Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔道普岳プリシラ
第二章『蒼穹の亡王』

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 エルケレス城にて――
「愛でたくってよ、若葉」
 騎士の称号の授与式をエルケレス城の控え室で待っている時、若葉は不知火に話しかけ
られていた。平凡な学生だった若葉は、目の前にいる可愛らしい少女に話しかけられて、
多少、戸惑った。あまり、こういう経験が彼にはないのだ。
「ありがとう。君もおめでとう。女の子なのに、と言えば失礼に聞こえるかもしれないけ
ど、騎士の称号を得られるのだから、正直、驚いたよ」
「ふふん、自信がなかった訳ではありませんわ」
 確かに、あの口上ならば最初から操れると確信していたのだろう。彼女にとって、ここ
は通過点に過ぎないのかも知れない。
「あ、でも……」
 控え室から謁見の間までの通路を歩いている最中に彼女が立ち止まった。
「貴方が勇者様なら、私の正体は称号を授かった後に説明があるかも知れませんことよ」
若葉は訝しげな顔をした。
「何か裏でもあるの?」
「そうですわね……仲間には違いないから不安に思うこと何もありませんわ」
彼女は、一瞬、思案した後、今日、一番の笑顔で答えた。
「なら、良いんだ」
(絶対、何かある――こんなにもアッサリと勇者になれる訳がないよ、常識的に考えて)
 謁見の間に入り、二人は跪く。ラティエナ王より勲章が受け渡された。
「その若さで世界の命運を双肩に背負うのは酷じゃろう、辞退しても構わんぞい」
まぁ、魔王ゲルキアデイオスを僕が倒すと、このお爺さんには不都合だろうね、と若葉は
思った。
「お言葉ですが、陛下。危険はもとより承知仕っていましてよ」
 不知火に裏があるとするなら、勇者の暗殺が考えられたが、果たして、このやり取りは
芝居なのかどうかを若葉は判断しかねた。
(正体は王族以外から生まれた勇者を抹殺するヒットマンかと思ったけど……)
 同じ日に試練を受けるのも、怪しさ大爆発だ。しかし、陛下が姫様を可愛さ余ってご乱
心の心配もないとは思う。もしそうなら、この茶番の意味が見出せない。
「……命を、落とす事になるかも知れんのじゃぞ」
どうやら、この老い先短いと見える御老体は、本気で自分達の事を心配しているようだっ
た。若葉の第六感はそう告げている。
「それが神の与えし運命ならば、志、半ばでこの身が例え朽ち果てようとも悔いはありま
せん」
若葉には、不知火の瞳から強い意志が感じ取れた。
「陛下にご進言が御座います。先刻、こちらの不知火との巡り合いに、天啓らしきモノが
感じられました。是非とも魔王ゲルキアデイオス討伐の命を僕に仰せ下さい」
若葉の第六感は、全く、根拠のないモノではなく神の啓示に近い代物で、それは、勇者の
スキルを会得した証拠でもある。神官の授かる神託の下位互換の能力に値した。
「……気は進まんのじゃが、ラティエナに危機が迫った時は、そち等を頼る事にしよう」
「必ずや、陛下の期待に添えて御覧にいれましょう――」
これにて勲章の授与式は終わった。
 謁見の間を出て控え室に戻ると、開口一番、不知火は尋ねた。
「伝説の剣が扱えると云う事は、アナタは間違いなく勇者に違いありませんわ!」
ハァ……と若葉は溜息を一つ付いてから、彼女に向かって言った。
「で、つまり……何が言いたいの?」
「天啓が扱えるなら、自分が勇者である事に気付いていたのではなくて? 何故、今日に
なって宝剣ヴレナスレイデッカを手にしたのか……」
不知火は興味津々と言った具合だ。
「うーん、陛下が勇者の敵か味方かを見極めたいからね。勇者は、民衆より王族の方が民
意を束ねる上で、都合が良いだろう?」
「な、なんですって! そんな優等生発言、認めませんわ」
『ブー、ブー』と不知火がブーイングするが、若葉は無視した。
「それより、どうして僕と同じ日に試練を受けたの? 先回りされるようなヘマは記憶に
