、目標が見えてきた。
「アレ――か」
見れば索敵班が一個大隊の武装したアンデッドと戦っていた。その中には吸血鬼らしきモ
ノも混じっている。
「よく持ち堪えた。後は任せて、お前達は下がれ」
山城アーチェが指示を出す。
「全機散開して、確個撃破しろ!」
見る見るウチに敵の数が減っていく。
「貴様の相手は、僕だ!」
 大上段に構えた宝剣ヴレナスレイデッカを振り下ろす若葉。ワイルド・バンパイアは為
す術なく、一刀両断された。
「取り敢えず報告はするが、証人が居ないから手柄になるかは微妙だな。吸血鬼の死体を
持って帰って、公然で焼却するしかあるまい」
報告書で山城アーチェは悩んでいた。今回の功績は、どうアピールして良いのか分からな
かった。
「アンデッドを持ち帰ると、僕等が人を殺して、でっち上げただとか……下手すれば非難
されませんか?」
全員が悩んだ。何にせよ、今、持ち場を離れている理由も、弁明が必要だ。
「一応、吸血鬼の被害は届出が出ていましてよ? 包み隠さず、そのまま報告しては如何
かしら」
しかし、手柄が認められないと云うのは、どうも納得がいかない。
「まぁ、こんな雑魚を幾ら倒した所で何にも、ならねぇって事だな」
雷暗は嘆いたが、やはりコイツは何も分かってない気がする……と若葉は思うのであった。
各ガルカニアン街道沿いモンスターが討伐された記念に、首都エルケレスでパレードが行
われる事になった。勿論、魔法学園の空戦機甲部隊もコレに参列する事になっていた。
「いよいよ私達が歴史の表舞台に立つ日がキマシタワー!」
 祖国の歴史に、また一ページ――生徒会はこれまでの空戦機甲による戦果と、部隊員の
紹介などをまとめた記事を地元紙の依頼を受けて執筆する広報活動に務めていた。
「胸を張って行って来い、生徒会長」
上級生の生徒会役員に声を掛けられる不知火。空戦機甲部隊は既に我が校の誇りであった。
ラティエナ王国王立騎士団第七師団第四軍、山城アーチェ隊。それが空戦機甲部隊の正式
名称となった。激励会が始まる。国家と校歌の斉唱に始まり、校長並びに来賓の祝辞が述
べられ、1‐Aの全員がステージに上がった。
「我々は、我が校を代表して国体の変革を担うと共に、日々、邁進する事を不断の決意と
する!」
代表で山城アーチェがスピーチを述べる。整列していた生徒が二手に割れて、中心に花道
が作られた。そこを通って退場する1‐Aの面々。学園前通りをパレードは通過するので、
そこで合流する予定だった。
「国王陛下も御見えになるが、警備は万全。何の心配もない」
宝剣ヴレナスレイデッカを抜いて以来になるな、あのお爺さんに会うのは……たった数週
間前の事なのに、随分と遠い所までやって来たと、物思いに耽る。
「まだ姫様の事、諦めてはいなくって?」
そう言えば、そうだった。魔王ゲルキアデイオスを倒すと姫様と結婚すると云う話だった。
「色々と有り過ぎて、忘れてた。その話」
若葉は惚けて見せた。
「――大淀葉月ちゃんを憑依させる為には、魔王ゲルキアデイオスを倒す訳にはいかなく
ってよ?」
もしかしたら、勇者の力を封じる為に魔王ゲルキアデイオスを倒せと仰っているのか。加
えて、自然界のバランス制御の役割を司る魔王ゲルキアデイオスが邪魔者なのか……後者
も前者と同じ意味を持つ、一石二鳥だ。
「普岳プリシラ姫はアイドルだけど、国王陛下は本当に信用して良いのか迷ってる」
そうなると、山城アーチェ教官に話をしたのは間違いだったのかも知れない。
「どうした? 二人で。何かあったのか?」
二人が耳に手を当てて話をしているのを、山城アーチェに気付かれた。
