Neetel Inside ニートノベル
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プロローグ「四畳半ぐらいのコロッセウム」

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 がちん、と金属の塊がぶつかる音がした。



 小さな部屋の中に三人の人間がいて、みんな飢えたケダモノの様に恐ろしい顔をしている。血がダラダラと垂れていて、止まらない。
 それに誰もしゃべらない。ただみんな、手に持った金属棒に腕の力を込めながら睨み合っている。その様子を間近で見ていた僕は逃げ出したくなる。きっと戦場カメラマンもこんな気持で修羅場を横目に仕事をしているのかな、とかつまらないことを考えながらただじっと、じっとしたまま目の前の光景を網膜に焼き付けている。たった今、僕は撮影中の映画のフィルムに荒れ狂う若い男三人の様子を刻み込んでいるのだ。

「おらっ」

 金髪の、俗に言うヤンキーの風体をした男が小さくうなって棒を無茶苦茶にかきまわした。残りの二人がふいを付かれた形で後ずさったところで、その内太った方の男にヤンキー風が蹴りを入れた。左足を軸に右足のかかとを横腹に叩き込む。
「えぐ」
 と短い音を残して太った男は倒れた。すかさずヤンキー風が棒をふたつ目玉の前に突きつける。キョロキョロとせわしなく動く眼球が残りの一人に助けを求めていたが男は動かない。
 と、思っていたら棒を捨てて逃げ出した。だけど、そっちは危ない――――なんて僕が言うか早いか細身のその男は「ぎゃあ」と声にならない効果音みたいなことを言って床に倒れて動かなくなった。
「高圧電流だ」
 言ったのは僕だ。すると二人とも、僕の方を見た。
「聞いてねぇぞ」
 ヤンキー風がどすを聞かせた声で僕を睨みつける。これは怖い。でも、残念。ルール違反だ。
 太った男をちらと見る。目をぎゅうっとつぶったままで、もう死を覚悟しているようだ。でも、その覚悟は必要ない。今回の勝者は君だからだ。
 僕は手元のキーボードの「k」を押した。「KILL」の頭文字だから、そこに殺人開始スイッチを割り当ててある。漫画チックでいいだろう。つづいて、手元のリモコンをつかんでヤンキー風に向けた。
「おい、やめ」
 言い終わる前に赤いボタンを押す。いわゆる電源スイッチだが、このスイッチは人の電源を切る特別なスイッチだ。

 ヤンキー風は一度びくりと大きくはねるとそのまま動かなくなった。

 
 ◯


「おめでとう」
 
 まだ目をぎゅっとつぶっている太った男に僕は声をかけた。そして、手元の封筒の中身を確認する。
「うん、確かに三十万。自由に使っていいよ」
 軽く投げられた封筒は彼の大きなおなかの上に落ちて、その衝撃に驚いたように目をパチリと開けている。
「本当に……ホンモノだ!」
 封筒をやぶって万札を一枚ニ枚と数え始める。流石元銀行勤務、こういうことは上手いみたいだ。きっと人生もそのまま上手くいけば最高だったんだろうけど、そうもいかないのがまた人生だ、なんてどこかの教師が言ってそうな言葉だと思う。
「ああ、ありがとうございます!」
「いやいや、お礼を言うのは僕の方だ。ゾクゾクしたよ。うん、ほんとゾクゾクした。不謹慎だよ。そう、めっちゃくちゃに不謹慎だよね。だって人の命を弄んでるんだよ?」
 まずはじめに言うのは道徳倫理のおべっかだ。それから続けて言うのがホンネ。
「だけどね、こうして満足してるってことはいいことだと思うんだ。君はお金をもらって、僕は殺し合いを見て満足してる」
「あ、はい、えぇと」
 太った男の呆気にとられた様子を見るに、何か僕は彼を混乱させたことでも言ったのだろうか。
「たしかに三分の二で死を迎えるってリスクは怖いかもしれない。だけどさ、宝くじなんかよりはよっぽどお金が手に入る確率は高いよね。こんないいことないよ」
 順当に行けば、死んだのは目の前のデブで金を手にしてたのはヤンキー風だろう。だけど、それじゃつまらない。最後の最後で逆転して欲しいと願い続けるのが人間ってもの。だから、僕はどっちにしても彼に何か言って負けさせるつもりだった。
 負けそうになった弱者を勝たせる、これが僕の美学だ。
「ぼ、僕はこれからどうなるんです?」
 スリルを堪能して、美学も堪能して、大いなる満足にふけっている僕に、デブがたずねてきた。
「とりあえず、このお金があればまた何か生活が立て直せるとか、思ってるんですけど」
「うん。それがいい。今、君はそれがきっとできると思ってるだろ?」
「えっ」
 デブが目を大きくした。ここまで感情が表情にでろでろ出てくる人間も珍しい。

 ――――さて、どっちだろうか。

「な、なんで、わかるんですか?」

 ナイス、大正解。
 僕は三度目の満足ののどごしを味わった。人の気持ちを読むのは心地いい。ヤミツキになりそうだ。ギャンブラーも悪くないな、なんて思う。
「絶対絶命の大ピンチ。もう絶対人生ゲームオーバー。そう思ってたらいつの間にか手元に三十万円。君は頑張ったよ。気弱なくせにワルに立ち向かった。これがドラマならみんなテレビの前で泣いてるところさ」
「はぁ。あ、でも坂間さん……」
 デブが思い出したように後ろを振り返った。そこには黒焦げの人形がごろりと転がる。肉の匂いってこんなに臭かったのだろうか。感電死は久しぶりな気がするから、きっと忘れていただけだろう。まぁ、死んでしまったのは気の毒だけど感電死なんて花がないしつまらない。死ぬならもっと派手に死ね。
「坂間さんはしょうがないさ。彼、どっちにしてもパチンコしかしないでしょ」
「まぁ……」
 きっと待合室で話したのだろう、デブが神妙そうに納得して頷いた。でも、流石にこれから殺し合いをする人間と世間話するのか? でも、極限状態の人間なんてそんなものか。まぁいい。
「じゃ、これでおしまい。電気も切ったから帰っいいよ島岡くん」
「あ、はい」
 そそくさと立ち上がり、汚れたジーパンのポケットに封筒をねじ込みながら島岡くんはドアに向かって歩き始めた。黒焦げの坂間さんをまたいで――――そこでピタリと止まる。
「あの……」
 とても不安そうな顔だ。やだなぁ、せっかく勝ち取った勝利に満足しないなんて。
「なに?」
「大丈夫、ですよね?」
 ドアを指差すので、僕は笑った。
「何も信用出来なくなるのは、やめたほうがいい」
 ちょっと声色を冷たくして言ったのがこたえたのだろうか、島岡くんは泣きそうに笑いながらいそいそとドアを開けて外に出ていってしまった。

「はぁ……後味が悪いなぁ」

 僕のビジネスがこういう形で終わったのはマコトに遺憾だけど、しょうがない。手元のノートパソコンを閉じると、僕はそのまま後ろのドアから部屋を出たのだった。

















       

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