ないけどね」
ああ、それは……と不知火が切り出す。
「御触れ書きの翌日だからですわ。私が操った深遠の魔剣アッカラサスは私以外には扱え
なくてよ。謂わば、軍の要請があったとしたら、勇者のお目付け役ではなくって? 確か
に、これなら迂闊にクーデターとか起こせなくってよ。しかし――」
イカサマであるようで、イカサマではない。
「名にし負う転生者と同じ日にナノトレーダス合体するとは、これぞ、まさしく天の導き
と言うものではなくって!」
深遠の魔剣、アッカラサスが強いのは若葉も古文書で読んだ記憶がある。
「契約者と同化し、体の一部になる魔族の剣……」
「あら、妖異幻怪の気形なら、遺伝配列の一部を書き換える貴方の宝剣ヴレナスレイデッ
カも例外ではなくってよ? 後天的に、選ばれし勇者の資質をもたらす剣。そして、それ
は伝説へと受け継がれますわ――」
若葉は不知火が言っている事か、まだ、実感できてはいなかった。
「弥生か昔、この星は高度な文明が発達し、人類の経験領域は宇宙にまで拡大――しかし、
それは長くは続かなかった……人類同士で幾度となく戦争を繰り返し、未曾有の星間戦争
の末に、超科学文明は滅びたのですわ、勇者様」
不知火が手招きするので、城の地下へ向かって付いて行く若葉。
「これからお見せするのは、太古の夢跡……科学の結晶にして失われし技術! ロストユ
ニバースとの融合を果たした、現代の魔科学ッ!」
階段を下りると、二人は広い格納庫へとやって来た。
「――ッ! こ、これは……」
 若葉が見た事のないモノが、大量にあった。鎧と銃らしきモノがセットになって鋼鉄の
巨大なハンガーに吊るしてある。
「積層された装甲、圧倒的な力……素晴らしいですこと。如何かしら?」
不知火はニヤソと邪悪な笑みを浮かべて、悦に浸る。
「簡単に説明すると、魔力を動力にして稼動する魔法の鎧にして、空も飛べる装甲と考え
ればよろしくてよ。こちらの銃も、魔力をこのカートリッジに注入すれば魔法の弾丸が高
速で打ち出せますわ」
若葉は、思わず怪訝そうな顔をした。
「うーん……本当にコレは使い物になるの?」
「人伝に計画の批准を聞き及ぶに、初めはラティエナ王も同じ事を仰っておられたわ――
ならば、良いですわ。この画面を御覧になられまして!」
 指令用のモニターが起動する。不知火はテスト時に記録した映像を再生した。写ってい
るのはハンガーに吊り下がっている鎧を着た兵士だ。地上からのファイアーボールを巧み
に回避する。
「――おお!」
感嘆の溜息を漏らす若葉。
「呪文詠唱が必要ない分、これなら運動性は飛龍(ワイヴァーン)クラスですわよ? 更
に、ある程度までの威力なら、装甲で耐える事が可能な筈――」
今度は銃口が火を噴いた。先程、回避したファイアーボールの数割増しの火力だ。
「メタオールナド波動を、つまりエネルギーをチャルッツラクラウロス反応で溜めて撃つ
事ができるなら、要塞を攻撃する時――等にも、破城鎚としても考えられなくて?」
これだけの兵器工廠を国王が認めた事が、若葉には少し意外だった。他国への武力介入を
前提にしている様にも見える。
「……一つ良いかな、不知火女史」
 若葉は眉間にシワを寄せながら質問した。
「魔物は基本的には精霊を攻撃するような自然破壊を行った場合に増殖するけど、之では
自然破壊を前提にした兵力と、もしくは他国に侵攻する下準備にも見えるよ」
不知火は困ったような顔をした。
「他国が食物連鎖を脅かさないという保障は何処にもありませんわ」
 確かに、不知火の言う事は一理ある。ラティエナは政情も安定しているので平和維持活
動の為の、抑止力は保有しても波風が立たない。
「しかし、だな――」
「あ、これが貴方の空戦機甲シェロ・ガノッサスになりますのよ。出撃の際はお間違えの
ないようになさって」
そこには紅に塗られた鎧があった。
「之が悪魔の兵器……そもそも、超科学文明が滅びたからには、人類の手にこの力は余ら