「ふふん……さてはデートの約束だな? どうだ、図星だろ?」
若いって良いな、とか、自分も、まだ、老け込む歳でもないのに勝手な想像をしている。
民衆の歓声に向かって手を振って応える山城アーチェ教官。すると『ワーッ!』と大きな
歓声が起こる。いつになく上機嫌らしいようで、上手く誤魔化せた。街頭を通り過ぎ、城
内に入る。ラティエナ王が三階のバルコニーから民衆に向かって手を振った。
『ラティエナ王国万歳!』
パレードのボルテージは最高潮まで高まった。二階のバルコニーから大臣が姿を現した。
国王に代わって海軍大臣がこれから演説する事になっていた。
「今日は、諸君等、勇敢な戦士に集まってもらった理由は他でもない。時は、満ちた。我
等は、魔王ゲルキアデイオス討伐をここに宣言する。神の尖兵としての戦いの火蓋が、今、
切って落とされたのだ!」
(聞いてはいたけど、本格的に魔王ゲルキアデイオスと一戦交える覚悟なのかな……)
その先に、見えるのは軍拡か、そして、人類同士の戦争か。未曾有の大乱を予期させられ
るのだが、どうしたモノだろう?若葉が思案していると、山城アーチェが話し掛けてきた。
「我々、現代人の体内には無数のナノマシンが含まれている。その、ナノマシンは戦闘を
積み重ねる事で最適化され戦闘力が強化される仕組みになっている」
「それは、世界史の超科学文明が生み出した代物として教えなくって?」
つまりは、魔王ゲルキアデイオスとの戦闘によって能力を最大限、引き出そうと言うのだ。
「だから、問題ない。アレは聞き流して措け」
山城アーチェは軍人でも不敬罪とか謁見行為は気にしないと云う事が分かったので、若葉
は何も言わなかった。この人は、もし、投獄されても牢屋をブチ破りそうだ。
 こうしてパレードは終幕を迎え、彼等は各々の帰路に着くのであった。
「何だ、また相談か?」
その日の夜分、若葉の予想通り、来客があった。
「立ち話もなんだから上がって行ってよ。丁度、不知火と相談していた所なんだ」
若葉が手招きしたので、大淀葉月は部屋へ上がる事にした。
「もし、お二人の邪魔をしたのなら御免なさいなのです。でも、ボクにとってはとても重
要な事なのですよ」
意を決した、心の色を騙る瞳は、言葉がなくても伝わる。
「いや、別に邪魔だ、何て。とんでもなくってよ。それと、私達は魔王ゲルキアデイオス
との戦には加わらなくってよ」
取り敢えず、飲み物を入れる若葉。今晩のお茶はアールグレイにした。
「最初の勇者も同じ考えの人だったのです。困った事に、魔物達は超科学文明を滅ぼして、
尚、人類を絶滅させる程の数が居たのですよ。魔王ゲルキアデイオスはリミッターが働い
て眠りについたのですが、憑依すると人類が優勢に働く状況が続いたので、始ドレン方は
宝剣ヴレナスレイデッカで戦い続けたのです。それが、初代ラティエナ王。彼の本当の名
前は古鷹ゼウスと言うのです。ラティエナとは私の名前に因んで彼が付けたもので、神話
の類が由来ではないのです……唯、レアリック・オーブの名前は神話に由来しているので
すよ」
その辺は、古文書の研究でまだ明らかになっていない部分も多い。
 超科学文明時代の玩具にRPGと云うジャンルのゲームがあるのだが、プレイヤーキャ
ラクターの名前は任意で、装備、魔法、敵は神話をモチーフにしているものが何年か前に
出土した。これは世界崩壊後を描いた当時の近未来史だとする説がある。
(成る程、例のゲームソフトは現代を予見していたんだ……)
「しかし、山城アーチェ先生に何と断りを入れるかが問題だね」
良い案が浮かぶ筈もなかった。
「王が勇者の覚醒を恐れているなら、討伐隊には呼ばれない気もするし……」
