Neetel Inside 文芸新都
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「……梅雨って、好きなんだ」

 昼休み。彼、“滝本慎一”は入学して以来、ずっと気になっていてそれ以来後をつけている“本城あさひ”の言葉を聞いて耳を疑った。
「え、なんで? 雨ばっかでじめじめして……。なんかイヤじゃん。自転車にも乗れないし」
 窓の外を見る。
 今日も例外ではなく、外には雨が降り注いでいた。
「……普通の人はそうだよね。私、ちょっと観点がずれてるから。滝本君もずれてるよね。それもかなり」
 慎一は気にせず話を続けた。
「……じゃあどうして本城は梅雨が好きなの?」
 あさひは少し恥ずかしそうに俯いて答えた。その時に、慎一は鼻腔をくすぐるあさひの髪の匂いに自然と心、奪われていた。
「あの……滝本君もう少し離れて……臭い」
 しまった。あまりのいい香りにあさひに近づきすぎていた。僕が離れるとあさひは苦笑いをしながらこう答えてくれた。
「あじさいの花が、とっても綺麗に見えるから、かな……?」
「……そっか。あじさいの花、好きなんだ」 
「うん。あ、知ってた?」
「うん、あさひの事なら何でも知ってるよ」
「は? どういう意味?」
 ……一気に口説き落とそうとしたが流された。
「んとね、あじさいの花びらの部分、あるでしょ?」
 慎一は頷いてあさがおの花を思い浮かべた。
「あれ、はなびらだって思ってた部分ってね、実はがく片なんだって」
「え、ウソ?」
 慎一はそんなはずはないと思い、反抗した。僕がこんな女より知識で劣るはずがない。休日はいつも一日五本以上の映画を一人で観て知識を高めているのだ。
「ウソじゃないよ、ほら、この本に載ってるんだから」
 あさひは鞄を開くと、何やら花関係の本を取り出して、あじさいの載っている部分を開き、文章を指で追いながら目当ての部分を見つけると「ほら、ここだよ」といって慎一に見るよう促した。
「……ね?」
「……ホントだ」
 慎一は驚いた。
 更にその本を読み進めると、そのがく片の中央にある部分が本当の花びらだと書いてある。
「どお?」
 あさひは得意げに微笑んだ。
「知ってたよ」
しったかを続ける彼に、あさひは不満げだった。この会話はまだあさひに無視される以前に起こったことだった。


 慎一はある日の放課後、今まで踏み入れたことのない場所。花屋に来ていた。
(……あじさいって、売ってんのかな……)
 少々の不安を抱きながら、店の中へと足を運んだ。
「あの……」
 慎一は恐る恐る、店員のおねぇさんに声をかけた。
「はい? うわっ、きもっ!!」
 言葉とは裏腹の営業スマイルで答えてくれたおねぇさんに、慎一はちょっとショックを受けながらあじさいの場所を尋ねた。
「あの、あじさいの花とか、売ってます?」
「あじさい? ええ、あるわよ。えぇ?とねぇ……」
 おねぇさんはあじさいの場所に向かった。慎一は一応、おねぇさんの後からついていった。
「あら、まだ育ってないのしかないけど……あなたみたいね。ああ、君は育ちきってるけど大人になりきれてないんだっけ、あははは!!」
 慎一は無視してあじさいの花を見た。茎ばかりでまだ、花とはいえない状態だ。かろうじてあじさいと分かるのは、値段の上に「あじさい」と書いてあるからだ。
「これで良い?」
「う?ん、どうしよ?」
 おねぇさんはこう言う。
「あじさい、プレゼント?」
「は?」
 慎一は聞き返した。
「男の子がお花屋さんに来る時はプレゼントでしょ? あなたにもらうなんて相手が可哀相だけど」
 意地悪く微笑んでおねぇさんは言った。
「はは……。まぁ、そうっすね」
僕は負けじと薄気味悪く笑った。
「じゃあ、育てたほうが良いと思うな。そういった小さな気遣いに、女の子って結構惹かれるんだよ」
「一束ください」
 もてるためならやろう。慎一は即決した。