ないかな?」
若葉の言葉は、重い。
「科学と魔科学は違いますわ。我々は、既に人類の経験領域の外に居るという実感は貴方
にはありませんこと?」
(これほど高慢な人に、信じろと言われてね……)
「もう一つ、質問するけど、僕が戦うのを辞退したら、殺す他、手はないの? レアリッ
ク・オーブの類はナノトレーダス合体したプレディンガス使いが死ななければ、新たな持
ち主には為れないから、神器の使い手をガルムストロング・チェンジさせるとか……」
ナノトレーダス合体とは、レアリック・オーブとの契約を指した総称である。
「現状、戦力は足りているので何も問題なくってよ。それに、もし、王族が宝剣ヴレナス
レイデッカを扱えた場合も宝の持ち腐れになりませんこと? 故に、特に、支障はないか
しら」
目の前に居るこの可憐な少女は間違いなく、自ら、歴史の歯車を動かすつもりでいる。
「超科学文明を滅ぼしたのは魔王ゲルキアデイオスでしたわ。知っての通り、この青い惑
星を緑の大地に帰す為に、魔王は生まれますの。其の時には、魔王ゲルキアデイオスの『審
判』が善悪のどちらなのか判断するのは難しいですわ……過去のケースでは、文明が滅亡
しても魔物達の大半は自然界が回復するまで、この地上に君臨し、浄化されなませんでし
たわ。貴方の持っている伝説の剣は、魔王ゲルキアデイオスの開発スタッフが極秘裏に作
成したもので、パンドラの箱を開けた人類に残された、最後の希望と例えでもよくってよ」
若葉は、何故、自分が選ばれたのか、この時は、まだ、分からなかった。
「最初の持ち主は伝説だとラティエナ初代国王だった事、位しか知らないけど……僕に魔
王ゲルキアデイオスが倒せるのかな?」
(静かに消えてゆく季節も選べないと言うなら、正直、不安――)
「剣が持ち主を認めれば、きっとエレガントに事を運べますわ」
まぁ……元より、姫様との婚姻前提だから、死んでも引き受けるつもりだった。
「このバルケルドス空戦フレームは特注製で予備はなくってよ。宝剣ヴレナスレイデッカ
が書き換えた遺伝情報の持ち主でなければ、稼動しなくってよ」
 それは、初耳だった。
「先生、その前に質問。まず、遺伝情報の書き換えの、もう少し詳細を教えてよ」
「一般的に遺伝子とは、貴方が両親から受け継いだ優性遺伝と劣性遺伝を遺伝情報と指し
ませんこと。これには、まだ、全てが解明している訳ではありませんわ。只、科学的に解
明すれば、多分、勇者には勇者の優性形質があるのではなくって? バルケルドス空戦フ
レームの量産型『ゴースティカル・シャルドゥエ機甲』は、通常の人ゲノムに合わせて作
られていますわ。しかし、神器の担い手は、例えば、貴方の場合だと、ラティエナ王の生
まれ変わり――つまり、ヴァルキリーの加護を受けた転生体として、クラスチェンジと同
時に、ヘテロ接合を起こして、ナノ技術で人工進化を遂げたのではないかしら? よって、
専用のバルケルドス空戦フレームが有効となる理由がお判りになって?」
若葉は、判明していない部分に確信があると考えた。よって、充分な回答が得られたワケ
ではない。
「魔法は全て、ナノマシンによって原子変換を行う上で、イメージングに帰依しているこ
とを、科学的に証明するのが説明するのに手っ取り早いのでありませんの――けれど」
ふっ……まぁ、続きは、また、今度に致しましょう……と不知火は苦笑いした。
「要するに、空戦機甲の搭乗者には番号を振り分けられ、その番号に応じたバルケルドス
空戦フレームしか装備できなくてよ。例えば、近距離兵装と遠距離兵装の搭乗員では、I
D番号が違っていてよ」
(うーん……僕らの無意識は勝手に研ぎ澄まされていくようだ)
 今の、自分のナノマシン処理が初代ラティエナ王に酷似していると云うのは興味深かっ
た。何せ伝承では万を屠る武によって語られる武官だ。
「僕も七万の軍勢を喰い止めたりできるようになるのかな?」
若葉は尋ねた。
(――自己修復、自己進化、自己増殖の果てに、辿り着けるのだろうか?)
