Neetel Inside ニートノベル
表紙

許婚
まとめて読む

見開き   最大化      

許婚~普通に起こしてください~


 午前六時五〇。目覚まし時計の鳴る一〇分前のことだ。
 外では鳥の囀りが聞こえ、カーテンの隙間から入り込む日差しがなんとも清々しい朝。
 俺こと聡太は、まだ床の中で気持ち良さそうに寝ていた。布団を蹴飛ばし、大の字で寝相が悪い基、わんぱくな寝方をしている。
 と、扉を開け、部屋の中へと入って来る人物が居た。長い銀髪をツインテールに結った少女が、俺の前に立つ。勿論、俺は気づかない。
「起きろ」
「げふぅ!?」
 無防備な俺の腹にクリーンヒット。三〇のダメージ。
「起きろ」
「おふっ!?」
 追撃の重く鈍い一撃。それはまるでハンマーでも振り下ろされたかのような衝撃だ。流石に俺の意識も覚醒する。
「起き――」
「起きとるわい!」
 三撃目を喰らう前に跳ね起きる。目の前には振り下ろされる寸前の鮪があった。体長一mほどのそこそこのサイズだ。つか、なんで鮪!?
「おはよう」
 何事も無かったかのように挨拶してきた鮪の主は、見た目幼女な少女だった。日本語がおかしいように聞こえるが、間違いじゃない。
 何せこの少女、俺と同い年なのだ。ちなみに、俺は高二ね。
「おはよう……次からは鮪は使うなよ」
 ペチペチと鮪を叩く。艶のある肌で身は締まっていて美味しそうだ。
「じゃあ……鰤」
「鰤も駄目!」
 皆は食べ物を粗末にしちゃ駄目だぞ。お兄さんと約束だ。
 などと、鮪で叩き起こされた俺の一日が始まった。
 と言うか、この少女にまともに起こされた例が無い。
 俺みたいな年頃の健全な男の子なら憧れる女の子が起こしに来てくれるっていうシチュエーションも、魚で起こされることで全てが無駄となる。
「朝ご飯できてるから、早く顔洗って来て」
 用件を伝えると部屋を後にする少女。名前は由愛という。
 背の低さで持ちきれない鮪が可哀想に引きずられていく。きっと涙を流しながらおふおふ言ってるに違いない。
「……魚臭え」
 まだ服で良かったと思う今日この頃。


 所変わって食卓。制服に着替え直して行くと、テーブルには朝食が並べられていた。
 白米、味噌汁、玉子焼きに……何故か鮪の刺身がそこにあった。
「朝から刺身かよ。普通こういうときって、焼き鮭とかじゃね?」
 自分の席に座り、刺身を眺めながら呟く。
「食べ物は大切に」
 鮪で叩き起こした人間がそれを言うか。
「だから、せめてもの償いで調理した」
「今朝のかよ!?てか、あれから解体したの!?ちょっと見たかったぞ!」
 ギャーギャーと吠えるも、由愛は意に介さず味噌汁を啜り始めた。
 何この子のスルー技能。仕方ないので渋々食べ始めることにする。
 あぁ、美味え。鮪の刺身塩が効いてて美味え。あいつは天命を全うして、今俺の胃袋の中なんだ。
「泣くほど美味しかった?」
 いや、鮪の哀れさに涙が……グスッ。
「気持ち悪い」
 てめぇ!
「いいから早く食べて。片付けられない」
 ショボーンとしながら食事を再開した。
 ここいらで疑問に思っている人もいるだろうことに触れようと思う。
 何故俺がこんな見た目幼女と一緒に生活しているのかと言うと、由愛は許婚なのである。
 ぶっちゃけると親父が勝手に押し付けてきたわけだが、どういうわけだか気に入られてずっと一緒に住んでいる。
 それも高校生になった十六のとある晩に遡る。


(回想)


「ハロー、息子よ元気にしてるかな!」
 開け放たれた玄関の扉から入ってきた豪快な髭のおっさん。恥ずかしながら親父である。
 外では絶対に遭遇したくない人物ぶっちぎりのナンバーワンである。
「何しに来たんだよ親父」
 このとき丁度ゲームをやっていたので、面白いところで中断させられて正直イラッとしていた。
「いやなに、お前に紹介したい子がいての」
「俺に?」
 親父が手招きすると、後ろから由愛が現れた。当時から小さく可愛らしい顔をしていた。
 このとき少しドキッとしたわけだが、先に言っておこう。俺はロリコンじゃない。
「昔許婚の話をしたときに、お前がソワソワしておったのでな。特別に時期を早めたのじゃよ」
「はぁ?あれって俺が九歳とかそれくらいのときの話じゃん。今の俺には関係ないっての」
 溜め息を吐き、ゲームに戻ろうとしたとき、鰯が画面に突き刺さった。このときテレビが一台オジャンになっている。
 てか、鰯が突き刺さるとか何!?
「まぁ、そういうことじゃから、後は若い者に任せて、ムフフ」
 キメェ……。
「夜の運動会は程々にするんじゃぞー」
「黙れクソ親父!って、居ないし!?」
 嵐のように居なくなった親父とは別に、残された由愛はじっとこちらを見てきている。
 気まずい雰囲気に耐えられなくなり、由愛を上がらせることにする。
「昼間から大胆……ポッ」
 勝手な妄想をするな!頬を赤らめるな!脱ごうとするな!!
「兎に角、これから宜しく」
 三つ指を立てて礼をした後に顔を上げたとき、笑顔が可愛くてグラッときたことは内緒にしておこう。


(回想終わり)