「確かに……そうかも知れなくってよ」
取り敢えず、今日の所はお開きという事になった。
 ――翌日。
「ん? 魔王ゲルキアデイオス討伐の日時を教えてくれ?」
早朝、早めに学校へ向かった若葉は、山城アーチェに直接、聞いてみた。
「そうだな――少なくとも、お前等が卒業するまでは時期尚早かな。空戦機甲も、もっと
高性能になるだろうから……それにまだテストしていない実験もある」
ならば、当面は心配ないと云う事か。
「ところで、明後日に終了式だが若葉は帰省するのか?」
「いや、家には帰らないと、両親に手紙を出しました」
ふむ、なら良い――とだけ言って、机に散らかした資料に目を通す山城アーチェ。
「先に教室に行っています。失礼しました」
「ウム」
何度、話をしても緊張する。背筋が自然とピンッとする感じだ。
 そのまま、事もなく一年次が終了した。エルケレスは亜熱帯だが、比較的に北半球でも
南に位置するので三月には雪が降らない。転校から激動の一ヶ月だった。自分にお疲れ様
と言いたい。しかし、それも束の間の休息だった。四日後には補習と称した南の火山を探
索する任務に当たるらしいとの事。南の火山とは、元々は不死の山と呼ばれていた休火山
だった。しかし、枢軸国がルーラシアン沿岸諸国連合に負けた後、テュポーン大先生が地
下に封印されてから活火山になった為、ペルステン火山と名を改められている。
(また出撃か――積んでいるゲームでもして、時間を潰すかな……)
そんな事を考えながら、遅ドレン朝食を食べていたらインターホンが鳴った。誰だよ、と
思いドアを開けたら、そこには不知火が立っていた。
「めかし込んでどうしたの? 急に。って言うか、制服以外の服を着ているトコを始めて
見るんだけど」
街に買い物にでも行くのだろう。
「制服は名刺代わりにもなってよ。生徒会長として場に呼ばれることが多いからではなく
って?」
「で、何か僕に用かな? 一緒に買い物に行けば良いの?」
若葉は、ぶっちゃけると、暇だったので、その誘いは大歓迎だった。
「それも、よろしくて? 行き先は、まだ決めてなくってよ」
「じゃあ、僕も着替えてくるから、ちょっと上がって待っていて」
(はて……デートの行き先って難しいな――いや、デートって言うか、雰囲気の問題で相
手が満足してくれなければ、デートは成立しない。男は女の行き先を、イメージを壊さな
いようにエスコートしなければ為らない。重要なのは、デートに対するイメージだ――ま
ぁ、不知火は箱入り娘なので、割と、ドコでも行き先は良いような気がする。だから、無
難な線でお買い物を選んだのだが……)
「何か欲しいモノとかあるかな?」
首都の中心街に来ていた。
「そうですわね。指輪とか、素敵ではなくって……でも、あんまり高い物はダメかしら」
うーん、と不知火は悩んでいる。
「悪いね、甲斐性がなくて」
 学生の身分なので、大金は持ち合わせていなかった。一応、任務が終われば報酬が出る
ケースもあるのだが、不知火の欲しがる物は魔術器具の類で、中々、手が出せないものが
多い。例えば、今、身に着けているアダマンタイト製の眼鏡とか……
「その眼鏡、似合ってるよ」
別に、点数を稼ぐつもりで言ったワケではなく、それが素直な感想だった。
「私も気に入っていてよ」
不意に、不知火が腕を組んできた。
「こうして歩いてもよろしくて?」
胸が大きいので、肘に当たっているのだが、彼女はお構いなしだった。
「それじゃあ、一応、指輪を見に行ってみようよ」
「できれば、装備として使える物が良くってよ。いつも肌身離さず持っていられてよ」