「努力次第で、宝剣ヴレナスレイデッカが導いてくれますわ。まだ、貴方はレベルをカン
ストしていないのはは間違いありませんわ」
ふと、疑問に思ったので聞いてみる事にした。
「その成長と言うのはナノ単位で進化するんだよね? つまり、僕は両親の子ではなくな
るのかな?」
「心配しなくても、身長や顔の形は対立遺伝子によって決まるものではなくってよ。但し、
貴方が御両親から受け継いだ遺伝子は、細胞核に組み込まれたナノマシンに蓄積されてい
た情報と共に、宝剣ヴレナスレイデッカによって上書きされた実感は、まだ、なくって?」
不知火は、人差し指で若葉を指差した。
「舌足らずで申し訳ないですわ。でも、一言で片付けるなら――言わば、貴方は神の子で
はなくってっ」
若葉は、神の子は大袈裟だと思った。
「僕が神の子なら、君は戦いの申し子と言った所だね」
ふふふっ、と不知火は笑う。
「勇者様にそのように呼ばれるのは、個人的には、光栄で、聞こえが宜しくてよ」
 取り敢えず、今日の所は、話が一段落したので、自宅へ戻る事にした。帰宅するや否や、
両親は両手放しで息子を祝福した。何せ、自分達の息子が勇者になったのだ。
「母さん、こんなに嬉しい事はないわ」
母が泣いて喜ぶので、
「魔王ゲルキアデイオスを倒して世界を平和にしてみせるよ」
と、適当に相槌を打って措いた。
 その晩は、母が腕によりを掛けたご馳走を鱈腹食べ、一番風呂に入ってから寝床に着い
た。
 勇者とは言え、召集が掛かっていない平時であれば、普段通り、学校へ通わなければ為
らない。何せ若葉はまだ十六歳だった。
「――で、何で君がここに居るの?」
まだ、眠そうな若葉は眼を擦りながら来訪者に尋ねた。
「今日から、貴方も魔法学園に通わざるを得なくってよ。転入手続きはこちらで済ませた
ので、何も問題なくてよ」
 今は、確かに、ラティエナの勇者と云う立場だが、元々、攻撃魔法の扱えない自分がそ
こへ通う事に意味があるのかどうか、若葉は、甚だ、疑問だった。
「魔法が使えなくても、共に戦う事になる仲間とのコミュニケーションは軽視すべきでは
なくってよ? これは組織の長である私の手引きですわ」
 確かに、それは的確な判断だ。コンビネーションは鍛えて於いて損はない。
「魔法学園ってここからだと少し遠いよね。今日は転校初日にして遅刻確定じゃないか」
時計は既に六時を回っている。
「だから、明日からは寮に住む必要がなくって? 先刻、貴方のご両親にも了承を得たま
したわ」
若葉は聞くのを躊躇ったが――
「一つ、気になっていたんだけど、不知火が語尾に『ですわ』を付けるのは何か理由があ
るの?」
あはは……と不知火は笑った。
「別に他意はなくってよ。唯、他人行儀な口調をフレンドリーに使う事によって、貴族階
級に親近感は覚えなくって?」
(ウケ狙いだったのか……な)
「貴族に対しての皮肉も含んでいるのか、貴族の名家の出なのに――」
 一種の処世術なのか……悪い人ではないと若葉は、直感した。
 こうして登校初日目の朝が始まった。バスでは混雑する市街地を通る為、電車で行く事
にした。電車の中では主に学園でのカルキュラムについて話を聞いた。若葉の学科は不知
火と同じ退魔専門の実践課程と云う話なので、自分はパーティに於ける前衛としての立ち