 その帰り道。
(……なんだか、上手く丸め込まれただけのような気もするけど……)
 慎一は疑って掛かっていた。
(しかし、本城さんが好きな花を育ててプレゼントすれば、結構良いんじゃないか?)
 そして、いつものように慎一の妄想が始まる。
(俺からあじさいを受け取った本城さんは感動して……そうだ! ついでに実家に招待しよう)

『え、これ、私に?』
『うん、本城さんが好きって言ってたから……。俺、一生懸命育てたんだっ』
『ホント? 嬉しい……』
 そして、愛の告白!
『本城さん……』
『……え?』
『俺……、ずっと本城さんのことが……っ』

「……ことが、すっ……」
 道のど真ん中で立ち止まって、思わず妄想が飛躍して叫びそうになる慎一。残りの言葉をぐっと飲み込んで、一つ咳払いをすると走って家に帰った。

(ヤ 、ヤバかった……)
 自分の部屋に入ってドアを閉めると、真っ先にそう思った。
「ふう……。さぁて、コイツをどうするかだけど……」
 慎一は鞄をベッドの上に放り投げると、反対の手に持っていたあじさいを見詰めて呟いた。
「取り敢えず、そこらへんに置いておくか……」
 慎一はいつものようにビデオを見に居間へ行った。
 しばらく(6時間ぐらい)して満足した頃、あじさいのことを思い出した。自分で考えてもどうしていいか全くわからないので、お母さんに電話してみた。
「まま~、あじさい買ってきたけどどうしたらいいかな?」
「さぁ? 取り敢えず、バケツに水張っとけば?」
 そりゃそうだ。と思いつつ、そんなことも思い浮かばなかった自分の脳を哀れんだ。僕はつくづく馬鹿だと思う。
「で、誰にあげるの? 早く孫の顔がみたいわ~」
 展開が早すぎるのは親譲りのようだ。そのため子どもの頃から損ばかりしている。
「ハイハイ、バカはほっといて……」
 慎一はそう呟きながらバケツを探し出した。
「取り敢えず、バケツにつけといたし……」
 慎一は部屋の隅に置いたあじさいを見て呟いた。
「……花ついたら……。プレゼントして……。そして……」
(告白……そして結婚か……)
「本城さん……」
 ベッドに倒れ込んで、意中の人の名前を呼んだ。
「……やっぱ、この顔で花なんて似合わないよな」
 でもやるしかなかった。彼女居ない暦20年を払拭するには何でもやるしかない。

 その日以来、慎一はあじさいの花を、まるであさひのように愛した。話し掛けたり、愛撫してみたりした。しかし、あじさいはその一方的な愛に耐え切れなかったのか、どんどんしおれていった。そして、枯れた。

 仕方ないので枯葉を渡すことにした。慎一は枯れたあじさいを包んであさひの家へと向かった。
(い、いよいよだ……)
 慎一はあさひの家の前に居た。
(こっ、これ渡したら、結婚だな)
 そして、慎一の右手の人差し指が、あさひの家のチャイムへと向かっていく――
「慎一君? どうしたの、うちの前で立ってるなんて……。あ……」
 そして、あさひはしゃがみこんだ。
「なに、コレ?」
「あの、……。これ、プレゼント……。本城、前に好きだって、いってただろ……? だから……」
 あさひは慎一を見上げた。
「え、これ。私に?」
「……」
 慎一は真っ赤な顔で目を硬く瞑り、大袈裟に頷いた。
「枯草なんかいらねぇよ。大体お前この前警察で半径2メートル以内に近づきませんって、念書書いたじゃねーかよ」
 あさひははき捨てるように慎一に言った。
「これ、俺が育てたん……だ」
「どうでもいいけど早く帰れ」

 そして、一瞬の静寂。
 一瞬なのに、慎一にはひどく長い時間に感じられた。
「おっ、俺の実家にこな」
「帰れ」

-Fin-

       

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