成る程。それなら魔術器具を扱っている店に行けば、ひょっとしたら、買える値段の物が
あるかも知れない。
「宝石じゃなく、魔石の指輪なら何とかなるぐらいに手持ちはあるから、行ってみよう」
二人は首都で一番、大きなデパートに行ってみることにした。
「炎の精霊石、ルリタニウムを加工して作った指輪が三万ゴールドと、お安くなっており
ます」
店員に、一番、安いので幾らぐらいするのか聞いてみると、案外に安かった。
「手が届くけど、本当に、指輪で良いのかな? ペンダントに写真を入れて持って於くの
も良いと思うんだけど」
「指輪が良くってよ。ペンダントは、死んだお父様の写真を入れたモノがあるので、必要
なくってよ」
結婚指輪にしては安いと思うが、薬指に指輪を嵌めたいのが、乙女心なのだと若葉は理解
した。
「店員さん、これ下さい」
「指輪の裏側に年月日が彫れますが、如何、為さいますか?」
それは、記念になる。初デートの記念に一生、残る。特別な二人だけの思い出だ。
「今日の年月を刻んで下さい。それと、そのまま身に付けるので値札は外しといて下さい」
「畏まりました――」
待つ事、数分。不知火と、
「楽しみだね」
とか、他愛のない会話をしていたら、店員がやって来た。どうやら、加工が済んだようだ。
指輪を受け取り、代金を支払う。初めは不知火が自分も出すと言ったが、若葉が『こう云
う時は男が支払わなければ格好が付かない』と言って全額支払った。
「ここで嵌めてしまうのもナンですわね」
「どこか雰囲気の出そうな場所は……」
「満天の星空の元――夜のお台場とか、素敵ですわ」
と云う訳で、買い物は之で終了。適当な店に入り、ちょっと遅ドレン昼食を摂る。
「さて、これからどうしようか」
「少し、歩き疲れたので、公園のベンチにでも座って語り合いませんこと? 今日は天気
もよくってよ」
不知火の提案に従い、二人は寮の近くの公園にやって来た。空いているベンチに腰掛ける
二人。公園では数人の子供たちが遊んでいた。
「出会ってから一ヶ月、色々あったね」
(そう言えば、まだ告白した事がなかったな……)
「本当に、そうではなくって……」
自分の気持ちは伝えて置かなければならないと、若葉は思った。
「不知火」
「なんですの?」
「僕は君のことが好きだ」
不知火は顔を真っ赤にして、若葉から視線を逸らす。
「思えば、私、告白されたのは之が初めてかしら? こんな時に何と言えば良いのか判ら
なくってよ」
そう言って、不知火は若葉に寄り添った。お互いの吐息がかかる位置まで顔を近付ける。
「私も、貴方が欲しい……ですわ」
二人は初めてキスをした。その晩、お台場で若葉は不知火の薬指に指輪を嵌めた。夜空に
見守られながら、月明かりが二人を祝福した。
 翌日、予定通り、エルケレスの南にある火山の探索に出発した。火口には溶岩原人(乙)
が生息しており、全長二十メートルはあるレッドドラゴンも巣食っていると言う噂だった。
レッドドラゴンは人類の信仰の対象であり、味方なので倒滅する必要はないが、溶岩原人
(乙)は割と強力な相手だった。1‐Aの戦法としては、何人かで敵を引っ張り、生徒会
長の水蒸気爆発を筆頭にした水属性攻撃で仕留めると云うシンプるなモノを選択した。最
初は敵の射程に手間取ったが、内部の道順を把握して、要領、良く倒す事ができるように
なった。しかし、暫くして、異変は起こった。索敵班から通信が入る。
「こちら索敵班、竜の巣と思わしきデカイ部屋に入ってみたんですが、レッドドラゴンの
死骸が横たわってます。何者かが孵化を早めて、腐らせて殺したモノと思われます」