回りを学ぶ事になると云う事は、理解できた。
(ズバ抜けた筋力がなくても、勇者なら何とかなる……だと、良いんだけどね)
「一応、筆記試験もありますわ――これが教科書になってよ」
教科書に目を通す。そこには、昨日、不知火が言っていた超科学文明の崩壊と初代勇者の
活躍について書かれていた。
「初代勇者って、ラティエナ王の先祖で初代ラティエナ国王なのは知っていたけど魔王ゲ
ルキアデイオスは、倒せなかったんだね……」
目を惹いた資料が載っていた。
「その解釈は、倒せなかったのではなく倒さなかった、の間違いではなくって? 状況的
に、再び、超科学文明が台頭し、この星のバランスを崩さないとは限らなくってよ。倒さ
なかった――が、真の正解ではないかしら」
 人類の人口が激減する――即ち、魔物が世界中を蹂躙すると勇者は降臨した。初代勇者
は超科学文明が滅んだ為に、この世に生を受けた。超科学文明が破壊した生態系は半端で
はなかった為、今とは、比較にならない程の魔物が幽界より這い出した。その、八割を初
代勇者が倒したと、教科書には書かれていた。
「そもそも、人類の滅亡も生態系の破壊ではなくって。 そういうケースも成長限界のリ
ミッターが解除されますわ。それ故、現状では、貴方のレベルは、それ程、高めることが
できなくってよ」
不知火はそこまで人類が追い詰められる惨劇の回避を念頭に置いている。
「魔科学があれば勇者の能力が最大限に惹き出される事はないよね」
数時間後――学園が見えてきた。
「学園に着いたら、友好の証に手を繋いで校舎に向かうと言うのは、如何かしら? 名案
ではなくって?」
唐突な提案を不知火がしてきた。
「私、何を隠そう、魔法学園の生徒会長を勤めていますわ。きっと、勇者と我が校、生徒
の友好の証となってよ」
 成る程。裏の顔、と言うのは魔法学園の生徒会長さんなのか。魔法学園の生徒会長なら
レアリック・オーブを扱って見せたのも納得がいく。
「じゃあ、手を繋いで――」
若葉は快諾した。
 学園に着くと二人は手を繋いで正門から昇降口まで歩いた。その数十秒間に二人に向け
られた視線は敵意と好奇心で満ちていた。男子生徒は、よくも、自分達のアイドルをと憤
慨し、女子生徒はもしや姫様との三角関係? 等と、盛り上がっているようだった。皆は、
このマッドサイエンティストの偏執狂っぷりを、まだ、知らないのかな……と思いながら、
若葉は理不尽な言葉の暴力に耐えていた。
 始業ベルが鳴り響き、朝のホームルームの時間を迎えた。
「若葉=秋雲、勇者志望です」
 手短に自己紹介を終えると、自分の席に着席した。
(席まで不知火の隣なんだな――)
 学園の配慮で勇者を案内したりするのは、不知火の役目だった。勇者様との色恋沙汰の
噂も当人はドコ吹く風と言った具合である。一方、もう片方の当事者である若葉の方も、
異性として、彼女をあまり意識はしていなかった。可愛くないと言えば嘘になるが、やは
り本命は姫様だった。何より、転校、早々にして浮かれているのは如何なモノかと思って
いた。意外に生真面目なのだ。
「では、今日の授業を始める。装備を一式もって校庭に集合!」
(――え? イキナリ、訓練!?)