「箸が動いてない」
 指摘された慌てて白米を頬張る。昔のことを思い出していただけに、まともに直視できない。
「昨日のことを思い出していたのね……ポッ」
 何もしてねえだろ。
「あんなに愛し合っていたのに」
 寝言は寝て言え。
 そうこうしている内に食べ終わり、食器を流し台に置き、鞄を掴む。
「今日もバラバラ?」
「変な噂されても困るだろ。このロリコンめ!って一つ目の球体に言われたくないし」
 鞄を掴んだ勢いのまま玄関へと続く廊下を移動する。
「……私は一向に構わぬが」
「ん?何か言ったか?」
 小さく呟いた由愛の言葉が聞き取れず、振り返る。だが、由愛は答えず妙な間が生まれる。
「今日の夕食は、葫の芽と豚ホルモンの炒め物に決定」
 おぉ!美味そうだなそれ。
「冷蔵庫には赤マムシ大量」
 入れんな。


(学校)


 毎日が憂鬱だ。
「なんだ?暗い顔して。何かあったのか?」
 昼休憩に溜め息を漏らしていると、友人が近寄ってきた。
 こいつは面白いと感じると必ず近寄ってくる。どんな嗅覚してんだと思わされる。
「大したことじゃねえよ。ただ……」
「ただ?」
「鮪で起こされた」
 意味が分からないといった呆けた顔をされた。うん。俺が悪かった。誰だってそうなるよな。
 誤魔化すように昼食を食べようと誘い、弁当を取り出した。
「しっかし、最近マメだな。弁当作ってきてたり、宿題忘れなかったり」
 友人には自分で作っていると言い張っているが、由愛の手作りだったりする。
 朝食ついでにいつも作ってくれている。飯に関しては有難いと思っている。
「案外、女でもできてんじゃね」
 ニヤニヤしながら人差し指と中指の間に親指を挟んで見せてきた。それは放送コードに引っ掛かる方だ。正しくは小指を立てろ。
「いいなぁ。俺にも可愛くて巨乳で尽くしてくれる彼女できないかなぁ」
 お前願望でかすぎ。
 話半分で聞き流しながら、由愛のことを考える。
 いつも食事を作ってくれ、味もさることながらバランスも良い。
 夜の精のつきそうな付属の品が無ければパーフェクトだろう。すっぽんとか、もやしとか、赤マムシとか。
「ま、その子に感謝するんだな」
 感謝しろと言われても、どう感謝すればいいのかも分からない。
 それに、思い当たる節が無いわけでもないので、素直に感謝するのが癪に思える。
「あいつ、ねぇ……」
 一緒に風呂に入ろうとしたり、魚で起こされたり、勉強を教わったり、若干感謝できない部分もあるが、そこは目を瞑ろう。
「……よし」


(夜)


「上がった」
「あいよ」
 その夜、居間でテレビを見終わった由愛が風呂上りに声を掛けてきた。
 Tシャツに短パン、結っていた髪を下ろした姿に少し意識して、そちらを向けない。
 もう一度言う。俺はロリコンじゃない。
「明日は休みだけど、早く寝ること」
 分かってるよ。また鮪で起こされちゃ堪らないからな。
「殊勝な心がけ」
 満足そうに微笑むと、自室に戻ろうとする。
「……なぁ」
「ん?」
 ピタリと足を止め、振り返る。
「明日って……暇か?」
「特別用事は無い」
 少し考えた仕草をし、導き出した答えに俺は内心良かったと思った。
「なら、さ……何処か出かけないか?」
 微妙な沈黙。呆気に取られているのが雰囲気で伝わってくる。
「な、なんだよ……」
 沈黙に耐えられなくなり、ゆっくりと由愛へと向き直る。
「熱でもあr」
 正常だよ!
「安心しろ。葱を尻から刺せば良くなr」
 正常だって言ってるだろ!?
「……どういった風の吹き回し?」
 問い質すような瞳で見る由愛を直視できず、言葉もすぐには出てこなかった。
「いや、別に理由は無いんだけどさ。俺も暇だから、たまには一緒に出かけるのも……いい、かなって」
「……」
 黙した由愛の表情が明らかに訝しむものになってくる。額に嫌な汗を滲ませ、次の言葉を待つ俺。
「やっぱり葱を」
 正常だ!?
「分かった。デートしてくれるのだな」
 分かってはいたが、改めて言われると恥ずかしいものだ。無言で頷き、きっと照れていたに違いない。
「夜はホテルであんなことやこんなことを」
「しねえよ!」
 不満そうな由愛だったが、顔はしっかりと嬉しそうだったので良しとした。


「……」
「どうかした?」
「なんで一緒に寝てんだよ」
 俺の部屋の俺の布団で、由愛と隣り合わせで寝ていた。今までに無い出来事に流石の俺も若干取り乱し気味だ。
「たまにはいいではないか。この幸せをもう少しだけかみ締めていたいのだ」
 とか言いつつくっつくなよ。暑苦しいだろ。
「そんなことを言って、嬉しいのだろ?」
 ……。
「……本当に図星とはな」
 煩いぞ。早く寝てしまえ。明日出掛けることもあり、早々に寝ることにする。何かあっても困るし。
「仕方ないの。明日、楽しみにしておるぞ」
 嬉しそうに微笑む由愛を他所に、俺は誤魔化すようにとっとと寝た。
 明日何処に出かけるかなど、頭の中で廻らせながら、ゆっくりとまどろみへと落ちていった。
「……ここはキスの一つでもするところだぞ?」
「起きてたのかよ!?」



TO BE CONTINUED...?

       

表紙
Tweet

Neetsha