信仰の対象である竜族を殺めるのは邪教との仕業だと山城アーチェは判断した。
「お前達、できるだけそこを離れろ。ドラゴンゾンビになられたら厄介だ」
強敵と巡り会えた喜びを隠せないのは、果たして戦士の性か。山城アーチェは、やる気、
満々だった。
「まず、あの巨体なら大部屋から出て来るのは無理だろう。そこで邪魔になる取り巻きの
ヘル・サラマンダーだけを大部屋から通路に誘き寄せる。囮役は私が引き受ける」
考えられる中で最良の策であった。
「私がもし死ぬ様な事があったら、その時は、直に撤退しろ、いいな。それでは作戦に移
る!」
 山城アーチェが愛刀の菊一文字を構えて、勢いよく大部屋へ飛び出す。ドラゴンゾンビ
が目覚め、尾で山城アーチェを払おうとする。山城アーチェはそれを剣で受け流した。オ
フェンスは、先ず、ディフェンスから。
(スター・ゴライアスの時もそうだったが、あの人の防御は鉄壁だっ)
山城アーチェがドラゴンゾンビを引き受けている間に、ヘル・サラマンダーを狙撃する。
「サンダーストーム!」
不知火がTSを使用するも、ドラゴンゾンビには効果が薄い。しかし、そこに血路が生ま
れた。何人かが突入を試みるも、空戦機甲の装甲すら溶かす灼熱のドラゴンブレスに阻ま
れる。
「接近してボックス狩りは無理だな。魔法主体でいく。今度はアローフォーメーションだ」
山城アーチェの指示に従い、三人一組の縦列陣で一点突破を計る。敵は徐々に体力を削ら
れている様だが、決定打は、中々、決まらない。その時、ドラゴンゾンビの足元に魔方陣
が浮かび上がった。巨大な火球が生まれる。通路を塞ぐつもりだと判断した狙撃班は、大
部屋内部に前進せざるを得なかった。
『ドッゴーンッ――』
崩落を起こす洞窟。乱戦になってきた。
「若葉、こやつはミディアンだ型寄榛名ライトブレイカーなら致命傷を負わせられるハズ
だ」
 推測の域を出なかったが、それに賭ける他、手段がなかった。若葉がドラゴンゾンビの
背後へと周り込む。敵の攻撃は山城アーチェに集中していた。山城アーチェは一足飛びで、
ドラゴンの作りし火球を一刀両断する。
(最早、人間業じゃないッ――)
エネルギー切れを起こして物陰から見守る生徒達は固唾を呑んで見守った。宝剣ヴレナス
レイデッカにはミディアン達『夜族』を浄化する力が宿っている。以前に、吸血鬼を斬り
伏せた時の様に、上手くいくかは、正直、不安だった。光属性とは暗き闇を照らす力だ。
元々、不死に限りなく近い存在であるドラゴンがゾンビ化したからと言って、浄化の力が
通用するかは、微妙だった。対象は、唯、端に操られている状態に近い。
「眠れ! レッドドラゴン!」
ドラゴンゾンビの背中に張り付くことに成功した若葉は、そこに宝剣ヴレナスレイデッカ
を突き立てた。ドラゴンゾンビがのた打ち回る。
(浅かったのかッ――)
振り落とされぬ様に、柄を両手で握り締める。
「一斉に掛かれ!」
山城アーチェの号令一下、1‐Aの全員がドラゴンゾンビにサーベルを突き刺した。
 ドラゴンの姿が幽界へ飲み込まれていく。
「終わった……」
何者かがドラゴンゾンビを嗾けて来たに違いじはない。
「自分達は、やっぱり狙われているんですか?」
若葉は山城アーチェに尋ねた。
「唯、命を狙っているだけならこの様な面倒な真似はせんだろう」
空戦機甲部隊を取り巻く陰謀が、今、動き始めたのであった。
 補修も終わり、残りの春休みは報告書に会議と、色々と、忙しさが増した。特に、勇者
の身である若葉は、山城アーチェに同伴して幕僚会議にまで顔を出した。デート所ではな
い……一応、毎日、不知火に連絡を入れていたが、互いの不安は募る。
(――寂しい)