「油断は禁物ですわ。下手に気を抜くと、大怪我しましてよ」
小声で不知火が話し掛けてきた。しかし、油断も何も、自分は、まだ、剣を引き抜いただ
けなのだがと、途方に暮れながら校庭へと向かった。
「えー、コホン。今日から三日間、北の洞窟に巣食うエンシェント・ゴブリンを討伐に出
撃する」
(――ちょっと待て、実戦だと!?)
「各人、日頃の鍛錬の成果を存分に振るうように。以上――」
 クラスメイトと一緒に宝剣ヴレナスレイデッカを携えて、飛空挺に乗り込む。自分が生
き残る事ができるか、一抹の不安が脳裏を過ぎる。
「大丈夫ですわ。貴方と一緒なら、きっと、ミッションの失敗はなくってよ」
不知火が若葉の両手を握って言った。
 洞窟に到着するまで約十時間。突入するのはエンシェント・ゴブリンが夜行性なのを考
慮に入れて、明朝に決まった。それまでは、特にやることもないので教科書に目を通す若
葉。それを見た不知火が、
「分からないところがあったら、僭越ながら、私が解説して差し上げてもよろしいかしら」
と言ってくれたので、大船に乗ったつもりでページを捲る。流石に、精鋭揃いの魔法学園
のトップクラスとだけあって、書いてあるのは高度な大魔法の知識が主で、魔法の使えな
い若葉に役立ちそうなテキストではなかった。
「うーん、僕は魔法が使えないからなぁ」
そう言って、ポリポリと頬を掻く仕草をする。
「でも、味方の魔法の射線上に居ると、勇者と言えど危険ではなくって? 各魔法の特性
は把握して於いた方が宜しくてよ」
それは、皆の足を引っ張る事に繋がる。足手まといにならない為にも読んで於くべきだな
と、若葉は、再び、テキストに目を落とす。
「先ず、属性の相性によって誰がメインの削り役になるかを決めませんこと」
 攻撃は、アタッカーの仕事で敵を肉薄して食い止めるのがタンカーの仕事になると、書
いてあった。
「僕は、この、タンカーと言う役割を担う訳だね」
テキストの該当する文章に指を差し不知火に尋ねた。
「――ですわ。ちなみに優秀なタンカーになればなるほど、より、多くの敵を抱え込む事
ができましてよ?」
期待していますわ、と付け加え、ウィンクを一つして不知火は、更に、こう言葉を続けた。
「敵を溜め込み過ぎて決壊しないように注意なさって」
 ――数時間後。飛空挺は目的の北の洞窟前に到着した。今日は、ここで野営をして一晩
過ごし、明日の突入に備える予定だ。万が一、エンシェント・ゴブリン共が打って出てく
る可能性から、見張りも交代で立てる事になっている。
「見張りも一緒だね」
若葉が見張りの番の時、女子の見張りは不知火であった。作為的なモノを感じずには居ら
れなかったが、冷やかしで起きて覗き見している人間の気配はなかった。
「あのさ、空戦機甲シェロ・ガノッサスを今回は使わないの?」
「エンシェント・ゴブリン相手だとエネルギーを溜める必要がなくってよ。それと、洞窟
内では空も飛べないから、有効には使えなくてよ」
適材適所、と言う事か――
「私達のクラスは軍に関り合いがある特別な機関ですわ。よって、空戦機甲シェロ・ガノ
ッサスの話をして頂いてもよろしくてよ? 但し、一般の生徒や市民にはなるべく詳細は
機密保持なさって」
不知火がニッコリと笑う。
(やはりあの兵器工廠は軍事機密だったのか……)
 何事もなく時間が流れる。まるで月明かりが二人を見守っているようだった。変に意識
してしまい、会話が続かなった。やがて、若葉達の見張りの時間は終わった。結局、夜襲
にも会わず、翌日の朝を迎えた。
「それでは、内部に入るが、くれぐれも用心を怠るな」
 引率の担任の先生の号令で中に入る。 洞窟の中はまるで迷路の様になっていた。
 二人一組でペアとなって探索を開始。若葉は不知火と組む事になっていた。
「よろしく頼みますわ、勇者様。私がピンチになったら、助太刀の要領はよろしくて?」
 もし、不知火がピンチに陥る様な状況になったら、自分もピンチに違いないと若葉は思
ったが、弱気だと相手に不安を覚えさせてしまうと思い――
「ああ、任せてくれ」
勇者的発言をしておいた。不知火とてエンシェント・ゴブリン相手に苦戦するとは思って
いないだろう。表情から自信と余裕が感じられる。若葉とて難無くこの仕事は片付くと思
っていた。
(そもそも、上位モンスターとは言え、仮にも、勇者が元は知能の低いゴブリン風情に負
ける訳がないッ)
 そう思いつつ、先程から後を付けてきていたエンシェント・ゴブリンを、振り向き様に
一太刀で切り伏せた。
「隠れているつもりだったのかも知れないが、気配で魔物は察知し易い――」
「背後から襲ってきた状況の分析はよろしくて――つまり、入り口の方向に回り込まれな
ければならなくってよ」
成る程、エンシェント・ゴブリン達は挟撃を狙っている。
「今のは、斥候だね」
若葉は他のクラスメイトや先生の心配をしたが、不知火は構わず前進するので、それも杞
憂なのだな、と判断した。
 しばらくすると、小規模の群れでエンシェント・ゴブリンは襲ってくるようになった。
しかし、エンシェント・ゴブリン達は知能が低い為、連携などと云う芸当は身に付けてい
なかった。もっとも、連携も何も、不知火の範囲魔法に巻き込まれて、アッサリ、蒸発し
てしまう訳ではあったが……
「張り合い甲斐がありませんこと」
金髪のロングヘアーを靡かせ不知火が言った。
(それは無いに越したことはない……かな?)
 そんな調子で、戦闘は火力だと言わんばかりに進撃していたら、少し、大きドレン部屋
に出た。懐中電灯で部屋を照らして見渡すと、無数に朱色に光るエンシェント・ゴブリン
の目が此方を向いた。
「モンスターハウス!?」
慌てて、通路まで後退する二人。狭い路地なら一斉には襲って来られない。
「こいつらを二人で全部、相手にするの? ……他の人達を宛にしてはダメだね」
まさか、逃げ帰ったとは思わない――が、味方の危険を察知していち早く救援に向かって
くれるかは、不安だった。まだ、仲間意識が芽生える程、互いの絆は強くない。結局、戦
場で頼れるのは己の力だけなのかなと、自嘲気味に痛感させられる。
 息が荒くなる。流石に、エンシェント・ゴブリンだけを相手にし続けるのは食傷気味だ
った。次から次へとエンシェント・ゴブリンは奥の方から沸いて出て来る。
「不知火、何か手はある?」
後ろを振り返っている余裕は無い。エンシェント・ゴブリンの鋭利な爪が襲ってくる。
(返事がない、と言うことは逃げたのか――いや、気配はある! 不知火はそこに居る!)