 しかし、自分の役目は果たさねば為らない。不知火も三年生が卒業したので、生徒会の
引継ぎで忙しかった。二人は忙殺されながらも、互いを信じていた。その絆は決して、失
われる事はない。新学期が始まる。二年次も担任は山城アーチェで、クラス替えも行われ
なかった。
 空戦機甲クラスを一年にも新設することになった。2‐Aは国中の学生から見れば伝説
的な存在で憧れの対象であり、レアリック・オーブを所有している者は挙って志願を希望
した。そこで空戦機甲計画にゴーサインが出て、一年A組は空戦機甲部隊となった。若さ
が、ある程度、必要とされるので二、三年への編入は認めなかった。将来性と鍛錬が結び
つくからだ。そこそこの数のレアリック・オーブが市場で取引されたが、どれも庶民が手
を出せる金額ではなかった。その為、1‐Aは基礎知識の足りないボンボンが集まると云
う結果になってしまった。
「頭が痛い……貴族共は何を考えて我が子を空戦機甲部隊に入れたがるのだ」
山城アーチェは頭を悩ました。
「枯れ木も山の賑わいではなくって?」
戦力が増えるので不知火は歓迎していた。
「死んでも保険は降りないと同意させたのではなくって? 何も、問題はなくってよ」
そんな事より、不知火は話があった。
「最近、先生が若葉を独り占めするのが恨めしくってよ」
「ああ、それは悪い事をしたな……色々と大人には事情があるのだ」
山城アーチェは苦笑した。
 入学式が始まった。校長の新年度の挨拶に始まり、新入生歓迎のスピーチをを生徒の代
表として不知火が述べた。
「我が校はまさに最前線ではなくって? 常に、死と隣り合わせだと言っても過言ではな
くってよ。けれど、平時は高校生らしく青春時代を送っていただいても構わなくてよ。命
短し、恋せよ乙女。背中を預けられる仲間に恵まれている事こそが、生き残る上で最優先
事項だと思いませんこと? 幸い、去年の実戦に措いては死者はいなくってよ。但し、今
年もそうだとは限らなくってよ。くれぐれも気を引き締めることですわ。以上、よろしく
て?」
 若葉は、えらく手短だなと思った。一体、どんな大演説を行うのかと期待していただけ
に、意外だった。
「続きましては、教員代表――」
「静粛にしろ、静かに! 本学の進路指導を拝命している山城アーチェ=エスティームで
あるっ。えー、私は、頭が良くないから生徒会長のように、巧い言葉で語ることはできん
が……」
『――クス、クス』
 生徒の中から笑いが起こる。
「笑うなぁ! 今のは笑いをとる所では、ないっ! だいたい、勘違いするなよ。こう見
えても、女伊達らに、私は、とても厳しくっ、すこぶる正攻法な軍人だ。教官の一員とし
てこれから貴様等を、徹底的に鍛えるっ」
『ぞ……』っと新入生は怯んだ。
「エリートか何か知らんが、弱いっ、青白いヤツには、用はないっ! 解るな! 今日は
ここに特別の来賓として、ラティエナ王国総司令ヴィクトリア中将閣下が来ておられる。
その御前で口にするのも、ナンだが? 私は本学の務めがせいぜいモンスター退治のスペ
シャリスト養成などとは考えていない! 本当の軍人っ、戦のできる! 兵を率い魔法兵
器を駆使して戦うことのできる! 空の戦士の先頭に立つ士官を育て上げることだと考え
ているっ! 進路指導部として言いたいことは……まぁ、以上だ」

       

表紙

片瀬拓也 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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