そんな思考を張り巡らしていたら、後ろの方で何かが輝き始めた。
(確認する暇はないが、之は魔方陣の光! ――なら、僕は時間を稼ぐだけだッ)
「来い、ゴブリン共!」
 若葉は雄叫びを上げた。逆境に陥れば陥るほど、勇者の底力補正は上昇する。今の彼は、
金色の闘気を帯びていた。人間風車の如く、エンシェント・ゴブリンを、まとめて葬る。
しかしながら、彼の体力は、そろそろ限界だった。
(まだなのか――)
「準備はよくってよ、お伏せになって!」
「待っていました!」
若葉は飛空挺の中で教科書を読んだ通り、魔法の射線から外れた位置に逃げ込んだ。
 次の瞬間――
「フォーリンサンダーッ!」
広範囲の雷撃が無数のエンシェント・ゴブリンを葬った。
「ヴィクトリー! ――ですわっ」
不知火は勝利のピースを若葉に向かってして見せ、勝ち鬨を上げていた。
 洞窟を出ると陽も落ち掛けていたので、予定伊通り、二日目も野営して、三日目の明日
に魔法学園に帰る事と為った。
「帰ったら祝勝会を開くらしいですわ。主役は生徒会長と新米勇者で、二人はモンハウ潰
しの武勇伝を語らなくてはならなくってよ。よろしくて?」
「へぇー。ようやく、僕が本物の勇者だと世間に認められるのか」
 勇者は、人類がピンチに為らなければ強さを発揮できないと云うのが一般常識であった
為、若葉=秋雲なるモノは、この平和なご時勢では、直ぐに、魔物の餌食になるだろうと、
巷では囁かれていた。
「私達二人は担任の山城アーチェ教官の推薦で准尉に仕官しますわ」
 順調に名声を得ている。我ながら、自分の才能が恐ろしい。今から、サインの練習をし
とくべきやも知れん。
「あまり目立ち過ぎると、妬まれるとかないかな。出る杭は打たれると言うし。軍属って
競争が激しそうで戸惑うんだけど……」
うーん……と考え込む不知火。
「その心配はなくってよ。私達には、まだまだ、利用価値がありますわ。もう少し、働い
てもらわなければ、幕僚方もお困りになってよ」
但し――と不知火は付け加えた。
「私、個人の見解では、魔王ゲルキアデイオスを倒しても姫様と結婚はできませんこと
よ?」
「それは、何故(なにゆえ)?」
不知火が素直に事情を白状するとは思えなかったが、若葉はダメ元でその理由を聞いてみ
た。
「それは……」
「それは?」
「秘密ですわっ」
 人差し指を立てて、口の前に併せる不知火。
 劃して夜は明け、一行は王都エルケレスへの帰路を辿るのであった。王都帰還より、翌
日、エルケレス城二階のバルコニーで勲章の授与式は行われた。ここは王族が民衆に演説
する為に作られた言わば、政争のステージで広場に面している。この日の広場は、勇者の
姿を一目、見ようと満員御礼だった。ざっと、見渡す限りでは五千人は居る。
「騎士若葉=秋雲、そなたを准尉に任ずる」
王の手、自らによって若葉の胸元に勲章が付けられた。
「有難き幸せ」
不知火にも王妃から勲章が授与された。共に一級戦功十字賞である。
(之からは学園に寮から通いながら、別命あるまで、待機しておく必要があるのか……)
 気が休まらないと、若葉は思った。あの学園は授業の一環と称して、平気で生徒を戦場
へ送る悪魔の教育機関であるからだ。国王がナイトの称号を授けた際に、辞退しても良い
と言ったのを思い出した。
 バルコニーから下がると山城アーチェ教官が待っていた。二人のクラス担任だ。
「私が君達を指揮する上官になる。これでも、軍では少佐だからな。命令には従うように」
袖口に山形の模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を纏い、ピンク髪のポニーテールを靡か
せた目付きが少しキツイ、雀斑のある、お姉さんだった。その井出達は壬生狼と呼ぶのに
相応しい。
「学校で会ったときも敬礼をするんですか?」
ははは……と山城アーチェは乾いた笑い声を上げた。
「好きにしろ。空戦機甲シェロ・ガノッサスの件もあるし、色々と配慮して頂いているん
だ」
機密保持と云うヤツである。
 三人は格納庫へ向かった。
「あの兵器、詠唱なしで魔法が撃てるのはどういう仕組みになっているの?」
地下へ降りる途中、若葉が不知火に聞いた。
「魔法とは因果律を操作して現世に事象を齎す、一種の特異点と呼べなくはなくって? 
その因果律をラプラス演算機で書き換えながら戦っていますわ」

     


     

 ナノマシンと連動している話をしても若葉には理解できないと思い、不知火はこの話は
適当に切り上げる事にした。
「まぁ、実際に体験なさって、仕組みを把握するのがよくってよ」
いずれ、彼にも魔科学が必要になるときが来る。勿論、自分にも――

     


       

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